山郷尊菜
| 分野 | 発酵農学・地域食品衛生行政 |
|---|---|
| 主な地域 | 周辺の山郷集落 |
| 材料 | 山菜、塩、麦麹、澱粉残渣(説により異なる) |
| 工程 | 発酵→蒸留(密閉カートリッジ)→熟成 |
| 別名 | 尊菜式濃縮(そんさいしきのうしゅく) |
| 成立の契機 | 飢饉期の保存技術の転用 |
| 管理主体 | 地域共同体と系の検査班(当時の呼称) |
山郷尊菜(やまごうそんな)は、の東北地方で伝承されるとされる“高密度発酵蒸留野菜”の呼称である。郷土料理の域を超えてとの両方に波及した経緯があるとされる[1]。
概要[編集]
山郷尊菜は、山郷集落で“冬を越すための野菜の濃縮保存”として語られてきた概念である[1]。一般には、野菜そのものではなく「野菜由来の香味成分」と「発酵液の濃度」を同時に整える点が特徴とされる。
この呼称は、江戸期からの保存食文化を下敷きにしつつも、明治以降に蒸留装置の普及と結びついたことで行政用語として再編された経緯があるとされる。特に、の寒冷地での衛生トラブルを契機に、「家庭保存のばらつき」を数値で管理する必要が生じたことが影響したと説明されることが多い[2]。
一方で、山郷尊菜の“尊菜”という語が、誰の命名かについては複数の説がある。村の長老が名付けたとする説、役所の技師が試験名として付したとする説、さらには後年に料理研究家が“商品化のために記号化した”とする説までが挙げられている[3]。
語源と定義[編集]
語源については、「山郷」が寒冷山間地の生活圏を指し、「尊菜」が“尊い菜(な)”ではなく“尊(そん)度”という濃度指標を略したものとする説明がある[4]。この定義は、尊菜が単なる料理名ではなく、工程と数値のセットとして運用されたことを示唆するとされる。
また、山郷尊菜の定義をめぐっては、次の三要件が挙げられることがある。第一に、発酵液の香味を“固定化”するために蒸留工程を必ず含む点である。第二に、密閉カートリッジ内の温度ムラを最小化するため、熟成前に「芯温(しんおん)」を規定する点である。第三に、最終生成物の糖度が“口当たり”としてではなく“衛生的な安定性”の指標にされる点である[5]。
ただし、糖度や温度の数値は資料によって揺れがある。例えば、初期の記録では「糖度 18〜21度」とされ、別系統では「糖度 19.3度を基準」とされるなど、やけに細かな小数点の一致がしばしば指摘されている[6]。なお、この一致は研究員が試験紙の目盛を“読み間違えないように”わざと小数を丸めた結果だとする説もある。
歴史[編集]
成立:飢饉保存から“蒸留管理”へ[編集]
山郷尊菜が成立したとされる背景には、末期の保存食悪化があるとされる。山間部では塩漬けが冬季に破綻することがあり、郷内の“味噌蔵改造派”が、発酵の失敗を「温度のせい」と断定して蒸気加熱の工夫を導入したと語られる[7]。
その後、に近郊の技術者が「濃縮のための蒸留」を“家庭用に安全化”する計画を立て、共同体の試験台として小型蒸留カートリッジが導入されたという。ここで重要なのは、蒸留そのものよりも「カートリッジの交換頻度」を規定したことであるとされる。記録では、交換は3日ごと、ただし初回は2日、以後は4日と細かく定められたとされる[8]。
さらにには、衛生の名目で「味の検査」が制度化されたとされる。検査は舌で行うのではなく、香気の揮発量を秤量し、秤量誤差を“0.06匁以内”に収めよと指導された、といった記述が残る[9]。この指導が、山郷尊菜を単なる保存食から“管理技術”へ押し上げた要因だとされる。
行政化:尊菜検査班と“数値の祭祀”[編集]
行政化の転機はとされる。この年、系の衛生監督局が、地方の保存食をめぐる集団食中毒リスクを整理するために「地域保存濃縮品検査」を試験導入したという。担当の一人としてなる技師の名が挙がることが多い[10]。
渡辺精一郎は、検査を“味見”ではなく“蒸留香気の収支”で定義しようとした人物とされる。具体的には、原料投入量に対して留出液の回収率を計算し、回収率が「64.2%から66.7%の範囲」から外れた場合はロット廃棄とする運用が提案されたとされる[11]。この数字の出どころは、後年の回顧録によって“たまたま炊き上がり時間を測っていた時計の誤差が反映された”と説明され、やや滑稽に語られている。
なお、行政化の副作用として、郷内では数値を“信仰”のように扱う風潮が生まれたと記録される。尊菜を作る前に、みんなで「芯温は 41.0℃、誤差±0.5℃」を唱える儀礼があったとされ、外部の研究者からは批判も出た。しかし当時の検査官は「唱えることで計測が安定する」と真顔で主張したとされる[12]。
このように、山郷尊菜は制度化によって一度は普及したものの、形式が先行し、肝心の微生物相への配慮が薄れるという問題も生んだとされる。
製法と技術的特徴[編集]
山郷尊菜は、一般に「山菜の下処理→発酵→蒸留→熟成」という流れで説明されることが多い[13]。もっとも特徴的なのは、蒸留工程が蒸気で一律に行われるのではなく、カートリッジ内の“滞留時間”を調整する点であるとされる。
代表的な手順として、発酵は48時間行うが、初日は“塩分 3.7%”を基準にし、2日目は“塩分を 3.2%相当に見せる”ための追加塩が行われると説明される[14]。ここでいう「見せる」は、塩の量を変えるというより、蒸留後の比重を整えるための調整として語られており、実務者の間では“数字合わせ”と呼ばれた時期があったという。
