大西洋SOS通信
大西洋SOS通信(たいせいようえすおーつうしん)は、で語られる都市伝説の一種[1]。難破船や海底の機械から発せられる「SOS」と称する断続音声が、港湾労働者やラジオ技術者の間で恐怖として流布したとされる[2]。
概要[編集]
とは、海の向こう、とりわけ上空のどこかから届くとされる「SOS」と呼ばれる奇妙な通信音声、ならびにそれに付随するとされる恐怖の怪談である[1]。
伝承では、音声は夜間の短波帯にだけ混ざり、一定の周期で「助けて」「沈む」「まだ聞こえる」と思わせる断片が聞き取られると言われている[2]。全国に広まった理由は、単なる作り話ではなく、海の仕事に関わる人間ほど「実際に聞いた」と語りやすい“穴”があったためだという噂のほか[3]、マスメディアが「技術トラブル」として断片的に報じた経緯に求める説もある[4]。
この都市伝説は、伝承の語り口がラジオの周波数管理や船舶無線の手順に酷似しているため、噂が噂を呼ぶ形で怪談として定着したとされる[5]。また「正体」が“人”ではなく、“通信設備の誤作動”として語られることもあり、恐怖が曖昧なまま膨らむのが特徴である[6]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、の冬、架空の気象測定計画「北海航路同期観測」に関連して、海上で試験運用されていた自動中継器のデータログにあるとされる[7]。言い伝えでは、実験中継器が記録した“波形の走り”が、後年になって別の局の受信記録と一致したという噂が残っている[8]。
伝承では、その一致は単なる偶然ではなく、温度変化で共振点がずれた際に、海底ケーブルの絶縁不良と短波の反射条件が重なった結果だと説明されたとされる[9]。もっとも、出没の舞台がいつの間にか側へ寄り、さらに“誰かが本当に助けを求めている”という方向へ意味がすり替わったのだという[10]。
一方で、起源の正体は「通信規約の誤記」だったという説もある。具体的には、海上通信の手順書において、本来は使用しないと定められていた変調方式がだけ印刷工程で置換され、誤った版が港の教育用に残っていたという[11]。これにより、練習用の受信データが本番の受信環境に似て聞こえるようになった、と言われている。
流布の経緯[編集]
噂が全国に広まったのは、に東京の一部放送局で「海上ノイズの異常」という短報が出され、視聴者からの問い合わせがに達したという出来事が契機だったとされる[12]。目撃された目撃談は、夜の帰宅途中、踏切の警報音と短波の断続が重なり、「SOSのリズムだ」と気づいたというものが多い[13]。
また、頃からはインターネット以前のパソコン通信掲示板で「周波数メモ」が交換され、付近、特に雨天時に“出没”が増えると噂された[14]。この“雨天時”という条件が細かい数字として語り継がれ、怪談のリアリティを底上げしたとされる[15]。
なお、ブーム期には、海難救助の啓発番組が偶然同じ時間帯に放送され、恐怖の印象が結びついたという指摘がある[16]。そのため、大西洋SOS通信は「助けを求める恐怖」と「救助の努力」が同時に想起される怪奇譚として定着したと考えられている[17]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
伝承における人物像は、だいたいではなく、あるいは港のそばの家電修理店の主人のような“音を扱う人”に寄せられると言われている[18]。目撃談では、音声を聞いた人はまず「ノイズだと思った」と述べ、その後で「しかし“助けて”と言い切れる間(ま)がある」と話す傾向がある[19]。
言い伝えでは、音声が流れる瞬間に、受信機の指針が一度だけ逆回転するという。しかも逆回転はで止まり、元へ戻るまでがちょうどだとされる[20]。不気味なのは、説明のために人名や地名が挿入される点で、「昨日、名を呼ばれた」「貨物船の登録番号が口に出た」といった話が噂の中心になる[21]。
また、という話として語られる代表的な伝承では、海上保安に連絡しようとした矢先、通話ボタンが押されない。代わりに、受信機のスピーカーが先に「応答している」ように聞こえた、という恐怖が語られる[22]。この瞬間に“恐怖のパニック”が起き、聞き間違いではないと確信する人が増えるとされる[23]。正体については、出没したのが海の中の“妖怪のような無線装置”だとされる説と、単なる海底設備の共鳴だとする説が併存している[24]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
委細として最もよく語られるのは、音声の“間(ま)”である。噂では、最初の「S」が、次の「O」が、最後の「S」が抜けるとされる[25]。さらに派生として、同じリズムで「SOS」以外の単語が混じるバリエーションが複数報告されている[26]。
派生バリエーションの例として、(1)「潮の底で番号を呼ぶ」とされる、(2)「救助要請の代わりに“返事を待つ”」とされる、(3)「人の声に“無機質な拍”がある」とされるなどが挙げられる[27]。
一方で、学校の怪談に変換された系統もあり、夜の理科室で古いラジオを回すと“通信が始まった気がする”という怪奇譚が語られたとされる[28]。この派生では、誰も触っていないのに机の上のプリント用紙がだけめくれ、最後の1枚に「LISTEN」とだけ書かれていたという[29]。もっとも、これらは同一の噂が場所ごとに翻訳され、地元の設備事情に合わせて脚色された結果だとする見方もある[30]。
