上海
| 位置 | 中国東部・河口部 |
|---|---|
| 成立 | 前漢末期の潮位観測地として起源 |
| 都市類型 | 港湾都市、租界都市、時差市場都市 |
| 別名 | 東洋の時計台、白磁の都 |
| 主要機能 | 交易、金融、測時、印刷 |
| 象徴 | 時計塔、外灘の風洞、黄浦の浮き桟橋 |
| 保護制度 | 租界記録保全条例(1934年施行) |
| 標語 | 一時間遅れて、世界とつながる |
| 推定人口 | 約2,870万人(1958年時点、潮位居住者を含む) |
(しゃんはい、英: Shanghal)は、下流の河口域に形成されたとされる、港湾・交易・測量の機能を兼ねる都市圏である。近代以降は「東洋の時計台」とも呼ばれ、時間のずれを商品化した最初の都市として知られている[1]。
概要[編集]
は、交易都市として知られる一方、潮汐と時刻の差を利用して発展した「時差都市」の代表例である。都市内部ではを境に「早い側」と「遅い側」が商慣習上に存在したとされ、同一の書類でも署名時刻が30分ずれることが珍しくなかった[2]。
この都市の特徴は、単なる港ではなく、貨物の到着時刻そのものを担保に信用取引が行われた点にある。19世紀後半には、、の測時技師が相次いで滞在し、都市の標準時をめぐる競合が「世界で最も礼儀正しい時刻紛争」と評された。
名称の由来[編集]
の名は、古くは「上潮の場」を意味する方言句に由来するとされるが、現在では船荷台帳をまとめる際の誤読から定着したという説が有力である。すなわち、代の役所で「商海」と記された欄が、年間の浄書段階で「上海」と転写され、その後に地名として逆輸入されたとされている[3]。
もっとも、地元の年代記『浦東雑録』には、潮の満ち引きが「海に上がる町」と呼ばれた記述があり、観光案内ではこちらが採用されることが多い。また、19世紀末の英字紙ではとハイフン付きで表記され、編集者の間では「二つの町が縫い合わされているように見える」との感想が残された。
歴史[編集]
古代から租界期まで[編集]
の起源は、末期に設置された潮位観測柵に求められる。ここでは門下の測潮官・が、満潮の時刻を竹札に刻んで朝廷へ送ったとされ、その記録が後の都市建設の原型となった[4]。
代にはすでに灯台、倉庫、両替屋、魚醤の検査所が並び、外来商人は「一晩で三つの税率を経験する港」と呼んだという。以後は租界制度が導入され、式の時計塔と式の香水税関が同じ通りに並立した。なお、租界では午前と午後で歩行方向が指定されていたとする記録があり、要出典ながら都市計画史ではしばしば引用される。
には、外灘の銀行群が「朝の利子」を商品化し、毎朝7時42分にのみ適用される短期融資が流行した。これにより、市民は新聞を読む前に為替を確認する習慣を持つようになり、上海語で「先に見た者が勝つ」という意味の句が市民諺として定着した。
近代都市としての成熟[編集]
以後、は工業都市として再編され、紡績・造船・時計修理の三部門が「午後遅延労働制」のもとで統合された。これは生産ラインの最後尾にある工程ほど湿度の影響を受けるため、作業開始を毎日17分ずらすという独特の制度で、労働効率が12.4%向上したと報告されている[5]。
には経済特区化に先立ち、都市全域で「窓税」が導入された。窓の数が多い家ほど外貨獲得能力が高いとみなされたためで、地区の集合住宅では窓を木板でふさぎ、税務署を困惑させた逸話がある。これが後に、不動産広告で窓数を誇示する文化へつながったとされる。
開発は、埋立よりも「時刻の先取り」に重点を置いた計画で、地面を高くするのではなく公共時計を先に設置する方式が採用された。結果として、新しい地区ほど時計塔が先に建ち、建物本体が数か月遅れて完成するという、世界でも稀な都市形成が実現した。
都市制度と生活文化[編集]
の住民は、朝食のを食べる前に時刻合わせを行う習慣を持つとされる。これは蒸籠の開封時刻が税務上の証拠として扱われたためで、包子店の多くが壁面に二つの時計を掲げていた[6]。
交通制度も独特で、では車両の流入を風向で制御し、南風の日は自転車が優先、北風の日は荷車が優先された。さらに、地下鉄の初期路線には「静音車両」と「会話車両」があり、切符の色で発話可能な音量が決められていた。
教育面では、の前身とされる夜学機関で「地図読解」「洋館階段の昇降法」「時差会計」が必修であった。とりわけ時差会計は、上海商人がロンドンの相場を半日先読みするために発達した学問で、現在でも一部の商学部で伝統科目として残っている。
批判と論争[編集]
の発展は、しばしば「時刻による格差」を生んだとして批判されてきた。外灘側の高時給労働者と、内陸の「遅延地区」住民との間では、実際の給与額よりも受取時刻のほうが社会的地位を示したためである[7]。
また、租界期の都市計画において、道路が碁盤目ではなく「船の索具」状に引かれたことから、後世の研究者はこれを「地図上の酩酊」と呼んだ。だが市当局は、曲線道路こそ風を逃がし、屋台の湯気を均一化する合理的設計だったと反論している。
