奥歯前歯入れ替わり世代
| 対象 | 乳歯と永久歯の交換期にある児童・若年層 |
|---|---|
| 成立 | 1978年ごろ、東京都内の学校歯科調査から |
| 提唱者 | 日本交換歯研究会(通称・交歯研) |
| 主な地域 | 東京都、神奈川県、愛知県、福岡県 |
| 流行期 | 1983年 - 1994年 |
| 関連分野 | 学校保健、矯正歯科、発達社会学 |
| 通称 | 前歯遅れ組、奥歯先行型 |
| 記録上の最大差 | 前歯と奥歯で最長11か月の交換差 |
奥歯前歯入れ替わり世代(おくばまえばいれかわりせだい)は、の脱落との萌出が通常より前後して観察される年代層を指す俗称である。特に後期から初期にかけて、学校保健統計と歯科矯正の現場で独自に使われたことで知られている[1]。
概要[編集]
奥歯前歯入れ替わり世代は、子どもの歯が抜ける順序が地域や生活習慣によって微妙にずれる現象を、半ば世代論として扱った日本独自の区分である。の私立小学校との沿岸部公立校で差異が大きく、保健室の記録を集めたところ、前歯が先に抜ける児童よりも、奥歯のぐらつきが先に話題になる児童が一定数いたことから、学内で半ば標語のように広まった。
この区分は、厳密には医学用語ではないが、の現場では便利な略称として使われた。とくにの『都立児童口腔観察報告』以降、学習机の噛み跡、筆記時の片噛み癖、給食の固さへの不満まで含めて語られるようになり、やがて「歯が入れ替わるのが早いか遅いかで、その子の性格まで分かる」とする半信仰的な言説が生まれたのである[2]。
成立の経緯[編集]
交歯研の発足[編集]
起源は、の外郭研究会として設けられた日本交換歯研究会に求められる。事務局はの旧教育会館別館に置かれ、歯科医師のと統計技師のが、各学校の歯牙交換記録を手計算で突き合わせた。彼らは当初、単なる発達差の集計を目的としていたが、比較表の欄外に「奥歯先行児が目立つ」と書いたことが、後の呼称の端緒になったとされる。
なお、同会の初期資料には、夏の調査で「前歯よりも臼歯の自覚症状が先行した児童が14.2%」とあるが、集計票の一部が給食の牛乳でにじんでいたため、後年に数値の信頼性をめぐる議論が起きた。もっとも、当時の研究者は「にじみも現場性の一部である」として訂正を拒んだという。
命名の定着[編集]
「奥歯前歯入れ替わり世代」という長い語は、にの地域保健番組で紹介された際、テロップが二段組になったことで定着したとされる。番組内では、の小児歯科医が「前歯から抜けるとは限らない」と述べた直後、保健師が「では奥歯前歯入れ替わり世代ですね」と応じた場面が繰り返し放送された。
この一言が保護者の間で独り歩きし、の配布物や歯みがき教室のちらしに転載された。さらに、の『児童保健年報』では見出しの文字数制限の都合で「奥歯前歯世代」と略され、これが逆に通りの良さを生んだといわれる。
地域差と学校制度[編集]
の一部地域では、硬い米菓や乾燥した給食パンの摂取が多いとして、奥歯の動揺が前歯より先に認識されやすかったと説明された。一方での調査では、運動部所属児童の多い学区で「前歯が抜けるころには既に奥歯が気になる」という証言が増え、交換順序の違いが生活文化の差として語られるようになった。
このため、1980年代半ばの学校歯科健診では、歯列の確認に加えて「家で固いものをよく食べるか」「乳歯が抜けた後に祖父母が記念保存するか」といった質問票が配られた。もっとも、記念保存率はと高くない一方、回答の未記入率がに達したため、当時の統計担当者はかなり困惑したと伝えられる。
社会的流行[編集]
後半、この語は教育・歯科領域を離れ、世代論の一種として消費されるようになった。雑誌『』や地域FM局では、「奥歯前歯入れ替わり世代は慎重である」「給食の揚げパンを半分に割る世代である」など、根拠の薄い性格診断が掲載され、読者投稿欄が毎号にぎわった。
特に、の歯科商店街で行われた「交換歯フェア」では、子ども向けの歯型キーホルダーとともに、前歯・奥歯の交換時期を印刷したカレンダーが販売され、初版が3日で完売した。なお、再版分はなぜか減らされ、担当者は「需要の山は前歯より早く去る」とコメントしたという[3]。
批判と論争[編集]
歯科医学の側からは、そもそもこの世代区分が統計的に粗すぎるとの批判があった。の一部会員は、交換順序のばらつきは栄養状態、遺伝、口腔習癖によって左右されるため、世代論でまとめるのは乱暴であると指摘した。一方で、現場の養護教諭は「乱暴だが覚えやすい」と応じ、議論は平行線をたどった。
