小鳥の泣き声
| 名称 | 小鳥の泣き声 |
|---|---|
| 別名 | 鳥泣記法、Kotori Cry Notation |
| 分類 | 音響民俗学、擬音学、都市観察学 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、マリア・H・ソーンダース |
| 提唱時期 | 1898年頃 - 1934年 |
| 主な拠点 | 東京都府中市、上野公園、横浜港 |
| 用途 | 渡り鳥の情緒評価、早朝騒音の分類、季節詩の編成 |
| 問題点 | 観測者の主観が大きく、同一個体でも日によって異なる泣き声に記録される |
(ことりのなきごえ、英: Bird Cry)は、が発する不規則な高周波音を指す語であり、特に末期から初期にかけての郊外で体系化された擬音記録法として知られている[1]。一方で、学術的には「鳴き声」ではなく「泣き声」であることに意味があるとされ、これが後年のを大きく揺るがした[2]。
概要[編集]
小鳥の泣き声とは、小型の鳥類が見せる細かな発声を、単なる生理現象ではなく「感情の痕跡」として記述するために生まれた概念である。期の都市知識人のあいだで広まり、のちにが標準化を試みたことで、半ば学問、半ば趣味の領域として定着した。
もっとも、この概念の成立は極めて偶然的であったとされる。の周辺で朝の散歩を続けていた渡辺精一郎が、で聞いたスズメの音を「鳴き声」ではなく「泣き声」と書き留めたのが始まりとされ、これが後に『泣声記譜法』として独立した[1]。なお、初期の記録にはなぜかで観測されたセキレイの項目が多く、編集者の一人が外国船の汽笛と混同していた可能性が指摘されている。
現在では実用性はほぼ失われているが、地方のや一部の環境音収集家のあいだでは、いまなお「朝の湿度」「電線の張り具合」「駅前のパン屋の開店時刻」とあわせて参照されることがある。
起源[編集]
渡辺精一郎の早朝観測[編集]
起源は、渡辺精一郎がの借家の縁側で、毎朝5時12分に聞こえるヒヨドリの短い連続音を記録したことに求められる。渡辺は当初これを「泣いているような声」と表現したが、妻の渡辺芳子が日記に「鳥、今朝も泣く」と書いたことで表記が固定化したとされる[2]。以後、同家の庭では入り前にのみ記録用の方眼紙が増刷され、月に平均14枚が消費されたという。
渡辺はのちにで国語を教えながら、鳥の声を五線譜ではなく感情曲線で表す独自の方式を編み出した。これは「上向き3度、しかし語尾は下降」といった、音程と心象を同時に書き込むもので、同時代の音楽教師からは「理屈は分からぬが妙に気味がよい」と評された。
ソーンダース報告と国際化[編集]
には、英国出身の民俗採集家マリア・H・ソーンダースがので渡辺式記譜法に接触し、これを『The Cry of Little Birds』としてに紹介した。ソーンダースは日本語の「泣き声」を悲嘆の意味ではなく、鳥が「季節に抗議する声」と解釈しており、この誤読がむしろ国際的な関心を呼んだ。
同報告書では、・・を「都市の三大情緒鳥」として分類し、朝の気温が18度を超えると泣き声の語尾が1.3秒ほど長くなると記されている。もっとも、この数値はソーンダースがの宿で聴いた個人的印象にすぎず、のちの再現実験では誤差が大きすぎるとして批判された。
分類と記譜法[編集]
小鳥の泣き声は、音高ではなく「泣きの質」で分類される。代表的な区分として、A級の「澄泣」、B級の「湿泣」、C級の「逆光泣」、および最下位の「電線泣」がある。これらはの『都市小禽泣声標準表』で整理されたもので、各級には0.25刻みの情緒係数が与えられた[3]。
記譜法は一般の楽譜と異なり、音符の右肩に「風向」「犬の有無」「近隣の井戸端会議の密度」を付記するのが特徴である。たとえば「五線上に置かれた八分音符の末尾がわずかに震える場合、これは『小雨前の謝罪泣』と読む」とされる。編集者によっては鉛筆の濃さまで記録し、HBなら中庸、2Bなら感傷過多とみなしたという。
ただし、同一個体のスズメが朝食後と昼前で別の型に分類されることが頻発し、「泣声の安定性は観測者の胃腸に左右される」という有名な命題が残された。このため、1940年代には一部の研究者が、泣き声の分類よりも観測者の朝食内容を重視すべきだと主張している。
社会的影響[編集]
都市計画への波及[編集]
中期には、自治体が公園整備の指標として小鳥の泣き声を用いる例が現れた。の一部では、ベンチの配置が「泣き声が最もよく反響する角度」に合わせて調整され、結果として住民の朝の滞在時間が平均9分延びたとされる。これにより、通勤前に鳥の泣き声を2分以上聴くことが「心の準備」とみなされるようになった。
一方で、騒音対策との境界が曖昧になり、の前身組織にあたる担当部署では、電車の高架下に営巣したヒヨドリを「準準保護鳥」に指定するかどうかで半年間の会議が続いたという。会議録の末尾には「鳥は泣くが、課は泣かぬ」との一文が残る。
