修学旅行の文学賞
| 分野 | 児童・生徒の創作文学/学校教育 |
|---|---|
| 対象 | 中学校・高等学校の学級単位または個人応募 |
| 選考 | 実地研修経験者と作家からなる審査会 |
| 賞の形 | 最優秀賞・優秀賞・奨励賞と副賞 |
| 創設 | 1976年(とされる) |
| 事務局 | 修学旅行記録文学推進協議会(通称・修記協) |
| 選考時期 | 9月下旬(一次締切後の最終審査) |
| 作品条件 | 旅行日程の根拠資料を添えることが原則 |
修学旅行の文学賞(しゅうがくりょこうのぶんがくしょう)は、の教育現場で行われる学習旅行(修学旅行)を題材とした短編作品を表彰する文学賞である。旅行先で集めた「見聞」を文章化する実践として、国語教育関係者を中心に広く知られている[1]。
概要[編集]
は、学習旅行中に得た観察・対話・小さな失敗などを、短編の物語へと編み直した作品を審査する制度である。形式面では「旅の地名」「移動手段」「食事の記録」「目撃した会話」を必ず1点以上含めることが、規定で定められている[1]。
同賞は、もともとの「書く力」を補強する目的で設計されたとされる。もっとも、その実務は教育行政だけでなく、地方自治体の観光課や交通事業者、果ては旅行中の添乗員向け研修団体まで巻き込んで発展したとされ、結果として「文学賞」というより「旅の報告書の文学化」へと肥大した経緯が強調されることが多い[2]。
受賞作は年度末に紙と電子の双方で公開され、学校には学年集会で朗読会を行う「読了証明」提出が求められる場合がある。なお、この提出が“文学”の趣旨と矛盾するのではないかという疑念は、創設当初から散発的に言及されてきた[3]。
成立の経緯[編集]
発端:教師の「旅行メモ」熱[編集]
1970年代初頭、の学力調査とは別に、各都道府県で「旅行後に作文が薄い」問題が共有されていたとされる。そこでの国語部会が、修学旅行の車内で配布される“記録カード”をそのまま文章化させる方針を提案した[4]。
その折、京都の進学塾教師であるが、記録カードを「起承転結の骨格」として扱う独自指導を始めたとされる。具体的には「道の匂いを一行」「駅の音を小見出し」「先生が言い間違えた語」を本文のどこかに必ず挿入させる、という細則が語られている[5]。この段階では賞の存在はなく、あくまで指導案の一部として実施されていた。
しかし、1976年に福井県の中学校が、翌年の修学旅行計画と同時に“読み手募集”を始めたところ、応募原稿が2000通を超えたとされる。これを受け、教育研究会は「最も誠実な旅の文章」を選ぶ制度化へ踏み切った、という筋書きが一般に流布している[6]。
制度化:修記協と「地図添付ルール」[編集]
制度化にあたって設立された事務局が(通称・修記協)である。修記協は、事務局所在地をのに置き、審査会は年3回の試読会を経て最終候補を選ぶ運用を採ったとされる[7]。
当初から特徴的なのが「地図添付ルール」である。具体的には、作品末尾に“旅行ルートの概略”をA4用紙半分(150×210mm)に収めること、さらに添付地図の縮尺欄に「1/25000」または「1/50000」を書き込むことが要求された[8]。この記入の有無が一次選考の点数に直結するため、地図に強くない学校ほど苦労したとされる。
ただし、地図は必ずしも厳密である必要はなく、修記協は「主要動線が分かればよい」と回答したとされる。一方で一部の学校は、旅程の変更を“文学の誠実さ”の欠落とみなす運用を勝手に強め、結果として審査の場で論争が起きたとも報告されている[9]。
一覧(主な受賞作の系譜)[編集]
ここでは、同賞の公式記録として語り継がれている代表的な受賞作(および“伝説的準受賞”と呼ばれるもの)を、年代の近い順にまとめる。掲載の偏りは、県立図書館の蔵書整理方針や、学校の引き継ぎ事情に強く左右されたとされる[10]。
なお、作品本文の引用は省略されている場合があるが、各項目には「なぜ入ったのか」と「細部の逸話」が付されている。
== 一覧 ==
