和田一浩
| 選手名/氏名 | 和田 一浩 |
|---|---|
| 画像 | WadaKazuhiro.jpg |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像説明 | 2012年の金メダル授与式での記念撮影 |
| 愛称 | 湾岸のミズタマ男 |
| 生年月日 | 1979年6月18日 |
| 出身地 | 東京都江東区 |
| 身長 | 187cm |
| 体重 | 94kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 7 |
| ポジション | 外野手 |
| 所属チーム/クラブ | 横浜湾岸ホエールズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates(メダル獲得歴) | 2012年オリンピック金メダル(野球) |
和田一浩(わだ かずひろ、[[1979年]]〈[[昭和]]54年〉[[6月18日]] - )は、[[東京都]][[江東区]]出身の[[プロ野球選手]]([[外野手]])。右投左打。[[日本野球機構]]の[[横浜湾岸ホエールズ]]所属。第[[2012年]]の[[第30回]] [[オリンピック]]で金メダルを獲得し、同年の[[ベストナイン]]にも選出された[1]。
経歴[編集]
和田一浩は、[[東京都]][[江東区]]の砂町商店街で育ったとされる。当時、近所の行事では『打球を海へ返す』という奇妙な縁起があり、彼は毎年夏祭りの最終日にバットを洗う係を務めたという[2]。
高校は[[江東第六高等学校]]に入学し、3年次に「外野守備の待ち時間は投球フォームの呼吸で決まる」とする独自理論をまとめ、同年に[[甲子園]]予選で打率.412を記録した。プロ入り前から、練習試合だけは『7回の開始音が変わると調子が落ちる』と話す癖があった[3]。
プロ入り後、[[1998年]]に[[横浜湾岸ホエールズ]]へドラフト3巡目で選出された。同年の春季キャンプでは、ブルペンの片隅で自作の小型タイマーを回し続け、捕手から「投球を数えているのか、祈っているのか」と聞かれるほどであった。なお、公式発表では同年の一軍出場がわずか5試合である一方、守備機会の累計は実に1269回と記録されたとされる(当時のスコアブックに基づく)[4]。
所属チーム別には、前半生をホエールズで過ごし、[[2007年]]から[[2011年]]までの5シーズンは主に左翼でスタメン出場を確保した。同年の[[横浜湾岸ホエールズ]]はチーム再編を行っており、彼は『センターの人員が不足するなら、外野の距離を稼ぐ』という理由で守備シフトの設計を担ったとされる[5]。
代表経歴では、[[2012年]]に[[日本野球代表]]の外野手として選出され、[[第30回オリンピック]]決勝で延長10回、決勝点を含む2安打を果たし、MVPに選ばれた。大会全日程のうち、彼が打席に立ったのは合計で33回であり、そのうち得点圏は17回と数えられた[6]。
選手としての特徴[編集]
和田は長打型の外野手として知られつつ、実際には『バットを振り切る前に、空調の向きを読む』という打撃哲学を持つとされる。球場の風向きが変化するタイミングを、グラウンド整備車の走行音で判断し、同じ音が聞こえた回だけ自己ベストを狙う癖があったとされる[7]。
守備面では、左翼守備での補殺が多いとされ、特に夜間試合では捕球後の返球速度が速いと評された。2009年の交流戦で、彼がファウルライン付近へ落ちる打球を処理した際、観客が見落とした『打球の失速点』を拾っていたという証言が残っている[8]。
また、選手としての特徴はメンタルにも及び、『7番は縁起が悪いから背番号は意地でも取る』と発言し、実際に入団交渉で背番号7を勝ち取ったとされる。ただし、同年のチーム事情では背番号7は本来若手投手に割り当てられていたともされ、当時の編成部がなぜ譲ったのかについては複数の説がある[9]。
人物[編集]
和田には、やけに細かいこだわりが語られることが多い。たとえば試合前、彼はロッカーの前でキャッチャーミットの皮の匂いを嗅ぎ、「乾きが2ミリ足りない」と言って、ウエットティッシュを半分だけ使うとされる[10]。
[[横浜湾岸ホエールズ]]のチーム内では、遠征先のホテルの廊下で歩数を数え、部屋番号が奇数の日だけ守備練習を長くする運用を作ったとされる。同僚は「科学者みたいだ」と笑いながら、実際にはその運用が守備指標のばらつきを抑えたと後年に分析された[11]。
また、彼が有名になったきっかけとして『一回の交代で、靴ひもを結ぶ回数が合わないと代打が当たらない』というジンクスがあった。同年の成績が偶然に重なったため都市伝説化したが、本人は「偶然は再現できる」とだけ語ったとされる[12]。
記録[編集]
和田は、[[2012年]]の大会で金メダルを獲得したほか、同年の国内リーグでも特別表彰を受けたとされる。リーグ通算では、打率.307、出塁率.392、長打率.515を記録し、自己ベストを更新し続けた選手として記述されることが多い[13]。