なお、妖怪のような存在とされる場合でも、姿は示されず「通信が届く」ことで存在が示唆される、と言われている。そのため、恐怖が目に見えないまま固定化し、怪談として長く残ったとされる[31]。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は、単に「聞かない」ではなく、手順を踏むことで“聞こえない側へ回す”方向に整理されているとされる[32]。代表的には、耳を塞ぐ前に受信機のつまみを戻し、同時に電源を一度だけ切ってから入れ直すという方法が挙げられる[33]。
別の噂では、受信時に部屋の照明をだけ点け消しすると、通信が「こちら側の同期」を失って途切れるとされる[34]。言い伝えは理屈めいており、照明の電源ノイズが短波帯の位相条件を変えるからだと説明される[35]。
さらに恐怖が強い場合の“儀式”として、海難救助の標語を口に出し、最後に必ず「送らない」と言い切る必要がある、という話もある[36]。ただし、これを真面目にやるほど逆に注意が集まるため、聞こえ始めた人が“返事をしてしまう”結果、パニックが大きくなると指摘されている[37]。
また、学校の怪談としては、理科室のスピーカーに紙テープで“遮音の記号”を貼ると無害化できるとされる[38]。とはいえ、遮音テープの幅がでないと効かない、といった細部まで語られることが多く、不気味さが増幅されるという[39]。
社会的影響[編集]
社会的影響としては、まず港湾地区における夜間点検の増加が挙げられる。噂の時期には、受信機の周波数表を“封印する”運用が一部の事業所で見られたとされる[40]。ここでの封印とは、技術者が表を保管せず、口頭で手順を回す形に切り替えることで、結果として情報が“都市伝説化”していったという[41]。
また、保険会社や自治体は直接に都市伝説を否定せず、「夜間無線の異常報告」だけを統計化したと言われている。その統計はからまでので、対象件数が年平均とされる[42]。数字は慎重に使われ、恐怖の話と現実の報告が混ざったことで、怪談は生活の周辺へ沈み込んだと考えられている[43]。
一方で、マスメディアは“オカルト”として断じる記事と、“技術的原因がある”として扱う記事を行き来した。視聴率や紙面の都合で、同じ内容が別の意味に翻訳された結果、全国に広まったという見解がある[44]。この翻訳のズレが、対処法の多様化、ひいては派生バリエーションの増加へつながったとされる[45]。
文化・メディアでの扱い[編集]
文化・メディアでは、ラジオドラマや短編小説の題材として、恐怖と職能が結びついた存在として扱われることが多い。特に「SOS」という単語が、海難救助と通信の比喩を同時に含むため、怪談としての説得力が高いと評されている[46]。
一部の番組では、出没シーンを再現するために“受信機の指針逆回転”をCGで表現し、視聴者の反応を測定したとする創作的企画があったとされる[47]。ただし、その数値がなぜかとして統一されたため、番組制作側がどこかの噂を参照したのではないかと噂された[48]。このように、現実の制作過程が都市伝説のパラメータに取り込まれることで、噂の側が強化されるという循環が指摘されている[49]。
また、インターネットの文化としては、録音ファイルに後から「無音の区間だけノイズが増える」編集が施され、それが大西洋SOS通信の“証拠”として投稿される例があったとされる[50]。もっとも、編集技術の可否を問う以前に、音声の解釈が“言い伝えの語彙”に揃えられている点が不気味さを生み、結果として信じやすい構造になっていたと考えられている[51]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山口澄彦『夜間無線と都市の恐怖:短波時代の怪談分析』港湾研究会, 2001.
- ^ Katherine L. Ward『Mythical Broadcasts and the Psychology of SOS』Vol.3, Atlantic Folklore Press, 1998.
- ^ 内田澄香『聞こえるはずのない声:断続音声伝承の文体』新海学術出版, 2007.
- ^ Dr. Martin E. Calder『Interference Patterns in Folk Audio Evidence』Vol.12 No.4, Journal of Imaginary Acoustics, 2012.
- ^ 藤堂誠『港湾労働と“応答”の儀式:大西洋SOS通信を読む』第2巻第1号, 地域恐怖研究, 2016.
- ^ 佐伯和馬『短波帯の噂と偶然の数学』電波倫理学会, 1989.
- ^ Hiroshi Matsuda『Ocean-Backhaul Legends and Maritime Memory』Vol.7, Coastal Media Studies, 2004.
- ^ 伊集院玲子『“逆回転”は何を語るか:指針伝承の工学的比喩』新灯社, 2019.
- ^ Mirela Sandu『Urban Radio Ghosts: A Comparative Catalogue』pp.113-129, Vol.5, 霧都出版, 2011.
- ^ (書名が微妙に不自然)『海底で待つ装置:大西洋SOS通信の一次資料の真贋』第1巻第0号, 連絡網研究所, 1995.
外部リンク
- 短波怪談アーカイブ
- 港町ナイトスクリプト
- 無線技師の手順集(伝承版)
- 学校の怪談・補習室ログ
- 都市伝説検証掲示板(非公式)