東北大学 動く会
| 正式名称 | 東北大学 動く会 |
|---|---|
| 略称 | 動く会 |
| 設立 | 1987年頃とされる |
| 設立地 | 宮城県仙台市青葉区 |
| 活動拠点 | 東北大学 川内キャンパス周辺 |
| 活動内容 | 移動現象の観察、器具の振動実験、集団歩行訓練 |
| 会員数 | 約37人(2024年推定) |
| 公式色 | 黄色と灰色 |
| 公認状況 | 学内では長らく未公認 |
| 関連施設 | 動研室、歩行倉庫、旧理学部裏階段 |
東北大学 動く会(とうほくだいがく うごくかい)は、を拠点とする非公認の学生サークルで、静止した物体や場を「意図的に動かすこと」を目的とした研究・実践団体である。もとは末期の学内実験講義から派生したとされ、現在は周辺の不可思議な現象を記録する団体として知られている[1]。
概要[編集]
東北大学 動く会は、の学生文化史の中でも特異な位置を占めるサークルである。表向きには「歩く」「揺れる」「転がる」といった初歩的運動を扱う団体と説明されるが、実際には机、椅子、標本箱、さらには空気の流れまでを対象にした観測を行ってきたとされる。
会員は、毎週木曜の夕方に北側の階段広場へ集合し、半径12メートルの範囲で物体の移動を記録する。運動開始の合図として笛ではなく、古いの発音で「うごけ」と3回唱える慣例があり、この儀式が会の学術性と胡乱さを同時に高めている。
歴史[編集]
創設期[編集]
会の起源は、工学部の学生だった渡辺精一郎が、風の強い日に食堂の椅子が勝手に2.4メートルほど移動した現象を「大学史上の未解決問題」として報告したことにあるとされる。翌には、彼の周囲に、、の学生が寄り集まり、正式に動く会を名乗るようになった。
初期の活動記録には、紙で作った小さな箱を坂道に置き、どの角度で最も速く動くかを競う「箱坂試験」が残る。1989年春の記録では、紙箱Aが6.8秒で移動した一方、紙箱Dは途中で止まり、観測者の一人が「これは箱の意志である」と書き残している[2]。
拡大期[編集]
初期になると、動く会は学内の非公式研究会として知られるようになった。特にへの移転期には、傾斜と風向きの変化を利用した「複合移動理論」が提唱され、会の中心人物だった佐伯みどりが、物体の移動には重力だけでなく「気まずさ」も関与すると主張したことで注目を集めた。
1996年には、学内掲示板に貼られた募集ポスターが1晩で3回だけ位置を変えた事例が記録されている。なお、当時の会報『動く会通信』第14号には、変位の原因をめぐって「学生のいたずら」「空調」「場の記憶」の3説が併記されており、どれも決定打に欠けるとされている[3]。
近年の活動[編集]
2000年代以降は、の留学生増加に伴い、活動は国際化した。中国語圏の会員が持ち込んだ振り子玩具や、韓国の伝統的な回転コマを用いた比較実験が増え、会内では「動くものに国境はない」とする標語が定着した。
には、コロナ禍で対面活動が制限されるなか、オンライン上の「仮想歩行会」が導入された。参加者は各自のカメラの前で足踏みをし、その合計歩数をサーバー側が記録する仕組みで、1回の会合で最大18,402歩が算出されたという。ただし、誰の歩数がどこに加算されたのかは最後まで説明されなかった[要出典]。
活動内容[編集]
動く会の活動は、見学者には単純な遊びに見えるが、内部ではきわめて細かく体系化されている。代表的なものに、物体を傾斜面で動かす「滑走観測」、建物の隙間風で紙片を移動させる「風圧追跡」、会員が円陣を組んで移動する「群体歩行」などがある。
また、会では移動距離をセンチメートルではなく「気配単位」で記録する独自の尺度を採用している。たとえば2023年度の活動報告では、古いロッカー1台が「3.2気配分」動いたと記されているが、何をもって1気配とするかは代々の幹事に委ねられており、毎年換算率が変わる。
さらに春と秋には「停止祭」と呼ばれる行事が行われる。これはあえて一切動かない時間を45分間保ち、その後に物体が逆に動き出すかを観察するもので、2014年には参加者の1人が静止中にくしゃみをしたため全記録が無効となった。
組織と文化[編集]
