孤独の戦艦
| 作品名 | 孤独の戦艦 |
|---|---|
| 原題 | The Lonely Battleship |
| 画像 | 孤独の戦艦の劇場公開ポスター(架空) |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像解説 | 全身塗装が“夜光グレー”で統一された主砲砲塔の宣材写真 |
| 監督 | 渡瀬鞍馬 |
| 脚本 | 渡瀬鞍馬 |
| 原作 | 孤独の航海譚(架空の原作翻案) |
| 製作 | 製作総指揮:近江波止場製作委員会 |
| 配給 | 東京港映画配給 |
| 公開 | 1947年9月13日 |
『孤独の戦艦』(こどくのせんかん)は、1947年9月13日に公開された制作ののである。原作・脚本・監督は。興行収入は3億8200万円でを受賞した[1]。
概要[編集]
『孤独の戦艦』は、第二次世界大戦後の港町を舞台とし、沈黙する艦だけが港の光を“数えて”しまうという、戦後叙事詩的な時代劇アニメーション映画であるとされる。映像は白黒調で統一され、観客には「音のない発射」の視覚演出が評価された。
本作は企画段階から“独り”の意味を多層化する方針で、戦艦そのものの擬人化、補給線の断絶、そして乗組員の記憶の欠落を同時に扱った。なお、製作費のうち、海面表現にだけ総額の17.3%が割り当てられたと記録されている[2]。
あらすじ[編集]
主人公の見習い整備士は、の沖合に現れた謎の戦艦を任される。艦は修理してもすぐに元へ戻り、整備計画は毎朝「昨日より0.7度だけ針がずれる」ように狂っていく。艦橋の計器盤には、なぜか潮位ではなく“孤独度”と呼ばれる目盛が刻まれていた。
一方で、港の行政を握るは、戦艦を資材転用するよう命令する。しかし白石は、砲塔が放つ光が“生存者の名前の順番”と一致していることに気づく。光は無言のまま夜の海に文字の残像を描き、読める者だけが翌朝、ある出来事を思い出してしまうという。
物語は終盤、戦艦が「孤独度が満ちたら、返答のない鐘が鳴る」と告げる場面へ収束する。白石は、艦の沈黙を破るために自分の記憶を配線図にして差し出すが、代償として自分の名前を“潮に近い方から”忘れていく。最後に戦艦は煙を吐かず、代わりに港の灯台が1回だけ点滅して終わるとされる。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
白石澪(しらいし みお):見習い整備士。手先の器用さで知られ、作中では“工具の油が黒くなる日”を当てる。孤独度の目盛を読む能力があるとされる。
がモデルにしたとされる整備士像は、実在の人物ではないにもかかわらず、当時の新聞に「油の匂いで天気を読む技術者」として短く言及されたとされる[3]。
(くろかわ じん):の監査官。合理的で融通が利かないが、なぜか“鐘の音の数”だけは数え続ける癖がある。後半で、彼のノートには黒塗りの頁がなく、代わりに白塗りの頁が存在することが判明する。
(くが ふみや):港の修理工。戦艦の外板に触れると、指先の皮膚が1秒遅れて感じるという奇妙な描写が入る。視聴者の間では「遅延感覚は映画史上最も不自然なリアリティ」と評された。
その他[編集]
灯台守の:戦艦の“沈黙の発射”を見分ける唯一の人物。点滅回数を生活に組み込み、毎晩0時から3時の間に必ず“3回目の点滅”が起きると主張する。
港の子ども:戦艦から落ちる黒いネジを拾い集める。これが宣伝資料では「戦艦の祈り」と表現されたが、映画本編ではただの落下物として処理されるため、解釈が割れた。
無名の乗組員たち:姿は出るが会話がない。音声収録は行われず、劇中の台詞はテロップと潮騒のSEだけで成立しているとされる[4]。
声の出演またはキャスト[編集]
白石澪役:。低い声のまま早口で“孤独度”の説明を行う演技が特徴とされた。
黒川陣役:。監査官らしい節制を保ちつつ、終盤で声がわずかに裏返る演出が採用されたとされる。
玖珂文哉役:。作中の“遅延感覚”の台詞は、台本上では同じ言い回しが3回繰り返されるが、放送用素材では2回だけ残されたと報じられ、編集の混乱が話題になった[5]。
灯台守 坂田壱馬役:。点滅回数のカウントを演技に埋め込み、無音の間でリズムを作ったことで知られる。
スタッフ[編集]
監督・脚本:。戦後の港湾復興資料を“海図ではなく日記として読む”ことを要求したとされる。
原作:『孤独の航海譚』(架空の翻案テキスト)。港の帳簿を引用しつつ、艦内の“孤独度目盛”は実在の計器名の誤読から着想されたとされる。
音楽:。音楽担当は、海の反射音を録るために沖で合計72回の実地録音を試み、うち41回は濃霧で失敗したと社内報に記された[6]。
主題歌:「灯台は黙っても数える」(歌:)。サビの最後の音をわずかに外す“意図された不協和”が、当時の批評で強く取り上げられた。
製作[編集]
本作の企画は、映画会社ではなくの会議室から始まったとされる。委員会は「戦艦を主役にするのではなく、戦艦が“数える側”になるべきだ」と主張したという。
撮影と作画は白黒調の統一が徹底され、海面の階調は“黒から灰へ”ではなく“灰から白へ”へ段階を逆にする配慮が行われた。美術の現場では、海面セル画の枚数が総計でと計上され、破棄分としてが別紙に転記されたとされる[7]。この数字はのちに再上映の際、ポスターの隅に“こっそり”引用されている。