* 『ホームの湿度』(1978年)- の修学旅行で感じた“窓ガラスの曇り”を、比喩ではなく観測値として書き分けた作品である。審査会では「曇りの出現時刻を“16時23分(予定)ではなく実測”にした点が評価された」と記録されている[11]。
* 『二番線の落とし物係』(1981年)- ので起きた忘れ物をめぐる小さなトラブルを、役割分担の物語に仕立てたとされる。特に「誰が鍵を持っていたか」を会話の形で残したことが決め手になったという[12]。
* 『干し海苔の帰り道』(1984年)- の島々を巡った班が、昼食の海苔に関する“香りの世代差”を描いた作品である。審査員の一人は「味覚ではなく、船の揺れが語り手の文節を切った」と講評したとされる[13]。
* 『湯気のタイムテーブル』(1987年)- ので、旅館の朝食が遅れた理由を“湯気の動き”から推測する形で書いた短編である。添付された縮尺欄が「1/25000の書き損じを消して再記入」されていたことが“誠実さ”として好意的に扱われたという[14]。
* 『駅前の消しゴム』(1990年)- 近郊の移動中、落とした消しゴムが別のクラスの子に拾われるまでの往復を、手紙の体裁で描いたとされる。修記協の資料室では「差出人が“不明”のまま終わる潔さ」が評価されたとされる[15]。
* 『夜行バス、聞こえた講義』(1993年)- 夜行バス車内で偶然聞こえた成人向け講座の断片を、次の日の見学先の理解に接続した作品である。批評家の後年の回顧では、「子どもが“他者の声”を奪わずに引用した」と論じられている[16]。
* 『城跡の石にさわった日』(1996年)- の周辺での見学を、学芸員の説明ではなく“手の温度”に焦点化した作品である。審査では「禁止されている接触を“したことにせず”、したと思い込む迷いを残した点が巧い」とされた[17]。
* 『観覧車は三回止まった』(1999年)- の周辺で、観覧車の停止回数を“三回”と固定し、その意味を班の葛藤に重ねた作品である。なお、実際には停止は二回だったのではないかという異議が出たが、作者は提出資料に“時計の秒針の写真”を添えて反論したとされる[18]。
* 『砂時計の傾き』(2002年)- の体験学習施設で、集合時間に遅れそうな緊張を砂時計の傾きで比喩化した作品である。審査員は「比喩が目的化せず、時間の焦りを“文章の速度”に変換できている」と評したという[19]。
* 『海辺の回覧板』(2005年)- の小学校合同研修で配られた“回覧板”を物語装置として使った作品である。回覧板の文面を原文のまま再現した点が、教育的配慮として高評価になったとされる[20]。
* 『新幹線の壁、広告の呼吸』(2009年)- 経由の修学旅行を、窓に映る広告の色温度で描いた前衛的短編である。修記協の選考会では「文学賞にふさわしいのか」議論が起き、最終的には“地名添付が現実を保証している”ことを理由に通過した[21]。
* 『タオルの回数券』(2012年)- 銭湯見学を題材に、タオル交換の回数を“章立て”に転用した作品である。提出物の表紙に「2012年9月14日、タオル2枚使用」という一行があり、これが審査員の笑いを誘ったとされる[22]。
* 『雨の修正液』(2016年)- ので雨天により予定変更が起きた場面を、修正液の臭いと結びつけて描写した作品である。審査講評では「変更の不安を、手元の作業の匂いに封じた」と表現された[23]。
* 『最後の班旗、糸の番号』(2019年)- 旅行中の班旗(布)の“結び目”の番号を拾っていくように物語を進めた作品である。制作メモとして「結び目は7-3-1の順で解く」と記されていたため、作家志望の審査員が「意志の設計図」として称賛したとされる[24]。
審査・運用の特徴[編集]
修学旅行の文学賞では、文章の上手さだけでなく「旅行記録の参照可能性」が採点対象とされる。一次選考では、作品末尾の添付ルート図と、学校から提出された旅程表の整合性が機械的に確認されるとされる[25]。
二次選考は“朗読テスト”と呼ばれる形式で行われることが多い。作者が朗読できない場合は、担任が代理朗読するが、代理朗読の質が低いと評価が下がるという運用があった時期がある。これについては「文学を誰が話すかがテーマと無関係になる」という批判が後年に集中したとされる[26]。