さらにには、の内部報告書に「奥歯前歯入れ替わり世代は観察者の記憶に強く依存する」との一文が掲載され、これが一部週刊誌に「歯の順番は記憶で決まる」と誇張して報じられた。これに対し交歯研は反論文を出したが、末尾に「ただし保護者の印象は尊重されるべきである」と書いたため、かえって話をややこしくしたとされる。
記録と統計[編集]
標準交換年齢表[編集]
交歯研がに発表した標準交換年齢表では、前歯の交換中央値が、奥歯の自覚的動揺の中央値がとされた。ただし、これは都市部の平均値であり、郊外校では最大での差が見られた。表の注記には「雨天通学の多い地域で遅延傾向」とあるが、どのように雨が歯に影響するかについては説明がなく、後の研究者を悩ませた。
また、同表には「朝食に硬いパンを食べる児童は前歯先行の比率が高い」との記述があるが、比較対象がたまたま同じ学区のパン屋通学区域であったため、因果関係は薄いとみられている。
保存標本[編集]
分館の収蔵庫には、交換歯研究用として収集された乳歯標本が約保管されているとされる。なかには、前歯と奥歯の交換時期をメモした鉛筆書きの紙片が添えられたものもあり、来館者向け展示では「家族の記念と学術資料の境界」が曖昧である点が強調された。
なお、標本の一部はの整理作業でラベルが混線し、「第3大臼歯」と「前歯」が同じ引き出しに入っていたことが発見された。職員は誤配を謝罪したが、後日、それが「奥歯前歯入れ替わり世代の象徴的展示」として再構成され、逆に人気を集めたという。
文化的影響[編集]
この概念は、学校保健だけでなく、CMや文芸にも影響した。前半の歯磨き粉広告では、「奥歯から前歯へ、きちんと見守る」というキャッチコピーが使われ、母親役の女優が健診結果を見てうなずく演出が定番化した。また、児童文学の分野では、歯の抜ける順番をめぐって友人関係が変化するという短編がいくつか書かれた。
の下町では、子どもの歯が抜けた日に「奥歯祝い」と呼ばれる小さな饅頭を配る慣習があると紹介され、実際には一部の菓子店が観光向けに創作した風習であったにもかかわらず、テレビ番組によって半ば伝統行事のように扱われた。ここに、この世代論の最大の特徴、すなわち「実在の記録があるようでない」感じが最もよく表れている。
脚注[編集]
[1] 交歯研究会編『児童歯牙交換と世代呼称に関する暫定報告』1982年。
[2] 佐伯久美子「学校保健における交換歯観察の言語化」『保健教育研究』Vol.14, No.2, pp. 33-49。
[3] 小林巌三「交換歯フェアの経済効果と保護者心理」『地域歯科文化誌』第3巻第1号, pp. 11-27。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小林巌三『児童歯牙交換の地域差』日本歯科出版, 1984.
- ^ 佐伯久美子『学校保健における交換歯観察の言語化』光文社医療選書, 1987.
- ^ 安西さとみ「都市部小学生における臼歯動揺先行現象」『保健教育研究』Vol.14, No.2, pp. 33-49, 1982.
- ^ 田所慎一『前歯より先に奥歯が気になる子どもたち』中央公論新社, 1990.
- ^ M. A. Thornton, “Mixed Dentition and Social Chronology in Postwar Japan,” Journal of Pseudo-Pediatric Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 1-22, 1994.
- ^ 渡辺精一郎「歯の交換順序と家庭環境」『日本児童衛生学雑誌』第22巻第4号, pp. 77-93, 1989.
- ^ K. H. Miller, “The Occlusal Delay Hypothesis,” International Review of Oral Folklore, Vol. 3, No. 4, pp. 201-218, 1991.
- ^ 交歯研究会編『都道府県別・交換歯観察年表』文部省資料室, 1985.
- ^ 高橋るり子「奥歯前歯入れ替わり世代のメディア受容」『大衆文化と健康』第5巻第3号, pp. 5-19, 1992.
- ^ D. S. Hargrove, “When Molars Arrive First,” Proceedings of the Society for Childhood Timing, Vol. 2, No. 3, pp. 88-101, 1988.
外部リンク
- 日本交換歯研究会アーカイブ
- 学校保健史データベース
- 児童口腔文化資料館
- 交換歯フェア保存委員会
- 都立衛生研究所資料閲覧室