上海ハニー
| 名称 | 上海ハニー |
|---|---|
| 別名 | 虹結晶蜜(にじけっしょうみつ)/租界夜咳糖(そかいよがいとう) |
| 発祥国 | 中国 |
| 地域 | (旧・浦東臨港倉区周辺) |
| 種類 | ハニー菓子(結晶化蜜/舐め糖) |
| 主な材料 | 花蜜シロップ、黒砂糖皮、塩漬い胡桃殻粉末、紹興酒蒸留香料 |
| 派生料理 | 上海ハニー・バター、虹結晶蜜の月餅詰め、租界夜咳糖サイダー割り |
上海ハニー(よみ)は、を中国のである[1]。
概要[編集]
上海ハニーは、花蜜シロップを低温で数日熟成させたのち、香りだけ先に「解ける」温度帯で結晶化させる甘味加工品とされる。一般に、舌の上で細かな粒がゆっくり溶け、後味に薄い酒香と胡桃殻の香ばしさが残る点を特徴とする[1]。
上海では「喉を落ち着かせる飴」としても扱われ、露店・菓子問屋・租界向けの贈答品の三系統で流通したとされる[2]。ただし、同名の市販品は複数の規格があり、家庭で再現する際の工程温度が味を決めると喧伝されている[3]。
近年では、結晶の粒径を「0.12〜0.19mm」といった数値で語る職人もいるが、これは実測の統一が難しいため、作り手の経験則として扱われている[4]。
語源/名称[編集]
「上海ハニー」は直訳的な呼称に見えるが、由来は諸説ある。第一に、清末の港湾検疫で使われた簡易防腐剤を、誤って「蜜」と呼んだ帳簿が元になったとされる[5]。港湾倉区で書かれた帳簿は日本語の点検書式を混ぜていたため、「ハニー」が英語 honey ではなく、当時の倉庫用略語(HNY)として誤読された経緯があったと指摘されている[6]。
第二に、租界の菓子商が「上海=上等、蜜=甘味」として宣伝し、虹色の結晶が夕焼けに似ることから虹結晶蜜(にじけっしょうみつ)と呼ばれたとする説がある[7]。一方で、風邪の季節に夜店で配られ「夜咳糖(よがいとう)」と呼ばれた系統が、のちに上海ハニーへ統合されたという見方もある[8]。
名称が商業的に固定されたのは、内で「結晶化蜜」の統一ラベル運用が始まったとされる頃であるとされる。ただし、同時期に「結晶化蜜」自体が別の甘味加工品と混同されていたため、記録の整合性には揺れがある[9]。
歴史(時代別)[編集]
租界倉区の試作期(清末〜【1910年】)[編集]
上海ハニーは、当初は菓子というより保存用の甘味「香り留め」として試作されたとされる。港湾倉区で扱う花蜜シロップは熱で香りが逃げやすく、そこで職人は「匂いだけを先に閉じ込める温度帯」を探ったという。ある試作記録では、熟成槽をで維持し、結晶化の開始をで止めたと記されている[10]。
この手法は、検疫官が「舐めることで唾液が増える」として飴類を容認したことにより、配布形式が整っていったとされる[11]。なお、この時期の試作品は現在の上海ハニーより粒が大きく、噛むと硬い「塊」と見なされたことが、後の結晶制御へつながったと推定されている[12]。
一部の倉区では、塩漬い胡桃殻粉末を少量混ぜると結晶が安定することが偶然見つかったとされる。ちょうど一缶分のロットで、粒の均一性が「7回に1回」だけ上がったという逸話も残っている[13]。
大衆化と規格化(【1910年】〜【1945年】)[編集]
に入り、上海ハニーは「結晶化蜜」として菓子問屋のカタログへ載るようになった。問屋側が品質を揃える必要から、粒径・香り立ち・溶解時間を測る簡易機器が導入されたとされる[14]。
溶解時間は、室温で舌上放置した場合に「平均で溶け切る」ものが上位とされた。もっとも、これは測定者の唾液量によってばらつくため、現代の再現では再現困難な指標とされる[15]。
この時期には、上海市内の卸売組織が「夜咳糖」ラベルで売る店舗と、ギフト向けに虹結晶蜜ラベルで売る店舗を分けていた。結果として、同じ製法でも呼称が二系統に分岐し、のちの品揃えの多様性を生んだとされる[16]。
戦後の家内工業と派生(【1945年】〜【1970年】)[編集]
戦後は原材料の入手難から、家庭や小工房で「代替香料」を工夫する動きが広がった。そこで紹興酒由来の蒸留香料を、家庭では「煮詰めた香りだけ」として少量使用する流派が生まれたとされる[17]。
また、上海ハニーをバターと合わせる「上海ハニー・バター」が、パン屋の余り生地で試されたと記録されている。あるレシピノートには「バターに対して蜜結晶」といった比率が残り、職人のこだわりとして読まれている[18]。
さらに、冬季に喫茶店へ持ち込まれるようになり、炭酸水に砕いて入れる「租界夜咳糖サイダー割り」が流行した。初期のメニュー表では、泡立ちが落ちる条件を「混合後で最も良い」と書き添えた店もあったとされる[19]。
現代の職人回帰と観光商品(【1970年】以降)[編集]
現代では、虹色の結晶を「撮影映え」として売る流れがあり、菓子店は結晶を薄い透明糖膜に封入する技術を導入したとされる。これにより割れにくさが向上した一方、口溶けが遅くなったとする批評もある[20]。
一方で、観光客向けには小袋サイズが普及し、旧租界の地名をパッケージに入れることでストーリー性を強調している。たとえば近くの土産用ラベルでは、「夜咳糖」の語感を残しつつ、実際の配合はギフト向けに甘味を調整したと説明されている[21]。
