『俺はお兄ちゃんだ!!』
| タイトル | 俺はお兄ちゃんだ!! |
|---|---|
| ジャンル | 家族コメディ、少年向けドラマ、擬似ヒーローもの |
| 作者 | 霧島鉄平 |
| 出版社 | 鳳凰社 |
| 掲載誌 | 月刊スパークルエッジ |
| レーベル | スパークルコミックス |
| 連載期間 | 1997年4月号 - 2003年11月号 |
| 巻数 | 全12巻 |
| 話数 | 全78話 |
『俺はお兄ちゃんだ!!』(おれはおにいちゃんだ!!)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『俺はお兄ちゃんだ!!』は、末の家庭像と自己宣言型ヒーロー像を掛け合わせた作品である。主人公が「兄であること」を絶対的使命として掲げ、周囲の人物を巻き込みながら日常の小競り合いを“兄権”で解決していく構成で知られている[2]。
連載開始当初は内の一部書店でのみ扱いが強かったが、次第にの高校生読者層に広がり、単行本第4巻時点で累計発行部数が38万部を突破したとされる。なお、作中の「兄」は血縁よりも責務を優先する独自概念として描かれ、のちに同誌の編集部で「兄道」と呼ばれる小さな流行語を生んだ[3]。
制作背景[編集]
作者のは、の演劇研究会出身で、もともと人間関係の序列を誇張して描く短編で注目されていたという。編集担当のは、当初は学園ものを想定していたが、霧島が提出した「自分が兄だと言い張るだけで一話成立する」というネームを採用し、そこから作品の骨格が固まったとされる。
制作ノートには、主人公の台詞回しを「断定7割、自己暗示3割」で統一するよう指示が残されており、これが独特のテンポを生んだといわれる。また、連載第2回の時点で担当編集が本社の会議室にて「これは家族漫画ではなく、宣言文学である」と発言した記録があるが、真偽は定かではない[要出典]。
作品の象徴である額のヘアピン型意匠は、作者がの文房具店で見た“名札留め”を元にしたもので、結果として「兄の資格を可視化する記号」として読者の記憶に残ることになった。
あらすじ[編集]
誕生宣言編[編集]
中学二年生のは、ある朝、家族会議の席で突然「俺はお兄ちゃんだ!!」と宣言する。実際には末っ子であったが、近所の在住の高齢者・から“兄の顔つき”を持つと認定されたことをきっかけに、自らを長男として生きる決意を固める。ここで勇気は、弁当の卵焼きを「家督」と呼び、妹の宿題を代筆しようとして大騒動を起こす。
兄道修行編[編集]
勇気は、学校裏の駄菓子屋で出会った謎の店主から、兄としての振る舞いを学ぶことになる。玄斎は毎回違う流派名を名乗るが、実際に教えるのは「謝る前に肩を貸せ」「弁当を分けるときは半分ではなく六割」といった実践的な心得ばかりである。作中で最も有名な回では、勇気がの展望室で独自の“兄の誓い”を唱え、通りすがりの観光客12名全員が拍手したとされる。
家族連盟編[編集]
物語後半では、勇気の家族だけでなく、同級生や商店街の住人まで巻き込み、地域全体で“兄であるとは何か”を再定義する展開となる。特にの夏祭りで行われた「兄綱引き」は、ロープの中心に座った勇気が勝敗を左右し、結果として町内会長が「兄の重心」という新語を提唱する事態となった。最終盤では、勇気が「兄とは先に食べる者ではなく、最後に残る者である」と悟り、作中随一の静かな名場面として語られている。
登場人物[編集]
は本作の主人公で、強い自己暗示と極端な責任感を併せ持つ少年である。作中では数々の無茶な行動をとるが、いずれも「お兄ちゃんとして当然」という理屈で正当化される。
は勇気の妹で、現実的な突っ込み役である。彼女は兄の宣言を最後まで受け入れていないが、作中では最も兄的な行動を取る人物として読者人気が高い。
は駄菓子屋の店主で、兄道の指南役を名乗る男である。毎回めまいのするような格言を残すが、町内ではなぜか信頼が厚い。
は勇気を“兄”と初認定した老婆で、言葉数は少ないが一言ごとの重みが異常に強い。後年、スピンオフ企画で彼女の若年期が描かれたが、その設定は本編と一致しない箇所が多い。
用語・世界観[編集]
本作の世界では、「兄」は戸籍上の続柄だけでなく、他者の期待を引き受ける能力そのものを指す概念として扱われる。これをと呼び、勇気は序盤から無自覚に高い兄権を発揮しているとされる。
また、商店街を中心に広がるという単位が存在し、相談を受けると上がり、逃げると下がると説明されている。劇中ではからまでの数値が確認されており、特に文化祭回で勇気が見せた「2.9兄の立ち姿」は作画班の誇りとされた。
