右目魂
| コンビ名 | 右目魂 |
|---|---|
| 画像 | |
| キャプション | |
| メンバー | 尾崎 見透、三枝 右門 |
| 結成年 | 2007年 |
| 解散年 | 活動継続中 |
| 事務所 | 白鷺企画 |
| 活動時期 | 2007年 - |
| 芸種 | 漫才、コント |
| ネタ作成者 | 三枝 右門 |
| 出身 | 大阪府大阪市 |
| 出会い | 専門学校の視覚演習ゼミ |
| 旧コンビ名 | 片目連 |
| 別名 | ミギダマ |
| 同期 | 銀河紙芝居、明け六つラバーズ |
| 影響 | 片目表現主義 |
| 現在の代表番組 | 『右見て笑え』 |
| 過去の代表番組 | 『片目の法則』 |
| 現在の活動状況 | 劇場・配信を中心に活動 |
| 受賞歴 | 関西新視界お笑い新人賞 準優勝 |
| 公式サイト | 白鷺企画 公式プロフィール |
右目魂(みぎめだましい)は、を拠点に活動するとされる。結成、29期生という設定で語られることが多い[1]。右目だけで客席を“見抜く”という独自の芸風で知られる[2]。
概要[編集]
右目魂は、で相手の心理を読み切るという設定のと、片目だけが異常に雄弁なで人気を博したとされるコンビである。結成当初は「視線の圧が強すぎる」として小劇場で敬遠されたが、後に周辺の若手ライブで異様な支持を集めたと伝えられている。
彼らの活動史は、一般的なの系譜というより、むしろの商店街文化と、平成期の観察芸の過剰進化として理解されることが多い。特に、三枝右門が毎回ネタの最後に「今、右目が全部言いました」と締めるフレーズは、代前半の若手芸人の間で一種の合言葉になったとされる[3]。
メンバー[編集]
尾崎 見透(おざき みとお)[編集]
ボケ担当。生年月日は6月14日とされ、本人曰く「生まれた瞬間から右目だけが先に現場を見ていた」という。舞台上では過剰に客席を凝視する役回りが多く、頃には“右目の圧”を和らげるために片側だけ青いコンタクトを入れていたという逸話がある。
元は内の写真専門学校で人物撮影を学んでいたが、被写体の“目線の嘘”を見抜く特技が買われ、三枝に誘われたとされる。なお、本人は公式プロフィールで「視力は良いが、人生の見通しが悪い」とコメントしたと記録されている[4]。
三枝 右門(さえぐさ うもん)[編集]
ツッコミ担当、ネタ作成はほぼこちらが担当するとされる。生年月日は11月2日。口調は端正だが、右目の動きだけが常に別人格のように見えるため、初対面のからは「怖いのに理屈は通っている」と評された。
在学中に視線演技の講義で独自のメモを残し、後にそれが『右目演技論』として若手の間でコピーされたという。実際には三枝が深夜のファミレスで書いた落書きに過ぎなかったとも言われるが、この点はとされている。
来歴[編集]
結成まで[編集]
、二人はの公開ゼミで初めて同席したとされる。尾崎が展示用のライトを右側だけ外してしまった事故を、三枝が即座に「それは右目のための演出や」と拾ったことが結成の契機になったという。
当初のコンビ名はであったが、観客から「宗教団体のようだ」と誤解されやすく、春に現在の右目魂へ改称した。改称直後の初舞台では、開演3分前に三枝が右目用のメイクを左右逆に塗ってしまい、逆に拍手が増えたと伝えられている。
東京進出[編集]
、彼らは活動拠点をの小劇場に移した。移転の理由は、代表が「大阪では右目が強すぎて、街の看板と競合する」と判断したためであるとされる。
のライブハウスでは、視線をテーマにした漫才が“前列ほど笑いにくい”という現象を生み、客席後方の反応が極端に良いことで注目された。某編集者は「後ろの席だけで成立する漫才」と記しているが、この評価は現在でも引用されることがある[5]。
