任侠薔薇組
| 名称 | 任侠薔薇組(にんきょうばらぐみ) |
|---|---|
| 略称 | NBG |
| ロゴ/画像 | 赤い薔薇を囲む二つの縄(輪紋) |
| 設立(設立年月日) | 1951年(昭和26年)10月12日設立 |
| 本部/headquarters(所在地) | 福岡市中央区天神二丁目14番地 |
| 代表者/事務局長 | 組長(議長相当)兼統括事務局長:渡辺「白薔薇」忠之 |
| 加盟国数 | —(国内組織として運営) |
| 職員数 | 常勤事務局職員 487人、特命班を含む実働 1,932人 |
| 予算 | 年額 38億4,200万円(運営費と保全基金を含む) |
| ウェブサイト | 任侠薔薇組 公式通信局(閲覧制限) |
| 特記事項 | 準民間矯正ネットワークとして「償い契約」制度を運用するとされる |
任侠薔薇組(にんきょうばらぐみ、英: Ninkyō Bara-gumi、略称: NBG)は、地域の「復讐ではなく再生」を名目として設立されたである[1]。設立。本部はに置かれている[1]。
概要[編集]
任侠薔薇組は、表向きには「地域の関係修復」を目的として設立されたであり、生活圏のトラブルを「和解設計」へ結び付ける活動を行っているとされる[1]。
組織は「薔薇章」(ばらしょう)と呼ばれる内規章典を運営規範として採用しており、構成員は傘下の各班ごとに管轄区域と所管する“再生案件”が割り当てられているとされる[2]。特に福岡市を起点に、九州北部の回覧会(地域合意形成会議)を通じて影響圏を拡大したと説明される。
一方で、外部からは「任侠」という語が持つ情緒に、あまりに官僚的な手続(総会、決議、事務局、予算配賦)が付与されている点が特徴であるとして、後述のような批判も指摘されている[3]。なお、創設期の記録には「薔薇の棘は噛まないが、契約の鉤爪は外せない」という一文が残っているとされる[4]。
歴史/沿革[編集]
前身と設置法的な内規[編集]
任侠薔薇組の前身として語られるのは、1949年に始まった「天神更生輪番会」である。輪番会は表向き、災害後の物資配分を公平に行うための会として組織され、管轄は天神・薬院・渡辺通の三地区に置かれていたとされる[5]。
しかし1951年10月12日、同会は「薔薇章典・暫定設置規則」に基づき設置されたとされ、以後“任侠薔薇組”として運営されることになったと説明される。規則の文面には、組の運営が「事務局の設計図(設計書式第3号)」により分担される、と明記されていたという[6]。
この“設置法”に相当する文書が実際に存在したかは要出典とされつつ、しかし同型の書式が後年の傘下組織にも引き継がれたため、内規の系譜が辿れるとする見解が有力である[7]。
拡大期と「薔薇契約」導入[編集]
1950年代後半、任侠薔薇組は「薔薇契約」と呼ばれる償い契約制度を導入したとされる。契約は損害額の評価に基づき、現金ではなく“再生ポイント”へ換算される仕組みで、換算率は当初「1ポイント=100円相当」と定められたが、運用で混乱が生じたため1961年に「1ポイント=92円相当」へ改訂されたとされる[8]。
この改訂により、契約の履行確認が複数の部署に分担され、理事会に類する「薔薇運営会議(仮称)」が決議を行うとされた。なお、会議では議案が必ず「棘の角度(度数)」で表現される慣行があったとされ、面白半分に議事録へ記されていたため、のちに内部文書が外部へ漏えいしたとの噂がある[9]。
社会的影響としては、地域トラブルの“当日解決率”が急上昇したとする報告があり、1958年度は当日解決率が73.4%だったが、1963年度には81.9%に伸びたと記録されているとされる[10]。この数値は独自推計ともされ、真偽は揺れている。
組織[編集]
任侠薔薇組は、最高意思決定機関として総会を置き、決議に基づき分担配賦を行う仕組みで運営されるとされる[11]。また、総会の決議を執行する事務局が設置され、本部には「統括事務局」が置かれている[12]。
