布団の民主主義
| 名称 | 布団の民主主義 |
|---|---|
| 英語 | Futon Democracy |
| 成立 | 1968年ごろ |
| 提唱者 | 三木坂 恒一郎 |
| 主な地域 | 東京都、神奈川県、大阪市 |
| 対象 | 家庭内の寝具配置と就寝権 |
| 関連法 | 共同寝具運用指針(通称・寝具ガイド) |
| 学術的分類 | 生活制度学、家族政治学 |
| 派生概念 | 掛け布団二院制 |
| 影響 | 住宅設計、旅館業、合宿文化 |
布団の民主主義(ふとんのみんしゅしゅぎ、英: Futon Democracy)は、において布団の重ね方、敷く順序、起床時の回収権限をめぐる合意形成の作法を指す概念である。後期の集合住宅政策と深く結びついて発展したとされ、のちに家庭内統治論の一分野として扱われるようになった[1]。
概要[編集]
布団の民主主義は、複数人が同一の寝室または和室を共有する際に、布団の配置・占有時間・洗濯順を巡って生じる対立を、投票・輪番・代表制によって解決しようとする生活慣行である。単なる寝具の使い方ではなく、家庭内の権力配分を可視化する装置として研究されてきた。
一般にはの共同住宅で自然発生したとされるが、実際にはの布団店主・が、1968年に「寝床の不平等」を観察して体系化したという説が有力である[2]。なお、初期の資料では「ふとん自治」とも記され、呼称は一定していなかった。
歴史[編集]
成立以前の寝具秩序[編集]
末期から初期にかけて、都市の長屋では布団は一家の共有資産とされ、最も体重の重い者が最下層を担当する慣行があった。これは合理的であったが、朝になると毎回「誰が一番上で寝たか」を巡って揉めるため、地域の下宿組合では早くから簡易な順番札が用いられていた。
この時期の記録では、の旅館業者が「布団の上下は客の品位に関わる」として独自の配置基準を設けていたことが確認されている。後年の研究者は、これを布団の民主主義の原型、すなわち“寝具における普通選挙制”と呼んだ[3]。
1968年の「第一回寝床会議」[編集]
制度史上の転機は、幸区の「三木坂寝具店」二階で開かれたとされる第一回寝床会議である。参加者は布団販売員3名、主婦4名、の夜間部学生2名の計9名で、当時としてはきわめて少人数ながら、議事録には「掛け布団の所有権は就寝時に限り発生する」との一文が残る[4]。
この会議では、布団の上下関係を固定化する案と、週ごとに持ち回る案が対立したが、最終的に「投票で決めるが、翌朝には忘れてよい」という妥協案が成立した。後にこの原則は「朝令朝改」と呼ばれ、家庭内法学の基礎概念となった。
普及と制度化[編集]
のオイルショック以降、住宅事情の悪化により狭小和室が増えると、布団の民主主義は省スペース運用の技法として注目された。の一部団地では、住民自治会が「夜間布団割当表」を掲示し、子どもでも持ち回りで布団の端を選べる仕組みを導入したという。
にはが『寝具と合意形成』を刊行し、これが一般家庭向けの教本として異例の7万4,000部を記録した。ただし、同書の第4章「枕は票ではない」は一部の読者から要出典とされた。
制度の仕組み[編集]
寝床代表制[編集]
布団の民主主義の中核は、寝床代表制である。これは同居人のうち1名が「寝具代表」として布団の位置、温度、毛布の追加可否を決定する方式で、任期は原則として一晩である。代表権の濫用を防ぐため、翌朝の畳み方は第三者が監査することになっている。
代表者はしばしば「一番寒い者が務めるべき」とされたが、冬季は希望者が殺到するため、抽選により決められた。抽選箱には箸が入れられた例もあり、これが後の「箸先民主主義」と呼ばれる派生制度につながった。
掛け布団二院制[編集]
一方で、掛け布団二院制は布団の民主主義の最も有名な派生形である。上掛けの厚みを決める「衆掛け」と、毛布の追加を審議する「参毛布」に分かれ、どちらか一方の反対があれば最終的にタオルケット案に戻される。
この制度は一見ばかばかしいが、実際には家庭内の温度差が原因で生じる小競り合いをかなり抑制したとされる。の家族生活白書では、導入家庭の夜間口論が平均で17.3%減少したと報告されたが、調査母数が42世帯であったことから、学界では慎重な扱いが続いている[5]。
社会的影響[編集]
布団の民主主義は、住宅設計に微妙な影響を与えた。特にの狭小住宅では、寝室の四隅に「布団の回転半径」を確保する設計が流行し、やの一部パンフレットには、見開きで布団を畳む家族の図が掲載されたことがある。
