少女終末旅行
| タイトル | 少女終末旅行 |
|---|---|
| ジャンル | ポスト文明漂流漫画、終末紀行、静寂系SF |
| 作者 | 霧崎イオリ |
| 出版社 | 白檀社 |
| 掲載誌 | 月刊ノエマ |
| レーベル | ノエマ・コミックス |
| 連載期間 | 2011年4月 - 2017年9月 |
| 巻数 | 全7巻 |
| 話数 | 全54話 |
『少女終末旅行』(しょうじょしゅうまつりょこう)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『少女終末旅行』は、文明崩壊後のを舞台に、少女二人が上層から下層へと移動しながら遺構を巡る様子を描いた漫画作品である。無機質な都市景観と、断片的に残された生活文化の対比が特徴とされ、いわゆる「静かな終末もの」の代表作として扱われている[2]。
本作は、当初は単発読切として構想されたが、編集部が「食料配給線の崩壊後における少女同士の会話劇」として再構成を提案したことで連載化されたとされる。読者層は後半からまで広く、特に都市空間の描写と、妙に実務的なサバイバル描写が話題を呼び、後に累計発行部数を突破したとされる[3]。
なお、作中に登場する「終末」は単なる世界の終わりではなく、都市機能が段階的に停止した後の社会圏を指す内部用語であり、編集者の間では「末期の生活感覚を最も正確に誤読した作品」とも呼ばれている。連載当初は地味な作品と見なされていたが、後半に入るとテレビアニメ化と海外翻訳を契機として、静寂系SFブームの中核を担うことになった[4]。
制作背景[編集]
作者の霧崎イオリは、もともと名古屋市の地下街観察記を描く紀行漫画で知られていた人物で、都市の「上と下」に関心を持っていたとされる。とくにの終電後に見られる換気音と照明の残光をもとに、無人都市を移動する少女像を思いついたという逸話が残っている[5]。
初期設定では主人公は3人組であったが、人物が増えるほど会話が日常化し、作品の重心が「崩壊した社会をどう生き延びるか」から「崩壊した社会で誰と沈黙を共有するか」へ移ってしまうため、編集会議で2人に絞られたとされる。この判断が功を奏し、細い通路や貯水施設、旧研究区画などを移動するたびに、2人の関係が少しずつ変化する構成が成立した[6]。
制作資料には、内の廃ビル群、の工業地帯、そして松本市の旧浄水場を撮影した写真が多数含まれていたという。もっとも、霧崎が「実地調査の8割は深夜のコンビニ駐車場で終わった」と語ったとされる回想録もあり、どこまでが事実かは判然としない。なお、背景美術の資料整理を担当したの担当編集・相良千尋は、机上にミリ単位で縮尺を合わせた段ボール模型を並べ、都市崩壊後の交通導線を検証していたと記録されている[7]。
あらすじ[編集]
第1層航行編[編集]
物語は、二人の少女とが、巨大な階層都市の上層部をで移動する場面から始まる。彼女たちは食料、燃料、衣類を回収しながら、かつての文明の残響を拾い集めていくが、序盤からして既に水圧弁の規格が合わない、缶詰が妙に工業製品っぽいなど、終末世界のくせに妙に管理された痕跡が目立つ[8]。
この編の核心は、都市が滅びた理由そのものよりも、「滅びた後に残った設備が、まだ人間を前提に動こうとしている」という感覚にある。特に第4話で、二人がの階段を38分かけて降りる場面は、読者の間で「階段漫画」の異名を生んだとされる。
機械農園編[編集]
中盤では、旧農業区画において自動栽培装置が半ば独立した生態系を形成していることが判明する。ここで登場するは、作物よりも先に配管が繁茂しており、ユイが「植物より機械のほうが育ってる」と評した場面が有名である[9]。
この編では、作中でもっとも長い空白ページが挿入されている。12ページ連続で無音のまま自動散水ノズルだけが動く構成で、当初は紙面節約のためと誤解されたが、実際には「人がいなくても世界が維持されることの不気味さ」を示す演出であったと説明されている。
下層灯台編[編集]
終盤にあたる本編後半では、二人が都市最下層の観測施設に到達し、外界に関するわずかな記録を発見する。そこには海でも空でもない「白い帯」が写っており、読者の間で終末後の気象現象なのか、それとも単に撮影機材の故障なのかが長く論争となった[10]。
カナとユイは、そこで初めて都市の外側を想像するが、作品は明確な脱出や救済を描かない。むしろ、見えない外界に向かって歩き続けること自体が旅の終着点であるとする、極めて抑制された結末を迎える。この終わり方は、連載当時の読者アンケートで「読後に静かすぎて机を見直した」と記された珍しい回として知られている。
登場人物[編集]
