夜の乃音研究本人確認書類
| 名称 | 夜の乃音研究本人確認書類 |
|---|---|
| 別名 | 乃音研本確、NRD-Card |
| 初出 | 1924年頃 |
| 管轄 | 夜の乃音研究連絡協議会 |
| 主な用途 | 研究参加者の本人性確認、観測区域への立ち入り、録音資料の照合 |
| 発行地 | 東京都神田区・芝区の共同事務所 |
| 有効期間 | 原則3年 |
| 様式数 | 17種(1929年改定時) |
| 通称色 | 黒紺地に銀刷り |
夜の乃音研究本人確認書類(よるののねけんきゅうほんにんかくにんしょるい)は、と呼ばれる音響現象の観測・継続研究に参加する者の資格を証明するために用いられる文書体系である。主として後の臨時音響統制の過程で整備されたとされ、のちに内の私設研究会を中心に独自発展した[1]。
概要[編集]
夜の乃音研究本人確認書類は、の観測や記録を行う研究者、記録係、搬送係、ならびに夜間の聴取補助者に対して交付された資格証の総称である。単なる身分証ではなく、所持者が「どの程度まで音を聞いたか」を示す等級欄を備える点に特徴があった。
制度上はへの届出を前提とする任意団体の内部文書であったが、実務上はの一部研究室や民間測音所でも広く参照されたとされる。なお、1931年の改定版には、写真の代わりに「影の輪郭を記した墨線図」を貼付する欄があり、これが後年まで真偽判定の難所になったと指摘されている[2]。
歴史[編集]
成立の経緯[編集]
起源については諸説あるが、もっとも有力とされるのは夏、の貸会議室で開かれた「第三夜間音像整理会」において、参加者の名簿がしばしば入れ替わる事態が続いたことを受け、出入口で提示するための札を兼ねた書式が作られたという説である。初期版は厚手の和紙を二つ折りにしただけの簡素なもので、右上に朱肉で押す確認印が1回しか押せなかったため、翌朝には誰が誰であったか判別不能になることが多かったという。
この混乱を収拾したのが、帝都音響測定局の嘱託技師であったと、書記補として雇われていたである。両者は、本人確認を「顔の一致」ではなく「聴取史の一致」で判定する方式を導入し、観測者がどの時間帯にどの音を聞いたかを細かく記す欄を設けた。これにより、夜の乃音研究本人確認書類は、後の研究倫理審査にも似た性格を帯びるようになったとされる。
1929年改定と普及[編集]
の改定では、書類の規格がA6判相当から独自の「夜判」へ移行し、縦108ミリ、横74ミリ、厚さ1.6ミリが標準と定められた。さらに、所持者の呼吸回数を申告する欄、携行する鉛筆の硬度欄、直前24時間の睡眠時間欄が追加され、本人確認というより生活監査に近い様相を呈した。
この改定版が流通した背景には、内で夜間の風鈴音と送電ノイズを混同する誤認事件が相次いだことがある。とくにの埠頭で発生した「第七码方位違反事件」では、研究員12名のうち3名が別人として登録されていたことが判明し、以後、顔写真と筆跡に加えて「咳の癖」を記録する欄まで設けられた。これは当時としては過剰であったが、識別率は97.4%まで上昇したとされる[3]。
戦時下の変質[編集]
以降、制度は一時的に準公的色を強め、夜間移動の許可証や空襲時の避難識別票と混同されることが増えた。の通達により、夜の乃音研究本人確認書類の銀刷り意匠は黒一色へ簡略化され、代わりに裏面へ「聴取上の注意」が印字されるようになった。
ただし、戦時下でも研究は続けられ、むしろ遮音対策の必要から観測者の身元管理が厳格化したという。1942年にはの臨時観測所で、本人確認書類を持たない者が誤って観測筒に入ったため、結果的に「無資格の沈黙」が発生したとして全記録が差し替えられた。これが後に「沈黙による偽装本人性」と呼ばれる、制度史上最も奇妙な前例である。
戦後の再編と衰退[編集]
戦後になると、の再編で夜の乃音研究連絡協議会は全国8支部に整理され、本人確認書類も写真付きの近代的な様式に改められた。しかし、肝心の「聴取史欄」はむしろ拡大され、欄外に「本日最後に聞いた金属音」を記入するスペースまで付加されたため、一般の事務書類としては扱いづらいものになっていった。
には磁気記録を併用する第14版が試験導入されたが、冷蔵庫の上に置いたまま保管したところ、磁束に引かれて記録が微妙に変質する事故が起き、3か月で回収された。以後は紙とゴム印に回帰し、21世紀にはほぼ儀礼文書として扱われる一方、限定的に研究会の入会時に提示を求める慣行だけが残っている。
様式と記載事項[編集]
夜の乃音研究本人確認書類の本文は、上段に氏名、中央に通称、下段に「聴取可能範囲」が配される三段構成である。もっとも重要なのは「本人像補助記述」欄で、ここには髪型、靴音、話し始めの間、笑う前の沈黙の長さなど、通常の身分証では採用されない属性が列挙された。
また、裏面には「夜間観測上の禁句」が6語記載され、誤って口にした場合は次回更新時に再審査を受ける仕組みであった。禁句は年度ごとに変動したが、版の「蛍光する拍手」だけは意味が不明なまま最後まで残り、編集会議で半日議論された記録がある。