文学・音楽への影響[編集]
風の評論文から系の感傷散文まで、昭和文学の一部は小鳥の泣き声を参照して季語の再編を行ったとされる。特にの周辺では、朝5時台の鳥の声を「本文より先に来る余白」と呼び、原稿の冒頭に空白を多めに残す習慣があった。
音楽面では、のラジオ番組『朝の鳥声講座』が1938年から放送され、毎回ゲストが「今日の泣き声は軽い」「昨夜の雨が尾を引いている」などと評した。聴取者の投書は月平均430通に達したが、その3割は「うちのベランダのハトはどの級か」という分類相談であった。
主な論争[編集]
最大の論争は、そもそも小鳥に「泣く」という情動を認めてよいのかという点にあった。動物心理学教室は、発声を環境応答と見る立場から強く反対し、「泣声」という語は擬人的すぎると批判した。しかし渡辺派は、都市の小鳥は人間の生活騒音のなかで半ば共同体化しており、もはや純粋な自然音ではないと反論した。
また、1930年代後半には軍需体制の強化に伴い、「朝の静寂を測る指標」としての小鳥の泣き声が行政文書に流用されたことがある。これに対し、観測家の一部は「鳥を数える前に配給を数えよ」と抗議し、学会は一時、鳥類班と詩学班に分裂した。なお、この分裂の際に紛失したとされる『泣き声標準マニュアル第三増補』は、神田の古書店で見つかったとする証言があるが、現物は確認されていない。
後継研究[編集]
戦後になると、小鳥の泣き声研究は一度衰退したが、の東京オリンピック期に再評価された。高速道路の建設で観測地点が減少したことから、逆に「残った泣き声の希少性」が注目され、の周辺では保存運動が起きた。
1970年代にはが設立され、磁気テープ3,200本分の鳥声を収録したが、そのうち約120本は風の音しか入っていなかったとされる。これにより、録音者の耳の信頼性が問題となったが、同時に「聞こえなかった音も記録の一部である」という逆説が支持を集めた。
21世紀に入ると、スマートフォン用の自動判定アプリ『KOTORI Cry Index』が開発され、泣き声の感傷度を0から100で表示するようになった。ただし、アプリはを高確率で「最も成熟した小鳥」と誤認し、都心の利用者から苦情が相次いだ。
評価[編集]
小鳥の泣き声は、学術的には周縁的な概念でありながら、日本の近代都市が自然をどう読み替えたかを示す資料として重視されている。特に、観測者の主観を排除するのではなく、むしろ主観を記録対象そのものにした点が独特である。
同時に、この概念は「小さな音を社会的に言い換える」文化の象徴でもあった。朝の短い数秒の発声に、天候、生活、詩情、交通、そしてときに政治までを重ねたことが、結果として長く語り継がれる理由になったと考えられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『泣声記譜法序説』府中文庫, 1907年.
- ^ マリア・H・ソーンダース『The Cry of Little Birds: Notes from Kamakura』Royal Ethnographic Press, 1928.
- ^ 日本音響民俗学会編『都市小禽泣声標準表』第3巻第2号, 1934年.
- ^ 田所一彦『朝の鳥声と都市の余白』青陵書房, 1941年.
- ^ Elizabeth P. Harlow, “Emotion Coefficients in Urban Avifauna,” Journal of Comparative Acoustic Folklore, Vol. 12, No. 4, 1956, pp. 221-248.
- ^ 三浦晴子『小鳥の泣き声と戦後記録文化』みすず社, 1968年.
- ^ Kenji Rutherford, “The Misheard Sparrow and the Politics of Dawn,” Annals of Sound Anthropology, Vol. 7, Issue 1, 1979, pp. 33-59.
- ^ 環境音アーカイブ協会編『磁気テープ収録目録 1974-1978』環音出版, 1979年.
- ^ 高井紗枝『小鳥泣声学入門』新潮選書, 1987年.
- ^ Arthur N. Bell, “Bird Cry Recognition in Smartphone Interfaces,” Proceedings of the East Asian Digital Folklore Conference, Vol. 5, 2019, pp. 88-104.
- ^ 松本冬樹『泣き声標本の政治学』東京擬態大学出版会, 2021年.
外部リンク
- 日本音響民俗学会アーカイブ
- 府中市早朝観測資料館
- 小鳥泣声標準表デジタル版
- 環境音アーカイブ協会
- 朝のラジオ番組ライブラリ