また、や大学の合宿では、誰が窓側で寝るかという問題が民主主義の教育素材として扱われた。教育委員会の資料には「布団配置は小さな国家である」との文言が見られ、これを読んだ生徒の一部が翌年の学級委員選挙で寝袋持参を主張したという。
一方で、過度な制度化は家庭内の自然な温かさを損なうとの批判もあった。とくに後半の雑誌『現代家政』は、「民主主義は布団の皺を増やすだけではないか」とする社説を掲載し、布団派と無政府毛布派の間で小規模な論争が起きた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、布団の民主主義が本当に民主主義なのかという点であった。批判者は、就寝前の疲労状態では熟議が成立しにくく、結局は最も声の大きい者が掛け布団を独占すると指摘した。これに対し支持者は、少なくとも「独占を隠さない」点で近代政治より透明であると反論した。
また、にはの民宿で「布団投票の秘密会」が問題化し、宿泊客が夜中に毛布を勝手に移動したとして、宿主が『旅館業法における静かな反乱』と題する陳情書を提出した。なお、この件は地方紙2紙にしか載らなかったが、後年の研究では布団の民主主義が公共空間へ逸脱した稀有な事例として重視されている。
さらに、布団の民主主義はしばしば「寝返りの自由」をどこまで認めるかで内紛を起こした。理論上は自由であるが、実際には隣人の睡眠を妨げるため、各家庭では「三回転まで」「朝までに元の位置へ戻すこと」など、謎めいたローカルルールが発達した。
研究と文化[編集]
以降、この概念は家族社会学よりもむしろ生活文化論の題材として扱われることが増えた。の民俗研究会が収集した聞き書きには、布団の折り目の向きで世帯主の気質を判定する「折り目占い」が記録されている。
また、の小劇場では『布団議会』という実験演劇が上演され、登場人物が全員寝返りで政策を示す形式が話題となった。公演は3日間で満席になったが、観客の半数以上が途中で眠ったため、批評家は「形式上の成功である」と評している。
学術面では、社会情報研究室のが『寝床における熟議の限界』を発表し、布団の民主主義を「高密度な共同生活が生んだ、極めて日本的なミクロ政治」と定義した。もっとも、同論文の脚注17には「調査に用いた夜具のうち1枚が行方不明」とあり、研究倫理の観点から今なお議論が続いている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三木坂 恒一郎『寝具自治の理論』三月書房, 1979年, pp. 41-88.
- ^ 阿部 仁志『寝床における熟議の限界』東京大学社会情報研究叢書 Vol.12, 1994年, pp. 7-29.
- ^ 佐伯 みどり『家庭内合意形成と布団配置』家政文化研究 第8巻第2号, 1981年, pp. 113-140.
- ^ Margaret L. Thornton, "Quilted Consent and Domestic Governance," Journal of Micro-Politics, Vol. 5, No. 3, 1987, pp. 201-224.
- ^ 河原田 恒一『和室の権力構造』住宅文化社, 1983年, pp. 55-79.
- ^ Yutaka Hoshino, "The Second House of the Comforter," East Asian Household Studies, Vol. 9, No. 1, 1991, pp. 14-39.
- ^ 東京都立生活文化研究所『寝具と合意形成』都生研出版, 1978年, pp. 5-162.
- ^ 中野 由紀『朝令朝改の家族法史』青嶺社, 1998年, pp. 9-61.
- ^ R. A. Whitcomb, "Futon Balloting in Postwar Japan," Domestic Anthropology Review, Vol. 17, No. 4, 2002, pp. 88-109.
- ^ 布施谷 真一『掛け布団二院制入門』北斗家政社, 2006年, pp. 1-94.
- ^ 京都民宿協会編『静かな反乱と寝具管理』季刊旅館実務, 第14巻第1号, 1993年, pp. 33-47.
外部リンク
- 日本寝具政治学会
- 生活文化アーカイブス
- 東京布団史料館
- 家庭内統治研究センター
- 寝具民主主義データベース