実質出世
| 分野 | 組織運営・職場評価 |
|---|---|
| 成立の背景 | 評価制度の数値化と実務分業 |
| 測定対象 | 影響範囲、意思決定の継続性、実働の比率 |
| 代表的な指標 | 実質決裁率、牽引案件数、夜間呼び出し回数(皮肉) |
| 関連語 | 名刺出世、机上昇進、実働昇格 |
| 運用主体 | 人事部(実務評価班)、経営企画(案件監査室) |
| 使用地域 | 日本全国(特に大都市の大規模組織) |
実質出世(じっしつしゅっせ)は、肩書・年次といった表面よりも、実働の成果や影響範囲によって「出世」を測る日本の俗語である。官僚機構と大企業の「評価実務」が肥大化した時期に、の裏方文化から派生したとされる[1]。
概要[編集]
は、昇進・昇格といった形式的な出世ではなく、組織の中で「実際に物事を動かした量」や「他部署の行動を変えた連鎖の大きさ」によって、当人の出世度を説明する言い回しである。言い換えると、名刺の厚さよりも、会議の後に残った決定事項の密度で序列が決まる、という観察に基づく語とされる。
語の普及は、の「説明責任」を強める流れと連動したと説明されることが多い。評価面談において、管理職が「あなたは偉いですか?」ではなく「あなたは何を止め、何を進めましたか?」を問うようになった結果、形式の肩書では測れない出世の存在が会話の中心に現れたとされる[1]。
ただし本語は、評価の合理性を装いながら、現場の圧力や皮肉を同時に含む点が特徴である。とくに「実質出世者ほど会議室に出てこない」「手柄を言いに来ない」など、観察談が先行し、統計として整備される前に広まったとされる。なお、この語が「実働の成果」だけを指すのか「実働に耐える人」も含むのかについては、解釈が割れるとも指摘されている[2]。
歴史[編集]
語の誕生:数値化の副産物として[編集]
という用語が文献で確認されるのは、末期〜初期の「成果管理」ブーム期だとされる。東京の金融街で行われた試験運用に、の若手が持ち込んだ“計測しにくい出世を計測する”発想があったと伝えられる。具体的には、昇進年次ではなく、直近四半期における「決裁の連鎖」回数を記録し、これを“実質決裁率”と呼んだことが契機になった、とする説がある[3]。
この運用を支えたのは、社内の監査文化を転用したである。彼らは、成果を「工数×影響度」で換算する簡便な手法を採用し、各部門に“影響範囲マップ”の提出を求めたとされる。面白いのは、影響範囲マップが「誰が承認したか」ではなく「誰が翌週以降の予定を変更したか」を中心に記されていた点である。つまり、議事録よりもカレンダーのズレを見たというのである[4]。
なお、語の広がりには、当時の管理職が好んだ比喩が関わったとされる。すなわち「肩書は看板、実質出世はエンジン」であり、看板を替えてもエンジンが止まれば組織は走らない、という講義が社内研修で繰り返されたという。ただし、この講義の発表資料は現存しないとされ、結果として“よく引用されるが裏取りできない”類の民間史になったとも言われる[5]。
社会への浸透:名刺文化と裏方文化の折衝[編集]
が社会に広く知られるようになったのは、成果の可視化が進むほど“表面の出世”が空回りしやすくなった時期だと説明される。たとえば内の複数の大規模病院では、医師の臨床評価に「会議参加数」ではなく「急患受け入れの調整件数」を組み込んだところ、最も忙しい医師が最も低い等級に置かれる逆説が起きたとされる。そこで現場は皮肉として、「彼は実質出世してるが、名刺はまだだ」と言い始めたという[6]。
この言い方が企業にも波及したのは、が横断プロジェクトを増やしたことに由来するとされる。横断案件では、肩書が上でも実務を握らない人が混ざり、逆に肩書が低くても周辺部門を動かす人がいる。こうしたズレを言語化する便利さから、本語は“評価制度の欠陥を笑いながら指摘する免罪符”として機能したとも分析されている[7]。
ただし、浸透の副作用もあった。実質出世の評価指標が独り歩きし、「実質決裁率」を稼ぐために、現場が“決裁だけは必要以上に取りに行く”ようになったという批判が後年に出たとされる。とくに、夜間連絡の件数を非公式に測る慣行が一部で流行し、“夜の呼び出しが多いほど実質出世”という冗談が定着したと報じられている。もっとも、これは冗談として語られつつ、内心の基準になりやすい点が問題だったとされる。なお、この夜間呼び出しの指標が「月当たり17.3件」で語られることがあるが、出典は不明とされている[2]。
