名古屋歩き
| 名称 | 名古屋歩き |
|---|---|
| 別名 | 三角補正歩法 |
| 発祥 | 愛知県名古屋市 |
| 成立 | 1908年頃 |
| 主な実践者 | 測量技師、商店街案内人、観光客 |
| 特徴 | 直進回避、右折優先、喫茶店での補給 |
| 関連組織 | 名古屋市観光協会、東山測量局 |
| 影響 | 地図読解、都市観光、喫茶文化 |
名古屋歩き(なごやあるき、英: Nagoya Walk)は、を中心に発達した都市歩行の流儀であり、速度よりも方位感覚と寄り道の精度を重視する独特の移動様式である。明治末期のの実地観測を起源とし、昭和中期にはの推奨歩法として半ば公認されたとされる[1]。
概要[編集]
名古屋歩きは、内の街区が碁盤目状に見えて実際には微妙にずれていることを前提に、短い直線移動と角地での再確認を繰り返す歩行法である。単なる散策ではなく、地図上の方位を身体で補正する作法として扱われることが多い。
この語は大正期の観測記録に見えるが、一般への普及は30年代の商店街連合による「迷わず歩ける名古屋」運動によるところが大きい。なお、当初は市民の一部から「二度曲がりの無駄」と批判されたが、結果として喫茶店の回転率を上げたという指摘がある[2]。
歴史[編集]
起源と測量時代[編集]
1908年、の技師・は、名古屋都心部の街路が「見かけ上の直角」と「実測上の直角」に平均1.8度の差をもつと報告した。この差を吸収するため、彼は歩行者に対し、交差点ごとに半拍遅れて方向転換する方法を提案したとされる。
1912年にはの地理教材『都市地形補正論』に「名古屋歩き」の語が現れ、授業内で児童に試行させた記録が残る。もっとも、当時の実践は遠足で迷子が多発したため、教育的成功か事故の隠蔽かで評価が分かれている[3]。
商店街への普及[編集]
戦後、と周辺の案内業者が、来訪者が店を見落としにくい歩法として再定義したことで、名古屋歩きは観光文化へ転化した。1957年にはが「三角補正マップ」を配布し、1区画を最短で横断するより、2回の右折を挟む方が結果的に滞在時間が8分12秒長くなるとした。
この頃から、歩行前に喫茶店で「モーニング」を摂る慣習が組み込まれ、空腹状態での直進を避けることが推奨された。市内の老舗喫茶店では、昭和41年時点で歩行者向けに角砂糖を2個増量する制度があり、これが名古屋歩きの標準装備とみなされた[4]。
観光都市としての制度化[編集]
1980年代にはが、地下街・高架下・アーケードを組み合わせた「三層回遊圏」の概念を提唱し、名古屋歩きを単なる地上歩行から立体的な都市行動へ拡張した。これにより、雨天時でも歩数が落ちにくいという利点が見いだされ、健康志向の中高年層に支持された。
一方で、1994年の市民意識調査では、回答者の37.4%が「目的地に着くまでに同じ交差点へ戻る感覚がある」と答えており、歩行者の空間認識を独特に変質させる文化として研究対象となった。なお、名古屋歩きの熟練者は、赤信号で立ち止まる間に次の2手先を読むとされる[5]。
方法と作法[編集]
名古屋歩きの基本は、最初の直進を30〜80メートル以内に抑え、角地ごとに店名・看板色・自動販売機の位置を確認することである。これにより、同じブロック内でも「北寄り」「喫茶寄り」「地下街寄り」といった曖昧な方位が成立する。
熟練者は、歩行速度を分速約54〜62メートルに保ち、交差点での視線移動を先に行う。地元ではこれを「目だけ先に曲がる」と呼ぶが、実際に目が曲がるわけではない。なお、初心者が最も失敗しやすいのは、前で右折すべきところを直進し、結果としての同一系列喫茶店を3軒連続で見てしまう現象である。
社会的影響[編集]
都市計画への影響[編集]
名古屋歩きは、歩行者が曲がり角で滞留することを前提に設計された「滞在型交差点」の普及に寄与したとされる。の一部地区では、角地のベンチ設置率が1978年から1989年の間に1.6倍に増加し、これは名古屋歩きによる小休止需要の増大と関連づけられている。