タイトルとしては、[[2010年]]に[[最多二塁打]]、[[2012年]]に[[最優秀外野手]]が挙げられる。なお、公式記録の年次に対して『最多二塁打は[[2008年]]だ』という異説があり、当時の球団スコア担当が別フォーマットで集計していたのではないかと推定される[14]。
個人記録としては、プロ入り後から[[2016年]]までの9シーズンで、得点圏打席が累計で412回に到達したとされる。さらに、得点圏での安打はそのうち158本であり、割合は約38.3%と算出される(当時のデータベースに基づく)[15]。
代表歴では、[[2012年]]の金メダル以外にも、同年の[[国際大会]]における打率.366が評価され、帰国後に[[日本野球協会]]から『技術普及功労』の表彰を受けたとも伝えられる[16]。
出演[編集]
和田はスポーツ選手としてテレビ番組にも出演した。デビューから数年ののち、[[2004年]]のバラエティ『[[七回の音が変わる夜]]』に“特別審判役”として出演し、視聴者参加企画で『打球の失速点クイズ』を出題したとされる[17]。
また、[[2013年]]には健康食品のテレビCMに出演し、『外野の回復は海風に学べ』というキャッチコピーで人気を得た。CM撮影では、実際の球場環境を再現するために風量計が用いられ、彼は「今日は風が乾燥している」と監督より先に言い当てたという[18]。
出演作には、ドキュメンタリー『[[湾岸のミズタマ男]]』があり、彼の守備シフト作成の裏側が放送されたとされる。同番組の視聴率については、[[関東地方]]で13.8%、[[関西地方]]で11.9%と報じられた(ただし裏取りは困難とされる)[19]。
著書[編集]
和田の著書としては、『[[7回の呼吸で打つ]]』([[2015年]])が知られている。当時の出版社は、本人のロジックを“打撃の数式”として再編集したとされる。章立ての一つでは、バットのグリップの太さを「指の角度で0.7度単位に調整する」といった、相当に細かい記述が見られる[20]。
つづいて『[[左翼は詩ではなく統計である]]』([[2017年]])が発行された。ここでは、守備に関する感覚論を減らす目的で、彼が試合前に数えていた歩数やタイマーのログが引用されたとされる[21]。
一方で、読者からは『精神論に聞こえる部分がある』との声もあり、本人は「数字は嘘をつかないが、解釈は嘘をつく」と述べたとされる[22]。
背番号[編集]
和田の背番号は[[7]]である。入団交渉の際、彼は『7は運の数字ではなく、準備の数字である』と主張し、球団側の当初案(別番号)を覆したとされる[23]。
背番号7には“返球の7秒”という伝承が付随している。すなわち、外野からの送球を「7秒で届ける」ことを目標に掲げたという意味づけであったが、実際には彼が“秒”ではなく“呼吸回数”を基準にしていたと後に判明したとされる[24]。
また、背番号変更の噂としては、[[2018年]]に番号2への変更が検討されたものの、本人が練習中に「2は低空飛行の匂いがする」と言って断った、という逸話が残っている[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
脚注
- ^ 朝霧健一『湾岸の記録簿:和田一浩の打席設計』海鳴社, 2013年.
- ^ 島田リサ『外野守備の音響学—7回の開始音はなぜ効くか』講談工房, 2016年.
- ^ 森川統『江東第六高等学校野球部の秘密練習』江東文庫, 2001年.
- ^ 田端俊介「得点圏打席33回という偶然—和田一浩の2012年」『月刊プロ野球研究』Vol.44第7号, pp.12-29, 2014年.
- ^ K. Henderson, “The Rhythm of Left Field: A Case Study of Kazuhiro Wada,” Journal of Applied Sports Rhythm, Vol.9 No.2, pp.55-88, 2015.
- ^ 中村正樹「背番号7に宿る準備の数字」『スポーツ心理学叢書』第3巻第1号, pp.101-119, 2018年.
- ^ 横浜湾岸ホエールズ編『平成の遠征ログ大全:風向きと歩数』横浜湾岸出版局, 2012年.
- ^ 小夜野透『左翼は詩ではなく統計である』潮騒書房, 2017年.
- ^ Rina Sato, “Broadcast Anomalies and Viewer Memory During Baseball CM Segments,” International Journal of Sports Media, Vol.6 No.4, pp.201-214, 2019.
- ^ 日本野球協会『技術普及功労の記録集—2012年授賞案件』日本野球協会出版, 2013年(出典表記に揺れがある).
外部リンク
- 横浜湾岸ホエールズ公式サイト
- 日本野球協会アーカイブ
- 湾岸のミズタマ男ファンサイト
- 江東第六高等学校野球部OB会
- オリンピック野球統計データポータル