本間 新一
| 氏名 | 本間 新一 |
|---|---|
| ふりがな | ほんま しんいち |
| 生年月日 | 1912年4月18日 |
| 出生地 | 日本・東京府下谷区 |
| 没年月日 | 1984年9月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 民俗工学者、記録家、随筆家 |
| 活動期間 | 1934年 - 1983年 |
| 主な業績 | 路地照明論の確立、鈴鳴り歩行理論の提唱、都市行灯調査 |
| 受賞歴 | 都市生活文化賞(1972年) |
本間 新一(ほんま しんいち、 - )は、の民俗工学者、都市風景記録家である。戦前の下町における「路地照明」の体系化と、後年の内におけるの提唱者として広く知られる[1]。
概要[編集]
本間新一は、前期からにかけて活動したの民俗工学者である。とりわけ、都市の狭い路地における光・音・足取りの関係を測定し、生活環境を「半ば民俗学、半ば工学」として記述したことで知られる。
彼の研究は、当初はの一部研究者から「観察が過剰に詩的である」と退けられたが、のちにや周辺で再評価された。戦後の復興期においては、街灯の色温度よりも人の歩幅の変化を重視した独自の都市改良論が注目され、現在では都市文化史の周縁的古典として扱われることがある。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
本間は、下谷区の職人町に生まれた。父は看板塗り、母は長屋の貸本を束ねる仕事をしており、幼少期から裏通りの騒音や夜店の明かりに親しんだという。後年本人は、幼少期に木桶の底へ映る提灯の揺れを観察していたことが、のちの路地照明研究の原点であったと述べている[2]。
のでは一家でへ移り、その際に「瓦礫の陰で最もよく音が跳ね返る角度」を記録したとされる。もっとも、この時期のノートは一部が焼失しており、現存する記述の多くは本人の晩年の回想に依拠している。
青年期[編集]
、本間は夜学部に進み、照明工学を学んだ。そこでなる講師に師事したとされるが、この人物は学内外でほとんど資料が残っておらず、弟子たちの証言によってのみ存在が確認されている。
在学中、本間はからにかけての夜間歩行調査を始め、各商店の軒下灯・提灯・裸電球の配置を、紙片に1,200件以上描き写した。卒業論文は「都市路地における明暗の継ぎ目と通行者のためらいに関する実地観察」で、主査からは「統計と感傷の境目が曖昧」と評されたが、提出後に学内で手書き複製が52部回覧されたという。
活動期[編集]
、本間はの嘱託となり、内の長屋地区で「路地照明台帳」の作成を開始した。台帳は全18冊、計4,317路地を対象とし、電灯の色だけでなく、犬の吠える回数や雨天時のぬかるみの反射率まで記録したことで知られる。
には、戦災復興に伴う街路整備計画に意見書を提出し、直線的な街灯配置は「夜の会話を断ち切る」と主張した。これが内部で議論を呼び、三本の路地で試験的に「斜め配灯」が導入された。結果、住民の帰宅時の立ち止まり回数が平均で1.7回増加したとされるが、当時の報告書は一部が未公開である[3]。
には代表作とされる『鈴鳴り歩行論』を刊行し、下駄・革靴・ゴム底靴の音色差が「都市の温度感」を左右すると論じた。この著作はの周辺で賛否を呼び、特に「歩行を楽器編成として捉える」章が話題となった。なお、本間は同書の原稿をの喫茶店で執筆したと語っているが、実際には毎回異なる店名を挙げるため、研究者の間では「上野移動執筆説」が半ば定説化している。
、都市生活文化賞を受賞した。授賞式では、記念品の万年筆ではなく「石畳の一片」を希望したため、主催者側が代替としての旧道から採取した舗装片を木箱に納めたという逸話が残る。
晩年と死去[編集]
後半、本間は郊外の住宅団地に関心を移し、団地内の廊下で生じる反響音を「近代の路地」と位置づけた。晩年は内の療養施設にしばしば滞在しながらも、聴診器で壁を叩いて建物の「機嫌」を判定する習慣を続けていたという。
9月3日、内の病院で死去した。享年72。死因は老衰とされるが、最期まで机上に未完成の「雨傘置き場に関する分類表」が置かれていたため、研究会では「最後の研究対象は傘立てであった」と語り継がれている。
人物[編集]
本間は、寡黙である一方、観察対象に対して過剰なまでに丁寧な人物であったと伝えられる。路地の研究においても、ひとつの街区を測るのに数日を要し、通行人の足音が「午前型」「昼餉型」「帰宅焦燥型」に分類されていた。
性格は几帳面であったが、同時に強い即興性もあった。例えば調査中に電灯が消えると、その場で懐中電灯を膝に当てて影の長さを測るなど、現場で手段を発明することが多かった。また、会議では自作の路地模型を机上に並べ、説明の途中で模型の猫が歩いたことで結論を変更したという逸話が残る。
私生活では甘味に目がなく、の羊羹店の包装紙をノートの下敷きにしていた。本人はこれを「紙の裏が最も路地らしい」と説明したが、弟子たちは単に家計が苦しかっただけではないかと推測している。
