地球儀の上の微生物
| 提唱者 | リュカ・アルデン(Luca Alden, 1887-1961) |
|---|---|
| 成立時期 | 1926年 |
| 発祥地 | ・ |
| 主な論者 | マルタン・コルベール、エイミー・ハルストン(Amy Halston) |
| 代表的著作 | 『縮図の微粒子、あるいは観察の倫理』 |
| 対立概念 | 清潔性の形而上学(Metaphysics of Purity) |
地球儀の上の微生物主義(ちきゅうぎのうえのびせいぶつしゅぎ、英: Microbiome-on-Globeism)とは、世界の縮図としてのを通じ、観察者の身体が世界と相互に汚染し合うとする思想的立場である[1]。
概要[編集]
という言い回しは、単なる比喩として流通したが、やがてを「世界のモデル」である以前に「世界の癖が染み込む媒体」とみなす思考へと発展した。
この立場によれば、微生物は地球儀の表面で静止しているのではなく、観察する手の温度、香料、石鹸の残滓を受け取って増殖し、同時に観察する者の内側の感覚(臭覚・触覚)を条件づける。したがって、知は無菌でありえないという主張が中心に置かれる。
地球儀が机上に置かれる瞬間、世界は「表象」として確定するのではなく、接触の回路として開かれる。このとき、微生物は証拠にも比喩にも還元されず、世界への関与そのものとして理解されるのである。
語源[編集]
言葉の成立[編集]
「地球儀の上の微生物」という語は、リヨンの市立博物館で働いていた提唱者のリュカ・アルデンが、展示室の温度管理の不備を調べるために行った観察ログ(のちに『微粒子台帳』と呼ばれる)から採られたとされる。
アルデンは、地球儀の赤道帯に付着した粒子が、石鹸溶液の薄膜形成後にだけ急増する現象を記録した。その際、記録用の顕微鏡スライド上で「1平方センチメートルあたり約47±9個」という数値が何度も再現されたため、彼は「世界模型は、清潔な意味ではなく、清潔を破る意味で動く」と書き留めたとされる[2]。
原語の含意[編集]
英語表記としては英: Microbiome-on-Globeism が提案され、学会誌では “globe-microbe epistemology” とも呼ばれた。後者の呼称は、知の理論が微生物の生態と相互に要請される、という語感を強めるために採用されたとされる。
ただし、後続の論者の中には、微生物を生物学的存在に固定しすぎる点を問題視し、「微生物とは“ズレを運ぶもの”である」として概念の比喩性を擁護した者もいた。
歴史的背景[編集]
本思想は、第一次大戦後のにおける「衛生行政」の過剰な拡大と、同時期の「科学的中立」の信奉が並行して揺らいだ時代に結びついている。
当時、周辺の官僚は、社会を整えるために清潔度指数を算出する政策を試みた。その指数は、石鹸の匂いの強度、床材の磨耗、郵便物の処理時間など、統計として扱いやすい要素で構成され、知覚の側まで管理対象に含めた点が特徴である。
しかし、リヨンの博物館で起きた展示の「無菌計画の失敗」は、衛生を増やすほど観察が歪むという逆説を露呈させた。アルデンは、この逆説を哲学的に一般化し、観察とは純粋な距離ではなく、汚染の設計であると主張したとされる[3]。なお、彼が引用した「清潔度指数(C)が指数函数として必ず減少する」という前提は、後年の統計学者によって“たまたま成立した近似”だったと批判された。
主要な思想家[編集]
リュカ・アルデン(Luca Alden, 1887-1961)[編集]
提唱者であり、博物館行政と哲学の接点に立つ人物として語られる。アルデンは「地球儀は触られることで意味を得る」とし、知の主体を“世界の表面を歩く媒介”として位置づけた。
彼の主要な実験は、地球儀の表面を透明な薄膜で覆うとき、微生物の増減ではなく、来館者の記憶喚起の率(アンケートで測定)だけが変化することを示したとされる。増減が見えないのに効果だけがある、という筋は、彼の思想の「還元不可能性」を補強した[4]。
マルタン・コルベール(Martin Corbelet, 1902-1974)[編集]
アルデンの弟子を自称し、概念をさらに厳密化したとされる。コルベールは、地球儀上の微生物を“世界の確率分布を勝手に書き換えるノイズ”と見なした。
彼は「観察者は、観察のたびに世界を更新する。更新の主体は意識ではなく、意識が連れてくる微粒子群である」と主張した。さらに、更新の速度が「平均12分で二段階目の変形が起こる」とするログを残しているが、後に同僚が「12分は展示室の換気サイクルの値だったのでは」と疑ったとされる[5]。
エイミー・ハルストン(Amy Halston, 1911-1999)[編集]
国際的な展開に関わった人物とされる。彼女は英国の理論哲学の訓練を受けつつ、米国の公衆衛生学の調査法を取り込み、思想を“倫理学”へ寄せた。
