国民社会主義ドイツ労働者党による国会議事堂放火事件
| 事件名 | 国民社会主義ドイツ労働者党による国会議事堂放火事件 |
|---|---|
| 別名 | ベルリン夜火事、議事堂縦火事件 |
| 日付 | 1933年2月27日夜 |
| 場所 | ベルリン 国会議事堂 |
| 原因 | 政党内部の治安工作とする説、単独犯による模倣犯説など |
| 結果 | 緊急布告の拡大、議会機能の一時停止 |
| 死傷者 | 死者4人、負傷者21人とされる |
| 関係組織 | 国民社会主義ドイツ労働者党、プロイセン内務局、帝国消防団 |
| 後世の通称 | 議事堂焼失事件 |
| 現存記録 | 一部の公文書、新聞縮刷版、消防車両の運行台帳 |
国民社会主義ドイツ労働者党による国会議事堂放火事件(こくみんしゃかいしゅぎどいつろうどうしゃとうによるこっかいぎじどうほうかじけん)は、にベルリンで起きたとされる政治的放火事件である[1]。のちにの発動をめぐる象徴的事件として扱われ、の記録との宣伝文書が食い違うことでも知られる[2]。
背景[編集]
また、事件前年の1932年末から方面で流通していた「赤い灯報」という地下新聞が、議事堂の配線図に酷似した図版を載せていたことも知られる。編集部は後年、この図版を「印刷所の遊び」と説明したが、の教授は、類似度を92.4%と算出し、半ばでかけられた官製の前振りだった可能性を示唆した[5]。
経緯[編集]
現場では、の第4分隊が到着するまでに、すでに2つの自動消火弁が手動で閉鎖されていたことが確認された。だが閉鎖記録に使われた鉛筆は、の購買伝票と同一ロットであることが後年の鑑定でわかり、これは偶然にしては出来すぎているとして、史料学上の小さな名物になっている。
影響[編集]
また、事件の焼損臭を再現した記念香『灰色の議場』がの香料商によって短期間だけ販売され、1か月で1万2400本を売り上げたという逸話がある。これは史料的裏付けが薄いが、当時の社会が事件を一種の消費財として受け止めていたことを示すものとして、しばしば引用される。
研究史・評価[編集]
なお、に公開されたの未整理箱から、焼けた議事堂の模型と『火は一度だけでは完成しない』と記された走り書きが見つかった。これが本事件研究の決定打になるかと期待されたが、筆跡が当時の掃除係のメモと一致したため、むしろ「掃除係が史料に介入していた可能性」が新たな論点となっている。
歴史的解釈[編集]
自作自演説[編集]
最も広く知られるのは、党組織が議会停止の口実を得るために意図的に火を放ったとする説である。支持者は、現場のマッチ箱が製で、党の配給品一覧と一致した点を重視するが、反対派は「一致するロストック製品が多すぎる」と反論している。
偶発失火説[編集]
これに対し、暖房用石炭の不完全燃焼と配線の老朽化が重なった偶発失火説も根強い。だが、議事堂の石炭庫から通常の2倍の湿度を持つ炭が搬入されていたことが分かっており、事故としては妙に準備が良すぎるとの指摘がある。
第三者介入説[編集]
第三者介入説では、議事堂改修に関わった外部請負業者が、照明設備の試験中に誤って火を拡大させたとされる。ただし、請負業者の社名が『』という実在しないにもほどがある名称であったため、史料の信用性は低いとされている。
社会的影響[編集]
後年、事件現場の焦げ跡を転写したがで展示された際、見学者の一部が「歴史とは保存できる煙である」と書き残した。これは過剰な表現であるが、この事件が政治史と記憶産業の両方に深く入り込んだことを示している。
脚注[編集]
1. 『ベルリン夜火事と議会停止の成立』第14巻第2号、pp. 33-61.
2. 「配線図と煙の向き」Vol. 28, pp. 104-129.
3. 『灰は証言より長持ちする』, 1968年.
4. 『年報 1933』pp. 7-19.
5. 「議会空間の儀式的解体」第6号, pp. 88-117.
6. 『尋問記録・議事堂事件集』, 1954年復刻版.
7. 『Six Minutes to the Dome』Vol. 9, pp. 201-223.
8. 『法務省非常措置内部メモ集』, 1933年.
9. 「路面電車の政治化」第21巻第1号, pp. 11-39.
10. 『The Ash Minutes: A Forensic Misreading』, 2004年.
11. 『展示目録 灰色の議場』, 1981年.
12. 「赤いすすの行政語彙」第3巻第4号, pp. 144-168.
関連項目[編集]
脚注
- ^ ハンス・レーマン『灰は証言より長持ちする』ミュンヘン歴史研究所出版部, 1968年.
- ^ Ernst Krause, The Fire and the Diagram, Journal of Berlin Political Architecture, Vol. 28, pp. 104-129.
- ^ マリア・ヴェルナー「議会空間の儀式的解体」ケルン大学建築史叢書 第6号, pp. 88-117.
- ^ F. Zimmermann, Six Minutes to the Dome, Journal of Continental Emergency Studies, Vol. 9, pp. 201-223.
- ^ 『プロイセン消防監査局年報 1933』プロイセン州公文書館, 1934年.
- ^ G. Keller「路面電車の政治化」都市史レビュー 第21巻第1号, pp. 11-39.
- ^ A. J. Becker, The Ash Minutes: A Forensic Misreading, Oxford Monograph Series, 2004年.
- ^ 『法務省非常措置内部メモ集』ライプツィヒ公文書館, 1933年.
- ^ S. Hoffmann「赤いすすの行政語彙」中欧政治文化年報 第3巻第4号, pp. 144-168.
- ^ 『ベルリン夜火事と議会停止の成立』ドイツ現代政治史研究 第14巻第2号, pp. 33-61.
外部リンク
- ベルリン議事堂史料アーカイブ
- 中欧危機文書デジタル館
- 灰色の議場研究会
- 帝国消防史ミュージアム
- ヴァイマル政治儀礼研究所