朝チュン
| 名称 | 朝チュン |
|---|---|
| 分類 | 省略表現・モンタージュ技法 |
| 起源 | 1987年頃のテレビアニメ制作現場 |
| 提唱者 | 小林清志郎、田島みどりら |
| 主な用途 | 恋愛描写、成人向け表現の暗示、コメディ演出 |
| 普及期 | 1990年代後半 - 2000年代 |
| 関連組織 | 日本モンタージュ研究会、東京深夜表現協議会 |
| 代表的定着媒体 | テレビアニメ、ライトノベル、Web漫画 |
朝チュン(あさちゅん、英: Morning Chirp)は、夜間の出来事の直接描写を避け、翌朝の鳥の鳴き声や朝日を合図として場面を接続する、日本の映像・物語表現に用いられる技法である[1]。1980年代後半にの深夜アニメ制作現場で体系化されたとされ、以後、恋愛作品から特撮まで広く用いられるようになった[2]。
概要[編集]
朝チュンは、夜の出来事を直接映さず、翌朝のやの鳴き声、あるいは散らかった部屋と気まずい沈黙によって事後を示す表現技法である。視聴者の想像力を刺激する一方、制作費の圧縮にも寄与したため、の外部委託研究では「感情誘導効率の高い省エネ演出」と分類されたことがある[3]。
この語は、制作進行表で「朝、チュンと鳥を入れる」と書かれた略記が編集部内で定着したことに由来するとされる。もっとも、初期資料の一部には「朝までにチュンと終わらせる」という別解もあり、とされたまま半世紀近く放置されている[4]。
歴史[編集]
成立以前の背景[編集]
前史としては、50年代のテレビドラマに見られた「ドアが閉まった次の場面で朝」という省略がある。特にの小規模アニメスタジオでは、セル画1枚を節約するために夜間シーンを丸ごと飛ばす工夫が常態化しており、これが後の朝チュンの土台になったとされる。
1984年には、演出家のが『月刊アニメーター批評』に寄稿した短文で「夜の結末を描くより、朝の湯のみ一杯のほうがよほど生々しい」と述べ、後年の定式化を予告していたとされる。なお、この一文の所在は複数の号で確認されているが、いずれも表題が微妙に異なる。
1987年の定式化[編集]
一般には、阿佐谷の編集会議で、アシスタント演出のが「ここ、朝チュンでお願いします」と発言したのが始まりとされる。『チュン』は当時の効果音表にあった「鳥一声」の略号であり、会議参加者12名のうち7名がその場で採用を支持したという[5]。
翌月には、深夜アニメ『白いレモン通り』第9話で初の実用例が確認された。同話は放送時間23分のうち、問題の場面が実に14秒で済まされ、スポンサー担当者が「これなら再放送枠にも乗せやすい」と評価したことが、業界内普及を後押ししたとされる。
普及と分岐[編集]
1990年代に入ると、朝チュンは恋愛作品だけでなく、やにも輸入された。特に系列では、怪人の撃破後を直接描かず、翌朝にぬいぐるみだけが浜辺に落ちている構図が流行し、「朝チュン型エンディング」と呼ばれた。
1998年にはが『朝チュンの類型と倫理』を刊行し、朝チュンを「省略型」「余韻型」「誤解誘発型」の3類に整理した。ここで誤解誘発型の代表例として挙げられたのが、登場人物の一人がただ寝坊しただけなのに大騒ぎになるタイプであり、以後コメディ作品に転用されることとなった。
表現上の特徴[編集]
朝チュンの特徴は、説明を削ることでかえって事情を明瞭にする逆説性にある。部屋の乱れ、半分だけ飲まれた牛乳、カーテン越しの朝光、そして鳥の声が4点セットとして知られ、の調査では、この組み合わせが用いられた場面の視聴者記憶定着率は通常場面より18.4%高かったと報告されている。
また、朝チュンは編集上の都合だけでなく、登場人物の関係性を「言わぬが花」に変換する文化装置でもあるとされる。とりわけ、台詞で説明しないまま翌朝を迎える構成は、の古典文学研究者から「寝覚めの現代的再発明」と評されたことがある。
社会的影響[編集]
朝チュンは単なる演出法にとどまらず、日本語圏のメディアリテラシーにも影響を与えた。2011年に外郭の調査班が行った高校生アンケートでは、「夜に起きたが省かれた出来事を、朝の描写から推測する」設問で正答率が82.6%に達し、これが朝チュン世代の形成根拠の一つとされた。
