反バロメッツ話法
| 分類 | 修辞学、対話術、編集工学 |
|---|---|
| 成立 | 1978年ごろ |
| 提唱者 | 長谷部 恒一郎 |
| 主な活動拠点 | 東京都文京区、神田神保町 |
| 用途 | 比喩の暴走抑止、議論の接地、説明責任の回収 |
| 関連機関 | 日本比喩防衛学会 |
| 特徴 | 実物化した比喩を、別の比喩で包み直して無効化する |
反バロメッツ話法(はんバロメッツわほう、英: Anti-Barometz Rhetoric)は、を実物として扱う発話を逆手に取り、比喩の成立条件そのものを崩すためのである。後期ので体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
反バロメッツ話法とは、相手が用いた比喩表現を、そのまま意味づけの土台として受け取らず、あえて物理的・制度的・歴史的な文脈へ引き戻す話法である。たとえば「空気を読む」を文字通りの環境計測として扱い、「風向計のない会議は成立しない」と返すことで、比喩が持つ曖昧な権威を解体する手法とされる。
この概念は的な語感を持つという架空の牧草樹をめぐる講義メモから派生したとされ、当初はの補助技法として扱われた。のちにやに転用され、1980年代には一部の出版社で「原稿の空中浮揚を防ぐための実務技法」として採用されたという[2]。
名称[編集]
名称の「バロメッツ」は、19世紀末にで流布した羊毛植物伝説の再編集版に由来するとされるが、反バロメッツ話法ではこの語を「比喩が自家増殖する際の最小単位」として再定義する。すなわち、ひとたび会話の中で説明されないまま共有された前提を、植物のように勝手に育つ“比喩の芽”と見なし、それを摘み取る動作が「反」であるとされた。
ただし、この説明は後世の研究者が整えたもので、初期資料では単に「バロメツ返し」「逆羊毛法」「会話の地面下ろし」とも記されていた。とくにの喫茶店『珈琲アストラル』で配布された謄写版資料には、用語の揺れが17種も確認されており、文献学的にはかなり雑である[3]。
歴史[編集]
成立期[編集]
反バロメッツ話法の成立は、の冬にで開かれた「比喩と責任」研究会に求められる。中心人物のは、大学のゼミで学生が「議論が熱を帯びる」と言った際、実際に暖房費の請求先を議論し始めたことで注目された。この逸話が、のちに“比喩を実費化する男”として過剰に脚色されるきっかけになった。
同研究会では、参加者23名のうち7名が途中で「話法」ではなく「話舗」と誤記し、議事録が二通り残っている。これがかえって概念の権威を高めたとされ、長谷部は「誤植は比喩の背骨を露出させる」と述べたという。
普及期[編集]
にはが設立され、反バロメッツ話法は会員向けの推奨技法として採択された。学会は毎年、の貸会議室で「比喩の過密化」について討議し、1回の大会で平均38件の“空中比喩”が回収されたと報告している。
また、同時期に『月刊レトリック実務』誌が特集を組み、読者投稿欄には「上司が“前向きに検討”と言うたび、方向指示器を持っていくべきか」という相談が相次いだ。編集部はこれを「反バロメッツ案件」と分類し、以後、会社の会議室に方位磁針を置く企業が増えたという。
制度化と衰退[編集]
に入ると、反バロメッツ話法は一部の行政文書作成講座に取り入れられた。とくに周辺では、曖昧な目標語を数値化するための訓練として重宝され、ある省庁の内部資料では「抽象語は一度、机の上に置いてから再利用すること」と明記された。
一方で、過剰に適用すると会話が著しく遅くなる欠点があり、1997年にはの企業研修で「1回の懇談が3時間20分延びた」との報告がある。以後は普及よりも、文章校正や危機広報の場で細々と使われるようになった。
技法[編集]
反バロメッツ話法の基本は、比喩を「意味の近道」ではなく「検査対象」に変える点にある。まず相手の比喩を受け止め、次にその比喩が成立する物理条件、制度条件、あるいは誰の責任で維持されているのかを問う。これにより、議論の熱量を落とさずに、比喩だけを冷却することができるとされる。
代表的な手順としては、①比喩の実体化、②実体化した対象の所在確認、③説明責任の再配分、④最後に比喩へ戻す、の4段階がある。たとえば「会社が一つの船なら」と言われた場合、船籍・救命胴衣・航海士の資格の有無を確認し、最終的に「ではこの船の保険料はどの部が払うのか」と返すのである。
