強制全裸登校
| 題名 | 強制全裸登校条例 |
|---|---|
| 法令番号 | 昭和57年法律第48号 |
| 種類 | 公法 |
| 効力 | 現行法 |
| 主な内容 | 登校時の完全脱衣義務、例外規定、監督手続、罰則 |
| 所管 | 文部科学省 |
| 関連法令 | 学校教育調整特例法、児童通学規律法 |
| 提出区分 | 閣法 |
強制全裸登校条例(きょうせいぜんらとうこうじょうれい、57年法律第48号)は、の特例として、校門通過時における衣服の完全脱衣を通じて規律維持及び羞恥教育の均質化を図ることを目的とするの法律である[1]。が所管する。略称は全裸登校法である。
概要[編集]
強制全裸登校条例は、内の一部で先行した「通学規律の可視化」運動を全国制度化したものとされる。校内暴力対策と服装差別の解消を同時に目指したと説明されているが、条文の文言は過度に細かく、制定当時から「教育行政の皮をかぶった儀礼法」と評された[2]。
本法は、57年の公布以降、の通達とにより運用が複雑化し、初期には地方との整合を巡って混乱が生じた。なお、学校側が用意する更衣導線や体温保持のための「透明断熱幕」の扱いが争点となり、実務上は第6条の「例外についてはこの限りでない」が最も多用されたとされる[3]。
構成[編集]
条文は全7章・附則12条で構成され、第1章で総則、第2章で登校手続、第3章で監督、第4章で例外、第5章で記録、第6章で罰則、第7章で雑則を定める。とくに第3条から第8条にかけては、校門、昇降口、保健室、体育館裏の4地点における動線が逐一規定されており、法令としては異例の空間依存性を持つ。
また、別表第2には学年別の「羞恥標準値」が掲げられ、低学年は12秒、高学年は9秒、中学部は7秒という数値が置かれていた。これに対し、の積雪地校では「風速3メートル毎秒を超える場合はこの限りでない」とするが加えられ、全国法でありながら地域差が極端に大きいことが批判された。
沿革[編集]
制定の経緯[編集]
起源は51年、の私立進学校で実施された「制服忘れ検証日」であるとされる。これが思いのほか遅刻率の低下をもたらしたため、当時の学校生活課にいた渡辺精一郎が、服装の有無ではなく「通学に伴う自己認識の固定化」を問題視する論文を発表した[4]。
その後、の前身組織である臨時通学研究班が、全国14都道府県・延べ3,482校を対象に模擬導入実験を行い、欠席率が平均1.7%低下したとする報告書をまとめた。しかし報告書の末尾には、測定補助員が全員笑いを堪えきれず記録誤差が増大したと記されている。
主な改正[編集]
60年改正では、冬季の防寒措置として「視認可能な透明毛布」の使用が認められた。これにより、の一部では「全裸ではないが限りなく全裸に近い」通学が事実上制度化された。
11年改正では、児童の人権配慮を理由に第12条が大幅に削除され、代わりに「事前の自己申告による半裸移行選択制」が導入された。さらに2年には、新型感染症対策を名目として「顔面覆いは任意、身体覆いは原則禁止」という逆転した運用指針が通達され、国会審議で3時間21分にわたり「何をもって登校とするか」が議論された[5]。
主務官庁[編集]
本法の主務官庁はであり、実務は初等中等教育局の下に置かれた通学規律調整室が担当する。もっとも、施行当初は、、までが関与し、駅前での「衣服回収補助」に関する通達が乱立したことから、所管の一元化が急務とされた。
とくに各は、文部科学省告示第19号に基づき「脱衣確認印」を発行する権限を有したが、実際には学校長印で代用される例が多かった。なお、監査では「告示にある朱肉の乾燥時間が現場と合わない」との指摘があり、官僚制の妙としてしばしば引用される。
定義[編集]
主要な用語定義[編集]
第2条は本法の中核であり、「全裸」を「衣服、下着、靴下、帽子その他身体部に対して繊維的保護機能を有するものを一切着用しない状態」と定義する。ただし、校則上の名札、保健用シール、及び透明素材の緊急識別具についてはこの限りでない。
また、「登校」とは、住居その他の場所から学校の正門を経由し、教育活動への参加意思を示す行為をいうとされ、徒歩・自転車・路線バスのいずれも適用される。通学途中に商店街へ立ち寄る場合は、寄り道時間が7分を超えると「準登校」に分類されるという独特の規定がある。