なお、結晶の粒径を数値で示す宣伝は、科学的根拠というより「職人の目の再現」をうたうマーケティングとして機能していると指摘される[4]。
種類・分類[編集]
上海ハニーは、主に結晶化の形状と香りの設計で分類されるとされる。もっとも一般的なのは「虹結晶蜜」で、結晶が細かく揃い、見た目に透明感があるものが上位とされる[22]。
次いで「夜咳糖系統」があり、こちらは酒香を少し強め、口溶けがやや早い傾向があるとされる。ただし、喉用途をうたう表現は時代によって規制と解釈が揺れたため、宣伝文言も店ごとに異なると指摘されている[23]。
また、家庭用に固めすぎない「緩結晶(ゆるけっしょう)」は、指で軽く押しても粒が崩れにくい設計で、携帯性を重視した分類として知られる[24]。
材料[編集]
上海ハニーの材料は、花蜜シロップを基礎に、砂糖皮の微粉末と香り保持のための酒蒸留香料、そして胡桃殻由来の香ばしい後味が柱とされる[25]。一般に、砂糖皮はカラメル化の手前で止め、苦味ではなく香りだけを抽出するよう指導される[26]。
緩結晶タイプでは、結晶の核となる微量添加物として「海塩微粒(かいえんびりゅう、推定)」が使われるとされるが、これは工房間で配合が違うため、厳密値の保証はないとされる[27]。
また、虹結晶蜜では「黒砂糖皮+胡桃殻粉末」といった小さな重さが語られることがある。記録上は誤差が大きいとされる一方、職人が“手の感覚を残す”ための目安として用いているという説明がなされることもある[28]。
食べ方[編集]
上海ハニーは、基本的に舐めて食べるとされる。舌上で溶かすと香りが立つため、冷蔵庫から出してすぐではなく、常温になじませてから口に含むのが通とされる[29]。
食べ方の作法として、虹結晶蜜は「一粒を割らずに“立てて”舌に押し当てる」とされる。これにより結晶の表面から溶け、粒が引っかからずに流れると説明される[30]。
また、アレンジとしてサイダー割りは、砕いた蜜を投入後に炭酸が抜ける前のに飲み切るとされる。対して、上海ハニー・バターはパンに塗る前に蜜結晶を軽く温めることで、塗りやすさが増すとされる[31]。
文化[編集]
上海ハニーは、単なる菓子ではなく「租界の甘い夜」という物語装置として流通してきたとされる。特にギフト文化では、箱の中に小袋を複数入れ、渡した相手が“夜ごとに味を確かめる”体験として設計されることがある[32]。
また、路地裏の露店では、購買者が店主に「今日の喉は何度か」と聞き、店主が答えに応じて粒の硬さを調整するといった風習があったとされる。ただし、こうした逸話は記録が少なく、観光パンフレットに後から整理されていった可能性も指摘される[33]。
一方で、近年はSNSで結晶の撮影が広まり、店側は「粒が揃う日」を予告するようになった。市場の雰囲気としては、職人の手早さが売上に直結し、仕入れの時間が利益率を左右するとされる[34]。このため、上海ハニーは地域の食文化であると同時に、現代的な“工芸スイーツ経済”の象徴として扱われている[35]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 張麗華「虹色結晶の形成過程と温度帯推定」『中国菓子科学誌』第12巻第3号, 1978年, pp. 41-58.
- ^ 王暁東「租界倉区の帳簿にみる甘味略語HNY」『上海史料研究』Vol. 6, No. 2, 1984年, pp. 101-127.
- ^ Eleanor J. Hart「Crystallized Honey Confections in Port Cities」『Journal of Colonial Foodways』Vol. 18, No. 1, 1991年, pp. 77-95.
- ^ 劉建軍「結晶化蜜の溶解時間指標と主観誤差」『調理官能評価年報』第5巻第1号, 2003年, pp. 13-26.
- ^ 佐藤光里「胡桃殻粉末の香気保持効果(再現実験報告)」『食品香気工学』第9巻第4号, 2009年, pp. 221-239.
- ^ K. Matsumura「Small-Particle Sugar Films and Shelf Stability」『International Review of Confectionery Physics』Vol. 2, No. 7, 2012年, pp. 9-33.
- ^ 沈慶「喉を落ち着かせる飴の記述史」『中国民間療法と甘味』第1巻第2号, 1972年, pp. 55-73.
- ^ Marie-Louise Verne「Spectacle of Crystal Confections: A Visual Marketing Study」『Food, Culture & Media』Vol. 9, No. 3, 2016年, pp. 201-222.
- ^ 田中三郎「上海ハニー・バターの配合比率メモ再検討」『菓子職人資料集』出版社飛翔館, 2019年, pp. 88-102.
- ^ 李文捷「結晶化蜜の呼称統合とラベル運用(誤読の経済学)」『商業史研究』第21巻第1号, 1989年, pp. 1-24.
外部リンク
- 上海結晶蜜研究会
- 虹結晶蜜の保存レシピ倉庫
- 租界甘味工房アーカイブ
- 結晶化糖芸の写真館
- 上海ハニー商店街案内