特殊技術としては、戦艦の砲塔内部に見えるはずの計器を“実在の形式”に寄せず、むしろ読めない文様として描く方式が採用された。これにより、視聴者は計器の意味を理解できないまま不安だけを共有したとされる。
さらに、編集では無音の間に潮騒SEを差し込み、無音は「存在しない」のではなく「存在が遅れて届く」と表現されたと説明されている。なお、DVDソフト化の際に色調がやや黄色に転び、原作ファンから「夜光グレーが夕焼けになった」との指摘が出た[8]。
興行[編集]
公開初週はのでレイトショー中心に上映され、販売座席率は初日の時点で、2日目に、週末にへ伸びたとする資料が残っている[9]。
宣伝ではキャッチコピー「孤独は、砲声の代わりに鳴る。」が採用され、戦艦が一切動かない“静止予告編”が話題となった。静止予告編は3分間、画面が同一構図のまま潮位だけが動き、観客が「何かが変わるのを待たされた」と証言したとされる。
再上映では、劇場ごとに潮騒SEの音量を微調整した“劇場別エディション”が導入された。のちにホームメディア化ではこの差が再現されず、ファンの間で“波音の争い”が起きた。
海外公開については、戦後の混乱期ゆえ資料が薄いが、での短期上映が確認されており、現地では題名が『The Ship That Counts』と翻訳されたという[10]。
反響[編集]
批評では、戦艦の沈黙を扱う手法が高く評価された一方で、「孤独を数値化する発想が寓話として露骨すぎる」との指摘もあった。特にの論壇では、孤独度の目盛が作中で一度も説明されない点が「観客への賭け」として論じられた。
受賞としては(当時の名称:第9回鯱鉾映画芸術賞)で作品賞および音響賞を受賞したとされる[11]。また、翌年のの選定リストに「孤独の計測可能性」というテーマでノミネートされた。
売上記録については、国内興行収入3億8200万円は当時の“港湾映画”ジャンルの最高記録として扱われたが、同じ資料内で「実売は3億7900万円」という別記も見つかっており、編集部内では“数字が海に吸われた”と揶揄された[12]。
テレビ放送[編集]
テレビ放送はの特集枠で行われ、視聴率は放送時間帯で、同時間帯の裏番組を上回ったと報じられた[13]。放送版では潮騒SEが強めにミックスされ、原作の“無音の遅延”が弱まったという不満が出た。
当時の放送台本では、終盤の点滅が視聴者の目に残るよう、約0.8秒の間隔で画面暗転を繰り返す仕様が記されていた。現在ではこの暗転が“デジタル変換の副作用”ではないかという疑念があり、DVDの色調問題と同時に議論された。
関連商品[編集]
映像ソフト化として、VHSとベータマックスがそれぞれ別のマスターで制作されたとされる。特にベータマックス版では字幕フォントが一部太くなっており、子ども向けの販売資料で「文字が強く見えるから怖くない」と宣伝された。
関連商品としては、主題歌「灯台は黙っても数える」の7インチ盤、制作資料集『海面の312枚』、そして戦艦模型の“夜光グレー砲塔セット”(非公式ライセンス)が存在したと記録されている。
また、劇中に出てくる“孤独度目盛の定規”を模した学用品が、の文具店で一時的に流通したとされる。のちに学校での使用が問題視され、回収が行われたとの報告もある[14]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡瀬鞍馬『孤独の航海譚と計器の沈黙』氷川海運出版局, 1947年。
- ^ 近江波止場製作委員会編『海面表現報告書—312枚の真相』港湾映画研究所, 1948年。
- ^ 橘島一琢『録音は潮に遅れる』橘島音響工房, 1950年。
- ^ 佐倉千鶴『声の暗転—低音が孤独になるまで』銀座舞台出版, 1951年。
- ^ 黒川陣監査日誌翻刻『沈黙の監査メモ(抄)』三和港復興局資料室, 1952年。
- ^ Miyamoto, Katsuji. “Silent Firing and Temporal Editing in Postwar Animation.” Vol. 4, No. 2, pp. 11-29. Journal of Harbor Cinematics, 1953.
- ^ Thornton, Margaret A. “Numerical Melancholy in Japanese Cinema.” pp. 201-228. Asian Film Review, Vol. 12, No. 1, 1954.
- ^ 読売評論社編集部『孤独を測る映画学』読売評論社, 1955年。
- ^ 日本映画学会『年報 映画の音響技術(誤植訂正版)』第3巻第1号, pp. 77-90, 日本映画学会, 1956年。
- ^ 中村緋色『灯台は黙っても数える—主題歌の編集史』フィルム研究社, 1962年(タイトル表記が「灯台は黙っても数える/数えるために黙る」で混在している)。
外部リンク
- 氷川海運アニメ工房公式アーカイブ
- 東京港映画配給タイムライン
- 三和港復興局デジタル資料館
- 鯱鉾映画芸術賞 授賞リスト(架空)
- NHK 放送アーカイブ横断検索