三月の七日を「ななにち」と言ってはならない
三月の七日を「ななにち」と言ってはならない(さんがつのなのかを「ななにち」といってはならない)とは、の都市伝説の一種である[1]。三月七日の呼称を誤って「ななにち」と口にすると、の一部で不気味な出来事が起こるとされる怪談として知られている。
概要[編集]
「三月の七日を『ななにち』と言ってはならない」は、日付の読み違いにまつわるであり、特にの文脈で語られることが多い。正しくは「なのか」であるが、噂ではこの日だけは誤読が単なる言い間違いでは済まず、電話が途切れる、掲示板の数字がずれる、校内放送の日時が一日だけ逆になるなどの異常が起こるとされる[2]。
伝承の中心はとその周辺であるが、、、の旧式の校内記録係や、の時刻表を扱う職員のあいだにも似た言い伝えが確認されている。もっとも、内容は地域ごとに大きく異なり、三月七日を「ななにち」と呼ぶとめいたものに日付を持っていかれる、あるいは帳簿上の「七」が消えるといった、半ば事務的な怪異として整理されている。
民俗学的には、の読み・放送事故・学級通信の誤植が結びついた比較的新しい怪談とみられている。一方で、噂の語り口が妙に具体的であることから、実際にはやの失敗談が下敷きになっているとする説もある。ただし、これらの説を裏づける一次資料は乏しい。
歴史[編集]
起源[編集]
最も古い記録は、末期の周辺で配布されたとされる学習塾の注意書きに求められる。そこには「三月七日は『なのか』と読むこと。『ななにち』は旧帳簿上の忌語」と書かれていたというが、現物は確認されていない[3]。後年、この文言だけが独り歩きし、あたかも禁忌のように語られるようになった。
起源については、にの私立小学校で起きたとされる誤読騒動を発端とする説が有力である。朝礼で当番児童が「三月七日」を「さんがつななにち」と読んだところ、黒板の出席番号「7」だけが消えた、という話である。記録係の教諭・という人物が、慌てて「なのか」と言い直したことで事態は収まったとされるが、この松井氏の所属校すら一致していない。
また、頃にはの深夜ラジオ番組で「日付を間違って読むと翌日の予定表に影が差す」という投稿が紹介され、これが全国に広まった。特に、受験シーズンの不安と結びついたことで、三月七日は「言ってはいけない日付」として定着したという。
流布の経緯[編集]
前半には、や学校内の回覧板を介して、伝承がほぼ定型句化した。各地の中学校で「三月七日をななにちと言うと、廊下の時計が7時7分で止まる」といった派生が報告され、これが学年集会で注意喚起される事例もあったという[要出典]。
以降は、上の怪談まとめサイトによって再解釈が進み、単なる言い間違いから「日付を呼ぶときの発声に“七”の音を二度使ってはならない」という、いささか複雑なルールへ変質した。ここで重要なのは、読みを誤るだけでなく、メモ書きに「7日」と書くこと自体を避けるという過剰な自己規制が生まれた点である。
には、都内の私鉄沿線で「三月七日」と表示された電光掲示板が、数分間だけ「三月なな日」と乱れた事故があり、これが怪談の再燃に拍車をかけたとされる。実際の原因は制御盤の接触不良であったが、当時の一部週刊誌が「禁句の日付」と見出しを打ったことで、噂は一段と強固になった。
定着[編集]
この怪談が定着した背景には、という空間の閉鎖性と、日付読みの教育が持つ機械的な反復があると考えられている。児童は「一日」「二日」「三日」と慣れ親しんでいる一方、七日だけは「なのか」であり、そこに例外性が生じるため、噂の入り込む余地が大きかったのである。
さらに、という時期が卒業・異動・引っ越しと重なり、掲示物や名簿の更新ミスが増える季節であることも、都市伝説の繁殖に適していた。自治体の学校事務担当者の間では、三月七日をめぐる誤記が毎年数件報告されたとも言われており、伝承の「実感」を支えた要因とみられる。
なお、の内部向け冊子『日付表記の統一と児童指導上の留意点』第4版に、やや唐突に「『ななにち』は口にしないこと」とあるという話があるが、現行版にその記述はない。真偽は不明である。
噂に見る「人物像」・伝承の内容[編集]
伝承に登場する「人物」は、明確な固有名を持たない場合が多いが、いくつかの型に分類される。第一は、の女性で、白い電卓を持ち歩き、誤読した生徒を静かに見つめるという人物像である。第二は、ないしの男性で、日付を誤るとアナウンスの最後だけ声が二重に聞こえるとされる。
また、地方によっては「三月七日の夜だけ現れる」が語られ、これが黒板消しの粉や名札の裏に現れるという。姿は見えないが、紙に書かれた「七」が勝手に「ナ」に近づく、時計の針が7分だけ進む、プリントの配布順が逆になるなど、極めて事務的な怪異を起こすのが特徴である。
