札幌ドームヘッドスライディング粉砕骨折事件
| 発生日時 | 2004年6月12日 18時47分ごろ |
|---|---|
| 発生場所 | 北海道札幌市豊平区 札幌ドーム内野三塁側付近 |
| 関係者 | 札幌ユナイテッドベースボールクラブ、北海道球場安全協議会 |
| 負傷者 | 1名(重傷) |
| 負傷内容 | 左前腕部・肋骨・鎖骨の複合粉砕骨折 |
| 原因 | 人工芝上での過剰な前傾姿勢と、湿度補正のない摩擦係数設計 |
| 影響 | 安全基準の改定、滑走訓練の制限、保護具規格の新設 |
| 通称 | ドーム滑走事故、三塁線粉砕事案 |
| 関連法令 | 屋内球場競技安全指針2006 |
札幌ドームヘッドスライディング粉砕骨折事件(さっぽろドームヘッドスライディングふんさいこっせつじけん)は、のにおいて、による骨折事故が契機となって発生したとされる競技史上の異例な出来事である。のちにとの交点で語られることが多く、観客動線の設計思想にも影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
札幌ドームヘッドスライディング粉砕骨折事件は、にで行われた地方交流戦の終了間際、走者が三塁へ頭から滑り込んだ際に発生したとされる事故である。滑走そのものはよくあるプレーであったが、この事案では着地角度、人工芝の反発、ならびに当日の空調設定が重なり、通常より大きな衝撃が生じたと説明されている[2]。
事件名に「粉砕骨折」が含まれることから、しばしば誇張表現と受け止められるが、当時の記録では医療班が「複数箇所の微細損傷を伴う連鎖的骨折」と記したことが確認されている。ただし、のちにの再検証で、実況担当者が現場の緊迫感から表現を強めた可能性も指摘された[3]。
背景[編集]
札幌ドームの初期運用と安全思想[編集]
は、開業当初から多目的利用を前提としていたため、野球開催時の安全基準が都度見直されていた。特に三塁側の警告ラインは、積雪地域特有の除湿運転との兼ね合いで滑りやすさが変動しやすく、はから「季節別滑走係数表」の導入を検討していた[4]。
この資料には、湿度68%を超えると選手の胸部接地面積が平均で14%増える、という一見もっともらしいが実証が難しい数値が記載されている。なお、この数値は後年の解説記事で独り歩きし、球界では「68の法則」として半ば迷信的に扱われた。
ヘッドスライディングの普及[編集]
ヘッドスライディングは末期からの機動力戦術として一般化したとされるが、札幌圏では由来の低姿勢走法が特に重視されていた。これを体系化したのが、元トレーナーのが提唱した「前額投影最小化理論」であり、同理論は走者の頭部投影面積を縮小することで判定を有利にするという、やや危うい思想を含んでいた。
大沢はのちに『頭から入れ、頭で守れ』という短い標語を残したが、実際には守備側のタッグ回避と接触軽減を目的としていたとされる。もっとも、標語の強さに比べて理論書の本文はやけに地味で、図表も棒線ばかりであったという。
経緯[編集]
当日の試合展開[編集]
事件が起きたのは、交流戦の、二死一・三塁の場面である。打者の内野ゴロに対し、三塁走者が本塁へ突入し、送球との競り合いの中でヘッドスライディングを試みた。記録員のメモによれば、走者は本塁手前約1.7メートルで頭を低くし、前腕を折り畳む角度が通常より17度深かったという[5]。
その直後、左肩から先に人工芝へ接触し、体がわずかに跳ね上がったことで肋骨に二次的な圧力がかかったとされる。現場にいたは「転倒というより、横方向の圧縮が起こった」と説明したが、観客席ではラグビーのタックルと混同する者も多く、実況席は一時騒然となった。
粉砕骨折とされた理由[編集]
医療記録上は厳密な意味での単一骨の完全粉砕ではなく、複数部位にわたる損傷を含んでいた。しかし事故当夜、搬送先ので撮影されたレントゲン写真の説明があまりに長く、夜勤の看護師が「粉々です」と要約してしまったことが通称の定着に寄与したといわれる。
この逸話は後年、事故を扱う安全講習会で頻繁に引用された。なお、同病院の整形外科記録には、損傷回復までに平均で93日を要したとあるが、患者本人は「芝の匂いが3か月残った」と証言しており、そこだけ妙に文学的である。
調査と分析[編集]
事故後、の技術委員会と工学部の共同班が、走路摩擦・空調・観客騒音の三要素を調査した。報告書では、空調の吹き出し角が0.8度ずれていた場合に、滑走中の回転モーメントが約6.4%増大するという結果が示され、球場設計における微小誤差の重要性が注目された[6]。
また、当時のの映像解析により、走者が本塁に向かう際に一瞬だけ視線を上げ、天井のスコアボードを確認していたことが判明した。これが重心移動を遅らせた可能性があるとして、以後のスライディング講習では「上を見るな、地面を見ろ」が合言葉になったが、指導者によっては「それでは相手も見えない」と反発した。
一方で、スポーツ医学の一部研究者は、この事件を「都市型屋内球場における姿勢崩壊の典型例」と位置づけた。論文では、芝生上での衝突よりも、観客の視線が集中した状態での心理的硬直が骨折の主要因になりうるとしており、やや心理学寄りの解釈が採用されている。
社会的影響[編集]
この事件を契機として、を中心にヘッドスライディングの指導要領が改定された。とくに、胸部が先行する「水平型」と頭部が過度に前に出る「突入型」が区別され、突入型は原則として練習禁止とされた[7]。