ブレイクと停滞[編集]
、深夜番組『右見て笑え』のコーナー「片目で答えるクイズ」で一気に知名度を上げた。ところが翌年、尾崎が“見透かしすぎる”演技を本番でやり過ぎ、共演者の家族構成まで当ててしまったため、数週間ほどテレビ露出が減ったとも言われる。
その後は劇場中心に戻り、にはで準優勝を果たした。審査員は「やっていることは無茶苦茶だが、無茶苦茶の筋が通っている」と評したとされ、いかにもそれらしいコメントとしてネット上で定着した。
芸風[編集]
右目魂の芸風は、との中間に位置する独自のものとされる。尾崎が客席の右側だけを凝視して観察結果を述べ、三枝が「左側の人間には聞こえへん前提で話すな」と畳みかける構成が基本である。
代表的な型として、相方の右目の動きだけでオチを予告する「右目フリ」がある。これは代後半に若手ライブで流行し、他のコンビが一時的に真似したが、たいていは単なる睨み合いに終わったという。
また、コントでは目薬、鏡、コンタクトレンズ、監視カメラなど視線に関わる小道具が多用される。特に『視線税務署』というネタでは、風の係員が「見たものは申告してください」と迫る場面があり、客席が困惑しつつ爆笑することで知られる。
エピソード[編集]
、地方営業で訪れたの商店街にて、商店主が「右目魂さんが来ると商品の棚の右端だけ売れる」と証言したことから、半ば縁起物として扱われるようになった。以後、彼らの出演日は「右寄せ陳列」を行う店が増えたとされる。
にはオンライン配信番組で、三枝が誤って自宅の防犯カメラ映像をネタ中に流し、飼い猫が真正面から退場する様子が大ウケした。この映像は後に“右目魂史上もっとも無防備な瞬間”として切り抜かれ、再生数は48万回を超えたと報じられた。
なお、二人は「片目で笑わせるのではなく、片目でも成立する笑いを作るのが目的である」と述べたことがあるが、これが本心か後付けの理論かは判然としない[6]。
出囃子[編集]
出囃子はの『軍隊行進曲』を、から無理やりに崩した独自編集版であるとされる。演者によっては「右目が行進するような音」と表現するが、実際には編集担当が深夜にのスタジオで作った簡易音源であったという。
一部の劇場では、出囃子の冒頭にわずか0.7秒だけノイズが入るが、これは尾崎が本番前に右目を瞬かせるタイミングに合わせた仕様だとされている。もっとも、この設定は後年になって語られ始めたため、演出か伝説かは定かではない。
賞レース成績・受賞歴[編集]
『関西新視界お笑い新人賞』準優勝。 『地下劇場ネタバトル・春の部』優勝。 『関西新視界お笑い新人賞』再エントリーで準優勝。 『片目グランプリ』審査員特別賞。
とくに『片目グランプリ』は、出場条件に「舞台上で一度は右側を向くこと」が含まれていたため、右目魂に有利であったとも不利であったとも言われる。三枝は受賞後、「うちは賞レースに強いというより、審査員の右目を先に取っている」と語ったとされ、会場ではどよめきが起きた。
出演[編集]
テレビ番組[編集]
『右見て笑え』では準レギュラーとして出演し、視線を合わせた相手の嘘を見破る企画が話題となった。なお、ゲストの発言を先読みしすぎて放送尺が余る回が続出し、編集スタッフの労力が増えたとされる。
『深夜の片目会議』では、二人とも常に画面の右上を見続ける演出が採用された。視聴者アンケートでは「何を見ているのかわからないが、なぜか安心する」との声が多かったという。
配信・ラジオ[編集]
の番組『右耳より右目便り』では、リスナーから届いた悩みを“目で読む”という体裁のコーナーが人気を博した。メール本文を黙読している間の沈黙が異様に面白いとされ、には切り抜き動画がまとめて拡散された。
