日本格付研究所
| 名称 | 日本格付研究所 |
|---|---|
| 英名 | Japan Rating Institute |
| 設立 | 1958年8月17日 |
| 所在地 | 東京都千代田区一番町 |
| 活動分野 | 格付理論、信用評価、景気観測 |
| 代表的部門 | 企業債班、地方債班、嗜好品評価班 |
| 旧称 | 帝都信用観測研究会 |
| 所管 | 公益財団法人風の独立審査局 |
| 公式標語 | 信用は測れる、ただし完全には信じるな |
日本格付研究所(にほんかくづけけんきゅうじょ、英: Japan Rating Institute)は、に本部を置くとされる、格付け理論の研究および各種評価基準の策定を行う民間研究機関である。とくに、、の三分野における「信用の可視化」を標榜したことで知られる[1]。
概要[編集]
日本格付研究所は、戦後日本において「信用を数値化すること」を目的として誕生したとされる研究機関である。創設当初はの資金調達能力を調べる簡易調査会として始まったが、のちにの起債適性、さらにやの保存安定性まで対象を広げたため、金融界と食品界の双方から注目を集めた。
同研究所の格付記号は、一般的な英字ではなく・・を基礎にした独自表記を採用していた。これは初代所長のが「アルファベットでは日本の梅雨の湿度を表現しきれない」と主張したためであるとされる。また、1960年代後半には内の喫茶店で開催された定例会で、コーヒー豆の焙煎度を企業の安全性に対応させる実験が行われ、これが後の「嗜好品信用学」の原型になったとされる[2]。
歴史[編集]
創設期[編集]
設立の契機は夏ので起きた「紙資産混乱事件」であるとされる。複数の証券会社が同一の社名表記を用いたため、郵便物の誤配と債権一覧の取り違えが相次ぎ、当時の担当者であったが「企業の信用は名刺ではなく指標であるべきだ」と提言したことが直接の発端とされる。
翌、周辺の有志、の若手行員、そしての統計担当が集まり、の貸会議室で研究会が結成された。初期の調査票は全12項目しかなく、項目名も「夜会への出席頻度」「社長室の灰皿本数」など、今日の基準から見ると極めて独特であった。もっとも、当時の関係者はこれを「経営の体温を測るために必要な生活指標」と説明していた。
1961年には正式に「日本格付研究所」を名乗り、一帯の金融機関を中心に試験的な格付配布を開始した。配布された冊子は月1回発行で、表紙には無地の紺色紙が使われたが、雨天時にはにじみが出るという理由で「梅雨号」だけ紙質が変更されたという。
拡張と制度化[編集]
の第一次石油危機以後、研究所は企業だけでなくの分析にも乗り出した。背景には、地方債市場で「財政の強さ」を示す統一指標が不足していた事情があるとされ、所員のは全国47都道府県を2年8か月かけて巡回した。移動距離は累計で約8万3,400キロに達し、その報告書には「県庁食堂の味噌汁の塩分濃度と債務残高の相関が見られる」との記述が残されている[3]。
1978年には、格付記号の混乱を避けるため、甲・乙・丙に加えて「準甲」「並乙」「再丙」という補助等級が導入された。しかし補助等級は一部の金融機関で“便利すぎる”と批判され、1982年に1度廃止されたのち、1984年に「やはり説明が必要」として復活した。この改定は、当時の関係者の間でも賛否が分かれたとされる。
また同時期、同研究所は和菓子メーカー向けに「季節性耐久度指数」を試験運用し、の老舗8社、の6社、の4社が参加した。のちにこの試験は公的制度ではないにもかかわらず、包装紙の側面に研究所式の記号を印刷する商習慣を生み、消費者の“安心の見た目”に大きな影響を与えたとされる。
評価手法[編集]
日本格付研究所の評価法は、財務諸表だけでなく、社屋の階段数、受付ベルの音程、昼休みの長さなどを加味する点に特徴があった。もっとも重要視されたのは「説明責任の滑らかさ」であり、質問に対してどれだけ早く資料が出るかを秒単位で計測したという。1970年代後半の内部文書では、応答時間が3分以内なら甲上、7分以内なら甲中、15分超なら乙下とする基準が確認されている。
さらに1986年からは、地方債班による「雨量補正」が導入された。これはが長引く地域ほど税収が安定して見えるという、独自の地理学的理論に基づくものである。この手法は一部の大学で講義題材となったが、天気予報と格付を混同しているとの批判も多かった。
1990年代にはコンピュータ化が進み、評価作業の一部が大型端末に移された。だが端末は毎週木曜の14時になると自動で「保留」判定を出す癖があり、これは設置場所がの地下階で湿度が高かったためだと説明された。技術的根拠は不明であるが、現場では「木曜の保留」として半ば慣例化していた。
組織構成[編集]
研究所は、理論部・実査部・出版部の三本柱で構成されていたとされる。理論部はとの折衷を担当し、実査部は全国を巡回して企業の倉庫、役場の会議室、港湾の待合所などを訪問した。出版部は格付結果を月刊誌『格付月報』としてまとめ、表紙には各月の色見本が使われた。
実査部の制服は紺色のスーツに銀色の腕章で、夏季のみ白手袋が配布された。これは「評価とは汚れない接触である」という創設理念を反映したものとされる。なお、腕章の縫い目の数が役職を示すという独特の制度があり、最上位の主任調査員は片腕に17本のステッチを持っていた。
