敬語の適切な使用に関する法律
| 題名 | 敬語の適切な使用に関する法律 |
|---|---|
| 法令番号 | 昭和47年法律第118号 |
| 種類 | 公法 |
| 効力 | 現行法 |
| 主な内容 | 公的場面における敬語の分類、運用基準、違反時の是正手続 |
| 所管 | 総務省 |
| 関連法令 | 公的対話標準法、行政文体整序法、国語運用基本令 |
| 提出区分 | 閣法 |
敬語の適切な使用に関する法律(けいごのてきせつなしようにかんするほうりつ、47年法律第118号)は、における敬語表現の適正化と、職務上の対人摩擦の予防を目的とするの法律である[1]。が所管する。略称は「敬語適正法」である。
概要[編集]
敬語の適切な使用に関する法律は、、および準公的機関における敬語の用法を統一し、対話の誤解、過度のへりくだり、ならびに不適切な尊称の連鎖を防止するために制定されたとされる法令である。第1条において「敬語の社会的機能の維持」を掲げ、同時に「必要以上の過剰丁寧語を抑制する」ことを趣旨としている。
本法は、46年の「庁内文体騒擾事件」を契機として起草されたと伝えられている。同事件では、窓口対応の職員が相手方に対し「恐れ入りますが、もし差し支えなければご尊顔を拝見してもよろしいでしょうか」と発言し、申請者が書類を取り落としたことが記録されている。これを受け、内に「敬語整序準備会」が設置され、翌年に法案がへ提出された。
制定背景[編集]
制定背景には、戦後の行政文書がとして硬直化し、窓口口語が過度に儀礼化したことへの反動があったとされる。とくに後半、内の一部区役所では、来庁者に対し三段重ねの尊敬語を用いる慣行が広まり、1件の住民票交付に平均7分の挨拶が必要になったという報告が残る[2]。
位置づけ[編集]
本法はに属するが、形式上はとの双方に跨る独特の法令とされる。学説上は「言語を規制する珍しい公法」と整理される一方、実務では「窓口の空気を整えるための運用法」と呼ばれることが多い。
構成[編集]
本法は全5章31条および附則2項からなり、条文構成は比較的簡潔であるが、実際にはと、ならびに告示が多数ぶら下がる形式を採っている。第2章では敬語の区分、第3章では適用範囲、第4章では違反時の是正、第5章では教育・啓発を定める。
特徴的なのは、第7条から第12条にかけて「過剰丁寧語」「敬称の二重付与」「自己卑下の連鎖」など、通常の法令には見られない概念が明文化されている点である。なお、附則第2項には「施行の日から起算して90日以内に、各機関は窓口用敬語表を掲示しなければならない」と規定され、掲示用ポスターの自治体ごとの書式差が後年の批判対象となった。
条文上の主要規定[編集]
第3条は「公的対話においては、相手方の地位、年齢、用件の緊急性を総合考慮し、必要最小限の敬語を用いるものとする」と定める。第8条は「尊称の多重使用」を禁止し、第11条は「お伺いさせていただく」などの重複謙譲表現を抑制する趣旨を示している。
運用上の特徴[編集]
運用上は、各機関に「敬語監察補佐員」を置くことができるとされ、職員研修では式の文例ではなく、架空の「適正応答テンプレート」が配布された。これにより、窓口での応答時間が平均14秒短縮されたとされるが、出典の精度には疑義がある。
沿革[編集]
制定の経緯[編集]
46年、との合同研究班が、全国86庁舎を対象に「敬語疲労度調査」を実施した。この調査では、来庁者の38.4%が「職員の敬語が丁寧すぎて自分が悪いことをした気分になる」と回答し、また職員側の21.7%が「敬語を整えているうちに用件を失念する」と答えたとされる。これを受けて自治大臣が法制化を指示した、というのが通説である。
主な改正[編集]
58年改正では、電話応対における「お電話をお取り次ぎさせていただく」の使用基準が緩和された。7年改正では、電子メールでの冒頭挨拶が条文上の対象に加えられ、元年改正ではチャットシステム上の短文応答が新たに規律された。なお、令和元年の改正審議では、議員の一人が「既読を付ける前に敬語を整える必要がある」と発言し、議事録に半ページの注記が残ったとされる。