用いられ方(評価実務としての見え方)[編集]
実質出世は、会議体と面談の両方で使われることがある。会議では「誰が決めたか」より「誰が決められる空気を作ったか」を尋ねる形で現れる。たとえば、取締役会の議題が通った週、実務担当者が“議論の地雷処理”を担当していた場合、その人は“実質出世している”と評される。
面談ではさらに露骨になることがある。人事が評価面談で「次の昇格の可能性」を言いにくい場合、代わりに「あなたの実質出世は十分に見込めます。ただし正式な通知はもう少し先です」といった“宙吊りの言語”が用いられるとされる[8]。このため本語は、期待を与えながらも、決定を先延ばしにする心理技術として利用されうる、という指摘がある。
また、現場では“実質出世者の共通点”が語られることも多い。具体的には、(1) 口頭では手柄を主張しない、(2) 他部署の資料を勝手に整える、(3) 期限直前にだけ沈黙する、の三点が挙げられるとされる。ただし、三点が当てはまらない人物が実質出世と呼ばれることもあり、その曖昧さが本語の実用性と同時に危うさにもなっている。なお、三点セットの“沈黙の秒数”が「22秒」と語られることがあるが、これは社内勉強会の司会者が気分で言った数字だとされる[9]。
批判と論争[編集]
を評価軸にすることは、努力の可視化に役立つ一方で、責任の所在を曖昧にする危険があると批判されている。形式昇進が遅れた人が“実質出世で納得しろ”と言われると、納得のコストが本人の負担になるためである。特に、実質出世が「成果」ではなく「無償の穴埋め」で発生している場合、制度は不公平を固定化する可能性があるとされる[10]。
また、実質出世の指標が作られる過程で、誰が計測し、誰が解釈したかが問題になる。案件監査室が影響範囲マップを集計した際、集計担当者の個人的な好みで色分けが変わるという都市伝説もある。これを「データの中立性が崩れる」とする研究者もいるが、同時に「色分けは要約であり、厳密な統計ではない」と擁護する声もあるとされる。
さらに、語が広まるにつれ、実質出世を装った“偽装実働”が現れたという指摘もある。つまり、目に見える作業量を増やすことで実質出世に見える人が増え、結果として本当に価値のある判断が遅れるというものである。なお、偽装実働の典型例として「月次報告の前日にだけ資料を32種類増やした」人物が挙げられることがあるが、これも具体の事例名は出ないため、真偽は不明とされる[11]。ただし“それっぽい話”として共有され続けている点は、語の性格をよく示しているとも言える。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『日本企業における“実働評価”の言語化』日本能率協会, 1989.
- ^ M. A. Thornton『Effective Advancement in Bureaucratic Systems』Harvard Business Review Press, 1994.
- ^ 鈴木円蔵「決裁の連鎖を測る試み:影響範囲マップの実装」『組織監査研究』第12巻第3号, pp. 41-58, 1991.
- ^ Katherine L. Brooks「From Title to Impact: The Rise of Informal Career Metrics」『Journal of Workplace Metrics』Vol. 8 No. 2, pp. 101-127, 2001.
- ^ 【人事部】編『管理職面談の設計原理:期待と言語の遅延』中央労務出版社, 2007.
- ^ 佐伯政人「夜間連絡と“実質出世”の心理学:17.3件仮説の再検証」『労務心理学年報』第5巻第1号, pp. 9-23, 2013.
- ^ 田中みちる『横断プロジェクトの評価倫理』東京経営叢書, 2016.
- ^ 文部統計研究会『会議室の行動データとカレンダーのズレ』東方出版, 2009.
- ^ Etsuko Watanabe『The Calendar as an Organizational Sensor』Springfield Academic, 2018.
- ^ (要出典が多い)「実質決裁率の誤差と色分けの恣意性」『企業データ科学叢書』第2巻第4号, pp. 77-84, 2011.
外部リンク
- 労務語彙アーカイブ
- 組織監査室資料館
- 職場評価ミーム研究所
- 実働評価ハンドブック編集部
- カレンダー解析同好会