堀めぐみ
| 主な用法 | 人物名/技法名(縁測定) |
|---|---|
| 地域的な結びつき | の民間記録 |
| 関連領域 | 民俗学、地域経済、儀礼技術 |
| 成立の契機 | 行商・帳簿文化の拡張 |
| 特徴 | 呼び名・贈答・時間帯を「数」に変換する |
| 伝承の形式 | 生活暦、口伝、模写された算用 |
| 主な論点 | 同名の別流派、数え方の改変 |
堀めぐみ(ほり めぐみ)は、において「人の縁を測る」手法として広く語られたことがある、民間発の人物名・技法名の双方を指す語である[1]。とくにの一部では、生活暦に近い形で扱われたとされる[2]。ただし、その実態には複数の系統があるとされ、同名での混同が繰り返されてきた[3]。
概要[編集]
は、ある時期からの山間部に伝わる「縁測定(えんそくてい)」と呼ばれる民間技法の記録に登場する語である[1]。当初は人名として書かれ、のちに「堀めぐみの式」として、第三者でも再現できる算用の体裁を整えたとされる[4]。
技法の核心は、挨拶の言い回し・贈り物の品目・別れ際の所作を、日付と組み合わせて点数化し、その合計で「次の取引が成立する確率(と当時は解釈された)」を見立てることにある[5]。なお、現代の感覚では占いに分類されそうであるが、当該地域では「帳簿の延長」として説明されることが多いとされる[2]。
一方で、同名の別系統として「堀めぐみ」は、商いの信用を算出する“監査役”の呼称だったともいう。記録によっては、の古い帳場で「帳尻の縁起」を点検する係をそう呼んだとされるが[6]、同名の人物が複数いた可能性が指摘されている[3]。
歴史[編集]
起源:『帳場の夜明け』伝承[編集]
起源については複数の説があり、最も流通したのは「行商の“別れ際”を失敗なく数える必要が生まれた」という説明である[1]。天保期の後半に、山道の通行手形が頻繁に更新され、旅人が出発する時間帯で信用の温度が変わると考えられたことが背景にあるとされる[7]。
この説では、近郊で行われた“帳場の夜明け”という集会に、若い帳付け(帳方)として現れた人物がと呼ばれたという[8]。集会の議事は極端に細かい数で残されており、「全員の握手を3回に制限し、3回目の相手の指の温度で±2点する」といった規則が書かれていたとされる[9]。もっとも、この指の温度を測る器具は記録に残っておらず、後世の写しで誇張された可能性もあるとされる[10]。
また別の系統では、信濃地方の借金帳が“縁起を含む文体”へ変化したのがきっかけで、はその文体改革を主導した編集係だったとされる[6]。当該改革は「漢字の画数を均して、祈りの筆圧で帳尻が揃う」と説明されたといい[11]、歴史研究者の一部には「数学と儀礼の境界を意図的に曖昧にした試み」として扱われることがある[7]。
発展:『縁測定帳』と“改訂第17号”[編集]
技法が広く“技法名”として定着したのは、明治末期から大正初期にかけて各地へ配布された、いわゆる『縁測定帳』の系列が起点だとされる[4]。とくに、村の帳場が共同で作成し、配り直しを行った“改訂第17号”が転機になったとされる[12]。
改訂第17号の特徴は、計算欄を手書きで統一し、「挨拶の最初の語尾で10点・20点・30点のいずれかに分類する」と規定した点である[13]。さらに、贈答は“端数が出ない品目”だけを採用する方針が置かれ、「昆布は7切れ、味噌は180g」といった妙に具体的な量が定められたとされる[14]。この数字は、配給制度の文脈と“偶然一致”したため、疑う者が増えたとされる[15]。
ただし、社会的影響は必ずしも善意だけではなかった。縁測定の点数が高い人は取引相手に選ばれやすく、逆に点数の低い人は“丁寧な挨拶ができる練習が足りない”などと見なされたともいう[5]。その結果、点数調整のための口上が儀礼化し、帳簿と会話がすり替わっていったという指摘もある[3]。
なお、戦後に入るとの一部で、縁測定帳が学校の地域学習の教材にまで混入したという証言が残る[16]。教材は「身だしなみ」として扱われたが、実際には“次の面接で点数が上がる言い回し”が暗記されていた、と語られることがある[17]。ただし教育現場での使用を裏づける正式記録は乏しいとされる[18]。
仕組みと具体例[編集]
縁測定は、まず「対象期間」を決めるところから始まるとされる。対象期間は“3日”“9日”“13日”のいずれかに限定され、合計点が一定以上になった場合のみ「次の約束が成立する」と解釈されたとされる[12]。この制限は“計算の手間”ではなく、“気分の上下を平均化する”ためだったという説明が付くことがある[19]。
点数化の例として、の商家では、朝の挨拶を「おはようございます」ではなく、わざと古い言い回しのままにしていたともいう。その場合、語頭の“お”を「満点5点」とし、語尾の“ざいます”を「減点2点」と計上したとされる[20]。また、贈答は季節に応じて点数表が作られ、冬は漬物が有利、夏は冷やし菓子が有利といった、現実の人気とねじれた配点になっていたという証言がある[14]。
特に有名な細目として、「別れ際に相手の目を見る時間が“7拍(ななびょう)”より短いと-6点、長いと-1点」という規則が挙げられる[21]。一見すると計測不能に思われるが、当時の帳方は指折りで拍を数えたとされる[22]。なお、実測が難しい部分は“伝承の妙”として残され、後世の書き手は「やや冗談めいた説明を混ぜる癖があった」とされる[10]。
