全日本アリウープ協会
| 正式名称 | 全日本アリウープ協会 |
|---|---|
| 英語名称 | All-Japan Alley-Oop Association |
| 略称 | AJAO |
| 設立 | 1958年 |
| 本部 | 東京都港区芝公園 |
| 加盟 | 47都道府県支部 |
| 会長 | 松原 恒一郎 |
| 主な活動 | 技法認定、審査会、講習会、空中連係の安全基準策定 |
| 関連分野 | バスケットボール、体操競技、舞台演出 |
全日本アリウープ協会(ぜんにほんありうーぷきょうかい、英: All-Japan Alley-Oop Association)は、における技法の研究、認定、および普及を目的とする全国組織である。主として由来の空中連携技術を扱うとされるが、その成立はのでの偶発的な競技連盟改組にさかのぼるとされている[1]。
概要[編集]
全日本アリウープ協会は、選手同士の連係によって空中で得点機会を作るの技法を、競技・演技・教育の三領域で体系化した団体である。公式にはとは独立した任意団体とされるが、審査票の書式や講習会の用語がやけに官庁的であることで知られている[2]。
協会の特色は、単なるプレー普及団体ではなく、動作の角度、滞空時間、合図の発声、そして受け手が着地直前に見せる「礼節的うなずき」までを認定対象にした点にある。創設当初は内の体育館三か所だけで活動していたが、1960年代にの学生リーグへ広がり、のちに「空中連係の標準化」を掲げる全国組織へと成長したとされる。
もっとも、設立経緯には諸説があり、春の講習会で記録係が誤ってを「仮設の連続演技」と解釈したことが始まりだという説が有力である。一方で、舞台照明の吊り下げ装置の事故から生まれたという異説もあり、協会自身は両説を「併存する技法起源」として処理している[3]。
歴史[編集]
創設期[編集]
協会の原型は、7月にの旧市立体育館で行われた「空中連係研究会」に求められる。中心人物は、当時の臨時講師であった松原 恒一郎と、大阪本社のスポーツ担当記者・田辺 伸吾で、両者が試合後の反省会で「同じプレーが毎回名前を変えているのは不便である」と主張したことが発端とされる。
同年末には、関西の実業団6チームが参加する非公式の「投げ上げ禁止・受け手先行」講習が開かれ、これが後の認定制度の雛形になった。なお、初期の講習では成功時に笛を吹く独特の手順が採用されていたが、観客が得点成立と誤解し拍手のタイミングを失うため、に廃止されたとされている[4]。
制度化と全国展開[編集]
の前後、協会は「空中連係の見栄え」が国際的な演出価値を持つとして、地方支部の設置を急速に進めた。とりわけとでは、商業施設の屋上を利用した出張講習が人気を集め、受講者は年間約3,200人に達したという[5]。
には「初級アリウープ指導員」制度が設けられ、同時に滞空時間の測定にを用いる独自規格が導入された。この規格は当時としては極めて精密であったが、測定員が毎回「見た目で1.5秒」と口頭補正していたため、科学性よりも現場の空気を重視する制度として評価された。
さらにには、のスポーツ中継で「アリウープ」という語が解説者の口癖として定着し、協会はテレビ露出を背景に会員数を急増させた。1987年時点で登録会員は推定12万4,000人に達し、そのうち約18%が実際に屋内競技場以外で練習していたとされる。
近年の動向[編集]
以降、協会は「安全な空中連係」を掲げて、学校体育向けの簡略版アリウープ教材を配布した。教材には、手首の返し方だけでなく、相手に投げる前の呼吸法、そして失敗した際の謝罪の角度まで記載されており、教育委員会からは概ね好意的に受け止められた。
にはの本部で「全国アリウープ検定」が開始され、初年度の合格率は41.8%であった。問題の一つに「味方の視線が合わない場合の最適な空中修正量を求めよ」という実技設問があり、採点基準が数学と美学の中間にあるとして話題となった[6]。
一方で、2020年代には動画共有サイトで「#裏アリウープ」と呼ばれる非公式技法が流行し、協会はこれを「安全基準を満たさない見世物」と批判した。しかし、若年層の流入は止まらず、2023年には地方大会のハーフタイム演出として、アリウープと和太鼓を組み合わせた「空中打ち上げ演目」が実施されている。
組織構成[編集]
協会の組織は、、、、の四本柱で構成される。もっとも、実務の大半は「技法登録票の確認」と「受け手の背番号が見えない場合の再申請」に費やされているとされる。
都道府県支部は原則として各県1支部であるが、のみ広域性を理由に3支部体制が認められている。またでは、砂浜での練習を想定した「低重心アリウープ」の研究が盛んで、協会内部では半ば別競技のように扱われている。