一方で、過度に朝チュンを多用すると作品が「朝だけで全部説明する」状態になり、登場人物の人格形成が薄まるとの批判もある。実際、の某制作会社では、同技法を27回連続で使用した結果、視聴者から「鳥が鳴くたびに話が進む」と言われ、編成会議で是正を求められたという。
批判と論争[編集]
朝チュンをめぐっては、表現の自由と視聴年齢区分のせめぎ合いがしばしば問題となった。1999年の『深夜表現白書』では、朝チュンが「道徳的回避」とみなされるべきか、「余白の美学」として保護されるべきかで、内の意見が真っ二つに割れたと記録されている。
また、朝チュンの語感が軽すぎるため、重大な出来事まで可愛らしく見えてしまうとの指摘もある。ある批評家は『朝チュンは倫理的ショートカットである』と書いたが、その直後に自宅で本当にスズメが巣を作ったため、以後この論考は「鳥に取り憑かれた評論」として半ば伝説化した。
派生表現[編集]
昼チュン[編集]
昼休みに出来事を飛ばす手法で、主に学園ラブコメで使用される。校内放送のチャイムを合図に次場面へ移ることから、関係者の間では「チャイムとチュンの混同」と呼ばれた。
夕チュン[編集]
夕方に一気に事後を示す変種である。夕焼けと散らかった布団を並べる構図が多く、のアニメ美術会社では「オレンジの暴力」とまで言われた。
無音チュン[編集]
鳥の鳴き声すら省略し、時計の針だけで翌朝を示す最も禁欲的な形式である。採用例は少ないが、2014年の短編映画『午前四時の湯気』で高く評価された。
脚注[編集]
[1] 佐々木一成『省略演出の系譜』映像文化研究所、2008年、pp. 41-44. [2] 田島みどり「深夜アニメにおける朝の記号化」『日本モンタージュ年報』Vol. 12, No. 3, 1994年, pp. 112-119. [3] NHK放送文化研究部『夜間視聴と感情補完に関する調査報告』1989年, pp. 8-15. [4] 小林清志郎「チュンの余白」『月刊アニメーター批評』第7巻第2号, 1984年, pp. 3-5. [5] 東京深夜表現協議会『阿佐谷会議議事録抄』1987年, pp. 27-29.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐々木一成『省略演出の系譜』映像文化研究所, 2008年.
- ^ 田島みどり「深夜アニメにおける朝の記号化」『日本モンタージュ年報』Vol. 12, No. 3, 1994年, pp. 112-119.
- ^ NHK放送文化研究部『夜間視聴と感情補完に関する調査報告』NHK出版, 1989年.
- ^ 小林清志郎「チュンの余白」『月刊アニメーター批評』第7巻第2号, 1984年, pp. 3-5.
- ^ 東京深夜表現協議会『阿佐谷会議議事録抄』1987年, pp. 27-29.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Ecology of Narrative Omission," Journal of Visual Semiotics, Vol. 18, No. 2, 2002, pp. 201-226.
- ^ 山本多恵子『朝の記号と沈黙の演出』青林社, 2011年.
- ^ 平田修一「『朝チュン』の受容史と視聴者心理」『表象研究』第21巻第1号, 2016年, pp. 55-73.
- ^ Christopher Vale, "Chirp Cuts and Emotional Continuity," Media Studies Quarterly, Vol. 9, No. 4, 1997, pp. 77-91.
- ^ 文化庁メディア芸術課『深夜帯における省略表現の実態』2019年, pp. 14-19.
- ^ 渡辺精一郎『鳥声における倫理的転回』東都書房, 1976年.
外部リンク
- 日本モンタージュ研究会
- 東京深夜表現協議会
- 深夜アニメ資料館
- 映像省略技法アーカイブ
- 朝チュン文化保存会