恐怖症恐怖症
| 分類 | 恐れの二次感情(恐怖症の恐れ) |
|---|---|
| 関連領域 | 臨床心理学・行動療法研究・社会不安の周縁 |
| 主な症状 | 自己ラベリングの強化、回避の拡大、情報過剰探索 |
| 発症仮説 | 条件づけ・メタ認知・安全行動の固定化 |
| 代表的対応 | 段階的暴露、言語化の再訓練、安心手続の廃止 |
| 初期報告とされる時期 | 1980年代後半(周縁文献) |
| 研究の中心地 | の“恐れ研究連盟”関連施設 |
(きょうふしょうきょうふしょう)は、恐怖症そのものに対する強い恐れとして記述されることがある概念である[1]。医学・心理学の周辺領域では、回避行動や自己観察の過剰が連鎖し、日常生活に波及するとされている[2]。一方で用語の定義には揺れがあり、「恐れる対象が恐怖」という循環として語られることが多い[3]。
概要[編集]
は、ある人物が「自分が将来、ある恐怖症になってしまうのではないか」という予期不安を強く抱き、その予期それ自体を危険視する状態として記述されることが多い概念である[4]。
臨床現場では、恐怖の対象(たとえば高所や閉鎖空間など)よりも、「恐怖症になること」「恐怖症と診断されること」「恐怖のラベルが貼られること」に重点が移行していく経過が報告されるとされる[5]。このため、恐怖症の克服を目標としたはずの行動が、逆に“恐怖症の再発管理”へ変質しやすい点が特徴とされている[6]。
また、概念名からも推測される通り、恐れが恐れを生み、評価のループが自己強化される様式として語られやすい。特に自己観察の細分化(「今、心拍が上がった。これは恐怖症の前兆だ」)が加速すると、行動選択が全面的に“予防”へ寄ってしまうとされる[7]。
定義と選定基準[編集]
「恐怖症恐怖症」という呼称は、恐怖症の診断名ではなく、恐怖症“の構造”を二次的に恐れるという運用上の枠組みとして広まった経緯が語られている[8]。そのため、同じ症状を見ても研究グループによって用語の扱いが異なるとされる。
一覧的な選定基準としては、(1) 恐怖の対象が明確であるかどうかにかかわらず、(2) 「恐怖症になる未来」または「恐怖症と判定される可能性」に反応し、(3) それにより回避や確認行動が増える、という3条件が採用されることが多いとされる[9]。ただし、(2)の“未来”要素が希薄な場合は、別の枠組み(自己不確実性耐性の低下など)へ分類し直す研究者もいる[10]。
なお、周縁的な症状記述としては、恐怖症関連の情報(自己診断チェックリスト、体験談、掲示板まとめ)を読んでいるにもかかわらず、読み終えた瞬間に「これで自分は確定した」と感じる“確定反射”が挙げられることがある[11]。一方で、情報摂取が不安の低下に働く例もあるため、因果の方向は単純ではないとする指摘もある[12]。
歴史[編集]
起源:気象予報から始まった“恐れの予報学”[編集]
この概念が成立した経緯として、気象予報の言い回しが“感情の予報”に転用されたのが発端だとする説がある[13]。すなわちにの広報で導入された「発生確率○%」という表現が、のちに民間の健康講座へ流入し、「恐怖症の発生確率」として比喩的に使われたという筋書きである[14]。
説によれば、にの新興出版社が刊行した『不安の確率論入門』が“恐怖症になるかもしれない”という予期を数値で扱う形式を普及させたとされる[15]。その後、の非常勤講師であった架空の人物が、患者の不安を「イベントではなくラベルの期待」として再解釈する講義ノートを配布したことが、概念の初期形になったと語られている[16]。
ただし、当時の学術誌に「恐怖症恐怖症」という語が登場した記録は乏しく、むしろ“恐怖症の二次反応”という記述が散発していたとされる[17]。このギャップがのちの論争の火種になったとされている。
発展:恐れ研究連盟と“自己ラベリング療法”の競争[編集]
頃、を拠点にした研究者グループ「恐れ研究連盟(Fear Research Federation)」が、二次不安の評価尺度を統一しようとしていた時期があるとされる[18]。彼らは恐怖症関連の質問紙を“ラベル恐れ”専用の項目へ言い換える改訂を行い、回答パターンを偏差の低い順に並べ替えた[19]。
その際に、回答所要時間が平均で22秒増える群が“恐怖症恐怖症っぽい”と統計的に扱われたことが、後の細部の有名な数字につながったとされる[20]。連盟の内部報告では、対象の想起から不安ピークまでの遅延が平均41秒で、ピーク後に再確認行動が生じる割合が7.3%だったと記録されているとされる[21]。いずれも後から検証不能な値として扱われ、現在では“物語の味方をする数字”として引用されることが多い[22]。
一方で、連盟の対抗グループである「環境調整行動研究会(Environmental Adjustment & Behavior Society)」は、ラベル恐れを否定せずとも“安全行動の学習”が主因だと主張した[23]。彼らはに都市型データ収集センター(架空施設としての地下階に設けられたとされる)を使い、恐怖症情報の閲覧頻度と、翌日の回避行動の増分が比例するとするモデルを提示した[24]。
この二つの流派の競争により、「恐怖症恐怖症」は恐れの内容ではなく、恐れの“管理形式”を対象にする概念へ拡張されていったとまとめられている[25]。
社会への影響:診断文化と“検索恐怖”の拡大[編集]
概念が注目された結果として、医療・教育・企業研修で「不安の扱い方」が“規格化”されていったとされる[26]。特に以降、ウェブ上で自己診断チェックリストが広がると、「自分は恐怖症だ」と知ることが目的から“恐怖症であることへの恐怖”へ転倒しうる、とする啓発記事が増えた[27]。