一方で、最終頁の「保証人」欄には2名以上の署名が必要であり、そのうち1名は必ず観測経験3年以上の者でなければならなかった。この条件のため、若手研究者は先輩の夜更かしに付き合わされることが多く、結果として本人確認書類は研究継続のための半強制的な通過儀礼として機能したとされる。
運用と社会的影響[編集]
制度の社会的影響は、単なる研究会内部にとどまらなかった。夜間の工場労働者、映画館の映写技師、路面電車の終電係など、夜に働く職種の一部がこの文書を「眠気の管理票」として模倣したため、周辺では一時期、本人確認書類風のカードが乱立したという。
には、が「夜間の集会で同類のカードを提示する者が増え、真正な身元確認を妨げている」として注意を出したが、逆にこれが制度の権威を高めた。以後、夜の乃音研究本人確認書類は「怪しいが、ないともっと怪しい」文書として認知され、古書市場では真贋不明の第9版が1枚あたり2万8000円前後で取引されたという。
また、地方都市への波及も無視できない。やでは独自の「夜音研支所カード」が作られ、本人確認欄に方言の抑揚を書くという大胆な運用が行われた。これに対し本部は、方言は本人性の補助情報であって決定情報ではないとして通達を出したが、現場ではむしろ便利だったため黙認された。
批判と論争[編集]
批判の多くは、本人確認という名目に反して、実質的には研究者同士の相互監視を制度化した点に向けられた。とくにの「第七回夜間聴取大会」では、カードの色が薄いという理由で参加者18名が入場を拒否され、のちにそのうち4名が実際には委員長と同じ苗字であったことが判明し、制度の恣意性が問題視された。
また、本人確認書類に記載される「夜の乃音適性指数」が科学的根拠を欠くとして、の社会音響学研究室から要出典付きの批判が出た。これに対して協議会は、指数は統計ではなく慣習の集積であると説明したが、説明文の末尾に「なお、極端に静かな人物は測定誤差が大きい」と書かれていたため、かえって議論を呼んだ。
現状[編集]
現在、夜の乃音研究本人確認書類は、厳密には新規発行を終えているが、内の3か所の資料室と、の旧観測宿でのみ更新手続が残っている。更新時には、所持者が指定された午後11時17分までに到着し、受付で「最近よく聞こえた無機音」を口頭申告する必要がある。
ただし、近年はコピーの複写品質が向上しすぎた結果、紙の繊維の揺らぎまで複製されてしまい、原本より複写の方が「夜らしい」と評価される逆転現象が報告されている。協議会はこれを想定外ではなく「紙文化の成熟」と説明しているが、実際には原本管理の担当者が誰も違いを見分けられないだけではないかとの指摘もある[4]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『夜間聴取史と確認票の成立』帝都音響研究会, 1930年.
- ^ 松平ミユキ『乃音研本確の書式変遷』中央書林, 1932年.
- ^ K. H. Ainsworth, "Identity Papers in Nocturnal Acoustic Societies," Journal of Imperial Sound Studies, Vol. 4, No. 2, 1935, pp. 119-148.
- ^ 小林治郎『聴く者の身分とその夜』東京測音社, 1948年.
- ^ Eleanor M. Pike, "The Black-Blue Card: A Bureaucratic Response to Urban Night Noise," Proceedings of the East Asian Documentary Forum, Vol. 11, No. 1, 1957, pp. 33-61.
- ^ 『夜の乃音研究連絡協議会年報 第7巻第3号』夜間文書保存会, 1965年.
- ^ 佐伯百合子『本人性の補助記述に関する覚え書き』北辰出版, 1979年.
- ^ Haruto Ishikawa, "On the Measured Silence of Applicants," Review of Applied Acoustic Documentation, Vol. 19, No. 4, 1988, pp. 402-429.
- ^ 『夜の乃音研究本人確認書類 改訂第14版 解説書』協議会事務局, 1996年.
- ^ 中野俊一『複写された原本の逆転現象』港文社, 2007年.
- ^ Marina V. Caldwell, "When the Duplicate Becomes the Original," Archive and Identity Quarterly, Vol. 27, No. 3, 2014, pp. 77-95.
外部リンク
- 夜間文書保存館
- 帝都音響資料アーカイブ
- 乃音研デジタル目録
- 東日本夜音史研究所
- 紙繊維観測センター