日本における義務教育歴抹消および能力調整・強制再履修制度
| 正式名称 | 日本における義務教育歴抹消および能力調整・強制再履修制度 |
|---|---|
| 通称 | 歴抹消制度、能力調整制度、再履修令 |
| 主管 | 文部省教育再配置局 |
| 導入 | 1987年 |
| 対象 | 9歳から29歳までの学齢・未学齢者 |
| 運用地域 | 全国(特定調整区を除く) |
| 関連法令 | 義務教育再編特別措置法、能力指数補正令 |
| 廃止 | 2004年(段階的廃止) |
日本における義務教育歴抹消および能力調整・強制再履修制度(にほんにおけるぎむきょういくれきまっしょうおよびのうりょくちょうせい・きょうせいさいりしゅうせいど)は、においての修了記録を一時的に抹消し、年齢や学力の再評価に応じて教育段階を再配置する制度である。主に末期の学力偏在是正政策を起源とし、のちにとの共同通達によって制度化されたとされる[1]。
概要[編集]
本制度は、義務教育を修了した者のうち、一定の条件に該当する者について、学籍上の修了履歴を抹消し、再度または相当の課程を履修させる仕組みである。名目上は「能力の再調整」であるが、実務上はが作成する能力指数表に基づき、個々人の算数・国語・集団行動適性を再評価する制度として知られていた[2]。
制度の対象は主に、転校回数が多い児童、標準偏差を大きく下回るか上回る学力を示した生徒、ならびに「学級内で将来の職業適性に混乱を与えるおそれがある」と判定された者である。なお、1991年改正以後は成人にも拡大され、との一部では、会社員が夜間再履修コースに送致される事例が確認されていたとされる[3]。
この制度は、当初は教育政策であったが、しだいに戸籍整理、雇用適性、さらには婚姻調整まで波及し、1980年代後半から1990年代前半にかけて「学歴の一回性」を揺るがす象徴的な行政装置とみなされた。一方で、再履修の対象に選ばれた者の中には、給食当番の技術が著しく高いことを理由に上級生へ編入された者もいたとされ、制度運用の恣意性がしばしば批判された。
成立の経緯[編集]
学力偏在対策としての発端[編集]
制度の原型は、にで起きたとされる「算数過飽和事件」に求められる。これは、特定の学級で分数の理解が平均を大幅に上回った結果、教員が授業進行を維持できなくなり、学級全体を一度三年生に戻したことから始まったとされる[4]。当時の記録では、九九を先に覚えた児童が教室の空気を支配し、黒板に独自の小数計算法を書き足していたという。
この事案を受けては「学力の過熟化は学級秩序を損なう」との見解を示し、全国に先駆けてとにおいて試験的な能力調整プログラムを実施した。初年度は対象者312人のうち47人が再履修を命じられ、そのうち18人は再び同じ学年で最優秀賞を受けたため、制度の目的が曖昧であると報じられた[5]。
制度化と省庁間の調整[編集]
、とは共同で「義務教育再編特別措置法案要綱」をまとめ、これにより修了歴の抹消が法的に可能となった。法案策定の際には、が「再履修は長期的には塾産業の需要を平準化する」と試算し、逆には「再履修者の昼寝時間が増えることで医療費が軽減する」と主張したとされる[6]。
国会審議では、「一度覚えた漢字を再び習わせることにどのような公共性があるのか」が争点となったが、最終的には「教育とは、履歴を管理する技術である」とした附帯決議が採択された。この文言は、後年まで官僚文書の定型句として引用された。
全国展開と現場運用[編集]
全国運用は春学期から本格化した。各都道府県には「能力調整室」が設けられ、児童生徒は定期健診のような形式で「読み書き計測会」に参加させられた。測定は、ひらがなの反復速度、跳び箱への躊躇時間、そして「友人に説明する際の語彙の均質性」の三項目で行われたとされる[7]。
現場では、再履修を命じる際に赤い封筒が配布され、封筒の厚みで再履修年数が推測できるとして保護者の間で話題になった。とくにの一部では、封筒の重量をめぐって教師とPTAが対立し、最終的に重量は「手旗信号で知らせる」方式に改められたという逸話が残る。
制度の仕組み[編集]
制度は三段階で構成されていた。第一段階は「歴抹消審査」であり、ここでは学籍簿の原本に朱線を引き、修了印を斜めに押し直すことで、履歴を形式上無効化した。第二段階は「能力調整」であり、が監修した指数式により、本人の基礎学力をAからFまでの6区分に再分類した。第三段階が「強制再履修」で、指数がC以下と判定された場合は、半年から最長3年の再入学が命じられた[8]。
実施にあたっては、本人の年齢よりも「教室での沈黙の長さ」が重視されたとされる。たとえば、あるの事例では、数学の答案を提出するまでに14分以上沈黙した生徒が「思考の停滞が制度上の再学習を要する」と判断され、同年齢のまま2年生へ戻された。
また、再履修者は制服の左袖に「R」章を付けることが義務づけられたが、1992年以降は目立ちすぎるとして、の提案により胸ポケット内側に縫い込む方式へ変更された。この改正は「見えない差別化」として当時の新聞で大きく報じられた。
社会的影響[編集]
