春患い
| 名称 | 春患い |
|---|---|
| 別名 | 春疲れ、芽吹き熱、三月眠 |
| 分類 | 季節性生活現象、準医学的民俗概念 |
| 初出 | 1827年頃(文献上) |
| 提唱者 | 内藤玄甫ほか |
| 主な地域 | 日本、朝鮮半島沿岸部、北西ヨーロッパの港湾都市 |
| 関連機関 | 帝都気候衛生研究会、国立養生院 |
| 症状 | 倦怠、眠気、衝動買い、理由なき笑い |
| 対策 | 朝露散歩、柚子皮茶、窓辺の胡椒瓶 |
春患い(はるわずらい)は、の到来期に一部の人々が倦怠、過眠、軽度の多幸感、および妙な買い物衝動を示すとされる季節性の生活現象である。古くは後期のとの境界で語られたが、現在ではの代表的な事例として扱われている[1]。
概要[編集]
春患いは、の「啓蟄」からの直前までにかけて、睡眠時間の増加と気分の揺らぎが同時に生じる現象として説明されることが多い。症状は個人差が大きいが、特に心部、、のような寒暖差の大きい都市で報告が多いとされる[2]。
もっとも、春患いという語は単なる体調不良を意味するのではなく、近代初期における・・が奇妙に交差した結果として成立した概念である。とくに12年の「春季倦怠調査」は、のちに学界で半ば伝説化し、毎年3月第2週の百貨店売上が上がる理由を説明する万能語として流通した経緯がある[3]。
成立史[編集]
江戸後期の養生書[編集]
春患いに類する記述は、・期の養生書に散見されるが、当時は「春眠病」や「花曇り気鬱」などと呼ばれていた。とりわけの蘭学者・が写したとされる『四時気分録』には、舟着き場の荷運び人が春先にだけ「七度も茶を沸かし直す」奇癖を示した例が記されている[4]。
明治期の衛生統計[編集]
、衛生局の下部調査として実施された「都市倦怠月報」が転機となった。ここで・・の居留地で、3月から4月にかけて欠勤率が平均上昇することが示され、これが春患いの「疫学的裏づけ」とされた。ただし、同報告書の集計表にはの入荷量と欠勤率が同じ欄に並んでおり、後年の研究者からは「統計の体裁をした随筆」とも評された[5]。
帝都気候衛生研究会の定式化[編集]
の後、の周辺で活動した帝都気候衛生研究会が、春患いを「気圧、日照、花粉、進学試験の四要因による複合症候群」と定式化した。中心人物のは、の喫茶店で1日平均の珈琲を飲みながら症例カードを作成し、春患いの重症例では「箪笥の引き出しを全部開けてから眠る」傾向があると主張した[6]。
症状と分類[編集]
春患いの症状は、医学的疾患というより「生活様式の一時的な逸脱」として整理されることが多い。典型例としては、午前中の異常な眠気、午後の過剰な楽観、夕方の無意味な散歩、夜間の唐突な帳簿整理などが挙げられる。
分類上は、軽症・中等症・春雨型・花見暴走型の4類型が広く用いられる。なおの1949年報告では、重症例の7割が「窓を開けた瞬間に人生をやり直せる気がする」と訴えたとされるが、調査票の自由記述欄が長すぎたため、現在では再解析が困難である[7]。
また、春患いはと混同されやすいが、実際には両者の関連は薄いとされる。一方で、春患い患者の約が「鼻より先に予定表がむずむずする」と回答したというの調査は、会議室の換気量との相関が疑われている。
社会的影響[編集]
春患いは、・・の3業界に特に影響を与えたとされる。春先の乗客増加は花見客だけでなく「何となく遠出したい層」によるものであり、の社内資料では、からまでの土日特急券購入者のうち約が目的地を当日まで決めていなかったと推定されている[8]。
百貨店では「春患い売場」と呼ばれる期間限定催事が設けられ、との店舗では、青い湯のみ、薄い香りの手帳、やたら肩を温めるストールが定番商品となった。特にの売上上位は「道に迷ったときのための地図帳」で、同年3月の販売冊数はに達したという。
また、学校現場では春患いが「新学年への移行不安」を説明する便利な語として普及したが、の都内中学校調査では、春患いを自称した生徒のうちが単に「給食の献立が変わるのが嫌だった」と回答しており、教育心理学者のはこれを「季節語の過剰適用」と指摘した[9]。
対策[編集]
民間療法[編集]
民間では、朝露の残る時間に沿いを15分歩く、柚子皮を入れた湯を飲む、あるいは机の上に胡椒瓶を置くといった対策が伝えられてきた。特に「胡椒瓶法」はの薬種商・が考案したとされ、実際には彼が店先の在庫整理を省くために広めた宣伝文句であったとする説がある[10]。
行政の介入[編集]
は、春患いの季節集中を受けて「春季生活調整週間」を試行した。これは残業削減、校庭開放、駅の自販機に温かい麦茶を常備するなどの施策から成ったが、最終日に配布されたパンフレットの題名が『春患いは気合で治る』であったため、反発を招いたとされる。
批判と論争[編集]
春患いをめぐる最大の論争は、それが本当に現象なのか、あるいは都市生活者の自己診断を合理化する方便なのかという点にある。特にの『日本精神気象学会誌』に掲載されたの論文は、春患いの地域差が「桜の開花日」ではなく「コンビニ新商品棚替え日」と強く相関すると述べ、学界に波紋を広げた[11]。
また、の調査班が報告した「春患いの説明を受けた後の被験者は、平均して自分を3割ほど繊細だと感じる」という結果は、プラセボ効果に近いと批判された。一方で、の農村部では春患いという語自体がほとんど浸透しておらず、代わりに「雪解け前の帳尻合わせ」と呼ばれていたことから、概念の都市偏重も指摘されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 内藤玄甫『四時気分録』長崎蘭学書肆, 1831年.
- ^ 帝都気候衛生研究会 編『春季倦怠調査報告書』東京衛生社, 1924年.
- ^ 三浦辰之助『都市倦怠と窓辺の心理』本郷新書, 1930年.
- ^ H. A. Morrison, “Spring Malaise and Civic Fatigue,” Journal of Seasonal Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 201-229, 1958.
- ^ 佐伯隆之「春患いの棚替え仮説」『日本精神気象学会誌』第14巻第2号, pp. 44-68, 1998年.
- ^ 長谷川美佐『学齢期の春季不順応』北斗館, 1984年.
- ^ 国立養生院 編『春の生活調整に関する年次報告』養生院出版部, 1949年.
- ^ 木下宗右衛門『胡椒瓶の経済学』浪華薬舗協会, 1961年.
- ^ Margaret L. Evers, “The March Window Effect,” Annual Review of Civic Weather, Vol. 4, pp. 77-93, 1972.
- ^ 日本精神気象学会 編『季節語と都市不安』青楓書房, 2001年.
- ^ 高橋栄一『気圧と衝動買いの近代史』港北人文社, 2010年.
外部リンク
- 帝都気候衛生研究会デジタルアーカイブ
- 日本精神気象学会
- 国立養生院資料室
- 春患い民俗研究フォーラム
- 季節生活史研究所