東京都の未解決事件
| 正式名称 | 東京都未解決事件分類 |
|---|---|
| 通称 | 都未解・トウミカ |
| 主管 | 警視庁 特別保留事件整理室 |
| 成立 | 1987年 |
| 対象地域 | 東京都全域 |
| 対象件数 | 累計1,482件(2024年時点) |
| 保存方式 | 紙台帳・磁気カード併用 |
| 特徴 | 証拠が揃うほど結論が遠のくとされる |
東京都の未解決事件(とうきょうとのみかいけつじけん、英: Unsolved incidents in Tokyo Metropolis)は、内で発生し、および各区警察署によって長期にわたり解明されていない事件群を指す概念である[1]。一般には末期に制度化された「未解決案件保管分類」の通称として知られている[2]。
概要[編集]
東京都の未解決事件とは、において発生した事件のうち、捜査が一定期間を経ても終結していないものを指す分類である。実務上はの内部で使われる保留番号に基づいて整理され、事件そのものの重大性よりも、証拠の保存条件や担当係の異動時期によって扱いが左右されることがあるとされる[3]。
この分類が一般に知られるようになったのは、後半に都内の複数署で「未解決事件の取り扱いが署ごとにばらばらである」との苦情が相次いだためである。ただし、後年の資料では、当初の目的は事件解決ではなく、書庫の棚卸し回数を減らすためだったとも記されており、ここにらしい制度の複雑さが表れていると評される。
歴史[編集]
前史と台帳時代[編集]
制度化と1987年通達[編集]
現在の制度はにが出した内部通達「特別保留事件整理運用要領」により整えられたとされる。この通達では、三か月以上担当者が確定しない案件を「保留」、一年を超えるものを「長期保留」、三年を超えるものを「東京都の未解決事件」と仮登録する、という独特の段階制が採用された[5]。
興味深いのは、ここで「仮登録」という語が実質的に永久登録を意味していた点である。都内の現場では、仮登録番号にの地名コードをつけることで、事件の種類よりも移送の都合が優先されるようになった。これにより、事件は解決される前に「分類されること」によって行政上の寿命を得るようになったと指摘されている。
情報公開と市民運動[編集]
に入ると、市民団体「開かれた台帳を求める会」がで公開講座を開き、未解決事件の一覧を請求する動きが広がった。これに対し、都側は「捜査継続中の案件を公開すると、犯人像が曖昧になる」と説明したが、この表現が逆に注目を集め、新聞各紙は「曖昧なる犯人像」という奇妙な見出しで報じたという[6]。
以後、未解決事件は単なる警察資料ではなく、都市の記憶装置としても扱われるようになった。特にやでは、解決していない事件の近隣商店街が独自に慰霊灯を設置する例も見られ、事件が地域の年中行事に組み込まれるという逆転現象が生じた。
分類と運用[編集]
東京都の未解決事件は、などの一般的な類型に加え、「証拠はあるが場所がない事件」「場所はあるが日付がずれている事件」「証言が多すぎて確定しない事件」に細分される。特に後者二つは都内独自の分類とされ、とで発見された帳票の書式が異なることから、同一事件が二つの番号を持つことも珍しくない。
運用上もっとも有名なのは、事件ごとに割り当てられる「保留棚」の存在である。棚は都庁第二庁舎の地下四階にあるとされるが、実際にはからへ抜ける搬送車の中にも臨時棚が存在し、雨天時にはその棚が優先されるという。これについては、元整理係のが回想録で「東京の未解決事件は、地上よりも地下鉄のほうが整理しやすい」と書いている[7]。
著名な事件例[編集]
青い封筒事件[編集]
白線のない交差点事件[編集]
二重の終電事件[編集]
社会的影響[編集]
東京都の未解決事件は、都民の安全意識を高めた一方で、「結論が出ないことを前提に生活する」態度を都市文化として定着させた。防犯標語には「すぐ通報、ただし台帳登録は翌営業日」といった妙に事務的な文言が並び、これがかえって安心感を生んだとされる。
また、の出版社が発行した『東京未解決地図帳』は、事件現場を観光ルートとして紹介したことで一部の批判を受けたが、同時に都内の古書店や喫茶店に「証言を書き残すノート」が置かれるなど、記録文化の活性化にもつながった。なお、未解決事件の現場に花を供える習慣は、もともとタクシー運転手の交通安全祈願から始まったという説があるが、出典は乏しい。
批判と論争[編集]
本分類には、事件の実態よりも行政上の都合を優先しているとの批判が根強い。特にの内部監査では、実際には目撃者が三人いた事件が「証言書式不備」により未解決扱いとなっていたことが判明し、会計監査より厳しい文書審査が行われていたことが明るみに出た[10]。
一方で、元警察官のは、未解決であること自体が捜査継続の証拠であり、安易な終結はむしろ都市の記憶を削ると主張した。これに対して市民側は、記憶より先に犯人を探すべきだと反論したが、討論会の最後には双方とも「保留にして次回へ」という結論に落ち着いたため、東京都らしいと評された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『東京記録室の成立と保留台帳』都史出版, 1994年, pp. 41-68.
- ^ 佐伯みどり『地下四階の事件整理学』日本警務研究会, 2001年, pp. 12-29.
- ^ 高橋真一「未解決案件の行政分類に関する一考察」『警務学論集』Vol. 18, No. 2, 2008, pp. 77-95.
- ^ Margaret A. Thornton, "Deferred Closure and Metropolitan Memory," Journal of Urban Forensics, Vol. 9, No. 4, 2011, pp. 201-219.
- ^ 小林和彦『警視庁内部通達史』霞門書房, 1989年, pp. 5-14.
- ^ A. Greenfield, "Shelving the Unsolved: Archive Practices in East Asia," Archive Review Quarterly, Vol. 22, No. 1, 2015, pp. 33-57.
- ^ 東京都記録文化協会編『東京都未解決事件年鑑 1987-1999』中央台帳社, 2002年, pp. 88-126.
- ^ 平山静子『曖昧なる犯人像と都市報道』都民ジャーナル社, 1996年, pp. 9-23.
- ^ Robert L. Hayes, "The Blue Envelope Incident and Postal Misreadings," Tokyo Studies in Policing, Vol. 6, No. 3, 2007, pp. 144-160.
- ^ 『東京未解決事件白書 2004』警視庁特別保留事件整理室, 2005年, pp. 3-19.
- ^ 山岸宏『白線のない交差点をめぐる覚書』新都交通評論, 2012年, pp. 61-72.
外部リンク
- 東京都記録文化協会
- 警視庁特別保留事件整理室
- 東京未解決地図帳デジタル版
- 開かれた台帳を求める会
- 都民アーカイブ・フォーラム