施行後の展開[編集]
施行後、との一部自治体では独自の指針を制定し、窓口の挨拶順序を「起立→会釈→確認→用件」の4段階に統一した。一方で、のある町では、冬季に「お足元の悪い中」を年間平均183日使用することになり、現場から形式化の弊害が指摘された。
主務官庁[編集]
主務官庁はであり、実施上は自治行政局内の「接遇整序課」が中心的役割を担うとされる。関連する技術的助言はが行い、教育現場向けの参考資料はとの協議を経て作成される。
また、都道府県レベルでは「敬語監督員」が置かれることがあり、では年2回の巡回調査が義務づけられている。もっとも、監督は実地の取り締まりというより、苦情件数の集計と文体の是正勧告に重きが置かれている。
所管事務[編集]
所管事務には、敬語基準の告示、職員研修の標準化、ならびに違反事例の収集が含まれる。特にに基づき、「過剰なへりくだりは公共の利益を損なうおそれがある」との通達が毎年度更新される。
関連機関[編集]
関連機関としては、、、および非公開の「敬語実務懇話会」があるとされる。後者は1970年代に発足したが、会合の議事録の多くが「ご査収ください」の書式確認に費やされたという。
定義[編集]
第2条以下では、本法における主要用語が定義されている。「敬語」とは、尊敬語、謙譲語、丁寧語および準丁寧語を含むものとされ、「適切な使用」とは、相手方との社会的関係および業務上の必要に照らし、過不足なく用いることをいう。
また、「公的対話」とは、の窓口、電話、電子文書、ならびに法令により準じることとされた委託窓口におけるやり取りを指す。「過剰丁寧語」とは、意味内容を変えないまま文末だけが増殖する表現をいうとされ、代表例として「〜していただけますと幸甚に存じ上げ奉ります」が挙げられる。
一方で、「特例応答」と呼ばれる概念も存在し、災害対応、救急、選挙、税務調査の場面では、敬語の段階を一時的に緩和してよいとされる。これについてはこの限りでない、という条文の書きぶりがしばしば法学部の試験問題に用いられた。
主要用語の解釈[編集]
「尊称の二重付与」は、例えば「田中様様」のような反復を指すとされるが、実務上は「部長殿様」など半ば慣用化した表現も含まれるとされた時期がある。これに対し、12年の通知では、反復敬称は「本人の格を高めるのではなく、文体の摩耗を招く」として原則禁止された。
適用範囲[編集]
適用されるのは原則としておよびであるが、受託事業者、指定管理者、独立行政法人の一部にも準用される。なお、議場内の答弁や裁判所における証言では、別法令との関係で一部規定が緩和される。
罰則[編集]
違反した場合、まず是正勧告が行われ、それでも改善が見られないときは「敬語再教育命令」が出される。第24条は、重大な違反として、相手の職名を3回以上連続で読み違えた場合、または不必要な尊敬表現により手続が20分以上遅延した場合を定める。
罰則としては、6月以下の「応対観察」、20万円以下の「文体改善金」、および最長30日間の「定型文暗唱研修」がある。とくに再教育命令に従わない者については、受付業務から一時的に外されることがあり、これを現場では「静かな窓口移動」と呼ぶという。
なお、悪質な事例として、2011年にの某合同庁舎で「ご足労をおかけしないように、わざわざお越しいただきまして誠にありがとうございます」という二重否定的敬語が問題となり、職員3名が始末書を提出したとされる。
軽微違反[編集]
軽微違反には、文末の「です・ます」の乱用、相手方に対する不要な自称の長文化、及び挨拶の重複が含まれる。初回であれば口頭注意にとどまり、2回目以降は研修受講が命じられる。
重大違反[編集]
重大違反には、相手方を過度に恐縮させる表現、法令用語と敬語の混同、並びに窓口での敬語放棄が含まれる。特に「お忙しいところ大変恐縮ですが、ただいまからご説明のほうをさせていただいてもよろしゅうございますでしょうか」のような文が3行にわたる場合、内部監査で高確率に指摘される。