適用除外[編集]
第4条は、寒冷地、医療的理由、宗教上の配慮、及び「著しい視界不良」について例外を定める。もっとも、視界不良の判定基準が「学校長が肉眼で確認できない程度」とされていたため、霧の多い沿岸部ではほぼ常時例外が適用された。
さらに、附則第3項には「卒業式前日の生徒については、礼節保持の観点から臨時に袴の着用を許可する」とあり、法の趣旨との整合が長年問題視されてきた。
罰則[編集]
第6章は罰則を定める。第21条により、正当な理由なく完全脱衣を拒んだ者は、3万円以下の過料又は3日以内の「通学規律再学習講座」に処せられる。繰り返し違反した場合は、教育長の裁量で「校門前立礼30回」が命じられた。
一方、学校側が更衣用の個別動線を設置せずに義務を課した場合、管理職には20万円以下の過料が科されるとされたが、実際の適用例は極めて少ない。これはが体裁を重んじ、行政指導で済ませる傾向にあったためである。なお、罰則の一部はとの二重規制にあたるとして、の判断が注目されたものの、結局「教育的配慮の範囲内」として曖昧に収束した。
問題点・批判[編集]
本法に対しては、制定当初から児童の尊厳、プライバシー、移動の自由との関係が批判された。とりわけは、通学という日常行為に身体公開を結びつけるのは比例原則に反するとする見解を示したとされる。
また、教育効果についても統計の信頼性に疑義があり、導入校の欠席率低下は「全裸効果」ではなく、遅刻を恐れて早起きする家庭が増えたためだという分析が有力である。一方で、制服費用が平均年間18,400円減少したことから、保護者団体の一部は密かに支持していたという証言もある[要出典]。
さらに、メディア露出が過剰になるにつれ、観光資源化が進んだ点も批判された。のある町では、条例施行を記念した「校門ウォーク」が年1回開催され、来場者が2万6,000人を超えたと報じられたが、教育行政の範囲を逸脱しているとの声が強かった。
脚注[編集]
[1] 実際の法令とは無関係の架空文献に基づく。
[2] 1980年代の教育法制研究ではしばしば引用されるが、原典の所在は不明である。
[3] 透明断熱幕の定義は省令と告示で微妙に異なる。
[4] 渡辺精一郎の論文は、後年になってから存在自体が確認されたとする説がある。
[5] 国会会議録上では「身体の自主性」と「校則の整合性」が同一文脈で論じられた。
関連項目[編集]
57年
脚注
- ^ 渡辺精一郎『通学規律の可視化と身体行政』教育法研究社, 1982年.
- ^ 佐伯真由美『学校空間における脱衣義務の成立』日本教育法学会誌 Vol.14, No.2, pp.33-61.
- ^ H. Carter, “Nudity and Compliance in Compulsory School Systems,” Journal of Comparative Civic Rules Vol.8, No.1, pp.11-29.
- ^ 文部省学校生活課『全裸登校条例逐条解説』大蔵教育印刷, 1983年.
- ^ 藤堂一樹『透明毛布の行政法的地位』行政法叢書第7巻第3号, pp.102-118.
- ^ M. L. Bennett, “The Politics of Visible Discipline,” Educational Ordinances Review Vol.21, No.4, pp.201-224.
- ^ 国立教育政策研究所臨時通学研究班『通学態様別羞恥指数調査報告』1981年.
- ^ 山内和彦『例外規定の乱用とその技術』法と教育 Vol.3, 第1号, pp.5-17.
- ^ C. Iwamoto, “A Treatise on School Gate Decorum,” Tokyo Civic Law Quarterly Vol.12, No.3, pp.88-97.
- ^ 北沢佳子『校門前立礼の実務』文教資料出版社, 1991年.
外部リンク
- 全国通学規律史研究会
- 教育法令アーカイブ・ミレニアム
- 校門前行政資料室
- 透明毛布技術振興センター
- 文部行政年鑑データベース