制度は教育現場に強い影響を与えた。学級担任は、児童の成績だけでなく「再履修候補相当性」を常時観察する必要があり、連絡帳には出欠のほか「本日の自発的理解度」が記入された。これにより、いくつかの学校では授業参観が事実上の選抜試験となり、保護者が椅子に座る速度まで採点されるようになったとされる。
一方で、制度は地域経済にも波及した。再履修対象者向けの文房具市場が拡大し、では「二度目の習字セット」や「再算数用の赤鉛筆」が流行した。また、学習塾のなかには「強制再履修対応コース」を設け、通常の補習よりもむしろ高額な月謝を設定する事業者も現れた[9]。
なお、制度を経験した世代の一部は、成人後に「学年を二回通った」という経歴を履歴書に書くことができず、就職面接で極端に曖昧な自己紹介をする傾向があったとされる。このため、1990年代後半にはの面接指導に「再履修歴の説明法」が追加された。
批判と論争[編集]
制度に対しては、当初から人権侵害との批判があった。とくには、修了歴の抹消が個人の教育人格を行政が任意に書き換える行為であるとして、複数回にわたり意見書を提出した[10]。ただし、当時の省庁側は「抹消は削除ではなく再配置である」と説明し、言葉の定義をめぐる応酬が長期化した。
また、再履修対象の選定基準が不透明であったことから、「机の上に消しゴムを2個置いた者が優先的に選ばれる」「朝礼で姿勢が良すぎる児童は逆に警戒される」といった都市伝説が広まった。これらは一部事実であるとの見方もあるが、検証可能な一次資料は乏しい。
さらに、の内部文書には、制度終了後も「能力指数」の概念だけが各自治体に残存し、スポーツ大会や合唱コンクールの選抜に流用されたことが記されている。これにより、制度は法的には廃止されても、文化としてはなお幽霊のように生き続けたと評される。
廃止とその後[編集]
段階的廃止[編集]
制度はに段階的に廃止された。背景には、国際的な学力比較で「再履修の多さが学力向上に直結しているとは言い難い」とする報告と、地方自治体から「児童名簿の入れ替え作業が過重である」との苦情が相次いだことがあるとされる[11]。廃止時点で、全国の累計再履修者は推計で約12万8,400人に達していた。
ただし、廃止後も一部の自治体では「学力補正指導」という名目で実質同様の運用が残った。とくにの沿岸部では、台風接近時にのみ再履修判定が行われる奇妙な慣行が2010年代まで続いたという。
制度の記憶[編集]
現在でも、当時の経験者の間では「二度目の三年生」「夕方の始業式」といった表現が使われることがある。研究者の中には、この制度を「日本型の学歴輪廻」とみなし、近代国家における教育と分類の関係を示す極端な例として位置づける者もいる[12]。
また、の一部研究会では、制度を素材にした比較行政史の研究が行われており、学籍抹消の実務が紙と判子と人間関係だけで成立していた点が高く評価されている。もっとも、制度の実在を証明する公文書の多くが「整理済み」とされており、真相は今も霧の中である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯隆一『義務教育再編の行政技術』東都学術出版社, 1994, pp. 41-89.
- ^ Margaret A. Thornton, “Expunged Records and Reassigned Pupils in Postwar Japan,” Journal of Comparative Bureaucracy, Vol. 12, No. 3, 2001, pp. 210-244.
- ^ 中野史朗『能力指数と教室秩序』教育制度研究会, 1989, pp. 15-67.
- ^ Hiroshi Kanda, “The R-Crest Affair: Compulsory Re-enrollment and Social Stratification,” Asian Education Review, Vol. 8, No. 1, 1996, pp. 3-29.
- ^ 文部省教育再配置局編『義務教育再編特別措置法逐条解説』大蔵新報社, 1988, pp. 102-156.
- ^ 田村真理子『再履修される子どもたち』青硯館, 1997, pp. 88-131.
- ^ Susan L. Everett, “Aptitude Adjustment by Erasure: A Municipal Experiment in Tokyo,” The Pacific Policy Quarterly, Vol. 19, No. 4, 2003, pp. 55-93.
- ^ 高橋順一『学歴の一回性をめぐる闘争』北嶺書房, 2005, pp. 9-48.
- ^ Masato Endo, “Invisible Badges and Visible Compliance,” Bulletin of the Society for Educational Forms, Vol. 5, No. 2, 1992, pp. 117-140.
- ^ 『能力調整と再学年化の社会史』中央法規出版, 2008, pp. 201-260.
外部リンク
- 教育再配置史料アーカイブ
- 全国再履修者連盟
- 能力指数研究所
- 旧文部省通達データベース
- 学籍抹消実務報告室