使われなくなった動詞の一覧
| 分野 | 日本語学・語彙史・辞書学 |
|---|---|
| 対象 | 使用頻度の低下が顕著な動詞(比喩表現を含む) |
| 選定方式 | 新聞・公文書・小説の出現率と聞き取り調査の併用 |
| 成立経緯 | 「読み書きの効率化」政策と連動した辞書再設計が起源とされる |
| 主な論点 | 死語の境界、方言・創作語の混入、再活用の可否 |
| 代表的な収録例 | 「諫め奉る」「馳走じる」「ささやく(古用法)」など |
(つかわれなくなったどうしのいちらん)は、現代の日本語で日常的に用いられない動詞を集めた一覧である。言語学・国語教育・辞書編纂の交差点として、明治期以降の改訂作業と結びつきながら形成されたとされる[1]。
概要[編集]
は、現代日本語の文章データにおいて、用例が縮小または意味が転化し、結果として“使われなくなった”と評価される動詞をまとめた資料である。単なる懐古の索引ではなく、辞書の見出し整理や教育用語彙の更新を目的として編集される点が特徴とされる[1]。
一覧が成立したのは、明治中期に導入された標準語運用が落ち着いた後、学習者の混乱を減らす目的で「過去形・連体形の頻出度」だけでなく「自発的運用率」まで測定し始めたことに由来するとされる。具体的には、内務省系のが1908年から開始した“動詞の省資源化”計画において、全国で回収された作文と口述記録をもとに、動詞の「通行税率(後述)」が算定されたと説明される[2]。
なお、この一覧は“絶対に使えない”ことを意味しない。語感や文学的効果としては再登場する場合がある一方、実務文書や日常会話では出現しにくい動詞を中心に構成されるとされる。したがって「一見正しい定義だが、境界が揺れる」こと自体が編集上のゲームとして機能してきたとも指摘されている[3]。
成立と選定基準[編集]
通行税率(つうこうぜいりつ)と消耗度[編集]
選定の核となったのは、が考案した通行税率という尺度である。これは「動詞を選ぶのに要する学習コスト」を擬似的に貨幣化したもので、当初は“1語あたり何銭の注意が必要か”という学習会計として導入されたとされる[4]。たとえば、同じ「行く」でも“目的を帯びた場合”の用法は税率が低く、単に移動を示すだけの用法は高い、という不自然な逆転が記録されていると報告されている[5]。
その後、尺度は「消耗度(しょうもうど)」へ拡張された。具体的には、新聞、社説、家庭欄、裁判速記、そしてに配備された巡回筆記官の口述録の5系統から、動詞ごとの“滑り落ち”を数えたとされる。ある報告書では、消耗度が年ごとに平均3.7%ずつ低下し、一定水準を割った動詞が“一覧候補”として棚上げされたとされる[6]。
混入問題:方言・創作・敬語の境界[編集]
一覧編纂の現場では、方言の残存と創作文学の擬古語がしばしば混入要因として扱われた。編集委員会の議事録では、北海道ので聞き取りが続いた「〜しかける」系の動詞が、ある学者には地域語として扱われ、別の学者には“わざとらしい創作の痕跡”とされ、結論が二転三転したと記されている[7]。
また敬語動詞はさらに扱いが難しかったとされる。たとえば「奉る」「賜る」は名詞化・補助動詞化しやすく、単体の出現だけでは“使われなくなった”判定に不利に働く場合があった。このため編集者は「敬語の核だけ残して周辺が変化した動詞」を別表に回す運用を採用し、その結果、一覧が“静的な死亡リスト”ではなく“揺らぐ分類表”になったとされる[8]。
一覧(収録例)[編集]
以下は、の一部として、編集史の中で“収録に成功した”とされる項目の例である。各項目は「作品名/項目名(年)- 説明」に相当し、出典表記は編集部の癖により異なる場合がある。
1. 『官報の裏面集』/諫め奉る(1911年)- 上申の文体で用いられたとされるが、のちに「諫める」だけで足りるとして簡略化され、税率が跳ね上がったことで一覧入りしたと説明される。編集会議では、誰かが“奉る”を入れると紙面が増えるからだろうと発言し、却下されたという[9]。
2. 『府県巡回書記の記録』/馳走じる(1914年)- 「ご馳走する」の古い変形として扱われた動詞で、体裁を崩すために意図的に使う筆記官がいたとされる。東京の宴席でのみ流行し、宴席以外で出ると急に不審扱いされたという逸話が残る[10]。
3. 『裁判速記の標本』/窘め付ける(1918年)- 審理の場で“言い聞かせ”を意味したが、逐語訳が増えるにつれて冗長とされた。ある速記官は「窘め付けるを使うと、被告が反論する前に句読点が増える」と報告したとされる[11]。
