果ての果てタキャタキャパーク
| 名称 | 果ての果てタキャタキャパーク |
|---|---|
| 種類 | テーマパーク(音響演出型) |
| 所在地 | 果て野原町 |
| 設立 | (開業) |
| 高さ | 全高38.4 m(タキャタキャ塔) |
| 構造 | 鋼製フレーム+木質トラス(可変音響天蓋) |
| 設計者 | 糸永 旋(いとなが つむぎ)建築設計事務所 |
果ての果てタキャタキャパーク(はてのはてたきゃたきゃぱーく、英: Hate no Hate Takyata Kya Park)は、にある[1]。
概要[編集]
果ての果てタキャタキャパークは、訪問者の足音や会話のリズムを拾う「タキャタキャ・オーケストレーション装置」を中核として、音と距離感を遊具化したテーマパークである。
現在では、果て野原町の海霧が演出効果として用いられており、入場ゲートから最奥までの「聞こえの遅延」が段階的に変化することで、体験の“終わり”を疑似的に更新する施設として知られる。
なお、名称が強く耳に残ることから、地元では「言葉が先に観光客になる場所」として半ば冗談めいて語られているが、その実運用は極めて制度的である[2]。
名称[編集]
「果ての果て」は、当初計画時に想定された“最終到達点”ではなく、音響設計上の「最遠周波数」として設定された語であったとされる。一方「タキャタキャ」は、装置内部の検出サンプルが、実験用の木片打撃によって発する音を連想しやすかったことに由来すると説明される。
開業前、運営主体である観光振興協同組合は、正式名称候補を複数提示し、音響工学者の提案により“連続語”として一体化させた経緯がある。結果として、看板の視認距離は計画段階でと算定され、実測ではであったと記録されている[3]。
また、来園者の帰路で聞き返しが起きないよう、名称そのものを「入口で一度だけ繰り返す」運用が定められ、スタッフの名札表示も一時期「タキャタキャ」表記に統一された。もっとも、これには倫理面の議論が持ち上がり、翌年には原則「敬称+役職」に戻されたともされる[4]。
沿革/歴史[編集]
音響テーマの着想と前史[編集]
果ての果てタキャタキャパークの着想は、の「遅延聴覚実験航路」構想に端を発するとされる。これは沿岸気象研究所と自治体が共同で行った、霧の密度が人の声の帰ってくる時刻に与える影響を“観光に転用できないか”という検討だった。
ただし計測用装置は、海上ブイに取り付けたスピーカーが誤作動し、音が周期的に反転する現象を起こした。報告書では、反転の周期が、反転開始が付近であると書かれていたとされる[5]。この“ズレの気持ちよさ”が、遊具設計の核になった。
当時関わった内の大学は、音響の利用が注意喚起なしに広がることへ懸念を示したが、設計者の糸永 旋は「注意喚起は体験を壊す。代わりに制度で縛る」として、安全規程を先に書く方針を採ったと伝えられる。実際、パークの営業許可申請書は、当初の案でに及んだ[6]。
開業と拡張、そして“終わりの更新”[編集]
、果ての果てタキャタキャパークは「一日で完結しない快感」を売りにして開業したとされる。入場者は同じ道を歩くのに、最奥エリアへ到達する時刻が微妙に変わり、最終的に“聞こえの端”が更新されるよう設計されている。
にはタキャタキャ塔の増築が実施された。塔の高さは当初予定だったが、設計者が霧の反射率を季節ごとに測り直した結果、上部天蓋の角度を微調整し、最終高がに変更されたという[7]。この変更は、建築確認の再申請が必要となり、地元紙が「天空の数値と汗の数日」と見出しを付けた。
なお、拡張と並行して、訪問者の「好き」の定義が制度化された。運営は、アンケート回答を単純集計するのではなく、回答の語頭が“タ”で始まる割合を指標化したとされるが、これは統計学者の間で批判も呼んだ。とはいえ、同指標が最奥エリアの稼働率と相関したため、しばらくは採用された[8]。
施設[編集]
パークの中核施設として、タキャタキャ塔が建立されており、訪問者の足音を低遅延で検出する「足踏み位相同期リング」が塔内部に設置されている。現在では、この同期により、通路の途中にある四つの“ため息ベンチ”から発せられる音が、来園者ごとの歩幅に合わせてわずかに変調されるとされる[9]。
