映画ドラえもんのび太の最終人類決戦
| 作者 | 藤子・F・不二夫 |
|---|---|
| 掲載誌 | 週刊少年ジャンプ |
| レーベル | ジャンプ・スーパーコミックス |
| 発表期間 | 1990年 - 1998年 |
| 巻数 | 全37巻 |
| 話数 | 全214話 |
| ジャンル | SF、冒険、終末戦記、学園もの |
| 主な舞台 | 東京都練馬区、月面最終都市アルカディア |
『映画ドラえもんのび太の最終人類決戦』(英: Doraemon: Nobita's Final Human Battle)は、の。『』にてから連載された[1]。
概要[編集]
『映画ドラえもんのび太の最終人類決戦』は、練馬区に住む小学生が、未来から来たと共に、人類最後の一夜をめぐって戦う姿を描いたSF漫画作品である。タイトルに「映画」とあるが、実際には連載開始時から誌面の中央見開きに映画パンフレット風の構図が採用されていたため、読者の間では「紙の上映作品」と呼ばれていた[1]。
本作は、日常ギャグを基調としながら、のピアノ演奏によって起動する「涙圧縮兵器」や、の別荘地下に眠る「第七次人類会議」など、荒唐無稽な設定を体系的に積み上げた点で知られる。また、作中では末期のと月面要塞を往復する場面が多く、当時の都市開発と宇宙開拓の熱狂が奇妙に混線した世界観が形成されたとされる。
連載中はの編集方針とも深く関係し、巻末コメント欄に毎回「次回、地球はひとまず保留」と記されていたことが話題になった。後年にはの「終幕編」単行本が累計184万部を記録し、平成期の少年漫画における“最終戦争の家庭化”を代表する作品として再評価されている[2]。
あらすじ[編集]
物語は、のび太が夏休みの宿題として提出した「将来の人類の形」という作文を、が誤って未来通信装置に入力したことから始まる。これにより、のでは「地球人類は残り18時間で最終段階に進化する」と誤認され、緊急警報「HUMAN-7」が発令される。
その結果、一帯には、地下から湧き上がる人工月光、逆再生でしか会話できない通訳鳥、そして産の温泉水で動く戦車隊が出現する。のび太は、ドラえもんのひみつ道具「最終答弁セット」を用い、街の公園で開かれる“人類代表選挙”に立候補するが、投票箱がそのまま小型宇宙船として離陸し、候補者全員が上空で選挙戦を行うことになる。
中盤では、率いる「ジャイアン独立師団」が人類の主導権を握る一方、は「合理的終末管理委員会」を設立し、終末を効率化しようとする。しかし、最終的にはしずかのバイオリン演奏が月面最終都市アルカディアの防壁周波数と同期し、地球上のすべての玄関チャイムが同時に鳴ることで、人類は“戦うのをやめる権利”を獲得する。終章では、のび太が人類の未来を決めるのではなく、「明日の給食を決める」程度の責任に落ち着くことで、最終人類決戦は家庭科室の片付けへと収束する。
登場人物[編集]
は、本作における事実上の総司令官である。戦闘能力は低いが、逃避と突発的な正論によって敵味方双方の作戦を破綻させる才能を持つとされる。作中では「最終人類適性値」が0.7と測定されたが、これは地球上で唯一、測定器が泣き出した数値として記録されている。
は、未来のと民間配給制度のあいだに生まれた存在として描かれる。第1部では支援役であるが、第17話以降は「地球連邦の暫定保育責任者」に任命され、戦術・炊事・謝罪会見を一手に担った。ポケットから出る道具のうち、最も重要とされるのは「人類会議テーブル」で、折りたたむと四畳半になる仕様である。
は、文化兵器の担い手として設定されている。彼女の演奏は音楽ではなく地形を変える力を持ち、の地下水脈を一時的に合唱団へ変えた逸話がある。一方で、は物流・情報戦を担当し、髪型を通信アンテナとして用いることでとの極秘交信を成立させた。
ことは、作品中盤から「人類最後の肉体派外交官」として存在感を増す。彼のリサイタルは敵兵の戦意を奪うだけでなく、近隣3kmの金属疲労を促進するとされる。さらには、全会議において議事録を先に完成させてから会議を始めることで知られ、最終的に人類の敗戦条件を“理論上未遂”に書き換えた。
制作背景[編集]
本作の成立には、末から初頭にかけての終末論ブームが深く影響したとされる。当時、内では地価高騰と宇宙開発熱が同時進行しており、編集部では「少年誌における世界滅亡の扱い」をめぐって長時間の会議が行われた。これが後の“人類会議”の原型になったという説が有力である。
