小谷 翔平
| 選手名 | 小谷 翔平 |
|---|---|
| 画像 | Kotani_Shohei_2023.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像説明 | 2023年の優勝パレードでの小谷 |
| 愛称 | 翔破王 |
| 生年月日 | 1994年7月18日 |
| 出身地 | 大阪府吹田市 |
| 身長 | 181 cm |
| 体重 | 84 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 18 |
| ポジション | 外野手 |
| 所属チーム/クラブ | 北辰フェニックス |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | 金 2020 東京オリンピック |
小谷 翔平(こたに しょうへい、[[1994年]]〈[[平成]]6年[[7月18日]] - )は、[[大阪府]][[吹田市]]出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。[[日本プロ野球機構]]の[[北辰フェニックス]]所属。[[2020年]]の[[東京オリンピック]]で金メダル、[[2023年]]には[[パシフィック・リーグ]]MVPに選ばれた[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
小谷はで生まれ、少年時代は周辺の軟式少年団「千里サンライズ」で投手として育成された。だが、低学年時代に遠投の途中でボールがの見えない風圧に流されたことを契機に、指導者のが外野手転向を勧めたとされる。
に後は、1年秋から中堅手としてで目立ち、3年夏には5試合で打率.611、3本塁打、12打点をした。なお、この大会で放った左翼線への二塁打は、球場外の看板を越えて隣接する住宅展示場の案内板に当たり、地元紙で「測量不能の打球」と報じられた。
に進学すると、1年春からベンチ入りし、2年時にはの規定変更を受けて主将補佐を務めた。大学通算では34本塁打、47盗塁を記録し、当時の監督・は「彼は打撃より先に、守備範囲で観客を黙らせる」と評したとされる。
北辰フェニックス時代[編集]
のでから1位指名を受け、契約金1億円、年俸1,500万円で入団した。入団交渉では、球団側が背番号18を提示したのに対し、小谷は「18は未完成数である」として一度固辞したが、最終的には「毎年1を足していく」という球団の説明により受諾したという。
プロ入り後は当初、代走と守備固めでの起用が中心であったが、に外野のレギュラーを奪取すると同年に打率.301、19本塁打、27盗塁をした。2021年にはで打率.444を残し、チームの初優勝に大きくした。2023年には自己ベストを更新する打率.327、31本塁打、91打点をし、パ・リーグMVPに選ばれた[2]。
また、2024年シーズン途中には左肩痛で登録抹消されたが、球団トレーナーのが導入した「三日月式可動域回復プログラム」により18日で復帰した。復帰戦では初打席で二塁打を放ち、球場の照明が一瞬落ちたことから、ファンの間では「照明すら拍手した打球」と呼ばれている。
代表経歴[編集]
小谷はにの強化合宿に初招集され、翌で代表デビューを果たした。初出場ながら全7試合に出場し、準決勝の戦では延長11回に決勝適時打を放って金メダル獲得に寄与した。
では主将を務め、打率.389、6盗塁を記録した。なお、同大会の閉会式で掲げられた国旗の中に、誤って球団公式マスコット「ホクシー」の小旗が混入した件について、小谷が自ら事務局に電話して訂正を求めたという逸話が残る。
には代表監督のにより再び招集され、国際強化試合で戦3連勝を果たした。第5回目の出場を果たしたでは、守備で3度の好捕を見せ、現地記者から「終盤の中堅は小谷の私有地」と書かれた。
選手としての特徴[編集]
右投左打の外野手で、特に初動の一歩と送球の角度に定評がある。打撃では逆方向への強いライナーをとし、2022年には対右投手の内角球を左中間へ運ぶ打球で12本の二塁打をした。
また、小谷は球際に異常に強いことで知られ、フェンス際の打球を捕る際には踏み切りの前に一度だけ視線を上げる癖がある。この所作は本人曰く「風向きの確認」であるが、チーム分析班は「集中のスイッチ」と解釈している。なお、送球の際に一瞬だけ左肩が沈む独特のフォームは、時代にノックの打球を避け続けた結果、体幹が独自に最適化したためとされる[3]。
走塁面でも評価が高く、2023年には盗塁成功率.914をした。特筆すべきは、牽制の合間にバッターボックスで靴紐を結び直すほどの落ち着きで、相手投手の間合いを崩すことが多い。これにより「静かな圧力をかける選手」とも呼ばれている。
人物[編集]
小谷は極度の几帳面として知られ、遠征時にはバットを長さ別に3本、グリップの巻き方を変えて持ち歩くという。ホテルでは必ず窓際にミネラルウォーターを2本並べ、翌朝の湿度を確認してから試合に向かうとされる。
一方で、非常に人懐こい性格でもあり、ファン対応では子どもの名前を一度聞いたら必ず次回まで覚えている。2022年にはでの試合後、観客席にいた小学生から折り紙の兜を受け取り、それを翌日の打席でベンチ上に置いていた。このエピソードは球団広報がSNSに投稿し、1日で約48万件の反応を集めた。
また、本人はカレーを「試合前の記憶を整える食べ物」と呼んでおり、遠征先では各地の球場近くのカレー店を独自に調査している。東京のでは10分で3軒を回った記録があり、同行記者を驚かせたが、本人は「3軒目でようやく中辛の基準が見える」と説明したという。
記録[編集]
タイトル・表彰[編集]
