岡崎市集団笑い死に事件
| 名称 | 岡崎市集団笑い死に事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 岡崎市中町地区集団異常興奮事案 |
| 日付 | 1987年10月14日 |
| 時間 | 午後7時40分ごろから午後9時10分ごろ |
| 場所 | 愛知県岡崎市中町一帯 |
| 概要 | 大型スーパーの開店記念催事中に、来場者が異常な笑い発作を起こし、転倒・窒息・心停止が連鎖した事件 |
| 標的 | 催事場にいた買い物客および運営スタッフ |
| 手段 | 高周波拡声装置と過剰演出映像による集団誘発 |
| 犯人 | 元イベント技師の加納竜二とされる |
| 容疑 | 殺人、業務妨害、爆発物取締罰則違反に準じる工作物損壊 |
| 動機 | 広告会社への怨恨と、笑いの生理反応の実験 |
| 死亡・損害 | 死亡17人、重軽傷42人、営業損失約3億6,400万円 |
岡崎市集団笑い死に事件(おかざきししゅうだんわらいじにじけん)は、(62年)にので発生したである[1]。警察庁による正式名称は「岡崎市中町地区集団異常興奮事案」であり、通称では「笑い死に事件」と呼ばれる[2]。
概要[編集]
岡崎市集団笑い死に事件は、中心部の商業地区で行われた開店記念イベントを契機として発生したとされる事件である。会場に設置された大型スクリーンと、当時としては珍しい指向性スピーカーが組み合わされ、来場者の一部に制御不能の笑い発作が生じたことが、直接の引き金になったと見られている[3]。
事件は当初、単なる催事事故として処理されかけたが、岡崎署が回収したテープと音響機材の記録から、笑い声の周波数帯に意図的な加工があったことが判明したため、殺人事件として再分類された。もっとも、専門家の間では「笑い死に」という通称そのものが先行し、実際の死因には転倒骨折による出血や急性心肺停止が多かったのではないかという指摘もある[4]。
背景[編集]
催事文化と音響広告の拡大[編集]
後半のでは、郊外型の増加に伴い、週末催事が地域の広告手段として肥大化していた。とりわけでは、地元放送局と広告代理店が共同で「体感型販促」を競い合い、実演販売にやを混ぜる手法が流行していた[5]。
この流行の中心にあったのが、中町地区の複合商業施設である。施設側は客足の鈍化を補うため、当時の制作会社が開発したという「笑い増幅プラン」を導入したが、これが後に事件の温床になったとされる。なお、同プランは社内文書では「L-7式誘引販促」と呼ばれていたが、資料の大半が火災で焼失したため、詳細は未解明である[要出典]。
加納竜二の経歴[編集]
犯人とされたは、出身の元イベント機材技師で、の音響会社を経てへ移住した人物である。彼は大型展示会の撤収作業で左耳の感度を損ねたのち、音の「位相ズレ」が人間の感情反応を増幅するとの独自理論に傾倒したとされる[6]。
加納は事件前、地元の自主映画サークルで「笑いは共同体を壊す最古の騒音」というレポートを発表していた。聴講者は十数人程度だったが、その中に広告代理店の契約社員がいたことが後の供述で明らかになり、そこから音響装置の貸与が始まったという。もっとも、この経緯は裁判で一部しか立証されず、検察側は「本人の妄想的説明に依存している」と強く批判した。
経緯[編集]
発生当日の流れ[編集]
事件当日の、会場では「秋の大感謝ナイト」と題した抽選会が行われていた。午後7時40分ごろ、抽選発表の直前に館内照明が一斉に暗転し、スピーカーから短い笑い声が断続的に流れ始めた。来場者の多くは演出だと思ったが、次第に笑いが止まらなくなった者が続出し、売場の通路で転倒、将棋倒し、呼吸困難が連鎖した[7]。
目撃証言によれば、最初に異常を訴えたのは立ちの女性客で、「床が揺れるほど笑い声が近い」と叫んだ直後に崩れ落ちたという。午後8時過ぎには非常ベルが鳴り、客は出口へ殺到したが、出口付近に置かれていた風船アーチが視界を遮り、避難が遅れた。現場には紙吹雪と販促マスコットの着ぐるみが散乱し、後に「笑いの現場」として全国紙の一面を飾った。
通報と初動対応[編集]
通報は午後7時52分にへ入り、最初は「催事場で集団失神」として受理された。救急隊は14分後に到着したが、搬送対象が多数に及んだため、近隣の、、さらにの救急搬送網まで動員された。現場指揮を執った消防司令は「笑い声が止むと、逆に静かすぎて怖かった」と後に証言している。
なお、当時の現場写真には、被害者の一部が笑いながらも携帯型の電卓を握りしめていた様子が残っている。これは抽選景品を取り損ねた直後に意識を失ったものとされるが、後年になってもネット上では「笑いで死ぬほど当たりたかった人たち」という誤解が残り、二次被害的な風評を生んだ。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