問題点・批判[編集]
本法に対しては、言語表現を法律で規律すること自体が過剰であるとの批判が根強い。法学者のは、1979年の論文で「行政の礼節を条文化すると、条文が礼を尽くしすぎて逆に命令性を失う」と述べたとされる[3]。
また、地域差への対応が不十分であるとの指摘もある。関西圏では親密表現との境界が曖昧になりやすく、東北圏では語尾の柔らかさが逆に「規律違反」と誤認されることがあった。さらに、若年層の行政利用者からは「敬語の正誤で手続の本質が見えにくい」との意見も提出され、の意識調査では、賛成34.1%、反対41.8%、どちらともいえない24.1%であったとされる。
一方で、支持派は「本法があることで窓口の心理的安全性が高まった」と主張する。とくにの住民窓口では、導入後に苦情件数が年間62件減少したという報告があり、これをもって一定の効果を認める見解もある。ただし、この数値は年度末のポスター刷新分を含むかどうかで解釈が分かれる。
学術的批判[編集]
言語政策研究では、本法が「正しさ」ではなく「気まずさの管理」を制度化したにすぎないとの評価がある。とりわけ第11条の運用は、現場に定型文依存を生み、結果として対話の個別性を損ねたと指摘されている。
現場の実情[編集]
現場では、条文を厳密に守るほど会話が長くなるという逆説が生じた。ある区役所では、1件あたりの平均応対時間が法施行前の4分12秒から5分01秒へ延びたが、利用者満足度は横ばいであったという。
脚注[編集]
1. 法律名・法律番号・所管の記述は、編『公的接遇法令集』によるとされる。 2. 庁内文体騒擾事件の詳細は、所蔵の会議録に基づくとされる。 3. 佐伯隆一「行政礼節の条文化と対話の硬直」『日本行政言語学会誌』第8巻第2号、pp. 41-57。 4. 敬語疲労度調査の数値は、当時の速報値と最終報告で差があるため、引用時には注意を要する。
関連項目[編集]
公的対話標準法
行政文体整序法
国語運用基本令
敬語監察補佐員
過剰丁寧語
窓口接遇基準
自治体文体監査
準丁寧語
脚注
- ^ 松浦一彦『敬語行政の成立史』有斐閣, 1981.
- ^ 佐伯隆一「行政礼節の条文化と対話の硬直」『日本行政言語学会誌』第8巻第2号, pp. 41-57, 1979.
- ^ Harriet L. Morgan, “Politeness as Public Policy,” The Journal of Civic Linguistics, Vol. 12, No. 3, pp. 201-226, 1984.
- ^ 中野冴子『窓口敬語の実務と罰則』ぎょうせい, 1992.
- ^ 青木真人「自治体における過剰丁寧語の抑制」『地方行政評論』第19巻第4号, pp. 88-104, 2001.
- ^ Dr. Kenneth P. Weller, “Honorific Compliance and Administrative Delay,” Public Administration Review Supplement, Vol. 7, pp. 19-33, 1990.
- ^ 文化庁国語課監修『敬語適正化ガイドライン』第一法規, 2015.
- ^ 小林珠美『敬語と法のあいだ』岩波書店, 2009.
- ^ 総務省自治行政局『公的接遇白書』2020年版, 2020.
- ^ 田所修一「チャット時代の敬語運用に関する一考察」『電子行政研究』第3巻第1号, pp. 5-18, 2021.
- ^ Margaret A. Thornton, “The Parliamentary Use of Softened Commands,” Cambridge Civic Papers, Vol. 4, pp. 77-93, 1976.
- ^ 石原みどり『ご査収くださいの社会史』中央法規出版, 2018.
外部リンク
- 総務省接遇整序室
- 日本公的対話学会
- 自治文書館デジタルアーカイブ
- 敬語監察協会
- 行政文体研究ネット