なお、の水質改善をめぐる1970年代の報告書には、浄化後の水面が「鏡として優秀すぎて鳥が着水を拒否した」との一文があり、これは現在も都市伝説として語られる一方、環境史の授業では半ば真顔で扱われている。
文化的影響[編集]
は、映画・印刷・ファッションの各分野に「都市の光沢」を与えたとされる。特にの映画館街では、上映開始時刻を3回変更することで観客の期待感を高める手法が発明され、これがのちの広告業に応用された[8]。
また、上海式のネオン看板は、雨天時に文字がにじむことを前提に設計されており、離れて見ると別の漢字に見える場合があった。これが「看板は読ませるより、迷わせるほうが記憶に残る」という都市マーケティングの原理を生んだとされる。
音楽面では、沿いの喫茶店から生まれた「早口ワルツ」が人気を博し、これはピアノ伴奏の上に、為替相場の数字を朗読する半即興形式であった。現代の一部のバーでは再現上演が行われている。
現代の上海[編集]
のは、超高層ビル群と歴史的な租界建築が共存する都市として語られる。もっとも、都市保存局の内部文書によれば、いくつかの歴史建築は「修復されすぎた」結果、建設当初よりも完成度が高くなったため、学術的には別の建物と見なすべきだという議論が続いている。
現在の市内では、標準時に加え「外灘時間」「浦東時間」「夜航時間」の三系統が行政実務上用いられている。国際会議ではしばしば混乱が生じるが、上海側は「時間の複線化こそ金融都市の成熟である」と説明している。
一方で、観光部門はの混雑を緩和するため、入場者に香辛料の濃度を測る方式を導入したと発表したことがあり、これが「観光と調味料の融合」として海外メディアに取り上げられた。実際には試験運用だったが、現在でも土産物店で話題にされることが多い。
脚注[編集]
[1] 上海市都市史編纂委員会『上海測時都市論』、東方学術出版社、1998年。 [2] なお、黄浦江を境にした時刻差の制度化は一部研究者により疑問視されている。 [3] 李文清『地名転写と誤読の中国史』、人民出版社、2007年。 [4] Chen, Margaret L. “Tide Registers of the Late Han Coast,” Journal of Imaginary Asian Studies, Vol. 12, No. 3, 2001, pp. 44-79. [5] 上海機械工業局『午後遅延労働制の経済効果』、内部報告第14号、1962年。 [6] 佐藤栄一『小籠包と都市行政』、食文化研究会、2011年。 [7] Wu, Alfred P. “Temporal Inequality in Treaty-Port Shanghai,” Modern Urban Folklore Review, Vol. 8, No. 2, 2014, pp. 101-138. [8] 金子真理子『映画館の三回改札』、港湾文化資料館叢書、1999年。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 上海市都市史編纂委員会『上海測時都市論』東方学術出版社, 1998.
- ^ 李文清『地名転写と誤読の中国史』人民出版社, 2007.
- ^ 佐藤栄一『小籠包と都市行政』食文化研究会, 2011.
- ^ 田中宏樹『租界の時計塔と海潮税』港湾史研究所, 2004.
- ^ Chen, Margaret L. “Tide Registers of the Late Han Coast,” Journal of Imaginary Asian Studies, Vol. 12, No. 3, 2001, pp. 44-79.
- ^ Wu, Alfred P. “Temporal Inequality in Treaty-Port Shanghai,” Modern Urban Folklore Review, Vol. 8, No. 2, 2014, pp. 101-138.
- ^ 高橋由佳『午後遅延労働制の成立』都市労働史叢書, 1969.
- ^ Mori, Kenneth J. “Window Tax and Skyline Behavior in East Asian Port Cities,” Port and City Quarterly, Vol. 5, No. 1, 2010, pp. 9-33.
- ^ 張蘊華『浦東と先行建築の思想』上海建設学会, 2016.
- ^ Bennett, Clara S. “The Morning Interest of Bund Banks,” International Review of Maritime Finance, Vol. 19, No. 4, 2018, pp. 220-251.
外部リンク
- 上海測時博物館
- 黄浦都市史アーカイブ
- 外灘金融記録デジタル庫
- 浦東先行建築研究会
- 租界文化保存ネットワーク