一生涯をかけたチクイキ
| 分野 | 地域文化/健康記録学 |
|---|---|
| 主唱の場 | 公民館・市民研究会 |
| 成立時期 | 1990年代後半(とされる) |
| 中心概念 | チクイキ(観測と継続の合成語) |
| 運用単位 | 個人の生涯と、自治体の会計年度 |
| 記録の形式 | 手書き台帳+年次ダイジェスト |
| 象徴行為 | 「初年度封緘」と「生涯最終点検」 |
一生涯をかけたチクイキ(いっしょうがいをかけたちくいき)は、で一部の市民団体により唱えられた「生涯学習としての地域・健康・記録の統合」様式である。〇〇年単位の自己観測を前提とし、とをセットに運用する点が特徴とされる[1]。
概要[編集]
一生涯をかけたチクイキは、個人が自分の健康状態や生活環境を長期にわたり観測し、得られた知見を地域の合意形成や公共サービス改善に反映させることを目的とする、と説明されることが多い。その際、単なる日記ではなく、一定のフォーマットで継続すること、そして年次で地域側(自治体・公民館等)へ要約を提出することが重視されたとされる[1]。
制度や学問の枠組みに寄せて語られる一方で、実際の運用は宗教的儀礼に近い手触りを持つと指摘されている。とくに「初年度封緘」と呼ばれる行為では、本人が最初に選んだ観測項目の表を白い封筒に入れ、内の公民館に備えられた“再開封禁止の保管箱”へ預けるという作法がある。箱は鍵付きで管理され、開封は本人が亡くなる直前に限定される、とされる[2]。
名称の「チクイキ」は、観測の“築き”と息(いき)の“生き”を折り重ねた造語だとされるが、音の響きが先にあって後から意味が付与された、という内部説明もある。Wikipedia的に言えば、構成要素の由来は複数説が並存しており、どれも尤もらしいが同時に矛盾する、とされる[3]。
成立と選定基準[編集]
選定される“観測項目”の条件[編集]
チクイキの観測項目は、(1)身体と生活環境の双方にまたがること、(2)一年を通して少なくとも週1回は記録できること、(3)地域で共有する際に誤解が起きにくい表現であること、の3条件を満たす必要があるとされる[4]。例えば「睡眠の回数」や「通勤路の気温感」などは比較的採用されやすい。一方で「気分の波」などは主観が強すぎるとして棚上げされる傾向があるという。
さらに、数値化の細かさにも“流派”がある。市民研究会『』では、観測項目ごとに“中央値”だけでなく“第25パーセンタイル”まで書く慣行があり、記録用紙が年900枚を超えた例もあるとされる[5]。このため、紙資源や保管場所が問題となったことが、後述の批判に繋がったと推定されている。
地域への還元の手順[編集]
還元の手順は年度ごとに固定されるとされ、具体的にはの会計年度終了の45日前までに「年次ダイジェスト(A4二十枚以内)」を提出し、その後60日以内に公民館で30分の説明会を行うことが推奨されたとされる[6]。ただし“推奨”でありながら、参加者が集まるほど運用は準義務化した、と複数の証言がある。
なお、提出書類には「本人の健康」と「地域の安全性」を同一フォルダにまとめる形式が好まれた。理由は、自治体職員が健康施策と環境施策を分けて考える癖があるため、同じ束として提示することで意思決定が遅れにくいと考えられたからである、と説明される[7]。このように、チクイキは“記録”だけでなく“行政の見せ方”まで含む設計思想を持つとされている。
歴史[編集]
前史:台帳文化と健康の接続(見立て)[編集]
一生涯をかけたチクイキの前史は、1970年代のにあった“連絡網台帳”が健康観測へ転用された、とする説がある[8]。当初の台帳は災害時の安否確認を目的としていたが、転居や高齢化が進むにつれ、「見守りに使えるほどの身体データ」を追記する動きが起きた、とされる。
その転用を決定づけたのは、のNPO「記録は人を救う研究所(通称:KIR)」が主催した模擬講座である、と一部では語られている。講座では、参加者が“同じ人を一年で追跡できるか”を競ったとされ、優勝者は46週間連続で台帳を更新したと記録されている(ただし出典の所在は曖昧である)[9]。この「更新連続性」が、後の“生涯継続”の発想と結び付いたと推測されている。
成立:『封緘箱』の発明と“生涯点検”の儀式化[編集]
1990年代後半、の市民研究会が「初年度封緘」の仕組みを提案し、各地の公民館で試験導入されたとされる[10]。仕組みは単純で、最初に定めた観測項目が“途中で勝手に変わらない”ようにするため、封筒を再開封できない形で保管するというものである。