4. 『家庭欄の綴り方』/恙なく過ぐ(1922年)- 祝詞のように定型化していたが、生活文のテンプレートが整うと「過ごす」へ置換されたとされる。実際、の簡易郵便指導書では「恙なく過ぐは翌年も郵送先が変わる」などと皮肉が書かれていたという[12]。
5. 『学習者作文の統計綴』/ささやきかける(1930年)- 口述調査で「最近は聞かない」という回答が多かったにもかかわらず、童話の翻案書で大量に出てきたため、編集が揉めた項目である。結局、翻案に由来する“頻出”はカウントせず、聴覚記憶の残存率で判定されたとされる[13]。
6. 『社説語彙改定案』/差し控え申す(1934年)- 敬語複合として学校文の“型”に残るはずだったが、ラジオ原稿が短縮されると急落したと説明される。ある編纂員は「申すを落とすと、声が軽くなる。軽さは時代の味方ではない」と熱弁したとされる[14]。
7. 『軍港日誌の比喩欄』/覆うたび(1938年)- 比喩としては機能したものの、動詞の活用パターンが学習者に難しく、誤用が増えたことで“使われなくなった”側に分類されたとされる。特に「覆うたびに」の誤結合が、全国で年間で約8,120件見つかったと報告されている[15]。
8. 『教育勅語の口語注釈』/仰せ付ける(1943年)- 指示命令の語として残っていたが、戦後の文書様式刷新により「命じる」へ置き換えが進んだとされる。もっとも、宮城県の古老談話では“まだ言う人がいる”とされ、境界の揺れが批判の的になった[16]。
9. 『新聞切り抜き索引(暫定)』/いそしみ候(1952年)- 表面的には敬語の副詞的用法として成立するが、実務文書の検索ではヒットしないことが判明したとされる。編者は「検索されない動詞は、辞書が思い出せない」と書き残したとされる[17]。
10. 『現代語話者の反射テスト』/躊躇うてなし(1956年)- “躊躇なく”の意味として採録されたが、テストでは意味よりリズムが嫌われ、使用意向率が9%前後に落ちたと報告された[18]。この項目だけ、計測方式が妙に具体的であることから、内部で「計ったのが誰か」が噂になったという。
11. 『映画脚本の脚韻辞典』/食い違わせ申す(1961年)- 作品ではよく出るのに、脚本以外の一般文では使われないという逆説で選ばれた。特にの舞台俳優が舞台稽古では自然に使うが、読み上げ式の文では拒否反応を示したという“局所的生存”が理由になったとされる[19]。
12. 『地方自治体の様式改革案』/斟酌せしめる(1967年)- “斟酌する”に統一されるべきだとされ、長すぎる活用が読まれない原因として指摘された。ある自治体の担当者は「斟酌せしめるは、判子より先に文章が死ぬ」と語ったとされる[20]。
13. 『言葉の再生プロジェクト報告』/馴れ馳せる(1974年)- もともとは古風であったが、広告コピーで“古いのに軽い”効果が見つかり、復活したとされる。ただし一般会話には戻らず、広告限定のため「使われなくなった」の定義にギリギリ残った。編集会議では「限定復活は死ではないのか?」と議論されたという[21]。
14. 『市民講座 ことばの解凍』/御覧じる(1982年)- 博物館の案内文では使われることがあるが、家庭文の口語ではほぼ消えたため収録された。興味深いのは、アンケートで最も多い回答が「御覧じるは見せ方が上手い人が言う」という感想だった点である[22]。
15. 『SNS初期の文体実験記録』/〜しかけや(1999年)- 口語の方言混在として現代的に聞こえるが、実は“古用法を模した擬古”として流行したとされる。実験では、模倣語が拡散すると「元の動詞は忘れられていく」という皮肉な結果が示されたとされる[23]。
16. 『翻訳メモと誤差一覧』/承知し奉る(2004年)- 翻訳支援ツールが「承知」だけを出力し続けたことで、奉る部分が欠落し、原文のままでは成立しにくくなったという。結果として、奉るを含む語が“使われなくなった動詞”として拾われたという逆流が記録されている[24]。
17. 『デジタル辞書の統計監査』/賜わる(2012年)- 直接は残っているように見えるが、電子検索での同義語統合が進み、単独の用例が減ったとされる。監査報告では「賜わるの単独頻度は、同義語統合前に比べて月平均で41.2%低下した」などと、妙に会計的に書かれている[25]。
18. 『推敲職人の手帳』/取りなし申す(2017年)- ビジネス文の“調整します”の表現が標準化すると、古い曖昧動詞が一斉に落ちたと説明される。ところが小規模スタートアップの謝罪文では突然復活し、一覧編纂側が「これは例外か、潮目か」で揉めたとされる[26]。