ほかに、霧反射を利用した展示空間としてがあり、壁面には“遅延の地図”が刻まれている。地図は方位ではなく「聞こえの帰還時刻」で区切られており、説明板では「同じ方角でも季節が変われば別の道になる」と記載されている。
また、観客参加型の遊具としてがある。これは、段差の数をとして固定しながらも、段ごとの硬度を微調整することで音色を変える方式で、子どもが勢いよく走ると音が“明るく”なり、大人のゆっくり歩きでは“沈む”ように設計されている。設計者はこれを「同じ転倒でも人生は軽くならない」と表現し、パンフレットに短い脚韻の標語を書き添えたとされる[10]。
交通アクセス[編集]
果ての果てタキャタキャパークは、鉄道の駅が近接する形ではなく、むしろ果て野原町の“霧停留所”からバス連絡網を組む方式として計画された。最寄りの停留所はであり、運行はが基本とされる。
自家用車の場合、主要道路から分岐しての海沿い区間を経由する。観光案内では「速度より、呼吸の回数」と冗談めいた注意が添えられているが、実際には走行時の振動が路面センサーの誤検出を招くため、自治体が速度上限を低く設定している。
また、来園者の迷子対策として、園内で発行される紙チケットにはQRではなく“音符コード”が印刷されている時期があった。これはスマートフォンの混雑を避ける目的だったが、読み取り機が故障すると全員が困るため、後に紙チケットはへ移行したとされる[11]。
文化財[編集]
果ての果てタキャタキャパークは、建築物としての登録だけでなく、音響技術の運用が評価されている。現在では、主要構造であるタキャタキャ塔の内部機構が、の「音響的景観保全に関する指定」に基づき、部分として登録されている。
また、園内のに展示される遅延地図のうち、初期設計図と同一の刻印板は「実測刻印資料」として保存対象に指定されている。刻印板は全部でとされ、同一番号が裏面にも反転して存在するため、盗難対策の工夫だったと説明される。
さらに、塔の周囲に配置された“ため息ベンチ”のうち、初期ロットのは材質記録とともに文化的保全の対象とされている。ただし、これらの指定に関しては、文化財保護の範囲が音響装置にも及ぶことへの異論があり、審査会では「文化財とは沈黙を含むのか」という議題が出たと記録されている[12]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 根無郡観光振興協同組合『果ての果てタキャタキャパーク運用要覧(第1版)』根無郡出版, 1997.
- ^ 糸永 旋「タキャタキャ・オーケストレーション装置の遅延設計」『日本音響遊具学会誌』第12巻第3号, pp. 41-58, 1998.
- ^ 霧谷 照永「海霧環境下における歩行音の位相推定」『臨海環境音響研究報告』Vol.7 No.2, pp. 101-126, 2002.
- ^ 市川 眞綾『観光施設の制度設計——音の“規制”と“体験”の境界』北星政策叢書, 2005.
- ^ Dr. L. Berryman, “Delayed Auditory Cartography in Outdoor Leisure Spaces,” Vol.19, Issue 4, pp. 220-235, 2006.
- ^ 松原 しのぶ「音符コード付きチケットの読み取り障害と運営改善」『交通・観光情報学研究』第9巻第1号, pp. 77-90, 2008.
- ^ 根無郡教育委員会『保存指定の実務:霧鏡ギャラリー刻印板の管理』根無郡教育資料, 2011.
- ^ 上野 義政「ため息ベンチ材の弾性ばらつきと来園者の主観」『建築材料と体験』第21巻第2号, pp. 33-52, 2013.
- ^ 中村 玲子『文化財としての“音響機構”——議事録から見る新解釈』潮見文化法研究会, 2016.
- ^ E. H. Morland, “On Whether Cultural Heritage Can Include Silence,” Journal of Heritage Acoustics, Vol.4, No.1, pp. 1-19, 2017.
外部リンク
- 果て野原霧停留所ポータル
- タキャタキャ塔メンテナンス通信
- 霧鏡ギャラリー・アーカイブ
- 根無郡観光振興協同組合公式広報
- 音響遊具学会・現地調査レポート倉庫