会長職は創設以来、学識経験者と元競技者が交互に務めてきたが、2019年以降は「空中連係の社会的責任」が重視され、広報出身者が就任する慣行が定着した。現会長の松原 恒一郎は、前任者から引き継いだ木製の認定スタンプを今も使用している。
技法認定[編集]
協会が定める技法認定は、初級・中級・上級・準師範・師範の五段階である。初級は単純な放物線軌道の理解、上級は「受け手の足音を聞かずにタイミングを合わせる能力」、師範は「観客の期待を裏切らずに成功率を下げない能力」を求められる。
認定審査では、の成功のみならず失敗時の再構成も評価対象となる。特に「背面修正落下」は協会が高く評価する要素であり、の審査要綱改訂で正式に加点項目となった。審査員の間では、これを「技術より演出が先に来る稀有なスポーツ規格」と呼ぶことがある。
なお、認定証には受験者の身長とともに「空中への礼儀度」が1から7までの数値で印字される。これが本人の希望とずれることが多く、毎年100件前後の訂正申請が出るという。
社会的影響[編集]
協会の活動は、の技術普及にとどまらず、学校教育や地域振興にも波及した。とくに1990年代には、商店街の夏祭りでアリウープ実演会を行う「投げ上げ盆踊り」が各地に広まり、では観光パンフレットに協会公認の空中写真が掲載された。
また、企業研修の場で「上司が先に準備し、部下が受ける」という比喩としてアリウープが多用され、内の一部広告代理店では会議の開始時に必ず「今から一投」と宣言する習慣が生まれた。こうした文化的浸透により、協会はスポーツ団体というより「合図と信頼の社会学を扱う団体」とみなされることもある。
一方で、過剰演出による膝関節への負担や、体育館の天井灯に接触する事故が報告されたことから、はに「空中連係活動の実施に関する留意事項」を通知した。この通知は協会内で「地上からの最も厳しい賞賛」と揶揄された。
批判と論争[編集]
協会に対する批判としては、まず技法認定が形式化しすぎている点が挙げられる。審査基準に「着地点の余韻」が含まれていることから、実際の得点よりも見栄えが優先されるとの指摘がある[要出典]。
また、創設史をめぐっては、発祥説との舞台芸術由来説が対立しており、協会内でも記念誌ごとに説明が異なる。とくに刊の協会史では「戦後の都市スポーツ文化の自然発生」とだけ記されており、肝心の誰が最初に跳ばせたのかが曖昧である。
さらに、2021年の総会では「アリウープ」という語の商標管理をめぐり、地方支部の一部が反発した。これに対し本部は、語の独占ではなく「無秩序な空中接続の抑制」を目的とするに過ぎないと説明したが、会場では拍手より先にため息が多かったと記録されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松原 恒一郎『空中連係の成立と規格化』体育文化研究社, 1963, pp. 14-39.
- ^ 田辺 伸吾「アリウープ語源私考」『関西スポーツ史紀要』Vol. 7, No. 2, 1971, pp. 88-103.
- ^ A. Thornton, "Standardization of Midair Coordination in Postwar Japan," Journal of Urban Athletics, Vol. 12, No. 1, 1982, pp. 21-46.
- ^ 『全日本アリウープ協会史』全日本アリウープ協会編, 第1巻, 1994, pp. 5-112.
- ^ 小林 進一「空中連係と学校体育」『月刊体育指導』第24巻第8号, 1999, pp. 31-44.
- ^ M. R. Caldwell, "The Social Semantics of Alley-Oop Calls," International Review of Game Rituals, Vol. 3, No. 4, 2005, pp. 117-129.
- ^ 佐伯 直人『投げ上げの礼法』東都出版, 2011, pp. 66-97.
- ^ Haruka Minase, "Safety Protocols for Elevated Passing Systems," Sports Governance Quarterly, Vol. 9, No. 3, 2017, pp. 201-219.
- ^ 全日本アリウープ協会安全指導部『全国アリウープ検定 公式問題集 2020年版』協会出版室, 2020, pp. 12-58.
- ^ 木村 玲子「空中連係と盆踊りの融合に関する一考察」『地域文化と身体技法』第11巻第1号, 2022, pp. 1-19.
外部リンク
- 全日本アリウープ協会 公式記録室
- 地方支部連絡ポータル AJAO-Net
- 空中連係研究資料館
- 全国アリウープ検定 アーカイブ
- 投げ上げ文化普及財団