なお、反バロメッツ話法には“過剰反転”という副作用があり、会話中のあらゆる表現が法令審査に見えてしまうことがある。1989年の調査では、実践者の14.6%が「比喩の目撃だけで疲労を感じる」と答えたが、調査票の設計が雑だったため信頼性は低い。
社会的影響[編集]
反バロメッツ話法は、との言い回しを精査する文化に少なからず影響を与えたとされる。1980年代後半には、東京都内の中堅印刷会社で「誇張表現の裏取り係」が新設され、キャッチコピー案に対して必ず1回は「その雲は何メートル上空にあるのか」と確認する慣行が生まれた。
教育分野では、中高のやの授業で、比喩と事実の境界を意識させる教材として流用されたことがある。なお、ある都立高校では生徒が「先生の話は霧だ」と発言したところ、担当教員が即座に加湿器の出力を調べ始め、以後そのクラスでは比喩の使用率が62%減少したという[4]。
一方で、政治演説に対して過剰に適用すると、演説が成立しにくくなるとして批判も受けた。とくに地方議会では「前向き」「光を当てる」「風通しを良くする」といった表現が、風向測定や照度計の設置要求に転化し、質疑が終わらなくなる事例が報告されている。
批判と論争[編集]
批判の中心は、反バロメッツ話法が比喩を嫌うのではなく、比喩を“説明可能なもの”へ過度に還元してしまう点にある。文学研究者のは、「曖昧さの厚みを抜いた残り物で会話しているにすぎない」と述べ、これを“会話の脱脂粉乳化”と呼んだ[5]。
また、にのシンポジウムで、実践者が詩の朗読に対し逐語的な設備点検を始めた事件があり、会場の照明係が涙ながらに退場したとされる。この出来事を境に、反バロメッツ話法は「有効だが、詩の近くでは慎重に」という注記付きで扱われるようになった。
ただし擁護派は、同技法が比喩そのものを壊すのではなく、比喩に無条件で乗る習慣を一度止める点に価値があると主張している。現在でも編集者や広報担当者の間では、「一度バロメッツを畑に戻す」という言い回しが、曖昧な企画書を差し戻す婉曲表現として残っている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 長谷部 恒一郎『反バロメッツ話法入門』神田出版会, 1981.
- ^ 牧野 朱実「比喩の脱接地と会話倫理」『現代修辞学』Vol. 12, No. 3, 1986, pp. 44-67.
- ^ Arthur P. Wren, “Grounding the Metaphor: Anti-Barometz Practices in Urban Japan,” Journal of Rhetorical Studies, Vol. 7, No. 2, 1991, pp. 101-129.
- ^ 日本比喩防衛学会編『会議室の中の比喩』学苑社, 1984.
- ^ 佐伯 進『官僚文書における反バロメッツ処理』中央行政評論社, 1992.
- ^ Margaret L. Havers, “The Barometz Problem and Its Discontents,” Oxford Review of Rhetoric, Vol. 19, No. 1, 1995, pp. 12-38.
- ^ 『月刊レトリック実務』第8巻第4号, 1987, pp. 5-19.
- ^ 小野寺 透「空気を読むの語用論」『日本対話学紀要』第21巻第2号, 1998, pp. 88-109.
- ^ 長谷部 恒一郎『比喩の地面下ろしとその周辺』神保町文庫, 1979.
- ^ Claire D. Penrose, “When a Ship Is Not a Ship: Institutional Effects of Anti-Metaphor Speech,” Proceedings of the London Society of Semiotics, 2001, pp. 201-214.
外部リンク
- 日本比喩防衛学会アーカイブ
- 神保町レトリック資料室
- 会議術研究フォーラム
- 比喩実体化防止センター
- 編集工学年報データベース