は翌日、県警本部内に特別捜査班を設置し、音響機材の貸出記録、催事契約書、会場の配線図を精査した。特に問題となったのは、通常の館内放送設備とは別に、バックヤードへ引き込まれた極細の同軸ケーブルであり、これが不自然な増幅回路へ接続されていたことが確認された[8]。
捜査班はまた、近隣のカラオケ店から消音材が大量に持ち出された記録、そして事件前夜にの中古機材店で特殊アンプが購入されていた事実を突き止めた。容疑者の足取りは一見途切れていたが、領収書の筆跡と、会場に残されたテープラベルの文字が一致したことで、の関与が濃厚となった。
遺留品[編集]
遺留品の中でも特に注目されたのは、半分に切断されたカセット、笑い声が録音された業務用テープ、そして「第3笑点」と手書きされた進行表である。警察はこれらをに送付し、波形解析を行った結果、笑い声に人間の可聴域ぎりぎりのパルスが重ねられていたと発表した[9]。
また、会場裏のゴミ袋からは、湿った紙皿と未使用の「にこにこボタン」が見つかった。これが何を意味するのかについては、捜査幹部の間でも意見が割れたが、後に「来場者が自発的に笑うか、機械的に笑うかを切り替える部品ではないか」とする説が浮上した。もっとも、同部品の実物は保管庫で紛失しており、現在も所在不明である。
被害者[編集]
被害者は確認された範囲で死亡17人、重軽傷42人に上った。年齢層はからまで幅広く、最年少の被害者は母親と買い物中にアイスクリームを持ったまま倒れ、最年長者は抽選箱の前で「あと一枚で当たる」と言った直後に意識を失ったと記録されている[10]。
被害者の多くは転倒や圧迫による損傷であったが、診断書の一部には「過度な笑気による呼吸不全」といった、当時としては珍しい記載が見られる。地元紙は翌日、「岡崎で笑いが死を呼ぶ」と大きく報じたが、遺族の一部はこの表現がセンセーショナルすぎるとして抗議した。一方で、被害者支援のために設けられたは、のちに全国の催事安全指針の策定に寄与した。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
(元年)に開かれた初公判で、は起訴事実の大筋を否認した。弁護側は「装置は来場者の心理的緊張を和らげるためのもので、死亡結果は予見できなかった」と主張したが、検察側は、試験運転時に近隣住民が同様の笑い発作を起こした録音を証拠として提出した[11]。
法廷では、事件直前の台本に「笑いは10秒ごとに強める」と書かれていたことが問題視された。これに対し被告人は「演出上の比喩である」と供述したが、裁判長は「比喩にしては具体的すぎる」と述べ、傍聴席に小さな失笑が起きたという。
第一審[編集]
岡崎支部は、に被告人をおよびの罪で有罪とした。判決は無期懲役相当とされたが、笑いの誘発が直接の死亡原因と断定できるかについては最後まで争点が残り、判決文でも「結果の異様性は罪責を減じない」との表現が用いられた[12]。
なお、判決言い渡しの直後、被告人が「ここで笑ったら負けだ」と発言したという記録があるが、法廷速記録には残っていない。傍聴人の証言も食い違っており、後年、ローカルラジオ番組がこの一文を過剰に脚色したことから、半ば都市伝説化した。
最終弁論[編集]
最終弁論では、検察側が「犯行は偶発ではなく、音響工学を用いた計画的な大量殺傷である」と断じたのに対し、弁護側は「被告は社会的孤立の末に、誰も傷つけないつもりで『笑いの安全性』を証明しようとしたにすぎない」と主張した。これに対し裁判所は、装置設計図の余白にある『もっと笑わせる』の書き込みを重視し、犯意を認定した[13]。
最終的に、上告審で量刑は維持され、被告は23年とされた。もっとも、との関係をめぐって「笑いの発生時点を犯行時とするか、意識喪失時とするか」で法学者の議論が続き、事件は刑法学の教材としても扱われるようになった。
影響[編集]
事件後、全国のや多目的ホールでは、開店式典における音響レベルの上限が細かく定められ、笑い声の再生は禁止ではないものの、連続再生時間に事実上の制限が設けられた。は翌年、催事用拡声装置の届出制度を強化し、いわゆる「過剰お笑い設備」への監視を始めた[14]。
また、では事件を受けて、毎年10月に「静音避難訓練」が行われるようになった。訓練では、参加者が笑いをこらえながら非常口へ向かうという奇妙な手順が採用され、地元では「半分は防災、半分は根性試し」と評されている。なお、被害者遺族の要望により、会場跡地には現在、音の出ない記念碑が建てられている。
評価[編集]
本事件は、犯罪史のうえでは極めて異例の「音響による集団致死事案」と位置づけられている。法医学者のは、事件が「笑いそのものではなく、笑いを起こす装置の社会実装」によって成立した点を重視し、単なる奇矯事件として扱うべきではないと述べた[15]。
一方で、民俗学の分野では、岡崎周辺に古くから残る「笑いを禁ずる夜祭」の伝承との関連を指摘する声もある。ただし、これについては地元史料の解釈が分かれ、所蔵の古文書をどう読むかで結論が変わるため、学界でも評価は定まっていない。もっとも、事件が後世の笑い文化論や広告倫理に与えた影響は大きく、現在でも大学のゼミで半ば神話的に語られている。
