徹子の部屋のインテリア
| 名称 | 徹子の部屋のインテリア |
|---|---|
| 対象 | テレビ番組『徹子の部屋』の美術設計 |
| 初期提唱 | 1976年頃 |
| 主な開発者 | 朝日放送美術局・番組美術班 |
| 用途 | 来客者の緊張緩和と会話誘導 |
| 特徴 | 黒を基調とした家具配置、反射率の低い壁面、視線制御用オブジェ |
| 関連施設 | 東京都港区の六本木収録スタジオ群 |
| 派生様式 | 昭和後期トーク番組内装 |
| 通称 | 部屋設計 |
徹子の部屋のインテリアは、の長寿トーク番組『』において、出演者の心理的緊張を可視化するために設計された舞台装飾体系である。番組美術の一分野として知られ、の番組開始以来、収録現場の空気を左右する要素として発展したとされる[1]。
概要[編集]
徹子の部屋のインテリアとは、において司会者とゲストの距離感を意図的に調整するための、半ば心理学的、半ば儀礼的な舞台装飾である。一般にはソファ、花器、額装、照明の四点で成立すると説明されるが、実際には床材の艶、カーテンの折り返し角度、テーブル上の菓子皿の位置まで厳密に規格化されているとされる。
この様式は、の収録現場で生まれたとされ、制作初期には「会話が硬直しない部屋」を目指していたものが、次第に「硬直しても見栄えのする部屋」へと進化したという説が有力である。また、一般家庭の応接間に似せながら、どこか現実離れした均整を保つことが重要とされ、番組の視聴体験そのものを支える設計思想となった[2]。
成立の経緯[編集]
1970年代の試行錯誤[編集]
の番組開始当初、収録セットは当初から完成していたわけではなく、むしろ複数の喫茶店風内装を急造しては失敗する段階が続いたという。初代美術担当のは、ゲストが着席した瞬間に肩をすくめるのは照明よりも「背後の本棚の詰まり具合」に原因があると考え、書架の冊数をからへと減らしたところ、会話の平均開始時間が短縮されたと報告している[3]。
この時期、床面に薄いグレーのカーペットを敷く案と、木目調のリノリウムを使う案が対立したが、最終的には「靴音が小さすぎると本音も小さくなる」という番組独自の迷信が採用されたとされる。なお、当時の制作会議議事録には、照明器具のコードが長すぎるため「ゲストが人生相談を始めるまでに足を取られる」との記述があるとされるが、出典の所在は確認されていない。
また、初期のセットにはの骨董商から借り受けた屏風が置かれていたが、屏風の金箔が強すぎて司会者の衣装と競合したため、最終的に「会話よりも屏風が主役になる」という理由で撤去された。ここから、徹子の部屋のインテリアは「主役を主張しないが、無個性ではない」という難しい美学を獲得したとされる。
黄金期の定型化[編集]
に入ると、インテリアは急速に定型化した。番組側は、収録ごとに模様替えするよりも、視聴者が「今日はあの部屋だ」と一目で認識できる安定性を重視し、ソファの張地、観葉植物の高さ、花の色調までを固定比率で管理するようになった。特に花器は重要で、を基調とした空間に対して、赤系の花をだけ差す配置が「最も会話がほどける」とされていた。
この頃、番組美術班は独自の内部規格として「徹子寸法」と呼ばれる単位を運用したと伝えられている。これはテーブルの高さを出演者の膝上に収めるというもので、これによりゲストが不用意に身を乗り出さず、結果として受け答えが丁寧になるという理屈であった。実際には計測者によってほど誤差が出ていたともいわれるが、むしろその揺らぎが番組の柔らかさを生んだと評価されている。
一方で、海外ゲストの増加に伴い、室内装飾における「和風の見え方」が問題化した。これを受けて、の助言のもと、直線を増やしすぎない「半和半洋」の設計思想が整備された。これにより、書斎でも客間でもない、独特の会話空間が完成したのである。
改装と論争[編集]
後半には、収録技術の向上によりセット全体の解像感が増し、従来は許容されていた壁紙の織り目や花器の反射が、視聴者の間で妙に注目されるようになった。これを受けての大改装では、壁面の反射率をからに落とし、ソファの背もたれ角をに修正するなど、細部の再設計が行われた。
この改装は一部で激しい論争を呼んだ。特に、古参視聴者の間では「以前の方がゲストが本音を言っていた」「いや、あれは単に照明が暗かっただけだ」と意見が割れたという。また、当時導入された楕円形のサイドテーブルについては、制作スタッフ内で「丸すぎて人生相談に向いていない」と批判されたが、逆に司会者がゲストの話を遮らずにティーカップを置けるため、会話の途切れを防ぐ効果が確認されたとされる。
なお、この改装工事では搬入路の都合から、の裏通りを使って観葉植物が3夜連続で運ばれたという逸話が残る。運搬中に葉先が2回折れたが、翌収録では「少し弱った植物のほうが人間味が出る」としてそのまま使用された。
設計思想[編集]
徹子の部屋のインテリアの核心は、視覚的な豪華さではなく、会話の進行を無意識に補助する配置にあるとされる。たとえばゲストの右肩後方にやや高めのオブジェを置くことで、話題が過去へ遡りやすくなるという説や、テーブルの角を丸くすることで自伝の告白率が上がるという説が、制作現場では半ば真剣に検討されてきた。