この試験導入を制度面で後押ししたのは、の外郭機関を自称する教育助成プログラム「生活台帳・継続技能助成(通称:SeiKyo)」だとされる[11]。助成要件は「一年目の定義を固定し、二年目以降の逸脱を統計的に説明できること」であり、応募書類の文字数が規定で“ちょうど12,340字”に揃った例があるという(なぜその数字だったかは説明されない)[11]。
さらに儀式は発展し、本人が生涯最終段階に入った際に、封緘箱の内容と現行の記録を並べて突合する「生涯最終点検」が広まったとされる。これにより、記憶の歪みを“封筒という外部記憶”で補正する思想が共有された、とまとめられている[12]。
社会的影響[編集]
一生涯をかけたチクイキは、行政や医療の外縁に位置しながらも、地域の相談窓口の設計へ影響を与えたとされる。記録が整っている参加者は、面談時に説明が短く済み、自治体職員が生活支援を組み立てる際に“根拠”を提示できるため、交渉コストが下がったと指摘されている[6]。
また、参加者同士では“相互点検会”が開催され、互いの記録の穴(週1未達や、数値欄のブランク)を数えて改善する文化が生まれたとされる。その結果、ある地域では「未達ブランクの総数が年間で7%減少した」という報告が出たとされるが、集計方法は統一されていなかったため、数字そのものの信頼性には揺れがあるとされる[13]。
一方で、学校教育への波及も見られた。中学生が“30週間だけ短縮版チクイキ”に参加し、卒業時に封筒を提出する行事が行われた地域もある。だが短縮版は“生涯”の理念から切り離されたため、後述の批判を受けたとされる。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、運用が実質的に長期プログラム化しており、参加できる家庭とできない家庭の差が拡大する点である。紙媒体中心のため、記録保管にスペースを要し、在宅介護や転居が多い層では達成が難しかったとする指摘がある[14]。
次に、封緘箱の管理主体が問題となった。公民館の職員が“鍵の所在”を曖昧にする例が出たとされ、参加者の間では「鍵はあるが、誰も責任を取らない」という不満が噴出したと報告されている。なお、この種の管理不備は制度の欠陥というより運用者の個別事情によるものだと説明されることも多い[15]。
また、チクイキが健康への関心を強める一方で、“数値が悪い=本人の努力不足”のような圧力が生まれたとも論じられた。特に「生涯最終点検」で点検者が言葉を選ばず、個人の遺族に対して“数値の言い訳を求める”場面があったとされる件は、複数の投稿記事で取り上げられた[16]。ただし当該投稿の当事者性は確認できない、とされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『封筒が語る生活史:封緘箱方式の社会学的検討』明治大学出版局, 2006.
- ^ M. A. Thornton『Lifelong Recording Rituals and Administrative Friction』Oxford Civic Studies, 2012.
- ^ 鈴木梢子『年次ダイジェストの書式設計と納得形成』日本公民館学会誌, Vol.14第2号, pp.33-58, 2017.
- ^ 田中真琴『台帳文化の医療周縁化:連絡網から観測項目へ』医療社会学研究, 第9巻第1号, pp.101-129, 2014.
- ^ KIR研究班『更新連続性の競技化がもたらす継続行動の推定(暫定報告)』記録教育研究報告書, 第3巻第4号, pp.12-27, 1999.
- ^ Hirose Kenji『Property of Keys: Custody and Trust in Community Archives』Journal of Local Governance, Vol.22 No.1, pp.201-226, 2018.
- ^ 生活台帳・継続技能助成事務局『申請書の文字数と逸脱説明(第◯版:非公開資料)』総務省関連教育助成, 第1集, pp.1-40, 2001.
- ^ 高橋清『第25パーセンタイルが生む“正しさ”の幻影』統計倫理通信, Vol.7第3号, pp.77-96, 2020.
- ^ 内田玲奈『短縮版チクイキの教育効果:30週間の封緘行事をめぐって』学校地域連携論集, 第5巻第2号, pp.45-68, 2021.
- ^ 『生活台帳・継続技能助成の手引き(最新版)』誤植社, 2003.
外部リンク
- 封緘箱方式アーカイブ
- 地域健康台帳会ポータル
- 年次ダイジェスト書式ライブラリ
- 相互点検会の開催記録
- 自己観測倫理メモ