作者のは、当初は純粋な学園冒険ものとして構想していたが、で見た月の石展示と、の小学校で行われた給食残飯ゼロ運動に触発され、文明の終焉と学校生活を結びつける方向へ転換したと伝えられている。特に、のび太が最後まで宿題を終えられない点は、近代日本の時間管理への批評として高く評価された。
また、作画面では、月面戦闘回の背景に「桜とバルカン砲を同時に描く」という手法が採用され、1ページあたり平均14.2個のパース線が引かれていたという。これにより、読者は“終末なのに妙に見覚えがある”という感覚を抱いたとされる。なお、単行本第12巻の帯には、編集部の提案で「この戦い、夏休み中に終わります」と書かれたが、実際には終わらなかった。
評価[編集]
連載当時の売上は安定して高く、単行本全37巻の累計発行部数は推定2,840万部に達したとされる。特に第24巻「月面家族会議編」は、発売初週で内の書店から学習漫画棚を一時的に消滅させたと報じられた[3]。また、1996年には「最終人類決戦ごっこ」が全国の児童公園で流行し、滑り台の上で会議を始める子どもが続出したという。
受賞歴としては、の“特別終末部門”を受賞したほか、では「人類を滅ぼさずに滅ぼした作品」として推薦対象になったとされる。さらにの番組『少年アニメの夜明け』では、専門家が「本作は戦争漫画ではなく、給食当番漫画である」と指摘し、議論を呼んだ。
一方で、批評家の間では「最終」と銘打ちながら第2部『続・最終人類決戦』が開始された点について、終末概念の商業化であるとの批判もあった。ただし、のび太が毎回“終わるはずのものが終わらない”構造を体現していることから、むしろ現代社会の実感に即しているという見方も根強い。
メディア展開[編集]
本作は漫画のみならず、に系列で放送された深夜アニメ版『最終人類決戦スペシャル』によって知名度を拡大した。アニメ版では、毎話の冒頭に「本日の人類残存率」が表示され、放送開始3分で0%になる演出が話題となった。また、OP曲『人類はまだ座れる』は週間47位を記録している。
ゲーム化も行われ、用ソフト『のび太の終末議事堂』では、プレイヤーが会議の議題を増やしすぎると地球が自動的に再起動する仕様が採用された。売上は48万本で、うち12万本は説明書の会議図だけを目当てに購入されたとされる。
さらに、のでは期間限定の体験展示「最終人類決戦シアター」が開催され、来場者はドラえもんのポケットから出る“終末のにおい”を再現した装置を体験した。なお、2010年代には舞台化も行われ、との公演でジャイアン役が毎回異なるため、観客はキャストを戦略として楽しんだという。
脚注[編集]
[1] 作品冒頭および初期設定に基づく記述。 [2] 単行本末尾の編集後記に記されたとされる統計。 [3] 1996年の書店動向に関する業界誌の推計値。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 藤子・F・不二夫「映画ドラえもんのび太の最終人類決戦 企画ノート」『週刊少年ジャンプ臨時増刊』Vol.12, 1990年, pp.4-19.
- ^ 山田太郎「終末と家庭科の接点」『漫画研究』Vol.8, 1998年, pp.44-61.
- ^ 佐藤花子『月面最終都市の設計史』講談社, 2001年.
- ^ John Smith, "The Human Battle in Japanese Comics" Comics Studies Review, Vol.3, 2005, pp.101-129.
- ^ 編集部編「人類会議の作法」『ジャンプコミックス資料集』集英社, 1997年.
- ^ 鈴木一郎「のび太の戦術的無力とその効用」『アニメーション文化論』Vol.15, 2002年, pp.77-90.
- ^ M. Tanaka, "Domestic Apocalypse and School Life" Tokyo Media Press, 2008.
- ^ 高橋美咲「最終人類決戦ごっこの流行」『児童文化年鑑』Vol.21, 1999年, pp.12-35.
- ^ Christopher Green, "Pocket Tools and Total War" Asian Pop Quarterly, Vol.9, 2011, pp.55-73.
- ^ 集英社編集局『映画ドラえもんのび太の最終人類決戦 全37巻解説』集英社, 1998年.
外部リンク
- 最終人類決戦資料室
- 人類会議アーカイブ
- 月面アルカディア博物館
- 終末ギャグ研究所
- 週刊少年ジャンプ特集ページ