また、このインテリアは「沈黙に耐えられる部屋」としても知られている。一般のトーク番組では沈黙が事故として扱われるが、徹子の部屋では沈黙もまた構成要素であり、花器の水音や椅子の軋みが会話の余白を埋める。番組研究者のは、これを「日本のテレビにおける受動的インテリアの完成形」と呼んでいる。
さらに、黒を基調とする配色には、出演者の衣装を際立たせる目的がある一方、司会者自身の存在を背景に溶け込ませる効果もあったとされる。結果として、部屋全体が「話す人を主役にするための黒子」として機能し、その思想は後の情報番組や深夜対談番組にも断続的に継承された。
社会的影響[編集]
徹子の部屋のインテリアは、単なる番組美術にとどまらず、の応接間文化や商談空間の流行にまで影響を与えたとされる。1990年代には、都内の喫茶店や住宅展示場で「徹子調」と呼ばれる黒基調の壁面装飾が流行し、観葉植物の背丈を前後に揃える事例が相次いだ。
また、地方自治体の広報室でも、来客対応の待合室を「緊張しすぎず、軽く詰問される程度」に設計する際の参考事例として本件のインテリアが参照されたという。特に内のある文化会館では、講演会控室にサイドボードを導入したところ、出演者が本番前に長話を始めるようになったため、以後は「徹子効果」として職員会議で報告されるようになった[4]。
もっとも、その影響の大半は視聴者の記憶に依存している。何十年見ても家具の位置が変わらないように見えるため、人々は実際よりも安心して番組を記憶し、その結果として「変わらない部屋」という神話が形成されたのである。
批判と論争[編集]
徹子の部屋のインテリアには、固定化が過ぎるあまり「生きた空間ではなく標本である」とする批判がある。とりわけ美術評論家のは、2007年の論考で、あの部屋は「昭和の親密さを保存する冷蔵庫のような存在」であると評し、一部で賛否を呼んだ。
一方で、制作側は「変わらないこと自体が演出である」と反論している。毎週違うゲストが来るのに、背景だけが異様に安定していることこそが、視聴者に“話しやすさ”を錯覚させるのだという。この理屈は合理的であるが、同時にどこまでが演出でどこからが習慣なのか判然としないため、番組研究においてはしばしば議論の対象となる。
なお、には一度だけ「季節感を出すために大きな雪景色の絵を入れる」案が検討されたが、司会者が「部屋で雪を見せられても寒いだけ」と却下したという。これにより、インテリアの革新は再び静かな微調整の領域に戻ったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 島村恒三『テレビ収録空間における緊張緩和のための色彩設計』日本舞台美術学会誌 Vol.12, 第3号, pp. 41-58, 1981.
- ^ 田島みどり『沈黙を支える家具配置――長寿対談番組の空間分析』放送文化研究 第27巻第4号, pp. 102-119, 1994.
- ^ Margaret L. Whitcombe, “The Black Room and the Guest’s First Breath,” Journal of Broadcast Set Design Vol. 8, No. 2, pp. 15-33, 2001.
- ^ 三浦玲子『昭和の親密さを保存する冷蔵庫としてのテレビ美術』映像批評 第18巻第1号, pp. 7-22, 2007.
- ^ Kenjiro Arai, “Measured Hospitality: The 94-Degree Sofa Problem,” Tokyo Media Studies Review Vol. 5, No. 1, pp. 88-96, 1999.
- ^ 『徹子の部屋 美術台帳 第4集』テレビ朝日アーカイブ室, 1989.
- ^ 中村芳樹『応接間文化と放送セットの相互作用』都市生活史叢書, ぎょうせい, 2003.
- ^ Elizabeth R. Kane, “Flowers, Silence, and the Host: A Semiotic Approach,” Screen Interiors Quarterly Vol. 14, No. 3, pp. 201-217, 2010.
- ^ 佐伯清志『黒い壁紙の日本的受容――港区収録所を中心に』デザイン史評論 第9巻第2号, pp. 55-74, 1997.
- ^ 高橋菜緒『徹子寸法の実務と誤差管理』放送設備月報 第33号, pp. 12-18, 2015.
- ^ Theodore J. Fenwick, “When Plants Become Co-Hosts,” International Journal of Television Atmospherics Vol. 2, No. 4, pp. 61-79, 1987.
外部リンク
- テレビ朝日番組美術アーカイブ
- 日本舞台美術資料館
- 六本木収録文化研究会
- 応接間デザイン史ネットワーク
- トーク番組空間学会