は、寡黙で記録癖のある少女であり、主に地図のメモと配給記録を担当する。感情表現は少ないが、配線盤や電動扉の挙動にやけに詳しく、ファンの間では「最終盤で最も生き残るべき技能を持った人物」と評された[11]。
は、食糧の確保と機械の解体に長けた少女で、反射的に工具を持ち歩く癖がある。彼女の台詞はしばしば楽観的であるが、実際には状況認識が極めて鋭く、作中でもっとも危険な場面で先に沈黙するのはユイであることが多い。このため、初期の読者の一部は「元気担当に見せかけた観測者」と呼んでいた。
は中層区画で二人と短期間同行する人物で、作中では珍しく「地上を知る者」として配置されている。彼女は後年の外伝設定での前身組織に属していたことが示唆され、作中世界の制度史を補完する役割を担った[12]。なお、という半機械生物も登場するが、これは正規の登場人物というより、作者が「描いているうちに勝手に住み着いた」と語った存在である。
用語・世界観[編集]
作中の主要舞台であるは、旧国家機関が建設した多層式居住都市であるとされ、上層は住居、中層は農業、下層は測候・軍需・廃棄処理に分化していた。都市が崩壊した後も、いくつかの区画では電力と給水が断続的に維持されており、完全な廃墟ではなく「半稼働の遺構」として描かれている[13]。
とは、崩壊後に残存した自動配給機構が各区画へ最低限の食料を割り当てる制度である。これは本来、人口縮小時の治安維持を目的とした緊急措置であったが、作中では誰も制度の全体像を把握しておらず、単に「壊れていないから使う」くらいの認識で運用されている点が特徴である。
また、作中でたびたび言及されるは、雲層、上層反射膜、あるいは照明軸の残光とする説があるが、最終巻でも明確には説明されない。編集部側は「説明しないことが説明になっている」とコメントしたとされるが、この種のコメントは往々にして後付けであると指摘されている[要出典]。
書誌情報[編集]
単行本はより全7巻が刊行された。各巻末には作者の短い都市観察コラムが付属し、第3巻以降は「配給カロリー換算表」や「半壊エレベーターの見分け方」など、実用性のないのに妙に具体的な付録が追加された[14]。
日本語版の初版帯には「少女ふたり、世界の最下層を歩く」と記されていたが、書店員の間では「最下層とは何か」がしばしば話題になり、実際には棚差しの都合で第2巻のみが最上段に置かれる事故が多発したという。なお、刊行の第5巻では、誤植により都市名がではなくと記されて流通した版が少数存在し、現在も古書市場で高値が付く。
単行本の装丁は灰青色を基調とし、背表紙を揃えると「階層番号」が見える構成であった。これは通常のコミックスよりもやや高価であったが、紙質が良すぎて逆に終末感が薄いとして、連載初期には営業部と制作部の間で軽い争いがあったとされる。
メディア展開[編集]
には制作によるテレビアニメ化が行われ、全12話が放送された。アニメ版は原作の静かな空気を維持するため、効果音の一部に実際の空調設備の録音を使用したとされ、深夜帯でありながら異様に睡眠導入効果が高い作品としても知られている[15]。
また、には主演による舞台版『少女終末旅行 -層都の午後-』が上演され、可動式の階段セットが「やけに本格的すぎる」と評判になった。さらに、の公共放送系ストリーミング企画で字幕付き再編集版が流通し、海外の考察コミュニティでは「この作品の廃墟は実在の地下鉄を縮小したものではないか」とする説が広まった。
ゲーム化企画も数度持ち上がったが、いずれも「移動距離の大半が無音である」ことが問題となり中止されたとされる。もっとも、ファンメイドの探索ボードゲーム『Terminal Walkers』は各地の同人即売会で人気を集め、本作のメディアミックス史に半ば公式のような顔で入り込んでいる。
反響・評価[編集]
本作は、連載中から「終末を描いているのに絶望していない」「文明批評より生活批評に近い」といった評価を受けた。特にの分析では、「本作における希望とは未来の約束ではなく、今日の配給缶が開くという程度の小ささにある」とまとめられている[16]。
一方で、連載後期には「少女二人の行動範囲が広すぎる」「あれだけ歩いて体力が尽きないのは不自然」といった指摘もあり、作中世界の重力設定まで議論された。これに対し作者は、巻末コメントで「彼女たちは歩いているのではなく、都市が彼女たちを下へ送っている」と述べたとされ、かえって論争を拡大させた。
また、作中に登場する配給食品の描写が妙においしそうであったことから、2019年ごろには「終末飯」ブームが発生し、の一部カフェで灰色のスープや缶詰風プリンを模した限定メニューが提供された。もっとも、味は概して評判が悪く、作品人気よりも「見た目が原作に忠実すぎる」との理由で話題になった。
脚注[編集]
[1] 白檀社広報部『月刊ノエマ編集後記集 第12集』白檀社、2017年、pp. 44-45.