にはの検討会の議事録に「診断情報の摂取が新たな不安を誘発し得る」との言及があったとされ、ここから“検索恐怖”という補助語が同時期に流行したと説明されることがある[28]。もっとも、議事録そのものの該当箇所は引用のされ方によって変わるとされ、出典の確度には議論が残る[29]。
社会的には、恐怖症を治すための心理教育が、逆に“恐怖症を連想する儀式”として定着してしまう事態が報告された。たとえば職場では、健康診断後に渡されるストレス関連資料を開封する前に深呼吸手順を行うようになり、開封行為が儀礼化したケースが「恐怖症恐怖症に似た二次不安」の例として紹介されたとされる[30]。
症状・経過と代表的エピソード[編集]
臨床記述では、恐怖症恐怖症はしばしば「予期の連鎖」として語られる[31]。本人は当面の恐怖の対象を避けるだけでなく、「避けていること」や「避けたい気持ち」そのものを観察し、さらに強い結論へ飛びつく傾向があるとされる。
代表的エピソードとして、のコールセンター勤務者が、通勤電車に乗る前に“恐怖症の気配チェック”を開始し、毎朝のチェック項目が24個に膨れ上がった事例がしばしば引用される[32]。彼女は「1項目ごとに安心が増える」つもりだったが、チェックが完了しないと逆に不安が増すようになり、最終的にチェックリストの最終欄にだけ「ここまで来たら大丈夫」と手書きで付け足したという[33]。研究ノートには、付け足しの筆圧が通常より1.6倍だったという妙に具体的な記述が残っているとされる[34]。
また、SNS・掲示板文化との相性として、“症状報告を読むほど症状が増える”という循環が語られることもある[35]。ある学生は「恐怖症恐怖症かもしれない」という書き込みを見てから自分の呼吸数を数えるようになり、結果として呼吸数が落ち着くまで数え続ける癖が定着したという[36]。このように、安心行為が“測定行為の完了”へ置き換わると、安心が条件付きになりやすいとされる[37]。
経過としては、恐怖症恐怖症は一時的に落ち着く場合がある一方で、診断語を見聞きする環境に戻ると再燃しやすいとする説がある[38]。ただし回復の手段としては、安心行動の中止や、恐れの言語化を“予言”から“出来事”へ戻す訓練が提案されている[39]。
批判と論争[編集]
批判としては、恐怖症恐怖症が症状の説明として便利すぎるあまり、診断境界が曖昧になる点が指摘されている[40]。すなわち、「恐怖症の恐れ」という言い方は広範な自己不安を吸収してしまい、何を根拠に特定の枠へ入れるのかが定義だけでは追えないという問題があるとされる[41]。
また、初期の統計を裏づける資料が見つからないという点があり、特にの「22秒増」「41秒遅延」といった値は、当時の集計様式が不明であるとして疑問視されている[42]。その一方で、値を“厳密な測定”として扱うより、「現象を言語化するための比喩」として読むべきだ、という擁護もある[43]。
さらに、企業研修での導入例が増えたことに対しては、“恐れを管理する訓練”が逆に監視的な文化を作るのではないか、という懸念が示された[44]。ある提案書では、従業員がストレス資料を読んだ後に「不安スコアを自己報告する」手順が推奨されたが、参加者の中に自己報告の開始だけで不安が跳ね上がる例が出てしまい、手順が“儀礼化”したとされる[45]。
要するに、恐怖症恐怖症という語が、治療にも教育にも使われるほど便利になったことで、むしろ運用の副作用(ラベル化の増幅)が議論の中心になっていったとまとめられている[46]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「恐怖症の二次反応に関する講義ノート」『臨床心理学通信』第12巻第3号, pp. 41-58, 1951年.
- ^ M. A. Thornton「Anticipatory Labeling in Anxiety Loops」『Journal of Behavioral Futures』Vol. 7, No. 2, pp. 101-129, 1989.
- ^ 佐伯由紀子「“恐怖症になる未来”の測定試案」『心理測定研究』第5巻第1号, pp. 12-27, 1990年.
- ^ Fear Research Federation「恐れ研究連盟年次報告:二次不安の応用統計」『連盟資料叢書』第3号, pp. 1-86, 1988年.
- ^ Hiroshi Kuroda「Delay-to-Peak Dynamics in Phobic Self-Monitoring」『International Review of Cognitive-Behavioral Modeling』Vol. 14, Issue 4, pp. 330-352, 1993.
- ^ 環境調整行動研究会「情報閲覧が回避行動を増幅する機序」『行動調整年報』第9巻第2号, pp. 77-95, 1992年.
- ^ C. R. Patel「Ritualization of Safety Procedures in Modern Workplaces」『Workplace Mental Health Quarterly』Vol. 2, No. 1, pp. 9-33, 2001.
- ^ 厚生労働省検討会「診断情報の摂取と二次不安」『公衆心理対策資料集』第21集, pp. 205-219, 2003年.
- ^ 鈴木一馬「検索恐怖と自己観察の条件化」『日本不安学雑誌』第18巻第6号, pp. 501-530, 2004年.
- ^ B. L. Novak「Phobophobia as a Communication Artifact」『Theoretical Notes in Affect Studies』第1巻第1号, pp. 1-14, 1997年.
外部リンク
- 恐れ研究連盟アーカイブ
- 検索恐怖データポータル
- 自己ラベリング療法・公開講義
- 不安の確率論 仮想図書館
- 職場儀礼と安全行動 研究会