また熟成では、瓶の高さと温度勾配が重要視されたとされ、熟成棚は地面から 62cm の位置に最初の段を置き、その上を 9cm 間隔で並べるといった規定があったとされる[15]。細かな数字が多いが、これらは後年の聞き書きに由来し、必ずしも原史料と一致するとは限らないとされる。
一方で、山郷尊菜の“濃縮の根拠”を微生物学的に説明しようとした研究では、成分の主因が野菜由来なのか発酵液由来なのかで論争が続いた。そのため現代的には「山郷尊菜は生産哲学であり、化学的定義は後付けに近い」と整理される場合もある[16]。
社会的影響[編集]
山郷尊菜は、単なる地域食品としてよりも、地方の“保存技術を数値化する”発想を社会に広げたと評価されることがある[17]。特にでは、伝統的な保存食が多様であったため、行政は危害発生時の責任範囲を明確にする必要に迫られたとされる。
その結果、山郷尊菜の検査方式は、他の保存食品へも波及した。例えば、同時期に導入が試みられた「濃縮品のロット管理」は、のちに学校給食の保存副食の安全基準へ移植されたとする回想録がある[18]。ただし当時の給食が主に缶詰と乾物中心だった点を踏まえると、影響は限定的だった可能性も指摘されている。
また、山郷尊菜は地域経済にも影響を与えたとされる。検査班が来る年は“香気秤”を扱う商人が増え、郷内の計量器具の取引が年間 312件増えたという記述が残っている[19]。この数字は当時の帳簿に基づくとされるが、数え方(修理件を含むかどうか)でズレるため、解釈には注意が必要だと注記される。
総じて、山郷尊菜は伝統保存に“官製の目盛り”を与えた存在として語られてきた。なお、目盛りが増えるほど職人の裁量が縮むという負の側面も同時に生んだとされる。
批判と論争[編集]
批判として最も多いのは、山郷尊菜が“微生物相の多様性”よりも“検査可能な見かけの安定性”を優先しすぎた点である[20]。郷内では失敗を減らしたという評価もあるが、外部研究者からは、同じ数値を出しても品質が同一とは限らないという指摘が出た。
また、数値の細かさが逆に疑念を呼んだともされる。例えば、芯温 41.0℃を“神経的に守れ”とする指導は、再現性が低い状況ではかえって失敗を誘発する可能性があると批判された[21]。さらに、香気の収支が 0.3グラム単位で厳密に一致するという記録については、計測器の目盛りが本来そこで刻まれていなかったのではないか、という疑いも出た。
この論争の発端には、の派遣研究員が出した報告があるとされる。報告は「尊菜検査は技術であると同時に社会儀礼である」と記し、運用の実効性と象徴性を分けて論じたという[22]。ただし、報告書の書式が後年の別制度と似ているという指摘もあり、資料の系譜については混乱があるとされる。
なお、山郷尊菜の商標化のように見える動きがあったのではないか、という噂もある。噂の出所は市場のポスターだとされるが、ポスターに書かれた“推奨芯温”がなぜか旧い単位系で表記されていたため、信憑性は揺れているとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山根岑哉『山郷保存濃縮の記録』青潮書房, 1932年.
- ^ 渡辺精一郎『蒸留香気収支によるロット判定の試案』内務衛生監督局報告, 第12巻第4号, 1907年.
- ^ Katherine L. Monroe『Quantification of Folk Fermentation in Northern Japan』Journal of Applied Rural Biology, Vol. 8, No. 2, pp. 113-148, 1974.
- ^ 佐伯澄人『芯温管理と共同体の行動変容』東北衛生史研究会, 第3巻第1号, pp. 21-59, 1981.
- ^ 小野寺九郎『香気秤と市場の帳簿—山郷尊菜の経済効果—』計量器史叢書, pp. 77-102, 1969.
- ^ 田村碧『地域食品の行政翻訳:尊菜検査班の実務』食品行政学年報, 第5巻第2号, pp. 5-33, 2001.
- ^ Eiji Takahashi『Distillation Cartridges for Domestic Preservation』Proceedings of the East Asian Fermentation Society, Vol. 14, pp. 201-233, 1986.
- ^ K. Watanabe『The Myth of 41 Degrees: Thermal Control in Cold-Region Ferments』Cold Storage & Fermentation Reviews, Vol. 2, No. 1, pp. 1-18, 1999.
- ^ 黒崎玲子『“尊菜”という言葉の行政語化』言語と行政, 第9巻第3号, pp. 45-70, 2010.
- ^ (要出典気味)S. Monroe『Folk Rituals and Calibration Errors』Township Press, 2008.
外部リンク
- 山郷尊菜アーカイブ
- 八戸計量器資料館
- 尊菜検査班史料データベース
- 東北発酵蒸留研究会
- 香気秤の博物誌