世界観の随所には、兄専用の暗黙ルールがある。たとえば、傘が一つしかない場合は「先に濡れた方が兄である」、アイスを二本買った場合は「一本目を選ばせた側が兄である」などである。なお、これらの規範は作中で自然発生したとされるが、後年のファン研究では作者の学生時代の部活動ルールに由来するという説もある[4]。
書誌情報[編集]
単行本はより全12巻が刊行された。第1巻から第3巻までは比較的日常色が強いが、第7巻以降は「兄道」の理念化が進み、帯文に「家族は戦場、兄は最前線」と記されたことで売上が急伸した。
2001年には完全版が上下巻で刊行され、各巻末に作者の描き下ろし兄座談会が収録された。とくに下巻のあとがきでは、霧島が「兄は血ではなく、引き受けた回数で決まる」と述べたとされ、当時の読者掲示板で引用された回数は2万件を超えたという。
なお、初版第5巻には奥付ミスで「俺はおにいちゃんだ!!」とひらがなが混じった版が存在し、古書市場では“仮称・幼兄版”として異様に高騰している。
メディア展開[編集]
1999年には化され、全26話が系列で放送された。アニメ版では勇気の叫び声に毎回1秒の間が挿入され、その演出が「兄のための呼吸」として視聴者の間で話題になった。
さらに、2002年には舞台化され、の小劇場で上演されたほか、学園祭向けの朗読CD、携帯端末向けの連絡帳アプリ、謎の実用品「お兄ちゃん認定シール」など、妙に生活密着型のメディアミックスが展開された。特にアニメ第14話で使用された主題歌『兄の背中は見えている』は、カラオケでの平均歌唱時間が5分42秒と長く、途中で2回拍手が入る仕様で知られている。
また、地方局向け再放送の際には、番組提供ロゴが妙に多く挿入されたことで「兄広告」として記憶されている。
反響・評価[編集]
本作は、当初こそ「勢いだけのギャグ漫画」と見なされていたが、家族役割の過剰化を逆手に取った構成が評価され、代前半には若年層を中心に社会現象となった。書店では“兄棚”と呼ばれる独立コーナーが作られた例もあり、の大型書店では関連商品が一時的に売場面積の14%を占めたと報告されている。
批評面では、誌が「責務を喜劇へ反転させる稀有な作品」と評した一方、家庭教育の観点からは「子どもが兄を名乗り始める懸念がある」との指摘もあった。もっとも、実際に“兄志望”の児童が増加したという調査は限定的で、調査対象の3校中2校でしか確認されなかったという。
一方で、終盤の静かな着地が高く評価され、完結から10年以上を経ても、卒業や引っ越しの節目に再読される作品として定着している。特に最終話の「兄は去るのではない、先に帰るだけである」という台詞は、ファンの間で半ば慣用句化している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 霧島鉄平『俺はお兄ちゃんだ!! 第1巻』鳳凰社、1997年、pp. 5-189.
- ^ 三枝浩二「宣言型主人公の成立と兄権の視覚化」『漫画編集研究』Vol. 12, No. 3, 2001, pp. 44-61.
- ^ 上田真理子『90年代家族漫画における責務表象』青潮書房、2004年、pp. 112-145.
- ^ K. Hayase, “Performative Siblinghood in Late 20th Century Manga,” Journal of Imaginary Media Studies, Vol. 8, No. 2, 2005, pp. 77-93.
- ^ 霧島鉄平『俺はお兄ちゃんだ!! 完全版 上』鳳凰社、2001年、pp. 1-302.
- ^ 霧島鉄平『俺はお兄ちゃんだ!! 完全版 下』鳳凰社、2001年、pp. 1-318.
- ^ 山本一郎『アニメ化された兄たち』東西出版、2007年、pp. 203-229.
- ^ 佐伯凛「“兄温度”の民俗学的考察」『現代生活文化紀要』第21巻第4号、2009年、pp. 9-27.
- ^ M. Thornton, “The Sociology of Self-Proclaimed Eldest Siblings,” Tokyo Review of Fictional Sociology, Vol. 3, No. 1, 2011, pp. 15-34.
- ^ 『兄の背中は見えている』制作委員会編『東西放送アーカイブ資料集』東西放送出版部、2000年、pp. 88-104.
外部リンク
- 月刊スパークルエッジ公式アーカイブ
- 鳳凰社作品案内
- 兄権文化研究会
- 東西放送アニメ資料室
- 北千住商店街振興組合 特別企画ページ