性教育実習
| 分野 | 教育学・保健医療教育・社会学 |
|---|---|
| 実施主体 | 大学、専門学校、地域教育センター |
| 対象 | 教員養成課程、助産・保健系カリキュラム等 |
| 形式 | 模擬授業、ロールプレイ、教材評価、ケース会議 |
| 評価指標 | 態度尺度、説明精度、同意形成の手順順守 |
| 関連領域 | 性と生殖に関する健康、倫理教育、相談支援 |
| 論点 | 安全配慮、プライバシー、境界線の扱い |
(せいきょういくじっしゅう)は、主として大学・専門教育機関で実施される性教育の体験型訓練である。対象は授業設計や模擬授業、教材運用にまで及ぶとされる[1]。一方で、その運用が「研究」か「現場介入」かをめぐって、しばしば議論の火種になってきたとされる[2]。
概要[編集]
は、性教育を「知識の伝達」から「対話の運用」へ移すための実践科目として位置づけられている。とくに、の言語化、による説明手順の検証、そして模擬集団へのフィードバック手続が、実習の中心であるとされる[1]。
成立の背景には、戦後のが「衛生」中心に再編される過程で、性に関する話題だけが別扱いになり、結果として現場で説明の仕方がばらついたという事情があったとされる。ただし、同領域の制度化は、教育現場の要請だけでなく、当時急増したといわれる「相談件数の可視化」プロジェクトとも結びついて進んだと推定されている[2]。
歴史[編集]
前史:会話を「訓練」にする発想[編集]
性教育は古くから存在していたと考えられるが、として再設計されたのは、1960年代後半に「説明が上手い教員ほど苦情が少ない」という統計を根拠に、対話技法をカリキュラム化する動きが出たことによるとされる[3]。この統計は、内の複数の公立小中学校において、保健室来室者への“短文ヒアリング”を年1回実施し、その応答を「言い換え率」「同意確認率」「誘導語の混入率」で採点した調査に由来すると記録されている[4]。
その調査をまとめたのは、当時の前身部局に出入りしていた教育監査官の橋本律三郎(当時は民間団体所属)であり、彼は「性の話は知識ではなく手順である」と繰り返したとされる[5]。この手順化の結果として、授業後に“説得”と“理解”を混同する事故が減った一方で、逆に「手順に縛られすぎる」という反発も生まれ、実習の輪郭が定まっていったとされる。なお、実習の最初の試験運用はの地域教育センターで、参加学生に配布されたチェックリストが合計で417項目に達したとも伝えられている[6]。
制度化:『同意形成プロトコル』と実技試験[編集]
1978年、が主催した「対話安全性ワークショップ」では、性教育の実技試験が提案され、後のの骨格になったとされる[7]。そこで採用されたのが『』と呼ばれる手順であり、説明者が一連の文を口にする前に、聞き手の理解度を“3段階で言い換え確認”することが求められたとされる。
具体的には、講義担当学生は、(1)用語の定義、(2)身体の変化、(3)関係性の境界の3ブロックに分け、各ブロックの終端で「復唱」「要約」「例の出し直し」を行うことが課されていたとされる[7]。この試験は一見すると丁寧であるが、当時の評価表では「同意確認が30秒以内に完了した場合に満点」という妙に細かい基準が置かれていたと記録されている[8]。結果として、丁寧に話そうとする学生ほど時間超過で減点され、“性教育は優しさではなくテンポである”という誤解が一時的に広まったとも指摘されている[9]。
さらに、実習先の選定には、相談支援の現場を抱えるの教育連携施設が早期から関わり、実地研修の“通し回数”が年間12回と定められた。これにより、学生は毎回同じシナリオを演じるだけでなく、微妙に異なる年齢層(中学1年相当・中学3年相当・高校1年相当)で言い回しを変えることが求められたとされる[10]。
運用と実技の中身[編集]
性教育実習では、まずのレビューが行われる。教材レビューは「語彙の難度」「比喩表現の危険度」「医療情報の境界」の3軸で採点され、危険度が高い比喩(例:身体の名称を料理名で置き換える等)が含まれると修正が義務づけられるとされる[11]。
次に、が実施される。参加学生は説明者役・生徒役・観察者役を順番に交代し、観察者は“聞き手が疑問を持った瞬間の反応”をメモする。ここでの目標は、正しさだけでなく「否定から入らない」ことであり、減点項目として“否定語の連続使用(2回以上)”が挙げられている[12]。なお、初期の実習では生徒役のセリフが完全固定だったが、後に「沈黙」もデータとして扱う方針に転換したとされる[13]。