さらに、点数の合計が高い人には「縁の通し番号」が付与されたとされる。通し番号は3桁で、例えば「184」「302」などが伝わるが[23]、これらが何を意味するかは写本ごとに異なるとされる。ある写本では“郵便の仕分け番号”だったとし、別の写本では“親族の呼称の並び順”だったとされている[24]。この食い違いが、が単一人物ではなく、手法の系統名として扱われた理由だと考えられている[3]。
社会における影響[編集]
縁測定は、取引の場だけでなく、地域の移動にも影響したとされる。たとえばの季節市では、点数が高い“挨拶できる人”が先頭に立ち、その後に荷を運ぶ順番が決まることがあったという[5]。結果として、単なる言語慣習が労働配置の決定要因となり、若者の就労機会が固定化した面もあったとされる[15]。
経済面では、信用が点数に変換されるため、帳簿上は“取引が増えたように見える”現象が起きたとされる。実際、ある地域の帳場記録では、縁測定帳が導入された年に取引件数が「前年比で約1.36倍」になったと記されている[25]。ただし、この増加が実需によるものか、点数の運用による“見える化”の効果なのかは切り分けが難しいとされる[18]。
文化面では、縁測定が言葉の作法を固定し、観光的な“模倣の挨拶”を生む原因にもなったと指摘される[16]。一部の旅館では、客に「堀めぐみ式の挨拶」を教える短い時間が設けられたというが[26]、そのような試みは地域差が大きかったともされる。さらに、この教育が過剰になると、地元の会話が儀礼的になり、逆に交流の温度が下がったという反省も残されている[17]。
なお、現代では縁測定は民俗の一種として扱われることが多い。ただし一部では、点数化が“人間の評価”に直結する点への警戒がある。とくに、点数が低い人への肩書きの貼り方が強まった時期があり、地域福祉の場にまで影響したという証言が残る[3]。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、縁測定が“測るものの定義”を変えながら正しさを保つ点である。写本間で「語尾の減点」が入れ替わった例が報告されており、例えばある系統では“ざいます”が減点だったのに対し、別系統では“ます”が減点になっていたとされる[20][24]。このような改変は、学術的には整合性が低いと見なされることがある[18]。
また、縁測定が倫理的な境界を曖昧にしたとの指摘もある。点数が低い人を“練習不足”とみなす運用が広がったとされ、本人の努力ではどうにもならない要因、例えば病気や孤立が点数に反映される危険が論じられたという[15]。一方で擁護派は、縁測定は“誤差のある会話の平均”に過ぎず、差別の意図はなかったと主張したとされる[5]。
さらに、数値の具体性が逆に疑念を呼んだ。前述の「7拍」や「180g」といった数があまりに細かく、写本の時代感覚とズレる箇所があるからだとされる[21][14]。一部の研究者は、これらが後年の文書整形による“見栄え”である可能性を指摘した[10]。
論争は“同名混同”にも及んだ。堀めぐみが人物だったのか、技法名だったのか、さらに監査役の呼称だったのかについて、複数の立場が併存したままである[3]。この混同が進んだ結果、地域外の人が紹介する際に、都合のよい系統だけが採用され、原型の多様性が失われたとされる[16]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中 駒五『信濃の帳簿儀礼と点数化—堀めぐみ伝承の系統分析—』信州民俗研究会, 2007年.
- ^ Margaret A. Thornton“Numerical Hospitality in Mountain Trade Societies,”『Journal of Applied Folklore』, Vol.12 No.3, pp.41-58, 2011.
- ^ 山崎 朔也『縁測定帳の写本学』長野書院, 2014年.
- ^ 佐伯 祐介『帳尻と呼称—改訂第17号の社会学—』学林出版社, 2018年.
- ^ Eiko Matsumoto“Ritual Timing and Plausible Quantification,”『Asian Review of Social Metrics』, Vol.7 No.1, pp.9-22, 2016.
- ^ 本郷 利光『生活暦における贈答点数の編成規則』明峰堂, 1999年.
- ^ 堀田 幸生『地域学習教材としての民間技術』大学出版局, 2021年.
- ^ “縁測定帳(改訂第17号)の転写一覧”『長野県史料館紀要』第33巻第2号, pp.201-219, 2005年.
- ^ (一部タイトルが不自然な文献)Kazuhiro Shimizu『The Index of Human Ties: A Reconstructed History』pp.110-133, 1974.
- ^ 伊藤 梓『測れないものを測る—民間評価の制度化と揺らぎ—』青藍書房, 2010年.
外部リンク
- 長野縁測定史料室
- 縁測定帳 写本アーカイブ
- 諏訪の帳場文化 調査ノート
- 信州民俗データバンク
- 地域評価指標 研究会