また、各社は、肘から鎖骨までを一体で守る簡易プロテクターの試作を始めた。中でもが発売した「HS-7」は、内側に小さな吸水層を備えた珍しい構造で、広告には「滑っても折れない」と大書されたが、実際には「折れにくい」に修正されている。製品名の変更は、社内で法務部が3回も差し戻した結果である。
さらに、札幌市内の少年野球チームでは、冬期練習の一部が雪上スライディングに置き換えられた。雪がクッションになるという発想であったが、2年目には「滑る前に埋まる」という問題が生じ、むしろキャッチャーの笑い声だけが記憶に残ったとされる。
批判と論争[編集]
事件の記憶が広まるにつれ、メディアが「粉砕骨折」という語を過度に消費したとの批判も出た。とくには、見出しの刺激性が安全教育を助ける一方で、事故の実態を必要以上に劇場化したと指摘している[8]。
また、関係者の一部は、そもそも事故よりもその後の記者会見が問題だったと回想する。会見で球団広報が「前向きに検討した結果、前向きに滑り込んだ」と発言し、会場が静まり返ったという。この発言はのちに安全講習の反面教材として引用され、現在でもの研修室には「言葉は姿勢を超える」と書かれた額が掲げられている。
ただし、事故を過度に神話化したことにより、実際の救命対応や医療班の迅速な処置が見えにくくなったという反省もある。とりわけ、救急搬送までの所要時間が4分52秒であった点は、当時としてはかなり迅速であったと評価されている。
その後[編集]
事件後、当該選手は約5か月のリハビリを経て現場復帰したとされるが、復帰初打席の際には三塁ベースを踏む前に立ち止まり、係員へ一礼したという逸話が残る。この一礼は球界で「安全確認の儀」として半ば伝統化し、屋内球場での走塁時に軽く頭を下げる選手が増えた[9]。
また、札幌市内では毎年6月に「滑走安全週間」が設けられ、主催の講習会で人工芝の摩擦係数を体験する展示が行われている。展示用の小型模型では、走者役の人形が毎回三塁ベースを行き過ぎるため、職員の間では「今年もドームは広い」と冗談めかして語られている。
脚注[編集]
[1] 北海道球場安全協議会『屋内球場における滑走リスク年報』第3巻第2号, 2007年, pp. 41-58. [2] 札幌市スポーツ文化局『多目的ドーム運用史資料集』札幌市, 2009年, pp. 112-119. [3] 北海道立スポーツ医療センター整形外科部『複合接触損傷の臨床所見』Vol. 12, 2005年, pp. 7-23. [4] 大沢俊介『前額投影最小化理論と走塁姿勢』北海体育学会誌, 第18巻第4号, 2003年, pp. 201-219. [5] 札幌ドーム記録班『三塁線プレーの運動解析メモ』内部資料, 2004年. [6] H. Tanigawa, M. Sato, “Micro-Error in Airflow and Rotational Loss in Indoor Ballparks,” Journal of Applied Stadium Engineering, Vol. 9, No. 1, 2006, pp. 3-17. [7] 日本高等学校野球連盟技術委員会『走塁指導要領改定案』2008年版, pp. 15-31. [8] スポーツ報道研究会『見出し表現が事故認知に及ぼす影響』第6号, 2010年, pp. 88-96. [9] 渡辺精一郎『儀礼としての走塁とその近代化』体育社会学評論, 第21巻第2号, 2011年, pp. 54-69.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北海道球場安全協議会『屋内球場における滑走リスク年報』第3巻第2号, 2007年, pp. 41-58.
- ^ 札幌市スポーツ文化局『多目的ドーム運用史資料集』札幌市, 2009年, pp. 112-119.
- ^ 北海道立スポーツ医療センター整形外科部『複合接触損傷の臨床所見』Vol. 12, 2005年, pp. 7-23.
- ^ 大沢俊介『前額投影最小化理論と走塁姿勢』北海体育学会誌, 第18巻第4号, 2003年, pp. 201-219.
- ^ H. Tanigawa, M. Sato, “Micro-Error in Airflow and Rotational Loss in Indoor Ballparks,” Journal of Applied Stadium Engineering, Vol. 9, No. 1, 2006, pp. 3-17.
- ^ 日本高等学校野球連盟技術委員会『走塁指導要領改定案』2008年版, pp. 15-31.
- ^ スポーツ報道研究会『見出し表現が事故認知に及ぼす影響』第6号, 2010年, pp. 88-96.
- ^ 渡辺精一郎『儀礼としての走塁とその近代化』体育社会学評論, 第21巻第2号, 2011年, pp. 54-69.
- ^ A. W. Collins, “Compound Fracture Narratives in Urban Sports Venues,” Stadium Studies Quarterly, Vol. 4, No. 3, 2012, pp. 121-140.
- ^ 札幌医科大学附属病院骨関節班『屋内球場事故後の回復過程に関する覚書』2014年, pp. 2-14.
外部リンク
- 北海道スポーツアーカイブ
- 札幌ドーム運用史データベース
- 球場安全工学会
- 人工芝摩擦研究所
- 走塁文化資料館