また、審査員は地方からの移動も必要なため、交通費精算の細則までが規定に組み込まれている。実際、修記協の内規では「最終審査当日の新幹線指定席は、自由席へ振替不可」と定められた年があったとされ、事務局が“移動の不確実性”を嫌った証拠として語られることが多い[27]。
批判と論争[編集]
同賞には「旅の真実性を強制することで、文学の飛躍を奪うのではないか」という論点がある。とくに、地図添付ルールが厳格な年には、予定変更が起きた班の作品だけが不利になり、教育上の公平性が損なわれたのではないかとの指摘が出たとされる[28]。
また、奨励賞の一部では、先生からの修正が強く働いたと見られる作品があるとの噂が立った。修学旅行は本来集団行動であるため、教師の表現介入は一定程度避けにくいとされるが、審査資料の“語彙の急な改善”が目立つケースがあったという[29]。
一方で擁護側は、むしろ“制約が文学を作る”と主張した。特に前衛寄りの『夜行バス、聞こえた講義』のような作品は、制約があるからこそ現実が締まり、比喩が逃げない、と語られたとされる[30]。結局のところ、修記協は毎年「添付は補助であり、創作の自由を否定しない」と繰り返し声明しているが、声明文の言い回しが毎回同じであることが、かえって不信を招いたとする批評も残っている[3]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 修学旅行記録文学推進協議会『修記協年報―学習旅行と創作作文の交差』第12巻第1号, 修記協出版局, 2019.
- ^ 山村恵理『地図添付が物語を縛るか―修学旅行の文学賞採点基準分析』日本教育評価学会誌, Vol.8 No.3, pp.41-63, 2017.
- ^ M. Thornton『From Field Notes to Fiction: Excursion-Based Writing in Japan』Journal of Comparative Educational Narratives, Vol.22 No.2, pp.105-129, 2018.
- ^ 渡辺精一郎『机上の旅程、教室の物語―記録カード運用の実践』東洋図書出版社, 1983.
- ^ 国語部会(全国教育研究会)『修学旅行後作文の改善指針』第4版, 明文社, 1979.
- ^ 佐伯太郎『一次選考の実務―旅程表整合性チェックの設計(修記協内部手順の紹介)』教育情報運用研究, Vol.3 No.1, pp.12-27, 2010.
- ^ K. Hasegawa, Y. Morita『The Aesthetics of Measurability: Reading Time-Stamps in Student Writing』International Review of Literacy Practices, Vol.15 No.4, pp.220-238, 2021.
- ^ 修記協『朗読テスト運用マニュアル』第2版, 修記協出版局, 2014.
- ^ 高橋由紀『前衛作品はなぜ通るのか―添付ルールと比喩の相関』文学教育研究, 第6巻第2号, pp.77-98, 2016.
- ^ 編集部『修学旅行の文学賞 受賞作索引(仮)』教育図書館協会叢書, 2008.
- ^ 日本学習旅行文化研究所『新幹線指定席と創作倫理―移動の不確実性をめぐる事務規定』第1巻, ふしぎ資料出版, 2013.
- ^ R. Thompson『School Excursion Narratives and Compliance Regimes: A Qualitative Survey』Pedagogy & Policy Letters, Vol.9 No.1, pp.1-19, 2015.
外部リンク
- 修記協公式アーカイブ
- 全国学習旅行作文ネットワーク
- 地図添付ルール資料室
- 朗読テスト研究会
- 学校図書館の修学旅行文庫