また、商店街の看板は「見つける」より「戻って再発見する」ことを意識した配置へ変化し、歩行者が同じ情報を二度見る構造が都市の記憶形成に有効とされた。都市社会学者のは、これを「反復閲覧型まちづくり」と呼んだ[6]。
喫茶文化との結びつき[編集]
名古屋歩きは喫茶文化と不可分であり、歩行距離1.2キロメートルごとに休憩を挟む習慣があるとされる。特にの提供時間帯は、歩行開始前の儀礼として扱われ、パンの厚さが歩幅の安定に影響するという半ば都市伝説的な説も流布した。
1983年にはの喫茶店主らが「歩行者に水よりコーヒーを」という共同宣言を出し、以後、名古屋歩きはカフェイン摂取を伴う都市運動として認識されるようになった。ただし、宣言文に署名した12店のうち3店は後年、そもそも宣言の存在を覚えていないと回答している。
批判と論争[編集]
名古屋歩きは、その独特の迂回性から「効率の悪い散歩」と批判されることがある。とくに高速移動を重視する若年層からは、1駅分の距離を歩くのに2回以上の寄り道を含む点が疑問視された。
しかし擁護派は、名古屋歩きは最短距離ではなく最適滞留時間を追求する文化であり、結果的に商店街経済を支えたと主張する。2001年の報告では、名古屋歩き実践者は非実践者に比べ、1日あたりのレシート枚数が平均1.9枚多いとされた[7]。一方で、この数字の算出方法が「喫茶店の紙ナプキンをレシートに含めたのではないか」として議論を呼んだ。
類型[編集]
研究者は名古屋歩きをいくつかの型に分類している。最も一般的なのは、駅から目的地までの間に商店街を必ず一つ挟む「挟み込み型」である。ほかに、地下街から地上へ出た直後に再び地下へ戻る「往復型」、信号待ちの間に周囲の看板を読み込んで進路を変える「看板読解型」がある。
さらに、夏季に見られる「日陰優先型」では、南向きの路地を避けるために不自然な蛇行が発生する。これは機能的には遠回りであるが、地元では「風の通る道を選べる者が真の名古屋歩きである」と格言化されている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 村瀬精吾『名古屋街区測量報告書』東山測量局刊, 1909年.
- ^ 大島和彦『都市地形補正論』愛知師範学校地理科, 1913年.
- ^ 中村久子『歩行と商業空間の相互作用』中京地理学会誌 Vol.12, No.3, pp.44-61, 1958年.
- ^ 名古屋市観光協会編『三角補正マップの手引』名古屋市観光協会, 1957年.
- ^ 小林瑞枝『反復閲覧型まちづくりの研究』日本都市社会学会紀要 第8巻第2号, pp.101-119, 1984年.
- ^ H. Thornton, “Corner Bias and Urban Drift in Central Nagoya,” Journal of East Asian Mobility Studies, Vol.4, No.1, pp.7-29, 1995.
- ^ 中京都市研究会『名古屋歩きの経済効果に関する調査』中京都市研究会報告書 第21号, pp.3-18, 2001年.
- ^ 山田喜八『喫茶店と歩幅の民俗学』名古屋民俗叢書, 2007年.
- ^ A. Takemura, “The Two-Right-Turn Theory of Nagoya Walking,” Urban Ritual Review, Vol.9, No.4, pp.201-217, 2012.
- ^ 佐伯里奈『名古屋歩き入門 角を曲がる前に考える』名古屋生活文化出版, 2016年.
- ^ 藤堂義明『モーニングサービスと都市リズム』喫茶文化研究 第5巻第1号, pp.12-25, 2020年.
外部リンク
- 名古屋都市歩行研究所
- 東山測量局アーカイブ
- 名古屋歩き保存会
- 中京モーニング文化資料館
- 三角補正マップ電子図書室