パ・リーグ1回(2023年)、2回(2022年、2023年)、4回を獲得した。さらににはに選ばれ、同年のも受賞した。
国際大会では金メダルのほか、でベストナインを受賞している。なお、2020年の表彰式でメダルを受け取った直後、小谷がポケットからチームメイトのリストバンドを3本取り出して並べたため、運営スタッフが一瞬「新しい儀式か」と身構えたという。
代表歴・個人記録[編集]
代表通算では、国際試合58試合に出場し、打率.286、11本塁打、24盗塁をした。2024年には1試合4安打、3長打、5打点をマークし、では外野フェンス最上部に当たる推定飛距離135メートルの本塁打を放ったとされる。
個人記録としては、連続出塁24試合、連続試合安打18試合、1シーズンでの外野補殺12回がある。また、2023年6月の戦では、1試合で3度のバックホームを成功させ、球団記録の更新を果たした。これについて実況アナウンサーは「送球が帰宅するより早い」と表現した[4]。
出演[編集]
小谷は現役選手でありながら、いくつかのCMやテレビ番組に出演している。2022年にはのスポーツ飲料CMに起用され、「整える、走る、守る」というフレーズが流行した。
テレビ番組ではの特番『球場のひみつ』や、系『プロ野球珍プレー好プレー大賞』に登場したほか、2023年にはの地域情報番組で、試合前のルーティンとして「バットを北向きに1分置く」ことを実演した。なお、当該放送後に同球場の一塁側売店で方位磁針が品薄になったという報告があるが、真偽は定かではない。
また、地元・吹田市の観光キャンペーン映像にも出演し、の芝生を全力疾走する場面が採用された。本人はナレーション録りを2回で終え、スタッフから「声も打球も無駄がない」と評された。
著書[編集]
小谷はまだ現役選手であるが、これまでに2冊の著書が刊行されている。1冊目は『中堅の一歩目』(、)で、守備位置の取り方と打席での視線の置き方を中心に、図版41点を用いて解説している。
2冊目は『風を読む練習帳』(、)で、走塁、送球、メンタル調整について本人の言葉でまとめられている。巻末には「試合前に考えることは4つまで」という独自のメモ術が掲載され、少年野球界で一定の影響を与えたとされる。
なお、両書とも帯にはを連想させる厳しいコメントが引用されているが、実際には球団広報が著名OBの口調を模したとされ、編集部内で一度だけ差し替えが発生したという。
背番号[編集]
小谷の背番号はである。高校時代は、大学時代は、社会人リーグの特別招待試合ではを着用したことがあるが、本人は「18は左右のバランスが最もよい」として最終的にこの番号を選んだ。
では、18番はかつて球団初のが使用していた番号であり、重みのある継承とされた。2023年オフには本人が「もし連覇できたら半分の9も似合う」と発言したが、球団フロントは「18のままで十分に大きい」として静観した。
一方で、練習用ユニフォームには背番号の下に小さく「K-18」と印字されることがあり、これは球団内のロッカールーム整理番号と兼用されている。小谷自身はこれを「記号としての背番号」と呼んでいる。
脚注[編集]
[1] 2024年時点の選手名鑑および球団公式プロフィールによる。 [2] ただし、MVP投票で1位票が分散した経緯については球団広報の説明が一定しない。 [3] この件は本人のインタビューと当時の監督談が一致しているが、映像資料は一部のみ残存する。 [4] 実況表現として定着したが、速度計測の数値は球場ごとに差があるため要出典。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
北辰フェニックス公式選手紹介
日本野球機構 選手データベース
小谷翔平 後援会サイト
関西スポーツ人物録アーカイブ
球場文化研究所デジタル年報
脚注
- ^ 佐伯恒彦『現代外野手論:送球角度と初動』北辰スポーツ出版, 2023.
- ^ 山田浩一『東京五輪野球の戦術史』講談社, 2021.
- ^ 田中弥生「小谷翔平の打球分布と中堅守備範囲」『野球科学研究』Vol.18, No.2, pp.44-63, 2024.
- ^ Michael R. Henson, “Outfield Geometry and the Kotani Shift,” Journal of Applied Baseball Studies, Vol. 9, Issue 1, pp. 11-29, 2023.
- ^ 永田雅史『六大学野球の風と声』新潮社, 2020.
- ^ 小林直樹「プロ入り後3年間における走塁意識の変化」『スポーツ指導学会誌』第27巻第4号, pp. 102-117, 2022.
- ^ 東郷真一『代表戦における主将像』体育文化社, 2024.
- ^ Martha L. Green, “A Study on Left-Right Balance in Modern Batters,” Baseball Quarterly Review, Vol. 14, No. 3, pp. 77-88, 2022.
- ^ 北辰フェニックス編『2023年度選手名鑑』球団資料室, 2023.
- ^ 神保町食文化研究会『球場周辺カレー店の分布と選手の嗜好』食と競技の会, 2024.
- ^ 『風を読む練習帳』の帯文が本人の発言と異なる問題については、編集部が後年に訂正文を出している。
- ^ 渡辺精一郎「測量不能打球の社会的波及」『関西野球史叢書』第5巻第1号, pp. 8-19, 2021.
外部リンク
- 北辰フェニックス公式サイト
- 日本プロ野球機構 選手情報
- 吹田市スポーツ栄誉顕彰ページ
- 関西野球人名録データベース
- 球場文化研究所