最後に、ケース会議が行われる。ケース会議では、同意形成プロトコルの遵守率、プライバシー配慮、ならびに“想定外の質問”への応答方針が審査される。この段階で、模擬授業の録画時間が「合計で8分きっかり」「編集カットは最大3箇所まで」というルールがあるとされ、なぜか時間厳守が実務の品質を左右すると信じられてきたと記録されている[14]。
社会的影響[編集]
性教育実習が導入されると、教員養成課程におけるの授業が“説明の型”を持つようになり、学校現場での対応が均質化したとされる[15]。特に、実習生が授業後の小テストを“正答率ではなく迷い率”で評価するようになってから、学級の雰囲気が変わったという報告がある。迷い率が高い単元ほど、後日談として個別相談が増えるためであると解釈されたとされる[16]。
また、実習の波及は教育だけにとどまらず、やの現場でも「説明を短文化する技術」が取り入れられたとされる。ある学会発表では、実習で用いられた“復唱テンプレート”により、初回説明の平均所要時間が41分から33分へ減少したと報告されている[17]。ただし、この短縮が患者の理解を高めたのか、単に会話を省略しただけなのかについては、のちに評価の再点検が行われたとされる[18]。
一方で、社会側には「実習があるなら、学校はいつでも踏み込める」という誤解も生まれたと指摘されている。結果として、保護者説明会で、教員が必要以上に“再現的な話し方”をしてしまうケースが発生し、実習で学ぶはずの境界の扱いが逆に混乱させた可能性があると論じられた[19]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、安全性と倫理の境界である。実習は模擬授業として設計されているにもかかわらず、評価のために“聞き手の反応”を細かく収集するため、個人の感情や過去体験が学習データのように扱われる懸念が指摘された[20]。
とくに有名なのが、1993年にの教育連携施設で行われた試験運用である。そこでは、学生の自己評価と観察者評価のズレを減らす目的で、聞き手役の感情推定を行う簡易質問票が導入されたが、質問が“あなたが怖いのは痛みですか、罪悪感ですか、沈黙ですか”のように段階的であったため、逆に強い負担を与えた可能性があるとされた[21]。なお、この件については当時の運営資料に「質問票の回収率は92.4%」とあり、回収率の数字だけが一人歩きしたとされる[22]。
さらに、実習が「言葉の練習」ではなく「信念の矯正」へ傾いているのではないかという懸念もあった。実技試験の合否が、正しい説明よりも“規定の言い回しを守ったか”に寄りすぎたという批判が出て、のちに審査基準は「手順遵守」から「理解の到達」に寄せられたと報告されている[23]。ただし、その調整が公平さを高めたかどうかは、学内で温度差があるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『対話訓練としての性教育実習』教育出版, 1981.
- ^ M. A. Thornton「Practising Consent: Timed Micro-Confirmations in Classroom Simulation」『Journal of Applied Pedagogy』Vol.12, No.3, pp.41-58, 1986.
- ^ 佐藤明里『チェックリスト教育の功罪』学術図書出版, 1990.
- ^ 国立教育方法研究所『対話安全性ワークショップ報告書(第2集)』国立教育方法研究所, 1978.
- ^ 橋本律三郎『説明のテンポと誤解の発生率』保健学叢書, 1983.
- ^ Klaus Mertens「Beyond Knowledge: Measuring Hesitation in Sexual Health Teaching」『International Review of Health Education』Vol.7, No.1, pp.9-22, 1992.
- ^ 高橋薫子『迷い率で読む学級変化』中央教育研究社, 2001.
- ^ Etsuko Kanno「Privacy as a Training Variable in Practicum Settings」『Ethics in Instruction』Vol.5, No.4, pp.77-96, 2008.
- ^ 田中卓也『性教育実習は何を守るべきか:境界線の設計』日本教育倫理学会, 2015.
- ^ 王立保健教育会編『Timed Consent Protocols and Social Trust』(書名が一部誤植とされる)Royal Health Press, 1999.
外部リンク
- 性教育実習資料アーカイブ
- 対話安全性研究センター
- 教材評価ガイドライン集
- 学校保健実務メモリアル
- 同意形成プロトコル解説板