噂の中心にあるのは恐怖そのものよりも、「たった一度の言い間違いで秩序が崩れる」という不気味さである。伝承では、禁句を口にした者はその日のうちにの匂いのする廊下で足音を一つ多く聞くとされ、これを「七の余り」と呼ぶ地域もある。
委細と派生[編集]
言い回しの派生[編集]
派生バリエーションとして最も有名なのは、「三月七日」を言い換えることで回避できるという説である。たとえば「三月の七番目の日」「三月の7日目」「三月のなのか」といった婉曲表現は許容されるとされるが、「さんがつのしちにち」は別の禁忌に触れるとして嫌われる。ここでのルールは厳密というより、語り手の記憶に応じて増殖する性質を持つ。
一部の地域では、「ななにち」と言うとの音が遠くから聞こえる、「七」の字が一瞬だけ裏返る、「3」と「7」が互いの位置を入れ替えるなどの派生がある。いずれも、数字と読みの対応関係が崩れることへの不安が核にある。
また、の一部では、禁句そのものよりも、発音したあとに笑ってごまかすことが最も危険とされる。理由は、笑い声が廊下に残り、その日だけ職員室の時計に反響するからだという。
月末派生[編集]
後半には、三月七日だけでなく「三月三日」「三月十日」など、語呂のよい日付にも同様の禁忌が拡張された。とくには年度替わり直前であり、名簿・書類・進級判定の数字が集中するため、数字の呼び方そのものに神経質な伝承が生まれやすかった。
「ななにち」禁忌の派生として、にアナウンスを止めてはいけない、電話口で「7」を二度繰り返してはいけない、会議資料の見出しを「3/7」とだけ書いてはいけない、といった細目が増えた。これらは本来、事務ミスを防ぐための標語だったとも考えられるが、怪談化したことで逆に広がった。
一方で、都市伝説愛好家のあいだでは「三月七日を『なのか』と正しく言うと、願いが一つだけ叶う」という逆張りの伝承も存在する。もっとも、叶う願いが“翌日の提出物が減る”程度であるため、あまり怖がられてはいない。
学校別の差異[編集]
都立・私立・国立で伝えられ方が異なるのも、この怪談の特徴である。都立校では「朝礼で『ななにち』と言うと校内放送が一日遅れる」、私立校では「誤読した生徒の出席簿だけ紙質が変わる」、国立校では「研究日誌のページ番号が7ページ分ずれる」とされる。
とくに理科系の学校では、禁忌はより数式めいて語られ、三月七日を「7の再帰」と呼ぶことがある。これは、7という数字が月と日に二度現れることで、日付が自分自身を参照してしまうという奇妙な説明である。聞き手にはもっともらしいが、実際には誰が言い始めたのかは不明である。
なお、の一部では「ななにち」と言うと雪の日に限って消しゴムが見つからないとされ、では給食の牛乳が一本余るという。いずれも、怪異が地域の生活物資にまで及ぶ点で興味深い。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法としては、まず「七日」を必ず「なのか」と読むことが基本とされる。加えて、三月七日に日付を告げる際は、先に月を述べ、最後に一拍置いてから日を読むとよいという。これは怪異に主導権を渡さないための作法とされ、学校の担任教諭のあいだで半ば儀礼化していた。
また、噂を聞いた者は、黒板やメモに「7」を書く前に、左手で机を一度たたくと回避できるとされる。これを「七戻し」と呼ぶ地方もある。ただし、三回たたくと逆に「三月の三」を呼ぶことになるという話もあり、やや危うい。
さらに、では、三月だけ「なのか」と印刷された丸シールを売ることがあり、貼ると誤読が防げるという。しかし、頃に都内の学用品チェーンが行った売り出しでは、シールの在庫が3日で1万2,400枚なくなり、かえって噂の人気を証明したとされる。
社会的影響[編集]
この都市伝説は、日付表記の統一に対する意識を高めたという点で、一定の社会的影響を持ったとされる。学校や自治体の掲示物では「3月7日(なのか)」とルビを付ける慣習が広まり、特に低学年向けの案内文では誤読防止のため、日付を漢数字ではなく算用数字で書く例も増えた。
一方で、過度な忌避が笑いの対象にもなり、や深夜番組では「禁句の日付」としてしばしば紹介された。これにより、怪談は恐怖から滑稽さへと重心を移し、むしろ若年層のあいだで「知っていると少し得意になれる都市伝説」として定着した面がある。
また、の一部の塾では、三月七日に限り「なのか」の読みを確認する小テストが配られたという。受験対策と怪談が結びつく例であり、がこの話を取り上げるたびに、翌年の新入生が同じ注意を受けるという循環が生まれた。
文化・メディアでの扱い[編集]
には、インターネット動画で「三月七日をななにちと言ってしまった生徒の一日」を題材にした短編が流行し、再生数が約84万回を記録したとされる。内容は学園ホラーでありながら、最後に職員室のカレンダーだけが丁寧に「なのか」と修正されて終わるという、やや脱力系の作風であった。
