人体錬成禁止法
| 制定時期 | 昭和末期(1987年) |
|---|---|
| 通称 | 錬禁法 |
| 主務官庁 | 厚生労働省 保健医療技術管理局(仮称) |
| 根拠条文 | 第1条〜第18条 |
| 対象行為 | 人体の錬成・部位入替・同位錬成 |
| 罰則 | 懲役最大15年または罰金最大5,000万円 |
| 施行地域 | 全国(ただし研究区は例外的許可制) |
| 関連規制 | 遺体取扱規則・生体素材輸送許可 |
人体錬成禁止法(じんたいれんせいきんしほう)は、人体の部位・器官を錬成する行為を禁じると定めたの法律である。制度導入以後、との境界は厳密化され、同時に地下市場も活性化したとされる[1]。
概要[編集]
人体錬成禁止法は、人体に関する「錬成」行為を、医療目的であっても原則として禁止する枠組みとして整備されたとされる法律である。第1条では「錬成」を、熱・電位・触媒・霊媒的媒質を組み合わせ、人体の構造を意図的に再配置する行為と定義している[1]。
当該法は、表向きはの保護を目的としている。一方で、錬成を「高度な生体加工技術」として運用しようとする勢力が、研究許可の隙間(いわゆる“第9条但書”)を通じて実務を続けたと指摘される。結果として、合法と違法の境界が社会的議論を呼び、行政は監査手続の細目を後追いで増やしたとされる[2]。
制定の背景[編集]
人体錬成禁止法の成立には、1980年代のブームが強く影響したとされる。とくにに所在した「分子整調研究所」(当時、民間の技術研究拠点として報道された)では、人体の部位を“再配置”する技法が注目され、学会の特別講演会が相次いだという[3]。
行政側の懸念は、事故報告の増加であった。保健当局に集まった未承認事例のうち、1984年から1986年の2年で計312件が「錬成類似の手技」として照会されたとする資料がある[4]。照会件数のうち、実地検査まで到達したのが61件、さらに強制捜査に切り替えられたのが9件にとどまったとされ、結果として“見逃し率の高さ”が法整備を加速させたと説明されている[5]。
また、世論の急転を招いた出来事として、で起きた「陰影混入事故」がしばしば挙げられる。これは錬成装置の触媒に、別用途の染色剤が混入していた可能性が報告された事件であり、被害者の一部に“血流の色相が正常範囲を逸脱した”とする説明がなされたとされる[6]。証明は揺れたものの、行政のリスク評価は極端に厳しくなり、法律案の条文化が進められた。
法の内容[編集]
定義と適用範囲[編集]
第1条では、錬成を「構造再配置を伴う人体改変」と規定した。判定基準として、(1)入熱が体温上昇を超えること、(2)電位差が一定閾値(0.83ボルト)を超えること、(3)触媒層が三層以上に分化すること、(4)同位素材の挿入または置換があること、の4要件を総合的に勘案するとされた[7]。ここで“0.83ボルト”は、審議会の議事録では「会議室の換気扇がうるさくて数値が擦れた名残」とも記録されているが、後日になっても削除されず残ったとされる[8]。
一方で、同法は「治療」と「錬成」の線引きを明文化することを避けた。第3条では、医師が行う処置であっても、結果として錬成要件に該当すれば適用されるとし、「意図」を重視しない建付けになっているとされる。そのため、実務では“術式の意図”を記録する書式が流通し、記録様式はのちに厚労省通達で統一された[9]。
罰則と手続[編集]
人体錬成禁止法の罰則は比較的重い。第12条では、人体錬成を業として行う者に対し懲役最大15年または罰金最大5,000万円を定める。さらに、第14条では、未承認試料の保管をした場合は「錬成と同等の危険性」として加重する規定があるとされる[10]。
手続面では、研究区画の届出が核になる。第9条但書により、大学・公的研究機関に限って許可制の例外が置かれたが、許可審査は「装置の材質」「廃液の同位比」「作業者の睡眠時間(連続稼働の抑制)」まで点検する運用になったとされる[11]。この“睡眠時間”項目は一部で揶揄され、雑誌記事では「法が人間の生体を規制するために、まず人間の生体を計測している」と書かれたという[12]。
監査は年2回が基本とされたが、重大事故が疑われる場合は臨時監査を追加できるとされる。実務上の監査間隔は、書類上は180日とされる一方、実地報告では「平均167日」に短縮されていたとする内部資料が存在するとされる[13]。
社会への影響[編集]
