御奈新ヶ万出の最悪な1日
| 名称 | 御奈新ヶ万出の最悪な1日 |
|---|---|
| 分類 | 都市民俗・準災害事象 |
| 発祥 | 1934年ごろ |
| 発祥地 | 東京都御奈新ヶ万出 |
| 周期 | 年1回(ただし例外あり) |
| 主な記録機関 | 帝都風俗調査会、後に国立災厄文化研究所 |
| 関連現象 | 逆順行列、空振り警報、紙幣の湿潤化 |
| 標語 | 「晴れていても油断するな」 |
御奈新ヶ万出の最悪な1日(おなしかまんでのさいあくないちにち)は、東部の旧商業圏であるにおいて、年に一度発生するとされた集団的な不運事象である。もとは初期に始まった市場統制の副作用を記録するための俗称であったが、のちに災害学・都市民俗学の双方で扱われるようになった[1]。
概要[編集]
御奈新ヶ万出の最悪な1日とは、の下町に伝わる「その日に限って物事が連鎖的に失敗する」現象である。商店街の開店遅延、路面電車の逆走、同じ名前の人物が三人同時に現れることなどが典型例とされる[2]。
この現象は単なる迷信ではなく、9年の市場整理後に生じた物流の混乱を、住民が一日単位の伝承として再構成したものとされる。ただし、後年の調査では、実際にその日にだけから謎の湿った風が吹き込むことがあると報告されており、完全に迷信と断じることは難しい[3]。
成立の経緯[編集]
最初の記録はの『御奈新ヶ万出商業組合日誌』に見えるとされ、そこでは「午前中に釣銭が尽き、午後に魚が消え、夕方にバケツだけが売れた」とある。これが後に「最悪な1日」と総称された[4]。
学術的には、のがに発表した小論で、年次決算の失敗日と町内の祭礼日が偶然重なった結果、住民が「一年で最も悪い日」として記憶を固定したとされる。なお、この論文では「雨天時にまったく役に立たない帽子」が頻繁に登場し、現在でも要出典とされる箇所が多い。
歴史[編集]
前史[編集]
御奈新ヶ万出は、明治末期に方面と方面の中継地として急速に商業化した地区であった。人の流れが複雑で、帳簿上の在庫と実在の在庫がしばしば一致しなかったため、失敗を「一日」に封じ込める言い回しが生まれたとされる[5]。
また、には地元の新聞『御奈新時報』が、毎年六月にだけ起きる配送事故を「年中行事」と誤って報じたことがあり、これが後の定着に大きく影響した。
制度化[編集]
、地元の商工会が混乱を避けるため、あえてその日に棚卸しを行わない「静穏営業」を導入した。ところが、休業した店ほど翌日に商品が行方不明になるという報告が相次ぎ、かえって伝説は強化された[6]。
の統計によれば、からのあいだに「最悪な1日」に認定された事例は年間平均3.8件であったが、同研究所は調査票の設問が「最悪ですか」「かなり最悪ですか」「非常に最悪ですか」の三択であったため、比較の精度には限界があるとしている。
近年の再解釈[編集]
以降は、商店街の衰退とともに実害よりも観光資源としての側面が強まった。には町おこしの一環として「最悪な1日体験会」が開催され、参加者はわざと買い物を三回失敗し、最後に抽選で紙袋だけを持ち帰る仕組みであった[7]。
一方で、にはSNS上で「御奈新ヶ万出の最悪な1日を再現してみた」という投稿が拡散し、実際に電車の乗り換えが十数分ずれただけで現地住民から苦情が寄せられた。このため、現代では慎重に扱うべき都市イベントとして認識されている。
現象の特徴[編集]
最悪な1日には、いくつかの再現性の高い徴候があるとされる。第一に、午前8時ちょうどにの三つ角で必ず誰かが同じ話を二度する。第二に、商店の看板が1枚だけ反対向きに回転し、第三に、昼食の味噌汁に限って妙に塩辛くなる[8]。
もっとも、これらの徴候は観測者の心理に強く依存するともされる。とくに町内会が配布した『不運観測手引き』では、「不運を数え始めた者はすでに半分巻き込まれている」と記されており、住民のあいだでは半ば戒律のように受け止められている。
社会的影響[編集]
この現象は、の商習慣に独特の規範を生んだ。たとえば、重要な契約は当日に結ばず、代わりに「翌朝九時十一分」に仮調印する慣行が一部の老舗で残っている。また、の一部の観光案内では、あえて「この町には予定外がある」と紹介され、むしろ不確実性が魅力として売られている[9]。
一方で、の内部報告では、悪天候と誤認されたことによる来客減少が最大で12.4%に達した年があるとされる。ただし、この数字は雨傘の売上増加分を除外しておらず、経済学的にはやや不正確である。
批判と論争[編集]
の『都市民俗季報』では、最悪な1日は「住民が失敗を共同体化するための方便にすぎない」と批判された。これに対し地元保存会は、失敗の共同体化こそが町の再生産であると反論し、議論は十年以上続いた[10]。
また、近年は観光化に伴い、実際の生活上の不便が「イベント化」されているとの指摘もある。とくに、毎年6月第3土曜に実施される再現企画では、参加者の88%が「思ったより普通だった」と回答した一方で、残り12%が「なぜか傘だけ壊れた」と答えており、評価は割れている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『御奈新ヶ万出における不運の周期性』帝都風俗調査会紀要 第12巻第3号, 1938, pp. 14-39.
- ^ 佐伯みどり『下町商業圏と集団的不調の成立』都市民俗学研究所出版部, 1967, pp. 201-228.
- ^ Harold T. Mercer, "Seasonal Misfortune and Market Rhythm in Eastern Tokyo", Journal of Urban Folklore, Vol. 8, No. 2, 1974, pp. 55-81.
- ^ 石井玄太郎『静穏営業の失敗史』東京経済古書院, 1981, pp. 73-96.
- ^ Margaret L. Wynn, "The Worst Day as a Civic Narrative", The Bulletin of Civic Anthropology, Vol. 21, No. 4, 1992, pp. 301-330.
- ^ 御奈新ヶ万出保存会編『最悪な1日観測手引き』御奈新ヶ万出資料室, 2004, pp. 1-48.
- ^ 高山秋成『都市の湿気と紙幣の変質』日本気象民俗学会誌 第17巻第1号, 2011, pp. 5-19.
- ^ Eleanor P. Dyer, "Reverse Traffic and Ritual Delay", Proceedings of the Society for Anomalous Geography, Vol. 14, No. 1, 2015, pp. 77-102.
- ^ 中村四郎『御奈新ヶ万出の最悪な一日再考』国立災厄文化研究所報告 第29号, 2019, pp. 88-113.
- ^ 片桐由紀『晴れていても油断するな――都市イベント化された不運の現在』東西民俗叢書, 2022, pp. 132-155.
外部リンク
- 御奈新ヶ万出保存会
- 国立災厄文化研究所アーカイブ
- 都市民俗データベース・ミカン
- 帝都風俗調査会旧蔵写真目録
- 御奈新時報デジタル版