忘れられた二人
| タイトル | 『忘れられた二人』 |
|---|---|
| ジャンル | 記憶喪失×都市伝承×群像劇 |
| 作者 | 相馬 朱理 |
| 出版社 | グリモワール出版 |
| 掲載誌 | 月刊ヴァルキュリア |
| レーベル | ヴァルキュリア・コミックス |
| 連載期間 | 10月号〜9月号 |
| 巻数 | 全13巻 |
| 話数 | 全96話 |
『忘れられた二人』(わすれられたふたり)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『忘れられた二人』は、失われた記憶が都市のインフラに埋め込まれているという設定を軸に、偶然すぎる再会を積み重ねる群像劇として知られている。作中では、主人公たちが「思い出せない」こと自体が“合意されたルール”であると示され、読者は事件の真相よりも先に「なぜ忘れるのか」を考えさせられるとされる。
連載はで行われ、単行本は累計発行部数1,840万部を突破したとされる[2]。なお、作者が公式サイトで言及した「登場人物は合計で“四捨五入できない人間”だけで構成されている」という発言は、ファンの間でやけに細かい考察の起点となった。
制作背景[編集]
本作の着想は、作者であるが大学院で都市の公文書保存を研究していた時期に遡るとされる。当時、彼女はの一部で閲覧端末のログが“年次で丸められている”問題に触れ、「忘却は偶然ではなく設計されうる」という感覚に至ったと述べた[3]。
また、編集担当のは、作品の骨格を「回収できる記憶」と「回収できない記憶」に分けることで、毎号の引きが作りやすくなると提案した。結果として、各話の終盤には必ず“二人分の空白”が配置され、読者が次月号で空白の正体を埋めていく構造になったと説明されている[4]。
ただし、制作現場では「タイトルの“二人”が最終的に誰を指すのか」が年単位で編集会議の議題となり、公式な答えは最後まで固定されなかった。後年、スタッフインタビューで“候補が10名、最終候補が2名、最終案が0.5名分”だったと語られ、いわゆる炎上一歩手前の温度で話題になったという指摘もある[5]。
あらすじ[編集]
本作は「二人」をめぐる記憶の再配置によって展開され、章立ては主にを舞台とした連続事件を中心に構成される。
本節では主要編ごとに要点を述べる。
※以下では章ごとに、作中の“忘却装置”の挙動が少しずつ変化していくため、読者が追うべき条件が編ごとに変わる点が重要である。
あらすじ(七ノ市編)[編集]
七ノ市編では、主人公のが、路面電車の終点でだけ記憶が欠落する奇妙な体験を持つところから始まる。彼が乗車した行きの第12便だけが“車両番号の下一桁”に応じて記憶を削り取るように描かれ、読者は「偶然」ではなく「規則」を疑うよう誘導される。
事件の手がかりとして登場するのが、旧の倉庫で発見された、紙の端を燃やすと“名前が浮かぶ”手順書である。作中ではその手順書がに改訂されたとされ、そこで初めて「忘れられた二人」が“制度名”ではなく“運用上の座標”だと示唆される[6]。
さらに、蓮見は同時刻に同じ改札を通ったはずの少女と出会うが、二人とも互いの存在を想起できない。ここで重要な矛盾が生まれ、「互いを忘れている」ことが恋愛でも犯罪でもなく、第三者による“整合”だと説明されていく。
あらすじ(分岐記録編)[編集]
分岐記録編では、七ノ市の地下に存在するという仮想保管庫「分岐記録庫」が明かされる。分岐記録庫では、人の記憶が“1秒の差で分解”され、時刻が一致しない限り再統合されないとされる。この設定は、作中でやけに具体的な「0.37秒」「2.01秒」などの端数が繰り返し登場し、演出の説得力を高めたと評価されている[7]。
蓮見は記録庫の管理員と協力するが、彼は協力の条件として「忘却に同意した人間だけを救う」と主張する。ここで本作は倫理の問題に踏み込み、同意書の印影が作中のたびたび登場する通り名「二重の輪」によって偽装されていたことが明かされる。
なお、この編の終盤では、読者が“正しい記憶”だと思っていたものが、実は“次に忘れるための下地”だったと示される。一部ではこの捻りが「記憶を現実の敵として扱っている」と批判されたが、作者は「敵ではなく仕様である」とコメントしたとされる[8]。
あらすじ(帰還不能編)[編集]
帰還不能編では、蓮見とミオがようやく同じ記憶を共有しかける。しかし、その瞬間に現れるのが「忘れられた二人」を回収するための“回線監査”チームである。監査チームのリーダーはで、服装は公的機関風だが名札だけが欠損している。作中ではこの欠損が“身分ではなく役割”を示す符号だとされる。
回線監査チームは、二人の過去を“整合化”するために、七ノ市のイベントホールの観客数を1週間単位で補正する。補正数は作中で「合計 14,203人」と提示され、なぜその数字が出てくるのかが読者の最大の謎として残された。後に単行本のおまけ漫画で「チケットの台紙の余白が足し算を要求した」ためだと判明し、細部への執念が称賛された[9]。
最終的に、蓮見とミオは記憶を取り戻す代わりに、“取り戻した記憶が誰かを忘れさせる”副作用を引き受ける。結末は救済と欠落の境界で揺れ、タイトルの“二人”は読者に委ねられる形で閉じられたとされる。
登場人物[編集]
主要人物はとである。レンは“欠落”を恐れるのではなく、欠落の規則性に依存してしまう傾向があり、ミオは“忘却されてもなお話せる”側の強さを持つとされる。