漫画・小説では、日付をめぐる言語感覚のズレを扱う作品に引用されることがある。また、あるでは、投稿者が「三月七日をななにちと言ったら祖母に強く叱られた」と話したことから、伝承が家庭内規範としても語られていたことがうかがえる。
なお、の教育番組でこの話題に触れられたという噂もあるが、実際には番組内の「言葉の正しい読み方」コーナーが独り歩きしたものとみられている。とはいえ、この種の都市伝説が公共放送風の語り口と相性がよいのは確かである。
脚注[編集]
[1] 伝承研究会編『日付禁忌と学校怪談の系譜』地方民俗資料叢書第12巻、2011年。
[2] 佐伯真理子「読み間違いと怪異の相互補強」『比較都市伝説学紀要』Vol. 8, No. 2, pp. 41-63。
[3] 渡辺精一郎『昭和末期の校内言語規範』青燈社、1994年、pp. 119-123。
[4] K. Thornton, “Numeral Anxiety in East Asian School Folklore,” Journal of Imaginary Folklore Studies, Vol. 14, No. 1, pp. 77-95.
[5] 宮下志乃「三月七日忌の形成過程」『民間伝承とメディア』第6号、pp. 5-28。
[6] T. Arai, “The Forbidden Reading of March 7,” Bulletin of Applied Superstition, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219.
[7] 小笠原理恵『校内放送と都市伝説』北星書房、2008年、pp. 54-59。
[8] 『東京都教育委員会資料集 日付表記と誤読対策』第4版、2001年。
参考文献[編集]
渡辺精一郎『昭和末期の校内言語規範』青燈社, 1994年.
佐伯真理子『読み間違いと怪異の相互補強』東方出版, 2006年.
宮下志乃『三月七日忌の形成過程』民俗文化研究所, 2010年.
小笠原理恵『校内放送と都市伝説』北星書房, 2008年.
K. Thornton, School Folklore and Numeral Taboo, Imaginary Press, 2012.
T. Arai, Forbidden Dates in Modern Japan, Lantern Academic, 2014.
藤岡俊介『日付の怪談とその流通』みすず書房風出版, 2017年.
田辺由紀『三月の読み方大全』桜花社, 1999年.
M. S. Harwood, “March 7 and the Fear of Misreading,” Folklore Review, Vol. 22, No. 3, pp. 144-168.
『学校怪談総覧 増補新版』全国怪談資料センター, 2020年.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 伝承研究会編『日付禁忌と学校怪談の系譜』地方民俗資料叢書第12巻、2011年。
- ^ 佐伯真理子「読み間違いと怪異の相互補強」『比較都市伝説学紀要』Vol. 8, No. 2, pp. 41-63.
- ^ 渡辺精一郎『昭和末期の校内言語規範』青燈社、1994年、pp. 119-123。
- ^ K. Thornton, “Numeral Anxiety in East Asian School Folklore,” Journal of Imaginary Folklore Studies, Vol. 14, No. 1, pp. 77-95.
- ^ 宮下志乃「三月七日忌の形成過程」『民間伝承とメディア』第6号、pp. 5-28。
- ^ T. Arai, “The Forbidden Reading of March 7,” Bulletin of Applied Superstition, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219.
- ^ 小笠原理恵『校内放送と都市伝説』北星書房、2008年、pp. 54-59。
- ^ 『東京都教育委員会資料集 日付表記と誤読対策』第4版、2001年。
- ^ 藤岡俊介『日付の怪談とその流通』みすず書房風出版、2017年、pp. 201-214.
- ^ M. S. Harwood, “March 7 and the Fear of Misreading,” Folklore Review, Vol. 22, No. 3, pp. 144-168.
外部リンク
- 全国都市伝説アーカイブ
- 学校怪談資料室
- 架空民俗研究ネット
- 日付忌語年表データベース
- 首都圏怪異聞き書き集