[2] 霧崎イオリ「崩壊都市の歩き方」『都市断章』Vol. 3、ノエマ文庫、2018年、pp. 9-18.
[3] 相良千尋「静寂系SFの市場形成と読者年齢層」『出版動態研究』第8巻第2号、pp. 101-119.
[4] M. Thornton, “The Aesthetic of Quiet Ruins in Late-2010s Manga,” Journal of East Asian Sequential Art, Vol. 14, No. 1, pp. 77-93.
[5] 霧崎イオリ『地下街観察ノート』白檀社アーカイブ室、2012年.
[6] 編集同席記録「少女二名体制への移行について」『月刊ノエマ内部会議録』第21号、pp. 3-6.
[7] 相良千尋『模型と廃墟と配管と』白檀社、2016年、pp. 22-29.
[8] 佐伯和真「終末都市における配給機構の描写」『架空科学評論』第4巻第7号、pp. 55-63.
[9] 野宮レイ「自動農園の誤作動と詩的効果」『機械植物学年報』Vol. 2、pp. 140-151.
[10] K. Yamane, “On the White Band Phenomenon in Terminal Settlement Fiction,” Comparative Futurities Review, Vol. 9, pp. 201-216.
[11] 霧崎イオリ『キャラは歩く、都市が沈む』ノエマ・コミックス特装版付録、2019年.
[12] 望月有紗「都市航行局の前史」『統合都市史研究』第5巻第1号、pp. 12-34.
[13] 白檀社史編纂室『広域統合庁資料集成』白檀社、2015年、pp. 88-97.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 白檀社広報部『月刊ノエマ編集後記集 第12集』白檀社、2017年、pp. 44-45.
- ^ 霧崎イオリ「崩壊都市の歩き方」『都市断章』Vol. 3、ノエマ文庫、2018年、pp. 9-18.
- ^ 相良千尋「静寂系SFの市場形成と読者年齢層」『出版動態研究』第8巻第2号、pp. 101-119.
- ^ M. Thornton, “The Aesthetic of Quiet Ruins in Late-2010s Manga,” Journal of East Asian Sequential Art, Vol. 14, No. 1, pp. 77-93.
- ^ 霧崎イオリ『地下街観察ノート』白檀社アーカイブ室、2012年.
- ^ 編集同席記録「少女二名体制への移行について」『月刊ノエマ内部会議録』第21号、pp. 3-6.
- ^ 相良千尋『模型と廃墟と配管と』白檀社、2016年、pp. 22-29.
- ^ 佐伯和真「終末都市における配給機構の描写」『架空科学評論』第4巻第7号、pp. 55-63.
- ^ 野宮レイ「自動農園の誤作動と詩的効果」『機械植物学年報』Vol. 2、pp. 140-151.
- ^ K. Yamane, “On the White Band Phenomenon in Terminal Settlement Fiction,” Comparative Futurities Review, Vol. 9, pp. 201-216.
外部リンク
- 白檀社公式作品案内
- 月刊ノエマ作品アーカイブ
- 終末紀行研究会
- 層都メトロニカ資料館
- 静寂系SF年表データベース