最後の餃子
| 名称 | 最後の餃子 |
|---|---|
| 発祥 | 東京都台東区浅草周辺 |
| 成立時期 | 1958年頃とされる |
| 主な用途 | 閉店前の売り切り演出、供養、儀礼的な締め |
| 関連組織 | 日本終膳協会、餃子文化保存会 |
| 代表的作法 | 皿の上に1個だけ置く |
| 派生形 | 半最後の餃子、逆最後の餃子 |
最後の餃子(さいごのぎょうざ)は、の圏で発達したとされる、閉店前に1個だけ残されることを前提に設計されたの提供慣行である。食べ手に「これが最後である」という心理的緊張を与える料理文化として知られている[1]。
概要[編集]
最後の餃子は、一般にの提供において、最後の1個を別皿に移し、食卓上で「終わり」を可視化する慣行を指す。単なる売り切れではなく、会食の終幕を儀礼化する点に特色がある。
この慣行は30年代後半、の屋台街で、客の追加注文を抑制するために考案されたとされる。なお、当初は「残り一個札」と呼ばれていたが、のちに文芸評論家の戸川柳一郎が「最後の餃子」と命名したという説が有力である[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
普及[編集]
制度化[編集]
作法[編集]
最後の餃子の作法は、通常の餃子提供と比べて細則が多い。まず皿は必ず白磁であり、タレ皿は別に置かれる。また、最後の1個は他の餃子より0.7秒遅れて着皿させることが望ましいとされ、これにより「別れ」の感覚が強まるという。
食べる際には、箸で持ち上げてから一度だけ回転させる「一回転礼」が推奨される。これは、末期の法事用饅頭の所作を取り入れたものとされるが、実際にはある職人がテレビ番組で思いつきで述べた内容が独立したものであるとの指摘もある[5]。
社会的影響[編集]
批判と論争[編集]
文化的評価[編集]
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯重蔵『屋台と終幕――浅草餃子商い覚書』私家版, 1966.
- ^ 戸川柳一郎『最後の一個の美学』東都書房, 1971.
- ^ 真鍋清三「食卓における終結点の可視化」『料理文化研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-58, 1984.
- ^ 中村芳枝「昭和後期の中華食堂における残数演出」『外食経済季報』第8巻第2号, pp. 101-119, 1992.
- ^ Margaret A. Thornton, The Semiotics of the Final Dumpling, East Asian Food Studies Press, 1998.
- ^ 山田重彦『東京下町の餃子儀礼』港区学術出版社, 2004.
- ^ Hiroshi Watanabe, "One Last Piece and the Consumer's Mind," Journal of Applied Gastronomy, Vol. 7, No. 1, pp. 9-27, 2009.
- ^ 餃子文化保存会編『最終個体判定基準 第3版』東京終膳研究所, 2011.
- ^ 藤堂みさき「最後の餃子と機会損失の心理」『行動食学ジャーナル』第5巻第4号, pp. 203-216, 2016.
- ^ James K. Holloway, The Last Gyoza Protocol, University of Yokohama Press, 2020.
- ^ 高瀬一郎『残り一個の共和国』春秋社, 2022.
外部リンク
- 餃子文化保存会アーカイブ
- 日本終膳協会資料室
- 下町食卓儀礼研究センター
- 東京食文化年表データベース
- 最後の餃子認定店名簿