怪文書偽造罪法
| 題名 | 怪文書偽造罪法 |
|---|---|
| 法令番号 | 63年法律第217号 |
| 種類 | 公法 |
| 効力 | 現行法 |
| 主な内容 | 怪文書の偽造・頒布・電子掲示の規制、調査手続、罰則 |
| 所管 | 総務省 |
| 関連法令 | 情報信頼確保基本法/地域掲示適正化ガイドライン |
| 提出区分 | 閣法 |
怪文書偽造罪法(かいぶんしょぎぞうざいほう、63年法律第217号)は、偽造された怪文書の流通を抑止し、地域社会の秩序と情報信頼性を回復することを目的とするの法律である[1]。略称は。が所管する[2]。
概要[編集]
怪文書偽造罪法は、路地裏の掲示板から大学構内の無人掲示、さらには当時急速に普及していたパケット通信の「手書き風データ貼り付け」まで、怪文書の形態が多様化する中で制定されたとされる法令である[1]。
本法は「怪文書」について一定の形式要件を定め、その偽造、ならびに不特定多数を欺罔する目的での頒布を禁止することで、心理的混乱の拡大を抑える趣旨である。とくに設置の「怪文書審査窓口」へ提出された事案の統計が、全国で「月末に急増する」という報告を受けて立法化されたことが、制定の背景としてしばしば言及されている[2]。
なお、同窓口の試算では、昭和63年度における「偽造疑義の受理件数」が年間で3万1,402件(うち“写真に見える手書き”型が1万2,519件)とされ、地域差も大きかった。もっとも、これらの数値は当時の提出書式に由来する可能性があるとして、のちに再集計の余地が指摘されている[3]。
構成[編集]
本法は全11章および附則から構成され、条文は第1条から第38条までであるとされる。
章立ては、怪文書の定義と適用範囲を定める第1章に続き、製作・取得・保管・頒布・電子掲示の各段階に応じた規制を置く構造になっている。さらに、調査手続として「出所確認のための鑑識提出義務」および「匿名通報の取扱い」に関する規定が設けられる[4]。
一方で、本法の運用は硬直化しないように設計されたと説明されており、「社会通念上、単なる創作であると認められる場合」には一部適用されないとする例外条項が置かれている。ただし、例外の判定は所管官庁の裁量に委ねられている点が、後述の批判につながったとされる[5]。
沿革[編集]
制定の経緯[編集]
怪文書偽造罪法の制定は、61年の「深夜貼り紙連鎖事件」に始まるとされる。事件では、東京都の路面電停付近に貼られた「夜間にだけ鳴る予告札」が起点となり、翌日には神奈川県の複数地点へ“同じ筆圧パターン”の貼り紙が波及したと報じられた[6]。
当時のは指紋捜査を試みたが、紙質やインクのばらつきが大きく、再現性が低いとされた。そこで、筆跡の統計を「怪文書学」として研究していた(当時の私的機関)が、鑑識用テンプレートを無償提供した経緯が語られている[7]。
最終的に、は「怪文書は“発表媒体”ではなく“欺罔装置”として扱うべきである」という整理を採用し、閣議決定により本法案が提出された。なお、法案の作成会議では、“怪文書審査窓口”の試行期間を90日とする案と120日とする案が争われ、最終的に100日(起算日を“掲示物の角が最初に欠けた日”とする謎の取り扱い)で運用されたと、議事録に残る逸話が紹介されている[8]。
主な改正[編集]
施行後、最初の大改正は2年に行われ、電子媒体上の「怪文書風表示」にも適用を広げたとされる。改正の契機は、自治体のオンライン掲示板に“紙の質感を模した”画像が大量に投稿され、デマが“紙媒体と同じ速度”で拡散したという苦情が爆発的に増えたことにある[9]。
次いで11年の改正では、罰則の強度調整が論点となり、「図柄入りの創作怪文書」を一律に罰する運用を避けるため、判断要素として“読者が受け取る合理的理由”を条文化した。具体的には、第24条に「の規定により、内容が笑劇に該当する場合には処罰の対象外となる」とする趣旨が追加されたと説明される[10]。
ただし、この“笑劇”の要件は曖昧で、実際の運用においては、投稿時刻が深夜帯(午後11時から午前3時まで)に偏っていた場合は「不安を狙った」と推定され得るとする通達が出されたとされる。これが「深夜に書くと全部アウト」という誤解を招いたと、のちの審議で問題視された[11]。
主務官庁[編集]
怪文書偽造罪法の所管はである。総務省は、法令の適用に関する判断基準を定めるため、必要に応じて政令・省令および告示を発し、さらに都道府県に対して通達により運用方法を示すことができるとされる[12]。
また、同省内には「怪文書審査窓口」が設置され、違反した場合の通報受付、鑑識資料の保管、そして出所確認のための提出命令を行うと規定する。なお、窓口は全国の地方支分部局を介して調査を行うことが可能であり、その手続は省令で定めるとしている[13]。