また、ネット配信『視界ゼロでも笑えるか』では、暗室の中でネタを行う企画があり、二人の芸風が逆に見やすくなったと評された。これはスタッフ側の照明事故をきっかけに生まれた偶発的企画である。
作品[編集]
DVD『右目魂 第一視界』は、単独ライブ『右目で決めろ』を収録した映像作品である。特典映像には、三枝が右目用のアイラインを30分かけて引く様子と、尾崎がその間ずっと「まだ見えてます」とだけ言い続ける未公開シーンが収録された。
CD『見えるボケ、見えないツッコミ』は、ライブ会場限定で販売された音源集で、観客の笑い声までトラック分けされている点が特徴である。制作担当は「音楽としては成立していないが、現場の熱だけはある」とコメントしたという。
単独ライブ[編集]
単独ライブは『右目で決めろ』(、)、『見透かしの夜』(、)、『右門、こちらを見ろ』(、)などが知られる。いずれもタイトルに“見る”系の語が入るのが特徴で、ポスターでは必ず片側の目だけが強調されていた。
特に公演では、客席の半数にだけ配布された双眼鏡が「演出の一部」とされ、実際には配布ミスだったのではないかという説もある。しかし、この偶然が結果的に“右側客席の伝説”を生み、後年のライブ文化に影響を与えたともされる。
書籍[編集]
『右目魂の見抜き方』(、)は、芸人本人によるエッセイとネタ解説をまとめた書籍である。巻末には「視線をそらさずに会話する練習法」が掲載されているが、実用性は不明である。
また、『片目で読む大阪笑芸史』において、右目魂は末期の商店街芸とのライブ文化を接続する存在として論じられている。ただし、同書の第4章では三枝を「右目系知識人」と呼んでおり、評者の間ではやや行き過ぎた評価として知られる。
脚注[編集]
[1] 『大阪若手芸人名鑑 2007年度版』白鷺編集部、2008年。 [2] 立花真一『片目表現主義の研究』関西演芸学会誌 Vol.12, No.3, pp.44-59。 [3] 中村悠介「視線芸の成立とその周辺」『舞台文化論集』第8巻第2号, pp.101-118。 [4] 右目魂公式プロフィール(白鷺企画アーカイブ)。 [5] 大谷史郎『後方客席笑説』青嵐書房、2016年。 [6] 「右目で読む、右目で笑う」『月刊よしもと風』第19号, pp.22-25。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 立花真一『片目表現主義の研究』関西演芸学会誌 Vol.12, No.3, pp.44-59.
- ^ 中村悠介『視線芸の成立とその周辺』舞台文化論集 第8巻第2号, pp.101-118.
- ^ 大谷史郎『後方客席笑説』青嵐書房, 2016年.
- ^ 西園寺麻衣『平成若手漫才史ノート』白鷺出版, 2020年.
- ^ 藤堂修一「右目魂の舞台構造」『笑芸研究』Vol.17, No.1, pp.9-31.
- ^ 岡本澄人『なんば以後の視線文化』北辰社, 2019年.
- ^ 山根千尋『片目で読む大阪笑芸史』梅田文庫, 2021年.
- ^ H. Thornton, Right-Eye Performance and Urban Comedy in Japan, Journal of Stage Anthropology, Vol.6, No.4, pp.201-220.
- ^ M. K. Ellison, Peripheral Laughter: A Study of Asymmetrical Timing, Theater Notes Press, 2018.
- ^ 白鷺編集部『大阪若手芸人名鑑 2007年度版』白鷺編集部, 2008年.
外部リンク
- 白鷺企画 公式プロフィール
- 右目魂ファンクラブ『右端会』
- 関西演芸アーカイブ
- 片目表現主義資料室
- なんば若手劇場連盟