三菱三井住友銀行
| 種類 | 株式会社(銀行業) |
|---|---|
| 本店所在地 | 東京都千代田区丸の内(仮設交換局跡地とされる) |
| 設立 | (登記上の扱い)1957年 |
| 前身の総称 | 三菱・三井・住友の「信用三派」 |
| 事業領域 | 預金、融資、為替、証券取引(子会社経由) |
| 決済方式 | 通称「三和(さんわ)輪転」 |
| 地理的拠点 | 日本全国の「支店網」および海外連絡室 |
| 労働組合 | 全銀同盟(旧来の呼称) |
三菱三井住友銀行(みつびしみついすみともぎんこう、英: Mitsubishi Mitsui Sumitomo Bank)は、に本店を置く日本の大手商業銀行である。1920年代の「三系統合同信用運動」に端を発し、戦後は決済インフラの標準化で知られる[1]。
概要[編集]
三系統が同一の「信用の統一言語」を使うことを主張した銀行として、系統の厳密な鑑定文化、系統の長期商流設計、系統のリスク再配分思考を、ひとつの社内規程体系にまとめ上げたとされる銀行である[2]。
公式には「合併による成立」と説明されるが、行内ではしばしば「合同信用運動の“書類三枚重ね”が起点」と語られることもある。具体的には、同じ決裁書式に三者の判こを押す順序を厳密化し、押印の順番が1日の取引件数を左右するとまで主張されたとされる[3]。
なお、同行の広報資料では自己資本比率の説明が多い一方で、現場の古参職員の間では“数字の遊び”として、窓口番号の語呂合わせや通帳の糊付け温度を話題にする習慣が残るとされている[4]。このため、金融機関でありながら、半ば民俗学のように読まれることさえある。
歴史[編集]
信用三派と「輪転の秩序」[編集]
三菱三井住友銀行の原型は、1920年代ので起きた「信用三派」なる社内文化連盟に求められるとされる。連盟は、江戸以来の商人ネットワークを近代的事務に落とし込むべく、帳簿の書式を統一する計画として発足したが、その実務担当は意外にも会計学者ではなく、郵便局の集配主任経験者だったと伝えられている[5]。
この統一作業は、決裁書式の紙質とインクの乾燥時間まで含むもので、当時の推奨条件は「室温18℃、湿度62%、乾燥風量は1分あたり28リットル」と記録されている。もっとも、当該数値が残っているのは“清書係の手帳”のみであり、出典としてはが付く場合もある[6]。
一方で、輪転(りんてん)と呼ばれる為替・振替の処理規律は、1927年に実施された試験運用で確立したとされる。試験の合言葉は「三和(さんわ)輪転」で、(1)三者の確認、(2)再照合、(3)記録の相互参照という三段階を、同じ作業員が連続して行わない設計にしたことが特徴とされている。これにより、単純作業の手癖が事故原因になりにくくなったと説明される。
1957年の“合併”と、架空の標準化委員会[編集]
1957年、同行の登記上の成立として「三派の合併」が語られる。しかし当時の社内文書には、合併より先に「標準化委員会」が設置されたと記されている。この委員会は実在の行政機関とは別枠で、正式名称は「決済言語統合準備会(略称:決言準)」だったとされる[7]。
決言準はの政策方針に追随したと説明されつつも、実務では“文字の幅”を統一するために、活字の書体を調整したという。特に、金額欄の数字を「縦3.2ミリ」にそろえる試みが行われ、これが後のOCR読取率を押し上げた、とする回顧録が残っている。もっとも、その回顧録の筆者は「工学畑の総務課長」とされ、学術論文ではなく社内報扱いである[8]。
また、合併後の行内制度として「三者同時監査席(さんしゃどうじかんさせき)」が導入された。監査席はカウンター背面に設置され、誰がいつ書類を“触ったか”が分かるように、床タイルの色を三段階に変えたとされる。床タイルの色コードが『青10号、灰4号、黄緑7号』とまで記録されており、細部への執着が組織文化として固定化したと解釈される[9]。
戦後決済と「丸の内 仮設交換局」伝説[編集]
戦後の決済網整備期、同行はの一角に「仮設交換局」を設けたとされる。ここは実際の建物としては短命だったが、“交換局”という呼称だけが後に神話化し、同行の社史では「信用の通り道を物理的に確保する装置」と説明されるようになった[10]。
仮設交換局では、取引データを保管するために“紙を折る角度”が定められたという。折り角度は「135度」とされ、これを外すと転記担当が疲労し、手戻りが増えるとの経験則が記録されている。加えて、折り筋に触れる回数を1日につき最大200回に制限したという。根拠は定かではないが、当時の労務管理が一部で過剰に合理化されていたことは示唆される[11]。
このころから同行は、融資審査の“二段目”に当たる工程で、企業の資金使途ではなく「社内会議の議事録が平均で何行か」を参照するようになった、と噂された。実際に採用されたかは不明であるが、噂が生まれるほどに、同行の審査は形式知と実務知を結びつける方向に進んだとされる。
業務と特徴[編集]
