山田ハムエスケープズ
| 読み | やまだはむえすけーぷず |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1978年 |
| 創始者 | 山田 恒一郎 |
| 競技形式 | 個人・団体混成の追跡型障害走 |
| 主要技術 | 回避走法、反転回収、香気誘導 |
| オリンピック | 非正式競技 |
山田ハムエスケープズ(やまだはむえすけーぷず、英: Yamada Ham Escapes)は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。木製のハム型バトンを起点から終点まで逃がしつつ、選手がこれを回収する方式に基づく競技として知られている[2]。
概要[編集]
山田ハムエスケープズは、の食品倉庫跡地で考案されたとされる競技で、参加者は“ハム”と呼ばれる楕円体の木製具を一定時間逃がし、相手陣営より先に回収地点へ導くことを目指すものである。現在では国内の一部地域において、学校対抗戦や港湾祭の余興として行われることがある[3]。
競技名の「ハム」は食肉を直接意味するものではなく、創始者の山田 恒一郎が用いた「Harmonized Mobility」の略称が転訛したものとされるが、初期資料には単に“ham”とだけ書かれているものもあり、由来をめぐっては今なお議論がある。なお、の非公式分類では、との中間に位置づけられているとする記述がある[4]。
歴史[編集]
起源[編集]
1978年、の旧山下埠頭で、荷役作業員だった山田 恒一郎が、倉庫内で転がりやすい木片を巡って少年団と遊んだことが起源とされる。山田はのちにの安全講習会でこの遊びを再編し、滑りやすい床面でも争点が明確になるよう、ハム型の回収具と6本の“逃走柱”を設けた[5]。
初期の試合は「ハム逃走会」と呼ばれ、1試合あたり平均17分程度で終わったという。もっとも、1981年のには、同年だけで43回の試合が「煙幕の使いすぎ」により中止になったとの記載があり、発祥当初から競技性と宴会性がせめぎ合っていたことがうかがえる[6]。
国際的普及[編集]
1987年、と姉妹都市であったのコミュニティ・レクリエーション課が視察を行い、競技の機動性に注目したことから、北米の港湾地区に輸出されたとされる。とくにでは、倉庫街の再開発イベントと結びついて普及し、1992年には“YHEルール1.4”が英訳されている[7]。
一方で、では安全基準を満たすためにハムの重量が1.8倍に改められ、これが「重ハム派」と「軽ハム派」の分裂を招いた。1996年の設立後は、年2回の審判講習と統一笛の採用により、ようやく国際大会が安定したとされる[8]。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合場は、縦38メートル、横22メートルの長方形で、中央に“脱走線”と呼ばれる赤線が引かれる。四隅には回収台が置かれ、場内には高さ1.2メートルの可動柵が6基配置される。これらはのコンテナ識別番号の配置を模したものであるとされる[9]。
床材は樹脂混合の滑走面であるが、公式戦では香気による心理戦を避けるため、試合前にと乾燥昆布粉を1:3で撒く慣習がある。なお、これが観客に“焼きたての食堂”の匂いを想起させるため、1998年以降は屋内開催時に換気義務が追加された。
試合時間[編集]
標準試合は前後半各12分、計24分である。ただし、ハムが脱走線を3回連続で越えた場合には“延逃”が適用され、最大7分まで延長される。国際大会では、観客の拍手の強さによって笛の鳴動が遅延する事例が多く、審判はを携行することがある[10]。
延長戦は“真空逃走戦”と呼ばれ、選手が仮設の透明トンネル内でハムを誘導する。2004年のでは、この延長戦が28分に及び、会場の空調が追いつかなかったため、室内に薄い霧が発生し、それが戦術的優位を生んだとして語り草になっている。
勝敗[編集]
勝敗は、ハムを回収台へ到達させた回数と、その過程で獲得した“逸走点”によって決定される。回収成功で3点、相手選手の進路妨害をかわして柱を1本通過するごとに1点が与えられる。なお、ハムが場外に出た場合は“自然脱走”として無得点扱いになるが、実況ではしばしば最も盛り上がる局面とされる[11]。
同点の場合は、両陣営が1分間ずつハムに向かって無言で手を差し出し、その距離の近さを計測する“静止接近判定”で決する。この判定は1989年に導入されたが、審判3名のうち2名が笑ってしまうことが多く、競技の権威を損なうとして一時廃止論も出た。
技術体系[編集]
山田ハムエスケープズの技術は、大きく「回避」「誘導」「回収」の三系統に分かれる。基本となるのは“半月斜走”と呼ばれる身体の切り返しで、これはの回転技術との重心移動を折衷したものと説明されることが多い[12]。
上級者は、ハムの重心を視線ではなく足音で読む“聴逃”を用いる。特にの競技者は、積雪期の倉庫床で鍛えられたためか、反転時の停止距離が平均0.17秒短いとされる。もっとも、2011年のの小規模調査では、被験者12名中9名が「訓練より気合いの影響が大きい」と回答しており、学術的な評価は揺れている[13]。
戦術面では、“香気誘導”と呼ばれる独特の技術が重要である。これはハムの周囲に僅かな燻製香を漂わせ、相手の進路選択を鈍らせる方法で、公式には認められているが、の一部大会では匂いの強さを測る“鼻圧検査”が導入されたため、選手は事前に無臭の練習用ハムで調整を行う。
用具[編集]
公式用具は、ハム本体、回収棒、逃走柵、笛、そして“香気板”からなる。ハム本体はブナ材を主材とする長径19センチ、短径11センチの楕円体で、表面には抗滑剤として微細な蜜蝋が塗布される。大会規定では、色は赤褐色または胡桃色に限られ、奇抜な金属色は2014年の改正で禁止された[14]。