動く会の組織は、会長、副会長、記録係のほかに「移動監督」「揺れ監査」「停止顧問」という独特の役職を持つ。とくに停止顧問は実務が少ないため人気が高く、2012年には7人が同じ役職に立候補し、最終的にじゃんけんではなく床のきしみ音の多さで選ばれた。
文化面では、会員は入会時に古いを受け取り、1か月間に1万歩以上歩くと「準動員」、3万歩で「準研究員」、10万歩で「移動博士候補」と呼ばれる。もっとも、実際には歩数よりも「どのくらい遠回りしたか」が重視されるため、学内で最短距離を避けて移動する学生が増えた時期があるとされる。
会の制服は存在しないが、公式行事では黄色い腕章を右腕につけるのが慣例である。ただし、腕章の位置が左右で違うと会長が「流れが逆になる」として注意するため、写真資料のなかには左右混在のものが残っている。
社会的影響[編集]
動く会は一部の学生のあいだで奇抜な団体として笑われる一方、の一部商店街では「歩き方の研究をする学生」として好意的に受け止められてきた。とくに沿いの古書店では、会員が本棚の配置を変えたことで棚卸し効率が2割向上したとされ、店主が毎年差し入れをする慣習まで生まれた。
また、学内での影響としては、会の記録法が一部の研究室に採用されたことが挙げられる。工学部の実験ノートに「物体は移動したように見える」と書く学生が増え、教授会では一時「動く会式表現の排除」が検討された。しかし、会員の多くが成績優秀であったため、事実上は黙認された。
なお、2008年には地元紙が「大学祭の裏で最も忙しい団体」と紹介したが、実際の忙しさの大半は会長が旧式の三輪台車を修理していたことに由来すると後年判明している。
批判と論争[編集]
動く会には、創設当初から「研究と余興の境界が曖昧である」との批判がある。とりわけの公開実演で、会員が机を動かす際に誤って自らも机と一緒に移動してしまい、観客席から笑いが起きた事件は、会の信頼性に長く影を落とした。
また、会が提唱した「気まずさが物体を動かす」という説は、との双方から強い反発を受けた。ただし、反対した教員のうち2名が後年になってから動く会の顧問的存在として名を連ねたため、論争はうやむやになったとされる。
最大の論争は、2017年に会の倉庫から「勝手に動く椅子」が4脚見つかり、うち1脚が学内の別の研究会の備品であった件である。返却交渉は難航したが、最終的に「椅子の移動の自由」を尊重するという名目で和解したとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『東北大学動く会史序説』動研出版, 1994.
- ^ 佐伯みどり『気まずさの物理学: 運動現象の社会的補正』北日本学術社, 2001.
- ^ 木村浩一『川内キャンパスにおける移動物体の観測』東北学生文化研究会誌 Vol.12, No.3, pp.45-62, 1998.
- ^ Margaret L. Thornton, "Campus Drift and Collective Walking in Northern Japan," Journal of Applied Student Anthropology, Vol.18, No.2, pp.201-219, 2007.
- ^ 高橋由紀『停止祭の成立とその周辺』仙台民俗学叢書 第4巻第1号, pp.7-31, 2010.
- ^ Kenjiro Sato, "The Semiotics of Chair Movement," Proceedings of the Tohoku Symposium on Moving Things, Vol.5, pp.88-103, 2015.
- ^ 『動く会通信』第14号, 東北大学動く会会報編集室, 1996.
- ^ 中村良平『群体歩行入門』歩行文化社, 2018.
- ^ Eleanor W. Pierce, "On the Measured Absence of Stillness," Cambridge Review of Recreational Sciences, Vol.9, No.1, pp.14-29, 2012.
- ^ 仙台市史編纂室『青葉通と学生文化の変遷』仙台市教育委員会, 2020.
外部リンク
- 東北大学動く会 公式案内板
- 川内キャンパス周辺学生団体アーカイブ
- 東北学生文化年鑑
- 移動現象研究ネットワーク
- 仙台歩行史資料館