業績・作品[編集]
本間の業績は、都市生活の細部を数量化しつつ、同時に民俗的な感覚として記述した点に特徴がある。彼の理論は、後年のや、さらには一部の研究にまで影響を与えたとされる。
代表作としては、『路地照明台帳』(1950年頃)、『鈴鳴り歩行論』(1961年)、『団地廊下の反響と家族会話』(1974年)が挙げられる。とくに『団地廊下の反響と家族会話』は、廊下の長さが3メートル伸びるごとに夫婦の声量が平均で0.4段階下がると記したことで、当時の住宅公団の技術者に引用されたという[4]。
また、本間は論文以外に多くのメモを残しており、その中には「雨の日、最も美しいのは傘立てではなく玄関のためらいである」といった詩的な断章が含まれる。これらのメモはのちに『本間新一断章集』としてまとめられたが、編集者の一人が章題を誤って並べ替えたため、実際の構成にはかなりの混乱がある。
後世の評価[編集]
本間の評価は長らく限定的であったが、以降、都市の「歩きやすさ」や地域音環境への関心が高まるにつれ、再評価が進んだ。特にの一部研究者は、彼の図版を「戦後都市の聴覚的アーカイブ」と呼び、展覧会で再展示している。
一方で、測定法の恣意性や分類語彙の奇抜さについては批判もある。例えば「三日月灯」「豆腐灯」「帰省灯」など、本人独自の呼称は学術的に曖昧であり、現在でも注釈なしでは意味が通りにくい。だが、その曖昧さこそが都市の暮らしを捉える上で重要だったとする擁護も強い。
なお、にで開かれた小規模な回顧展では、来場者の9割が「本間という人物を初めて知った」と回答した一方で、展示された路地模型の前では滞留時間が平均14分を超えたとされる。研究者のあいだでは、これは本間の業績が今なお「理解される前に立ち止まらせる力」を持つ証拠だと解釈されている。
系譜・家族[編集]
本間家は末期からの下町に居住したとされるが、系譜資料は火災や震災で失われたものが多い。祖父の本間源蔵は桶職人、父の本間徳松は看板塗り、母のきくは貸本整理を生業としていた。
妻はで、戦後は本間の調査帳の清書を手伝ったとされる。長男の新太郎はの製紙会社に勤め、次女の美沙はで舞台衣装の縫製に携わった。なお、孫の代になると本間の研究を「家の中の空気を測る仕事」と誤解する者が多く、親族会では年に一度、研究用メジャーを持参して会話の長さを記録する慣習があるという。
また、遠縁にという電気技師がいたとする説があるが、同名異人との混同も指摘されている[5]。本間自身は家族について多くを語らなかったが、晩年のノートには「家族とは、最も長く続く路地である」と記していた。
脚注[編集]
[1] 本間新一の人物像は、戦後都市文化研究の再構成資料に基づくとされる。
[2] 幼少期の回想は晩年の聞き書きに依拠しており、細部には異同がある。
[3] 斜め配灯の実験報告は一部非公開のため、数値は研究者による復元値を含む。
[4] 住宅公団への引用経路については異説もある。
[5] 本間鉄之介との関係は未確定である。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松浦義彦『路地の光学と都市生活』都市文化研究社, 1978年, pp. 41-89.
- ^ Honma Memorial Society, The Audible Lane: Studies in Japanese Urban Folk Engineering, Vol. 3, No. 2, 1992, pp. 115-147.
- ^ 佐伯照夫『鈴鳴り歩行論の系譜』新潮学芸, 1986年, pp. 9-36.
- ^ 小山内静江『戦後東京の斜め配灯計画』建設史料出版, 2004年, pp. 203-261.
- ^ 田所一郎『本間新一ノート抄』みすず書房, 1999年, pp. 77-104.
- ^ K. H. Watanabe, “Footsteps as Civic Metrics,” Journal of Urban Ethnography, Vol. 12, No. 4, 2008, pp. 201-229.
- ^ 高橋みどり『団地廊下の反響学』住宅文化協会, 2015年, pp. 33-58.
- ^ Margaret L. Thornton, “The Sociology of Lantern Shadows in Postwar Tokyo,” Eastern Architecture Review, Vol. 7, No. 1, 1971, pp. 1-19.
- ^ 本間新一研究会編『本間新一断章集』路地文庫, 1989年, pp. 5-73.
- ^ 石井康平『傘立て分類学入門』光陰社, 2011年, pp. 112-128.
外部リンク
- 本間新一記念アーカイブ
- 都市民俗工学デジタル資料館
- 路地照明研究会
- 下町音環境史センター
- 本間新一回顧展実行委員会