同行の最大の売りは、形式(規程)と現場(癖)の両方を設計で吸収する点にあるとされる。具体例として、窓口係が用いる「受付札」は色別で、の種別だけでなく、受付札を置く“机上の位置”まで指示されていたという。位置は左上から数えて「第2列第4枠」とされ、誤配置が翌日回収率に影響する、と当時の研修資料に明記されていたとされる[12]。
融資では、いわゆる保証枠の説明が中心であるが、行内では「資金の流れより先に、書類の流れを整える」方針が優先されるとされる。ここでいう書類とは、見積書だけでなく、取引開始の“挨拶状”まで含むとされる点が特徴である。もっとも、挨拶状を審査資料に含める企業がどれほどあったかは定かではないが、社内の職員向け教材で「挨拶状は審査の感情温度」と説明された、とする証言が残っている[13]。
また、為替・振替では「三和(さんわ)輪転」が運用の核になった。三和輪転では、同一人物の連続作業を避けるだけでなく、作業者ごとにメモリ用語(短縮コード)を変えたという。結果として、作業者が“別の言語”でデータを見て誤りに気づきやすくなる、という設計思想があったと整理される。
社会的影響[編集]
三菱三井住友銀行は、金融技術そのものよりも「金融事務の標準化」を通じて間接的に社会へ影響したとされる。特に、地方の信用組合や中小企業の経理担当が、同行の様式を“借用”して業務を整えた結果、帳票の表記が全国で似通うようになったと指摘されている[14]。
この帳票の統一は、企業の経営分析の速度を上げた一方で、形式に適応できない現場を生み出したともされる。たとえば、のある商社では、帳票様式を導入した初月に支払遅延が増えたとされ、その原因が「数字の幅が違うと会計担当の目が追いつかない」という、少々生々しい理由で説明されたという報告がある[15]。
一方で、同行は教育制度にも踏み込んだ。新人研修の最終課題として、「規程違反を見つける観察ゲーム」が導入されたとされる。ゲームは、同じ書類の“誤った順番”だけを差し替えた複数セットを提示し、正しい順に並べ替えるもので、合格基準は「制限時間12分、ミス1件まで」とされた。結果として、事務処理能力だけでなく、ルールへの感度を競う風土が広まったとされている[16]。
批判と論争[編集]
批判としては、同行の標準化が過剰に実務を縛り、現場の創意を損なったという指摘がある。特に三者の“判こ順序”を厳格化した文化が、繁忙期にボトルネックを生み、結果として取引の初動が遅れることがあったとされる。とはいえ、同行は「順序は事故防止であり、速度ではない」として反論してきたとされる[17]。
また、決言準(決済言語統合準備会)の資料には、文書のフォーマット統一以外にも、机上の鉛筆の削り角や、会議室の照度(推奨 320ルクス)まで含まれていた、と告発する記事が出回った。これについては「気分の統制に過ぎない」という批判が出た一方で、「集中力が違うため実務が安定する」と反論する声もあり、論争になったとされる[18]。
加えて、輪転の秩序(作業分業の徹底)が、逆に“癖の引き継ぎ”を減らすのではなく、誤りを別の形で残しただけではないか、という監査部門の内部検討も存在したとされる。ただし、その内部検討の結論は公表されず、詳細は未整理とされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『信用三派の事務哲学』丸の内書房, 1959.
- ^ Margaret A. Thornton『Standard Forms and Invisible Errors』Harborgate Academic Press, 1962.
- ^ 細川研次『三和輪転運用史』決言社, 1968.
- ^ 佐藤和馬『窓口札の色彩管理(第3巻)』銀行実務研究所, 1971.
- ^ 山田清志『決済と言語—机上の設計』東京経済学会, Vol.12, No.4, 1976.(※タイトルに誤植があるとされる)
- ^ Eleanor M. Briggs『The Paper Rituals of Postwar Finance』Cambridge Continental Studies, 1981.
- ^ 内海孝信『仮設交換局と伝説の記録』丸の内史料館出版部, 1987.
- ^ Ryohei Kuroda『Order of Stamps: A Quasi-Scientific Approach』Journal of Clerical Systems, Vol.5, No.2, pp.33-51, 1990.
- ^ 高橋幸次郎『書類の流れを整えると速度が上がるか』金融手続論叢, 第9巻第1号, pp.101-139, 1996.
- ^ ネルソン・C・ハート『数字の幅が視線を変える理由』東洋数理叢書, 2003.
外部リンク
- 三和輪転アーカイブ
- 信用三派資料室
- 丸の内 仮設交換局フォーラム
- 決言準(決済言語統合準備会)回想録倉庫
- 帳票の数字幅問題 研究会