一方で、自治体ごとに“判断の揺れ”が生じないよう、総務省が年次で「怪文書判定統一表」を更新する運用が採られているとされる。もっとも、当該表は非公開部分が多く、学識者から「要出典ではなく要不透明」といった揶揄が出たことがある[14]。
定義[編集]
本法において、「怪文書」とは、第2条に規定する一定の外形要件を満たす媒体をいう。具体的には、(1) 手書き風の記載、(2) 受け手に対する限定的恐怖または期待の喚起、(3) “真偽不確定”であることをあえて示す文言、のいずれか二つを含むものとされる[15]。
また、「偽造」とは、の規定により作成者を偽ること、ならびに真正性を偽装するための素材(紙、インク、フォントの模擬)を用いることを指すとされる。さらに、「頒布」とは、を定める行為として、掲示、配布、電子掲示、リンク拡散(ただし単なる閲覧は含まない)を含むものとする[16]。
なお、第7条では“免責となり得る類型”として、創作である旨の注記が明確で、かつ受け手に対して欺罔の恐れが低い場合には適用されないと規定される。ただし、注記が赤字で囲まれている場合は「隠蔽の可能性」があるとして例外扱いを狭める運用が、告示で示されたとされる[17]。
罰則[編集]
本法の罰則は、第30条から第38条までに規定され、違反した場合には、罰金または懲役刑が科され得るとされる。
第31条では、偽造した怪文書を頒布した者に対し、3年以下の懲役または300万円以下の罰金を科す旨が定められる。さらに、複数地点に連鎖拡散させた場合(第32条)には、上限が5年以下の懲役または800万円以下に引き上げられるとされる[18]。
また、第35条には「虚偽の出所表示を目的とする保管」の罰則が置かれ、義務を課すように見えるが実際には“保管の段階でも推定が働く”ため、捜査の範囲が広がりやすいと指摘されている[19]。ただし、の趣旨として“未遂”にも同等の評価がされるわけではないとして、附則に例外の運用が追記されたともされる[20]。
問題点・批判[編集]
怪文書偽造罪法には、いくつかの問題点・批判があるとされる。とくに、定義要件が形式的であるため、創作物や演劇告知が「欺罔装置」と誤認される恐れがある点が指摘されている[21]。
学術界では、筆跡統計に基づく認定が、文化的差異や個人差を過小評価するのではないかという議論がある。帝都筆跡研究所の関与が大きかったこと自体は“迅速な立法”として評価されたが、代わりに「研究所のテンプレートに似ていることが犯人性になる」ような運用懸念が生じたとされた[22]。
また、深夜帯の投稿・掲示が多い場合に推定が強くなる運用は、表現の自由への萎縮につながるとの批判が強い。もっとも、所管官庁は「禁止されるのは恐怖の売買であり、創作そのものではない」と説明するが、実務上は“線引き”が難しいとされている。加えて、違反した場合の立証負担が市民側に偏る場面があることから、弁護士団体からは「紙と人を混ぜて裁くな」という趣旨の声明が出されたとも報じられた[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中康雄『怪文書偽造罪法の逐条解説(第1版)』勁草書房, 1992.
- ^ Margaret A. Thornton「Paper-Texture Evidence and the Offence of “Kaibunsho”」『Journal of Forensic Media Law』Vol.12 No.3, 1991.
- ^ 鈴木節子『掲示と社会不安—昭和末期の制度設計』日本評論社, 1989.
- ^ Klaus Reinhardt「Broadcast Panic and Juridical Response in Late Showa Japan」『Asian Criminology Review』Vol.7 No.1, 1990.
- ^ 内閣法制局『立法資料:怪文書偽造罪法案の審査要旨』法制局資料, 1988.
- ^ 【平成】審査実務研究会『怪文書審査窓口実務の手引(改訂版)』ぎょうせい, 2000.
- ^ 中村光一『電子掲示時代の“偽造”概念—第2条再考』法律時報, 第78巻第6号, 1998.
- ^ Eiko Nishimura「The Unreasonable Precision of Midnight Presumptions」『Tokyo Law & Technology』Vol.4 No.2, 2003.
- ^ 渡辺精一郎『筆圧テンプレートの犯罪学』新星出版社, 1997.
- ^ 松本亮『要出典をめぐる行政運用—総務省告示の読み方』行政法学会叢書, 2005.
外部リンク
- 怪文書審査窓口公式記録
- 総務省・法令運用アーカイブ
- 帝都筆跡研究所デジタル資料室
- 深夜貼り紙連鎖事件アーカイブ
- 地域掲示適正化プロトコル