は管理側の人物でありながら、現場の整合が崩れると感情を失う描写が多い。彼は「正しいログより、現場の手触りを信じろ」と言い、読者を現実のログ論へ引き戻す役割を担う。
は回線監査チームのリーダーで、名札欠損のまま交渉を進める。なお、終盤で彼の出身がではなくの“臨時部門”だと判明するが、これは編集が好んで入れた架空官庁の知識が反映されたとされる。
用語・世界観[編集]
本作の中心概念は「忘却運用」と呼ばれる仕組みである。作中では、忘却は単なる能力ではなく、都市の通信・移送・保管の工程に組み込まれた“整合システム”として扱われる。
忘却運用の基盤として語られるのが「分岐記録」と「二重の輪」である。分岐記録は記憶を時間端数まで分解して保管する技術(とされる)であり、二重の輪は同意書の印影を二層に見せる偽装法として描かれた[10]。
また、作中に登場する地名としてのほか、やなどがある。これらは実在の制度名に似た響きを持ちながら、機能は完全に架空であるとされ、読者の“それっぽさ”を支える要素として作用している。
書誌情報[編集]
単行本はレーベルから刊行された。全13巻で、各巻に“忘却されたページ番号”が見開きで隠される仕掛けがあり、ファンが巻末の刷り数まで調べたとされる。
累計発行部数は先述の1,840万部に達し、時点で海外版の導入数が25言語に広がったとする報告がある[11]。ただし、海外版の一部は終盤の“二人”の解釈が検閲対象となり、表現が微調整されたという噂もあり、これが作品の読まれ方を分岐させたと指摘されている。
メディア展開[編集]
テレビアニメ化はに決定し、制作はが担当したとされる。全24話で、オープニングに“0.37秒の足跡”のような象徴カットが繰り返し挿入され、原作ファンは「秒の演出までやってる」と驚いたとされる[12]。
さらに、ゲーム化としては「分岐記録庫:再統合操作」が向けに発売された。ゲームでは、プレイヤーが選んだ会話の“沈黙の長さ”がエンディング分岐に影響するという仕様が話題となり、シリーズ全体の評判に結びついたとされる。
メディアミックスの一環として、ラジオ番組「帰還不能の余白」では、声優が“言い淀み”を計測して台本に反映したと告白され、視聴者の考察熱が加速したという。
反響・評価[編集]
本作は社会現象として扱われることが多く、特に「忘却運用」という言葉がSNSで比喩的に使われた。例えば、重要な予定を忘れることを「分岐記録がずれた」と表現する投稿が増え、雑誌記事側がこの流行を追随したとされる。
一方で、終盤の解釈の余白が大きすぎるとして批判もあった。読者の間では「二重の輪が成立するなら、整合化は可能なはず」という指摘が出て、作者の説明不足ではないかという議論が起きたとされる[13]。
また、あるコラムでは「忘れられた二人」の正体が“制度上の機能”だとする解釈が強い一方、恋愛として読める余地もあると述べられ、評価が二極化した。結果として、学校の読書会や図書館の展示で取り上げられる回数が増えたと報告されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 相馬 朱理「『忘れられた二人』秒数設計の試み」『月刊ヴァルキュリア』第114巻第3号, 2014年, pp.22-31.
- ^ 渡瀬 琢磨「編集現場から見た“空白の引き”の作り方」『グリモワール編集年報』Vol.7, 2015年, pp.41-56.
- ^ 山城 玲「都市伝承と記録の欠落—七ノ市モデルの読解—」『日本図書館表象研究』第19巻第2号, 2016年, pp.77-92.
- ^ Matsukawa, A. & Thornton, M.「Forgetting as Infrastructure: A Fictionalized Study of Split-Time Memory」『Journal of Narrative Systems』Vol.12 No.4, 2017年, pp.301-318.
- ^ Ibrahim, N.「The Two-Blank Device in Serialized Comics」『International Review of Panel Storytelling』Vol.9, 2018年, pp.55-73.
- ^ 運輸通信局 七ノ市支局編『旧倉庫資料目録(改訂第2版)』運輸通信局 七ノ市支局, 1967年.
- ^ 白鷺 カイ(作中記録)「分岐記録の管理規程(抜粋)」『内部資料(非公開扱い)』第3号, 2016年, pp.1-19.
- ^ スタジオ・クレセント制作委員会「テレビアニメ『忘れられた二人』0.37秒カット集」『アニメーション設計論叢』Vol.5, 2019年, pp.120-147.
- ^ 佐倉 由良「メディアミックスにおける“同意”表現」『コミック文化論フォーラム』第8巻第1号, 2020年, pp.9-24.
- ^ バックスリー, R.『Narrative Audits and the Ethics of Recall』Oxford Arc Press, 2019年, pp.88-102.
外部リンク
- ヴァルキュリア・コミックス公式サイト
- 七ノ市データアーカイブ(ファン運営)
- 分岐記録庫・再統合操作 公式ポータル
- スタジオ・クレセント アニメ制作ノート
- 月刊ヴァルキュリア 連載アーカイブ