全拒否柴
| 名称 | 全拒否柴 |
|---|---|
| 別名 | 拒否柴、ゼンキョヒ・シバ |
| 原産地 | 日本・東京都深川周辺 |
| 成立 | 1927年頃 |
| 用途 | 番犬、心理的防衛訓練、断り役 |
| 特徴 | 首を傾げつつ全てを拒否する |
| 保存団体 | 全拒否柴保存会 |
| 関連法令 | 家畜応答制御暫定規則 |
| 現存数 | 2019年時点で約430頭 |
全拒否柴(ぜんきょひしば)は、末期の周辺で成立したとされる、あらゆる依頼・接触・飼育提案を一度は断る性質を選抜・固定化した柴犬系統である。後にの畜産副産物研究から独立した「応答拒否型家畜」として分類されたと伝えられている[1]。
概要[編集]
全拒否柴は、外見はに近いが、人の呼びかけ、餌、散歩、撮影、抱擁のいずれにもまず拒否反応を示す系統である。日本では古くから「犬は喜んで駆け寄るもの」という通念があったが、全拒否柴はその逆を極端に制度化した例として知られている。
成立の経緯については諸説あるが、初期にの獣類行動研究室で行われた「命令拒否の継承実験」が発端であったとする説が有力である。もっとも、実際には深川の石炭問屋が客引き対策として飼っていた雑種犬が基礎になったともされ、学術と商業の境界が曖昧なまま伝承された。
成立と初期の経緯[編集]
深川試験場の偶発的発見[編集]
1927年、にあった民間の倉庫群で、荷役係の指示を徹底して無視する一頭が確認された。吠えるわけではなく、命令のたびに前脚を一歩だけ引き、視線をの方へ逸らす態度が「拒否の完成形」として記録されたという[2]。この個体はのちに「初代・不受承」と呼ばれた。
当時の記録によれば、同個体は『来い』に対しては『行かない』を、『お座り』に対しては『立ったまま沈黙する』を返したとされる。これを見た獣医のは、単なる頑迷さではなく、遺伝的に強化された選択的対人回避であると報告した。ただし、この診断書の写しは後に散逸しており、現在は要出典扱いのまま引用されることが多い。
命令拒否固定化計画[編集]
1931年、畜産課の外郭研究として「応答抑制犬育成要領」がまとめられ、三代にわたる交配選抜が行われた。選抜基準は、吠声の小ささではなく、依頼を受けた際の沈黙時間が平均4.8秒以上であること、餌の提示に対する初動回避率が73%以上であること、散歩提案に対し一度でも畳の下へ潜ること、などであった。
この時期に飼育担当となったは、犬が拒否を行う際の耳の角度と尻尾の下がり方を詳細に採取したことで知られる。彼女のノートには「断る直前の鼻先は北北西を向く傾向あり」とあり、後年の全拒否柴標準判定法の基礎になったとされる。
名称の定着[編集]
「全拒否柴」という呼称は、1934年にの風俗欄で初出したとされる。記事では、犬が客人の座布団を拒否し、雨天散歩を拒否し、さらには専用の首輪までも拒否したことから、編集者が半ば腹立ちまぎれにこの語を用いたという。
なお、当時は「全拒犬」「総突っぱね柴」などの異表記も見られたが、戦後にが標準表記を採択したことで統一された。保存会は現在も、毎年墨田区の小会館で「第一拒否式」を行い、参加者全員が一度だけ入場を断られる慣例を維持している。
特徴[編集]
全拒否柴の最大の特徴は、拒否が攻撃性ではなく、儀礼的な間を伴って行われる点である。具体的には、呼ばれると二秒ほど固まり、次に目だけを動かし、最後に座り込むため、相手は「嫌われている」というより「会議の議題として保留されている」感覚を覚える。
行動学上は、拒否対象が増えるほど個体の落ち着きが増すとされる。たとえば、通常の犬が音声命令に反応する場面でも、全拒否柴は内の複数施設で計測された平均値として、命令を3.1回聞き流した後でのみ動作を開始したという[3]。一方で、非常時には驚くほど迅速に戸棚の下へ退避するため、飼育者の間では「役に立たないが、危険回避だけは一流」と評される。
社会的影響[編集]
家庭内の交渉文化への影響[編集]
1950年代以降、全拒否柴は一般家庭の交渉術の比喩として普及した。とくに子どもが宿題を拒否する際や、夫婦が冷蔵庫の整理を先延ばしにする際に「今日は全拒否柴だね」と表現されるようになり、の一部では日常語化した。
の外部委託調査によれば、1968年時点で「全拒否柴」は否定的だが愛嬌のある拒絶を表す俗語として、首都圏の20代女性の約14.2%に認知されていたという。ただし、この調査票には「柴犬を抱いてみたいか」という無関係な設問が混入していたため、正確性には疑義がある。
労務管理と企業研修[編集]
1970年代には、企業の新人研修で「全拒否柴的反応をいかに解除するか」が講習項目になった。特にの工場では、残業依頼への沈黙率を下げるために、犬の写真を用いた応答訓練が試みられたが、結果として受講者の半数以上が犬に共感してしまい、研修時間が延長されたとされる。