主要部局としては、(1)薔薇章典局、(2)再生案件監査局、(3)契約換算センター、(4)地域回覧会支援部、(5)償い履行管理室の五機構が傘下に置かれていると説明される。管轄は、薔薇章典局が内規の運営、監査局が所管案件の適合性、換算センターが数値運用を担うとされる[13]。
なお、外部対話を担う「薔薇広報室」は、公式には存在しないとされる一方で、実務上は“外部相談窓口”として運営されているとされる[14]。この窓口は、福岡市中央区の「天神二丁目14番地」の本部建物内で運営されるとされる[15]。
意思決定の流れ[編集]
再生案件は、まず地域回覧会支援部が受付し、その後再生案件監査局へ回付される。監査局が所管する「整合性スコア」を算定し、一定の閾値を超えると契約換算センターで換算手続が開始されるとされる[16]。
最終段階では統括事務局が決裁文書を作成し、理事会相当の運営会議が決議を行う。決議は“三段階決議”で構成され、棘の角度(度数)と履行期限(日数)を添付する形式が定着しているとされる[17]。
人員と役職体系[編集]
職員数は常勤事務局職員487人とされ、加えて特命班を含む実働は1,932人とされる[18]。役職は「組長」「副組長」「章典監」「監査官」「換算官」の階層で定義され、分担は案件種類で切り替えられると説明される。
また、傘下ごとに“花弁番号”が割り当てられ、たとえば天神花弁番号は第7番として知られているという[19]。数字の根拠は資料によって異なるとされ、ここでも要出典の指摘がある。
活動/活動内容[編集]
任侠薔薇組は、活動を「再生案件の設計」「履行の監督」「地域の合意形成」を中心に据え、活動を行っているとされる[20]。特に薔薇契約では、加害と被害の関係を固定化せず、再び生活圏へ戻すための工程表が作成されると説明される。
工程表は、初日(D0)から起算してD+30で“対話面談”、D+60で“履行技術講習”、D+90で“総合監査”を実施する三期構造だとされる[21]。この日数は、当初90日を想定していたが、運用で遅延が続き、1968年に「90日+平均遅延7.2日」で運用へ調整されたという[22]。平均遅延7.2日という数値は、内部資料からの引用として語られる。
加えて、地域回覧会支援部は、毎月の回覧会を開催し、決議事項を地域に周知する役割を担うとされる。回覧会は雨天中止を原則とするが、降雨による「移動摩擦」を逆手に取り、屋内講話へ切り替える運用が確立しているとされる[23]。なお、切替の判断者として“薔薇冷却係”が置かれているとする資料があるが、公式には確認できないとされる[24]。
「再生ポイント」運用の細則[編集]
再生ポイントの配分は、損害評価と生活復帰の見込みを掛け合わせて算定されるとされる。掛け合わせの係数は、当初「復帰係数0.80〜1.10」で運用され、さらに2000年代には「0.78〜1.15」へレンジが拡大されたという[25]。
履行の確認は、償い履行管理室が担い、“履行体温ログ”と呼ばれる形式で報告が求められるとされる。体温ログといっても医療記録ではなく、面談当日の緊張度を自己申告で数値化する仕組みだと説明される[26]。ただし、自己申告の信頼性に関しては内部でも議論があり、監査局が第三者聞き取りを併用する運用があるとされる。
財政[編集]
任侠薔薇組の予算は年額38億4,200万円であるとされ、運営費と保全基金を含むと説明される[27]。財源は分担金、施設維持費、特命案件の外部受託収入の三系統で構成されるとされるが、外部受託収入の比率は「最大で全体の11.3%」とする資料もある[28]。
分担金については、傘下ごとに“薔薇弁数”を基準に配賦する方式が採られているとされ、天神花弁番号第7番の比率は0.087であると記されている[29]。0.087という値は端数のため、信頼性に疑問があるとする指摘もあるが、端数があること自体が内部統制の証拠だと擁護する声もある。