歴史[編集]
政策主導の辞書再編(1900年代の圧)[編集]
一覧編纂が公的に強化されたのは、言語を“運用資源”と見なす政策が強まった時期とされる。特には、官庁文書のテンプレート統一に合わせて、動詞の長さ・活用の分岐を“職員の作業時間”に換算し、結果として複合敬語動詞が不利になる設計を採ったと説明される[2]。
この時期の資料には、通行税率の根拠として「原稿用紙の罫線をまたぐ回数」まで数えたとする記述が残る。ただし当時の罫線数は地域差が大きく、後世の研究では「数えているようで数えていない」と批判されたともされる[27]。
民間辞書と教育現場の相互作用[編集]
第二の転機は、民間出版社が学習者向けに“使うべき動詞だけ”を前面に出す路線へ移った時期である。結果として、学校現場では「一覧に載っている=試験に出ない」構造が生まれ、一覧掲載が逆に学習者の回避行動を促したとする見方がある[28]。
その一方で、国語教師の一部は「使われなくなった動詞ほど、文章の厚みが増す」として、授業であえて扱った。例えばのある研究会では、古い動詞を短文に混ぜる実験が行われ、文章の“丁寧度スコア”が平均で2.3点上昇したと報告されたという[29]。
再活用と批判:死語は誰のものか[編集]
近年では、広告・小説・舞台での擬古語の再活用が進み、「使われなくなった」の判定が相対化されたとされる。特に、動画字幕の自動生成が標準語へ寄せるため、擬古語の出現が意図せず減るという技術要因も指摘されている[30]。
この流れの中で「一覧は死語を保存するのか、それとも死語を死なせるのか」という問いが起き、編纂側では“再活用例を脚注に増やす”改革案が議論された。ただし改革案は、収録基準の揺れを増幅させるとして、最終的には一部だけ採用されたと伝えられている[31]。
批判と論争[編集]
の最大の批判は、「使われなくなった」の定義が、編集方針とデータ処理の癖に強く依存する点にある。通行税率が導入された初期では、新聞紙面の字数制限を反映してしまい、本来は意味の衰退ではないのに衰退扱いになる動詞が混じったとされる[6]。
また、方言混入の問題も繰り返し論点になった。特にの例のように、地域では継続しているのに中央語では評価が下がる動詞は、文化の差を“誤差”として処理しているのではないかという指摘がある[7]。一方で編集委員会側は「差は残すが、一覧は学習者の行動を変えるための地図である」と反論しているとされる[32]。
さらに、国際化の論争では、翻訳支援ツールの同義語統合により、特定の動詞だけが“単独出現しない”状態になり、それが衰退の証拠として誤用される危険があると指摘された。監査報告では「賜わるの単独頻度低下」が示されたが、その低下は言語の死ではなく検索設計の死であるのではないか、と疑う声が出たという[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『動詞の省資源化と通行税率』内務官房印刷局, 1910.
- ^ 国語調整局編『国語調整局報告 第3号 文字運用の会計学』国語調整局, 1909.
- ^ Margaret A. Thornton『Obsolescence Metrics in National Dictionaries』Oxford University Press, 1978.
- ^ 吉村清司『敬語動詞の活用崩れと再分類』東京大学出版会, 1959.
- ^ 高橋信哉『家庭欄コーパスの黎明:新聞系の擬似選別』研究社, 1968.
- ^ 藤堂春彦『通行税率の原理と罫線数の幻』言語統計研究会, 1981.
- ^ 李秀敏『Digital Search and the Phantom Decline of Verbs』Cambridge Academic Press, 2013.
- ^ 安藤さやか『言葉の解凍:死語が復権する瞬間』新潮学芸, 2019.
- ^ 内藤由里『比喩欄に潜む誤結合:窘め付ける事例』国文学会誌編集部, 1939.
- ^ Kobayashi, Haruto『List Editing for Learner Behavior』(誤訳版)Springfield Linguistics, 2006.
外部リンク
- 国語調整局アーカイブ
- 通行税率プロトコル公開資料
- 死語コーパス・ゲートウェイ
- 擬古語再活用アトラス
- デジタル辞書監査ログ