1980年代後半には、女性所員の増加に伴って「宿泊先選定委員会」が設けられ、地方出張の際はかかを格付する逆転現象が生じた。この内部制度は、後に人事評価へ転用されたとも言われるが、詳細は不明である。
社会的影響[編集]
日本格付研究所の影響は金融分野にとどまらず、言語習慣にも及んだとされる。たとえば1980年代には、新聞記事で「甲中級の安心感」「乙下級の気配」といった表現が一般化し、一般家庭でも子どもの通知表を格付になぞらえる風潮が一時期広がった。
また、同研究所が公表した地方債ランキングは、各県のPR戦略に大きな影響を与えた。とくにとでは、格付発表日の翌週に記者会見を前倒しする慣行が生まれ、観光パンフレットの紙質まで改善されたという。さらにの物流企業では、研究所の記号が倉庫棚のラベル色に転用され、赤ラベルは返品、青ラベルは長期保管を意味するようになった。
一方で、研究所の存在が「信用の序列化」を過度に進めたとして、の一部有志や経済学者から批判も受けた。格付が高いから安全、低いから危険という単純化が、実際の経営再建の努力を見えにくくしたとの指摘がある。ただし同研究所側は「われわれは未来を保証しない。順位を示すだけである」と反論していた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、1997年の「甲上和菓子事件」である。これは、ある老舗羊羹店に対して研究所が最高評価を与えたところ、同店の社長が「うちは甘いだけで甲上になる理由が分からない」と発言したことで話題になった。結果として、全国の菓子業界が「砂糖の量と格付の相関」を巡って大論争を起こし、は異例の声明を出した。
また、2001年には研究所内部で「格付疲れ」が問題化し、所員の平均残業時間が月74.6時間に達したと報告された。特に地方債班は災害時に即日評価を求められることが多く、の地震調査では、現地入りした査定チームが避難所の炊き出し列まで評価メモに取っていたとして批判された[4]。
さらに、2008年の金融危機時には、研究所が一部の証券化商品について「注釈つき甲下」としたことが、市場関係者の混乱を招いた。注釈の文面がA4用紙3枚に及んだため、実質的に格付ではなく小論文であるとの揶揄もあった。これ以降、研究所の報告書には必ず「本件は判断材料の一部であり、最終決定ではない」という定型句が入るようになった。
その後の展開[編集]
2010年代以降、日本格付研究所はデジタル化と国際化を進め、アジア各国の評価機関との共同研究を行ったとされる。特にとの研究者を招いた「湿度と信用の比較会議」は、参加者が皆同じ結論を避けるために3時間延長されたという逸話が残る。
近年は企業債や地方債に加え、の満足度、の返却率、さらには駅構内のベンチの座り心地まで試験的に評価している。2022年時点では、全国の自治体から年間約1,480件の照会があり、そのうち正式な格付に至るのは約320件とされる。ただし、この数字は年度末の担当者が机上の付箋を数えた結果だとも伝えられている。
研究所の現在の評価方針は「高くつけすぎない、低く見くびりすぎない」である。もっとも、内部ではいまだに甲・乙・丙の記号をめぐる解釈差が残っており、毎年2月の全体会議では記号の濁点位置をめぐって30分以上議論が続くという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『信用の梅雨学』日本経済評論社, 1962.
- ^ 大槻房子『格付と名刺のあいだ』金融史研究会, 1971.
- ^ 木島和雄「地方債評価における雨量補正の試み」『日本信用研究』Vol.14, No.2, 1979, pp. 41-68.
- ^ Harold B. Winters, “Seasonal Assurance and Municipal Mood,” Journal of East Asian Rating Studies, Vol. 7, No. 1, 1985, pp. 3-29.
- ^ 佐伯仁『甲・乙・丙の経済学』みすず書房, 1988.
- ^ 松浦由紀「和菓子業界における季節性耐久度指数の受容」『経営と風土』第6巻第4号, 1991, pp. 112-139.
- ^ Elizabeth C. Rowe, “Humidity-Adjusted Creditworthiness in Postwar Japan,” The Tokyo Review of Financial Methodology, Vol. 12, No. 3, 1996, pp. 77-104.
- ^ 『JRI-6000運用年報 1994年度版』日本格付研究所出版部, 1995.
- ^ 中村晴夫『注釈つき甲下の時代』中央経済社, 2009.
- ^ 田嶋真理『格付月報とその周辺』東京大学出版会, 2014.
- ^ Pierre Lemoine, “A Treatise on Rating Tomatoes and Bonds,” Revue d’Économie Apocryphe, Vol. 4, No. 2, 2018, pp. 201-219.
外部リンク
- 日本格付研究所アーカイブ
- 格付月報デジタル閲覧室
- 湿度経済学資料館
- 甲乙丙評価年鑑
- 地方債観測ネットワーク