保全基金は、災害時対応と内部監査のために積み立てられるとされる。基金の取り崩し手続は事務局が起案し、理事会相当の運営会議が決議して実行されるとされる[30]。
加盟国(国際機関の場合)[編集]
任侠薔薇組は国際組織ではなく、国内組織として運営されると説明される。そのため加盟国という区分は置かれていないとされる[31]。ただし、海外の“日本式再生契約”を参考にする研修団体との連携があったとする非公式情報があるとされる[32]。
歴代事務局長/幹部[編集]
歴代の統括事務局長としては、初代に渡辺「白薔薇」忠之(1951年〜1959年)、二代目に高橋「黒薔薇」礼次郎(1960年〜1972年)、三代目に小野「銀棘」真砂(1973年〜1986年)が挙げられるとされる[33]。この呼称は公的名ではなく章典上の通称とされる。
幹部には監査官の系統として、田村「楔」義則が“監査官第1席”として知られるとされる[34]。また、契約換算センターでは、換算官として福岡近郊出身の松本「紫花」恵理が、換算率の説明資料を整備したことで名が残っているという[35]。
なお、1968年の運用調整(90日+平均遅延7.2日)に関与した人物として、議事録の外縁に「薔薇冷却係」という署名があるとされるが、当人の実在には揺れがあると指摘されている[36]。
不祥事[編集]
任侠薔薇組には、不祥事として「換算データの恣意的丸め」が指摘された時期があるとされる[37]。1979年、再生ポイント換算で“丸め規程”が改訂され、少数点以下の扱いが一部案件に有利に働いた可能性があると報じられたという[38]。
また、内部監査局が作成した報告書に「棘の角度(度数)」の数値が実態と一致しないとする指摘があり、監査の手続が形骸化していた可能性があると批判されたとされる[39]。この件は総会決議で「手続の見直し」を掲げ、予算の監査枠を年額3億9,700万円から4億120万円へ増額したとされる[40]。
さらに、福岡市中央区の本部周辺で“無断回覧”が行われたという噂が立ち、地域回覧会支援部が謝罪文書を発出したとする資料がある。ただし、謝罪文書の原本は確認されていないとされ、事実認定には要出典が付くとされる[41]。一方で、謝罪文書の文面だけは要約として残っているという奇妙な経緯が語られている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 任侠薔薇組編『薔薇章典・暫定設置規則(第3号)』非公開官報局, 1951年。
- ^ 田村義則『監査官の記法:棘の角度と整合性スコア』薔薇監査出版, 1982年。
- ^ 松本恵理『再生ポイント換算の実務:0.78〜1.15の運用』九州契約研究所, 2004年。
- ^ 高橋礼次郎『運営会議の決議文:三段階決議と手続の分担』天神法律叢書, 1974年。
- ^ Watanabe, T.『On the Rose Contract System in Urban Mediation』Journal of Informal Reformation, Vol.12, No.3, pp.41-88, 1969.
- ^ Takahashi, R.『Administrative Rituals in Community Rebinding』The Quarterly Review of Reconciliation Studies, Vol.6, pp.1-29, 1980.
- ^ 小野真砂『償い履行の三期構造(D0〜D+90)』福岡再生学会紀要, 第4巻第2号, pp.103-156, 1981.
- ^ 渡辺忠之『回覧会支援部の設計図:天神二丁目14番地の運用』非公開講義録, 1957年。
- ^ 薔薇章典研究会『数値統制と感情の整合:丸め規程をめぐって』薔薇数理叢書, 1980年(第◯巻第◯号の表記が欠落)。
外部リンク
- 任侠薔薇組 公式通信局
- 薔薇章典 研究データベース
- 九州回覧会アーカイブ
- 再生ポイント 換算規程集
- 福岡天神 更生輪番会 資料館