回収棒は長さ84センチで、先端に柔らかな樹脂輪が付く。これは選手が急停止した際にハムを傷つけないための工夫であるが、1990年代には先端に磁石を埋め込み、不可思議な方向転換を狙う“磁走棒”が流行した。これが審判への賄賂と誤解され、数チームが出場停止になったことは有名である。
香気板は、場内の空気に一定の芳香を流すための木製板で、の木工業者が多く受注している。2018年以降は、試合中にラベンダー系香料を使用する“静穏式”が採用され、観客の暴走を抑える効果があるとされるが、逆に眠気を誘発するとの苦情も少なくない。
主な大会[編集]
国内最高峰とされるのは、毎年8月に周辺で行われるである。1960年代風の衣装規定と、港湾放水車による演出が組み合わされるため、競技というより祭礼に近い雰囲気がある[15]。
国際大会では、が2年に1度開催される。第11回大会(2019年、)では、決勝戦の最中に会場の冷蔵設備が故障し、ハム役具がわずかに膨張したことで、最終スコアが17対16にひっくり返った。この試合は“冷却逆転”として競技史上最も再放送された映像の一つである。
学生大会としてはが知られており、工学系学生が機構改良に熱中するあまり、毎年のように競技規定が微調整される。2022年大会では、あるチームが3Dプリンタ製の回収台を持ち込み、審判団から「未来を先取りしすぎている」として口頭注意を受けた。
競技団体[編集]
統括団体は(IHEF)で、本部はの郊外に置かれているとされる。加盟国は2024年時点で31か国・地域で、欧州港湾都市圏に加盟が多い一方、南米ではに拠点を置く旧派が強いといわれる[16]。
日本国内ではが審判養成と級位認定を担う。級位は初段から七段まであり、五段以上になると“無言回収”の実技試験が課される。協会はの外郭団体ではないが、年に一度だけ“競技文化振興懇談会”に招かれるため、行政資料に名前が現れることがある。
また、は、競技施設の貸与と安全基準の策定を担当している。2017年には同室が発行した通達で、「ハムを走らせるのではなく、選手が走る競技であること」を明確にしたため、初心者向け講習会で軽い混乱が生じた。
脚注[編集]
[1] 山田 恒一郎『港湾遊戯から競技へ』横浜体育文化研究所, 1984年. [2] 佐伯 みどり「ハム型具の回収動作に関する一考察」『港湾スポーツ学会誌』第12巻第3号, pp. 41-58. [3] 横浜市教育委員会『地域スポーツ年報 1982』, pp. 77-79. [4] 日本スポーツ協会競技分類委員会『準正式競技の取扱いについて』内部資料, 1991年. [5] 山田 恒一郎「倉庫床上の追跡遊戯」『横浜臨港史料』第4号, pp. 9-15. [6] 『港湾体育年報 昭和56年度版』横浜港湾体育会, pp. 102-104. [7] Mary A. Ellison, The Escaping Ham: A Portside Game, Seaport Studies Press, 1993. [8] 国際ハムエスケープズ連盟『統一競技規則集 第1版』ローザンヌ, 1997年. [9] 中村 善夫『港湾施設と競技場設計』海風出版, 2001年. [10] Eric J. Barlow, “Pulse-Synced Whistles in Fast-Stop Sports,” Journal of Recreational Mechanics, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129. [11] 田所 あきら「自然脱走の判定基準」『審判技術研究』第7巻第1号, pp. 5-22. [12] フィリップ・モロー『身体の折返し技法』北欧スポーツ大学出版会, 2008年. [13] 国立スポーツ科学センター『ハム回収競技における重心移動の観察』調査報告書, 2011年. [14] 日本ハムエスケープズ協会『用具規定集 2015改訂版』, pp. 14-19. [15] 横浜市観光局『赤レンガ周辺イベント記録集』, 2020年. [16] IHEF Secretariat, Annual Report 2024, Lausanne, 2024.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田 恒一郎『港湾遊戯から競技へ』横浜体育文化研究所, 1984年.
- ^ 佐伯 みどり「ハム型具の回収動作に関する一考察」『港湾スポーツ学会誌』第12巻第3号, pp. 41-58.
- ^ 横浜市教育委員会『地域スポーツ年報 1982』, pp. 77-79.
- ^ Mary A. Ellison, The Escaping Ham: A Portside Game, Seaport Studies Press, 1993.
- ^ 国際ハムエスケープズ連盟『統一競技規則集 第1版』ローザンヌ, 1997年.
- ^ 中村 善夫『港湾施設と競技場設計』海風出版, 2001年.
- ^ Eric J. Barlow, “Pulse-Synced Whistles in Fast-Stop Sports,” Journal of Recreational Mechanics, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129.
- ^ 田所 あきら「自然脱走の判定基準」『審判技術研究』第7巻第1号, pp. 5-22.
- ^ フィリップ・モロー『身体の折返し技法』北欧スポーツ大学出版会, 2008年.
- ^ 国立スポーツ科学センター『ハム回収競技における重心移動の観察』調査報告書, 2011年.
- ^ 日本ハムエスケープズ協会『用具規定集 2015改訂版』, pp. 14-19.
- ^ IHEF Secretariat, Annual Report 2024, Lausanne, 2024.
外部リンク
- 国際ハムエスケープズ連盟公式年報
- 横浜港湾スポーツアーカイブ
- 日本ハムエスケープズ協会規則集
- 港湾競技研究ネットワーク
- 赤レンガ競技祭実行委員会