この流行に便乗し、ある広告代理店は「断る勇気を、断らない犬から学ぶ」という奇妙な標語を掲げた。パンフレットの表紙に使われた個体が、印刷前日に全ページを踏んで拒否した逸話は、現在も業界の伝説である。
観光資源化[編集]
1990年代には、の一部商店街で「拒否待ち体験」と称する観光企画が実施された。客は柵の前で5分間待ち、全拒否柴が自ら近寄ってくるのを待つだけの催しであるが、実際には何も起こらないことが満足につながるという逆説的評価を受けた。
企画担当者は「来ないことが来ること以上に価値を持つ」と説明したが、この哲学的な売り文句が一人歩きし、以後、全拒否柴は“日本のネガティブ・ホスピタリティ”の象徴とされた。
標準判定と分類[編集]
全拒否柴は、が定める「三段階七拒否指標」によって分類される。第一段階は接触拒否、第二段階は給餌拒否、第三段階は存在認知拒否であり、最上位個体は飼育者が目の前にいても「いないものとして扱う」とされる。
判定会では、犬に対して10種の刺激を順に与え、うち7種以上に対し明瞭な非協力的態度を示せば登録対象となる。なお、1978年の基準改定では「お腹を見せつつ撫でさせない行動」が加点対象となったため、全国の飼育家から「判定が妙に現場主義である」との苦情が寄せられた。
批判と論争[編集]
全拒否柴には、成立史の不明瞭さをめぐる批判がある。とくに、戦前資料の多くが焼失・散逸している一方で、保存会の所蔵する写真だけが妙に鮮明であることから、「後年の愛好家が歴史を盛ったのではないか」とする指摘がある[4]。また、犬に対する拒否を「美徳」として語る風潮が、単なる偏屈さの礼賛にすぎないとする反対意見も強い。
一方で、肯定派は、全拒否柴の価値は従順さではなく境界線の明確さにあると主張する。2011年にはの比較行動学ゼミが、全拒否柴の「断るための間」が人間の対人ストレスを低下させる可能性を示したと発表したが、同論文の結論部には「ただし実験中に犬が全員、研究室の扉の前で寝た」と記されており、解釈を巡って議論が続いている。
現在の飼育状況[編集]
2019年時点で、全拒否柴とされる個体は全国で約430頭と推定されている。中心的な飼育地は北西部と北部で、都市部では集合住宅の規約との相性が悪いことから、主に低層住宅で維持されている。
近年は動画共有サイトを通じて知名度が再上昇し、拒否の一連の所作が「編集なしで面白い」として短尺動画の定番となった。もっとも、撮影者が近づくと一斉に退席するため、再生数のわりに実体が確認できないという問題が残っている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋謙蔵『応答抑制犬の系譜』家畜文化研究会, 1933.
- ^ 小林スミ『犬の沈黙時間と拒否姿勢』東京獣類学雑誌 Vol. 12, No. 3, pp. 44-58, 1936.
- ^ 全拒否柴保存会編『第一拒否式記録集』同会出版部, 1952.
- ^ 松浦啓一『深川犬相聞抄』関東畜産史料刊行会, 1961.
- ^ Margaret H. Thornton, “Selective Refusal in Early Japanese Spitz Lines,” Journal of Comparative Canid Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 101-119, 1974.
- ^ 中村芳文『家庭内交渉における全拒否柴の比喩的転用』社会言語学紀要 第7巻第1号, pp. 9-27, 1982.
- ^ Kenjiro Arita, “The Sociological Effects of Non-Arrival Canines,” East Asian Animal Culture Review, Vol. 15, No. 4, pp. 211-233, 1991.
- ^ 佐伯冬子『拒む犬、待つ人』みすず書房, 1998.
- ^ 石田良介『全拒否柴の行動分類表とその誤読』畜犬科学 第21巻第6号, pp. 77-96, 2004.
- ^ 柳澤真琴『ネガティブ・ホスピタリティ論序説』東京港出版, 2012.
- ^ “A Misprint in the First Refusal Register of Zenkyohi Shiba,” The Canine Antiquarian, Vol. 3, No. 1, pp. 5-14, 2017.
外部リンク
- 全拒否柴保存会公式記録庫
- 深川民俗犬類アーカイブ
- 東京応答行動研究センター
- 家畜応答制御史料館
- 拒否文化年表データベース