ハルストンによれば、微生物は不快である必要はないが、世界への接触の責任は避けられない。したがって、知るとは「汚染源を選ぶこと」でもある、と整理された。彼女の主張は、のちに医療倫理の議論に影響を与えたとされるが、本人は「地球儀よりも病室のほうが比喩として正確」と述べたとも伝わる。
基本的教説[編集]
地球儀の上の微生物主義の基本的教説は、(1) 知の成立は接触を前提にし、(2) 接触は清潔と同義ではなく、(3) したがって倫理は“距離”ではなく“媒体の設計”として現れる、の三点に要約される。
まず、知は世界から切り離された鏡ではなく、世界の表面に残る痕跡によって成り立つとされる。次に、清潔を強めれば誤差が減るという直観に対し、「清潔は誤差を減らすのではなく、誤差の形を変える」と主張した。最後に、この改変に誰が責任を負うかが問題になり、主体は意識ではなく手袋や香料、温度、そして保管温度の“制度”にまで拡張される。
このように、地球儀上の微生物は、生物学的対象としてのみではなく、 epistemology(知の理論)と ethics(倫理)を接続する媒介概念として理解されるのである。
批判と反論[編集]
批判者の多くは、地球儀の上の微生物を“生物学に過剰な美を与えた”比喩にすぎないとみなした。その代表は、清潔性の形而上学を掲げる研究者たちである。彼らは「微生物を哲学の中心に置くことは、真理を汚れに従属させる」と批判的に論じた。
これに対して本思想側は、「微生物を中心に置いているのではない。微生物は、知がすでに汚染されていることを“忘却させないための装置”にすぎない」と反論した。また、観察の理論を衛生政策に押し付けることの危険も指摘された。
さらに、一部の論者は“地球儀上の微生物”という語の物質性を強調し、「概念は臭いで評価される」と言い切った。もっとも、その発言が誤解を招いたことは、学会討論記録で確認できるとされた[6]。なお、その記録の一部は後に誤植であるとされ、編集者が「臭いは比喩である」と補足したという。
他の学問への影響[編集]
地球儀の上の微生物主義は、科学哲学や社会学へ波及し、特に「制度が観察に与える影響」というテーマを、温度・匂い・接触面のような具体へ引き寄せたとされる。
科学哲学では、理論決定や観測選択の議論が、器具の性能だけでなく“器具に付着するもの”へ拡張された。社会学では、衛生政策や展示文化、交通機関の消毒手順が、知の体系と結びつく過程が分析されるようになった。
教育論の領域では、博物館教材の設計指針として「触れることを恐れるな、しかし何が触れてしまうかを記述せよ」という短い原則が掲げられ、各地の教育委員会に採用されたという。この採用率が全国で約63%に達したとする報告があるが、その調査方法の曖昧さが後に問題視された[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ リュカ・アルデン『縮図の微粒子、あるいは観察の倫理』リヨン学芸社, 1928年.
- ^ マルタン・コルベール「地球儀上の確率改変と接触時間の二段階性」『【フランス】哲学年報』第12巻第3号, 1934年, pp. 41-79.
- ^ Amy Halston「Contamination as Responsibility: A Globe-Microbe Approach」『Journal of Applied Metaphorics』Vol. 8 No. 1, 1952, pp. 13-36.
- ^ René Vautrin「清潔度指数の統計的再検討」『衛生と知覚』第5巻第2号, 1961年, pp. 201-229.
- ^ Catherine M. Yates「Museum Surfaces and Epistemic Drift」『International Review of Philosophy of Science』Vol. 19 No. 4, 1971, pp. 311-345.
- ^ ソフィア・ベルトラン「匂いの存在論:地球儀の比喩をめぐる編集史」『言語と制度研究』第2巻第1号, 1980年, pp. 55-90.
- ^ ウィリアム・H・グレイ「Errancy in Display Ethics」『Ethics of Evidence』Vol. 27 No. 2, 1989, pp. 77-102.
- ^ H. J. McRae「Microbiomes as Epistemic Mediators(誤題:Globe as Organism)」『Synthese of Models』第41巻第6号, 1996年, pp. 1001-1038.
- ^ 佐伯由紀『触れる哲学:展示と接触の倫理』東京大学出版会, 2007年.
外部リンク
- 地球儀の微粒子資料室
- リヨン博物館衛生史プロジェクト
- 観察の倫理ワーキンググループ
- 清潔度指数アーカイブ
- globe-microbe epistemology 資料サイト