人体錬成禁止法の施行後、医療機関では“人体加工”の説明が形式化されたとされる。診療記録は「処置の分類」「エネルギー入力」「触媒層の構成」「材料の由来」を欄ごとに記載する様式へと移行した。とくにの複数施設では、患者説明書がA4で8枚に膨らみ、説明の末に「本日は錬成ではありません」という定型文が添えられたと報告される[14]。
一方で、地下では“錬成ごっこ”ではなく、より精巧な迂回が生まれたとされる。装置の外形を変え、要件のうち電位差を意図的に閾値未満に抑える試みが出回り、結果として“低電位触媒錬成”と呼ばれる技術が一時的に流行したという。ただし当局はこれを「要件のすり替え」として監査強化の対象にしたとされる[15]。
さらに、犯罪統計にも波が見られたと説明される。法施行の前後で、未承認の試料輸送に関する摘発件数が、施行前年(1986年)の48件から施行初年(1987年)に92件へ増えたとされる。増加の理由として、(1)違法業者の移動が活発化したこと、(2)検査が“入口”を厳しくしたため“出口”での違反が可視化されたこと、が併記されている[16]。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、法の定義が技術的に曖昧だという点である。とくに“錬成要件を総合判断する”という文言が、現場に裁量を残し、結果として審査のばらつきが発生したとする指摘がある[17]。医療団体は「閾値は統一すべき」と主張し、行政側は「閾値を固定すると技術側が先回りする」と反論したとされる。
また、学術界では倫理と研究の自由のバランスが問題になった。例として、にある研究者コミュニティ「日本人体素材研究会」は、例外許可の枠が狭すぎるとして、通達の改訂を求めたとされる。会の声明では「第9条但書は“例外”ではなく“迷路”である」と表現され、メディアで引用されたという[18]。
さらに「罰則の重さ」に対しても議論があった。弁護士団体は、懲役15年や罰金5,000万円は抑止力として過剰であり、過失事故まで業規制に巻き込む可能性があると主張したとされる[19]。一方で当局は、錬成類似技術の事故が一度起きると修復が困難であり、刑事罰の設計は合理的であると説明した。なお、最高裁の判断としては“判例が存在するように見えるが出典が追えない”文書が回覧されたとの逸話があり、後年に「出所不明の判例メモが拡散しただけ」と指摘されたとされる[20]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 厚生労働省 保健医療技術管理局『人体錬成禁止法逐条解説』ぎょうせい, 1988.
- ^ 佐伯正臣『錬成要件の数理化:人体改変規制の設計思想』日本衛生法学会誌, Vol.12 No.3, pp.41-76, 1989.
- ^ Margaret A. Thornton『Defining “Alchemy” in Regulated Medicine』Journal of Bioethics & Policy, Vol.4 No.1, pp.13-29, 1991.
- ^ 伊藤涼太『第9条但書の運用実態—監査間隔180日の現場』公衆衛生行政研究, 第27巻第2号, pp.102-131, 1990.
- ^ 田村晶子『陰影混入事故の行政評価:証明の揺れとリスクの固定』安全工学評論, Vol.9 No.4, pp.201-219, 1992.
- ^ Klaus Richter『Thresholds, Discretion, and Enforcement in Human Modification Law』International Review of Medical Regulation, Vol.7 No.2, pp.55-88, 1993.
- ^ 中村貴志『人体改変の説明様式と患者コミュニケーションの変容』臨床コミュニケーション研究, 第33巻第1号, pp.9-34, 1994.
- ^ 『錬禁法の社会史:大阪から北九州へ』読売学術文庫, 1995.
- ^ (書名が微妙におかしい)『人体錬成禁止法—禁止されない人体錬成』厚労新書, 1987.
- ^ 山下慎一『錬成類似技術の迂回戦略と摘発:1986〜1988年のデータ整理』統制政策年報, Vol.2 No.5, pp.77-120, 1996.
外部リンク
- 錬禁法アーカイブ
- 生体素材監査DB
- 医療倫理Q&Aセンター
- 地下研究所摘発の記録室
- 人体改変規制の資料庫