関連事件・類似事件[編集]
類似事件としては、のにおける「集団くしゃみ誘発騒動」、ので発生した「カラオケ低周波失神事件」、の「深夜ショーケース笑撃事故」などが挙げられる。いずれも明確な死者数は少ないが、演出と暴走の境界が曖昧であった点で岡崎の事件と比較される[16]。
また、国外ではの地方劇場で起きた「笑い袋暴走事件」や、の商業展示会で記録された「ミニ・ラフテロール事件」がしばしば言及される。ただし、後者はほとんどが編集者の創作混じりの記録であり、参考文献の末尾に小さく「伝聞」と書かれていることから、研究者の間でも扱いは慎重である。
関連作品[編集]
事件を題材にした書籍として、『笑いの臨界点――岡崎事件と音響暴力』、『発声装置の夜』などが知られる。映画では、公開の『ラフ・ゼロ』が事件を下敷きにしたとされ、上映時に館内の笑い声を抑えるため無音の予告編が併映されたという[17]。
テレビ番組では、風の再現ドキュメンタリー「笑いはなぜ人を倒すのか」が放送されたという体裁で語られることが多いが、実際には深夜ローカル枠の再現バラエティであったとする記録もある。さらに、事件をモチーフにした舞台作品『中町ナイトショー』では、最後の場面で観客が笑わないよう係員が注意書きを配る演出があり、これが最も評判を呼んだ。
脚注[編集]
[1] 事件名・年月日・所在地の基本情報は、岡崎市史編纂委員会の内部資料に基づくとされる。 [2] 警察庁の正式名称については、後年公開された一部資料にのみ記載がある。 [3] 会場の構造と催事の内容は、当日の運営マニュアルに依拠する。 [4] 死因分類をめぐる議論には、法医学的再検討が必要である。 [5] 1980年代の音響販促の流行については、広告業界誌の記事が散見される。 [6] 加納竜二の経歴は、裁判資料と本人供述で細部が一致しない。 [7] 発生時刻は複数の証言で微妙に異なる。 [8] 配線図の存在は県警押収資料による。 [9] 波形解析結果は、捜査報告書の要約にのみ残る。 [10] 被害者数は消防・医療機関の集計を総合したものである。 [11] 初公判の証拠提出は、傍聴記録にも記載がある。 [12] 判決要旨は地裁広報の抜粋による。 [13] 最終弁論時の文言は、当事者メモを参照したとされる。 [14] 事件後の規制強化は、通達番号の一部が未公表である。 [15] 竹村芳治の見解は、法医学雑誌の座談会記録に見える。 [16] 類似事件の比較は、地域犯罪史の研究書に基づく。 [17] 作品群の多くは後年の事件消費文化を反映している。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤恒一『岡崎中町事件の音響工学的検証』法政書院, 1992, pp. 41-78.
- ^ M. R. Henderson, “Laughter as a Propulsive Medium in Late Shōwa Retail Events,” Journal of Applied Social Acoustics, Vol. 12, No. 3, 1995, pp. 201-229.
- ^ 岡田由里子『催事空間と群衆反応――昭和末期の地方都市研究』東洋文化出版, 1991, pp. 115-149.
- ^ Catherine Bell, “The Ethics of Ambient Humor Deployment,” Proceedings of the International Conference on Civic Sound, Vol. 4, 1990, pp. 33-52.
- ^ 愛知県警察本部刑事部『岡崎市中町地区集団異常興奮事案 捜査報告書抄録』内部資料, 1988, pp. 7-64.
- ^ 竹村芳治「音響暴力の法医学」『臨床法医学雑誌』第18巻第2号, 1993, pp. 88-102.
- ^ 山本啓司『広告と恐怖の交差点』新潮選書, 1994, pp. 9-57.
- ^ Richard P. Mallory, “A Study on Induced Mirth Collapse in Commercial Spaces,” Annals of Public Safety Engineering, Vol. 7, No. 1, 1991, pp. 5-26.
- ^ 中村光一『笑いの臨界線――岡崎事件と群集心理』岩波現代文庫, 2002, pp. 13-91.
- ^ 渡辺精一郎「中町事件と地方メディア」『社会情報学研究』第9巻第4号, 1998, pp. 144-168.
外部リンク
- 岡崎事件アーカイブセンター
- 中町地区防災資料室
- 音響犯罪研究会
- 昭和末期催事史データベース
- 集団笑気症候群資料保存会